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第二十五話 情報戦

 前回文化部を回ってしまったせいと、そもそも部活見学があまり出来ていないという友宏の暴論で、今回だけでほとんどの運動部を回る羽目になった慧はクタクタの状態で帰宅した。


「あぁー、きつかったー」

【見ていただけじゃないですか!】

「あのなー。歩くだけでも人は疲れるんだよ」

【そう言うものなのですか……。それで、どこに入るのですか?】

「え? どこにも入らないけど」

【どこにも入らない! 何故ですか。どこも面白そうだったでは無いですか!】

「運動はいいよ。てか、先輩の所に仮入部するって話聞いてただろ?」

【聞いてはいましたけど、運動部にも入るものだと思っていましたよ】

「ないない。俺の身体がぶっ壊れちゃうよ」


 帰宅してそのままリビングのソファでうつ伏せになり、ラヴィとくだらないやりとりをしていた慧はポケットに入れていたスマホが時折下腹部に刺さるのが嫌になり、ようやく身体を起こした。そしてついでにスマホを取り出すと、丁度メッセージが届いた。恵凛からであった。


『こんばんは。明日の件、改めてご連絡しておきます。今日はきっと部活見学でお疲れだと思いますので、返事はしなくても大丈夫です』


 という事務的な書き出しの最後には、使い慣れていないであろう顔文字とキラキラの絵文字が付加されていた。


(無理に絵文字なんて使わなくても良いのに)


 慧は思わず微笑みを湛えながらそう思い、文章の続きに視線を戻した。

 ……その後のメッセージには改めて明日の集合時間と、星峰のショッピングモールに行くことが丁寧な文章で記されていた。次いで簡易的な段取りと、モール内で回りたい店が数軒書かれており、それらの文字たちは慧の脳内で、しっかりと質感を持った恵凛の声音で再生された。


(清楚を隠し切れていない文章。龍宮らしいな。所々不器用な絵文字があるけど、まぁそこら辺は慣れて来るだろ。多分……)


 始終微笑みながら長文を読了した慧はあまり話が広がらないように、しかし誠意は伝わるように了解のメッセージを返した。


「よし、とりあえず返信もしたし、風呂入るなり飯食うなりするか」


 数分前までヘトヘトだった慧の身体には、いつの間にか活力が漲っていた。


【案外単純ですよね、ご主人って】

「は、はぁ? なんだよ、案外単純って」

【いえ、先ほどまではぐったりしていたのに、メッセージひとつでこれほどまで元気になられたので】

「ま、まぁ、見方によってはそう映るか」

【そうとしか映りませんよ】

「ったく、うるせぇな。良いだろ、ご主人が元気な方が」

【確かに! それもそうですね!】

「はぁ、単純な奴だな……」


 慧は自分にもラヴィにも呆れながら立ち上がると、鞄を持って一度自室に戻った。そして諸々の片づけとラフな服装への着替え、スマホ、ラヴィ、イヤホンの充電を開始させてリビングに戻った。誰もいないリビングは当たり前のように静かで、慧は夕飯の為に冷蔵庫の中身を確認しようと思っていたのだが、その静けさが無性に眠気を誘ってきて、足は自然とソファの方に向いた。


(龍宮からのメッセージで元気になった気でいたけど、やっぱり身体は疲れてるな……)


 全身をソファに沈めながら慧はそんなことを思った。


(あぁー。今日はもう何もしたくないなー。とは言え、こういう日に限って腹が減るんだよなー。でも料理するのもめんどくさいし、買いに行くのもなぁ……)


 なんてことを考えながらゆっくり瞼を閉じると、慧はそのまま睡魔に足を掴まれ、眠りの底へと引きずり込まれていった。

 ……数時間の睡眠は実に良質であった。しかし睡眠というものは眠っている状態を指すのみで、目覚めまでが保証されているわけでは無く、慧は全身をガタガタッと震わせて勢いよく瞼を開き、その直後には冷や汗が全身の毛穴から噴き出るのを感じながら壁掛け時計を眺め見た。


「あぁー、やっちまった……」


 無意識に寝落ちした時というのは、皮肉にも一瞬で覚醒状態に入る。それは慧も例外では無く、帰宅してから今に至るまでの経過を鮮明に思い出しながら大いに溜め息をついた。

 時刻は夜の八時半近く。帰宅したのが六時半頃であったから、慧は約二時間程眠っていたことになる。その約二時間の睡眠は、後腐れなく驟雨のように慧の身体から去っており、慧は微塵も二度寝をしたいと思わずにソファから立ち上がったが、確実にその心境は不貞腐れていた。


(この時間になっちまうと、本格的に何もしたくないな……。とりあえず冷蔵庫の中を見るか)


 徐に動き出した慧はその速度を上げようとするでも無く、マイペースにキッチンへ向かい、冷蔵庫を開けて驚愕した。その中には食材と呼べるものは一つも無く、半分消費された麦茶のボトルと開封済みのチョコレート菓子の袋が入っているのみで、その他は調味料たちで誤魔化されていた。


(これからスーパーってのは遠すぎるし、コンビニ飯確定か……。あ、でもそれなら、ついでに江波戸の情報をラヴィにインプットしておくか。一応江波戸の情報は俺が集めることになってるし)


 ほぼ空っぽの冷蔵庫のドアを閉めながら今後の展望を思案した結果、慧は少し遠くにある大通り沿いのコンビニに向かうことにした。半分は自分の夕飯ために、もう半分は江波戸の情報を得るために、慧は改めて行動を開始した。まずは自室に向かってスマホ、イヤホン、ラヴィの三点セットを手に取り、スマホはズボンの右ポケットへ、ラヴィは左ポケットへ、骨伝導イヤホンは右耳に掛け、鞄からは財布と自宅の鍵。それと眼鏡を取り出して、それはすぐさま装着した。


「今から飯買いに行くわ」

【今からですか? てっきり夕飯もお風呂も済ませたのかと思っていましたよ】

「睡魔に負けたんだよ」

【なるほど、ご主人も充電切れだったのですね】

「ま、そういうことだな」


 軽妙な会話をしながら階下へ戻ると、慧はそのまま玄関へ向かい、そこで自転車の鍵を持って外に出た。そして勿論自宅の鍵を閉め、玄関を出てすぐ左側にある細長い庭とは言えない庭に収められている自転車を引っ張り出し、それに跨って住宅街を駆け抜けた。

 以前は徒歩だったこともあり、結構長く感じた大通り沿いのコンビニまでの道のりも、自転車でならば十分もかからない程度で到達した。


【何故わざわざ遠いコンビニに来たのですか?】

「あぁ、そっか。訳を話してなかったな」


 コンビニ脇の駐輪場に自転車を停めながら、慧はこのコンビニに来た理由をラヴィに伝えた。


【なるほど、情報収集を始めるのですね?】

「あぁ。仲直りさせるためにも、最低限情報が必要なんだろ?」

【はい! これで仲直りの可能性が一パーセント。いや、十パーセントは上がりましたね!】

「なんだよそれ。まだ集め始めてもねーのに」

【ご主人がこうして動き始めたことに意味があるのですよ】

「まぁ、そう言われればそんな気もするけど」

【そうでしょう! では、早くコンビニに行きましょう!】

「お前、コンビニが見たいだけだろ……」


 ラヴィの言動に多少の違和感を覚えつつも、慧は眼鏡とイヤホンがしっかり作動していることを確認してから自動ドアの奥へ踏み入った。

 と、意気揚々と入店したは良いが、店内には店員の姿が無かった。それに加え、弁当も残り僅かで、毎度売れ残っている不人気組の商品ばかりが棚に並んでいた。


「マジかよ……。目的二つとも果たせず仕舞いか……」


 慧は独り言を漏らしながら、弁当売り場の前で両手を両膝に着き、陳列されている数少ない商品を見比べた。

 値段は微妙に高いし、食べたいものも並んでいない。そんな棚を目の前にして慧が心の中で唸っていると、バックヤードから店員が一人出て来た。そしてその人物がパッと顔を上げると、丁度それが視界の右端に映っていた慧も顔を上げ、二人は目と目が合った。すると間もなく慧は、


「あっ……」


 と声を漏らした。しかし相手は何を言うわけでも無く、スタスタと直進を始めて慧の背後を素通りしようとしたので、慧は慌てて立ち上がり、締まり始めていた喉を無理矢理開いた。


「江波戸。だよな?」


 彼女は振り返ったが何も答えない。しかしその横顔は、確かに伊武であった。にも拘らずやはり頑なに答えない伊武を見て、自分は地雷を踏んでしまったのだと慧は確信していた。その数秒の沈黙は数十分にも感じられたし、過度に言えば無限でもあった。そうして何も進展が無く、時間だけが過ぎていく中で二人の時を再生したのはラヴィであった。


【ご主人、こちらから歩み寄りましょう。さも今気付いた風を装って名乗ってみるとか】


 ラヴィのその助言を聞き、慧の口が微かに動き出した。


「お、俺だよ。同じクラスの風見慧。……あれ、すんません。人違いだったかな」


 アドリブにしては上出来な演技だと自分を褒めつつ、慧は苦笑いを浮かべた。すると顔だけを振り向けていた伊武は身体を回転させ、全身を持って慧と対面した。


「そうだけど。なに?」


 とても不機嫌な返事だったが、それ以上に答えてくれたという進歩が慧の心を躍らせた。


「や、やっぱそうだよな。江波戸を見間違えるわけ無いし」


 発言をしてから数秒後、慧は自分がやけに気障なことを言っていると自覚し、耳を真っ赤に染めた。


「あっ、えっと、なんて言うか、隣の席だし、もう何回も会ってるし。それに俺、記憶力には自信があるんだ。は、はははは……」

「あっそ。別に何でも良いけど。私がここでバイトしてるって誰にも言わないでね」

「え、うん。……でも別に、学校でバイトは禁止されてないよな?」

「されてない。単純に知られたくないの」

「そっか、分かった。それと、ごめん。仕事中に話し掛けちゃって」

「なんで今日なの?」

「え?」


 このまま話を切り上げてしまおうかと考えていた慧だが、思わぬ方向から鋭いカウンターを浴びせられ、意図せず聞き返していた。


「昨日も来てたのに、なんで今日聞いたの? ってこと」


 伊武の問いに対して的確な答えが浮かばなかった慧が、あー。とか、えー。とかで言葉を誤魔化していると、伊武がキリッと睨みを利かせて再び口を開く。


「昨日、気付いてたよね。なのになんで今日なの」

「いや、別に深い訳は無いよ」

「ふーん。じゃあ、今日気付いた風に話し掛けて来たのはなに?」

「えっ、いや、その……」

【ご主人。諦めましょう】


 助手の声が骨を伝って脳にこだました時、慧は心の中で小さく頷いた。


「うん、昨日には気付いてたよ。けど、昨日はそれなりにお客さんがいたし、それに、父さんが帰って来てたから、早く帰らなきゃいけなかったんだ。で、今日話し掛けたのは、本当に理由なんか無い。強いて挙げるなら、江波戸が嫌がるなら来るのを止めようかなって。それだけ。……その、ごめん」


 仲直りの為に情報を集め始めたから今日話し掛けた。とは言えないので、そこだけは隠して事実を伝え終えると、慧は軽く頭を下げた。


「あっそう。まぁ、私も疑い過ぎたかもだし、今回は許してあげる。あと、別に好きに来れば良いから。ここ」


 伊武は表情を変えずに言い切ると、反転してレジに向かって行った。慧は何とか困難を乗り越え、水面に浮き上がって息継ぎをすると、弁当の棚に視線を戻した。


【仲直りに直結する情報を得ることは出来ませんでしたが、彼女が疑り深い性格で、しかもご主人には案外好意的であるということは分かりましたね】

「あれ、好意的なのか?」

【私はそう感じましたよ?】

「まぁ半信半疑ではいとくよ」

【そこは全て信頼してくださいよ!】

「あのな、人間ってのは疑り深い生き物なんだよ。つまり、江波戸に限らず、俺だって疑うの」

【分かりました。そこまで言うのでしたら、実力で示すまでですね!】

「あぁ、期待してるよ」


 慧は半ば雑に答えると、割と安価で腹も膨れそうな親子丼を手に取ってレジに向かった。


「……」


 つい先ほど自分を言い包めた相手を前にして、慧は何も言わずカウンターに商品を乗せた。


「……これで足りるの?」

「え、ま、まぁ。多分」

「私九時に仕事終わるんだけど、少し待っててくれたりしない?」

「うん。……え、なんて?」

「四百八十円」

「あぁ、会計か」

「じゃ、終わるまでフラついといて」


 伊武はトレーに乗っているぴったり四百八十円を確認すると、それをレジに入れて会計を済ませ、レシートを差し出した。理解が追いついていない慧は常ならば受け取らないレシートを受け取ると、レジを離れた。


「待っててくれって言ってたよな?」

【えぇ、言っていましたね】

「まさか、探ってるのがバレたとか?」

【それは流石に無いとは思いますが……】

「ポーカーフェイスだから読みづらいんだよな」

【そうですね。しかし何かの糸口になる可能性もありますから、待ってみるのが良いのではないですか?】

「そうするか……」


 ラヴィとの協議の結果、伊武の申し出を受け入れることにした慧は店内をブラつくことにした。客が入ってきたらスマホを取り出して誰かと連絡している風を装ったり、甘味コーナーで今晩のデザートを吟味している風を装ったりと、何とか十分間を乗り切った慧は先にコンビニの外へ出た。すると間もなく、黒い長袖のオーバーサイズシャツにジーパン姿の伊武がコンビニから出て来た。


「外で待ってたの?」

「いや、そろそろかなと思ってついさっき出た」

「あっそ。はい、これ」


 質問はあくまでも自分の流れを生み出すためだったようで、伊武は無関心な返事をしてビニール袋を差し出した。


「なにこれ?」


 疑いつつも袋を受け取った慧はその中身を覗き見た。するとそこには数個のサンドイッチとシュークリームが入っていた。それらはどれもこのコンビニの商品であった。


「あげる」

(俺に? いやいや、そんなに親しくも無いし、そもそも今日俺がここに来るって江波戸は知らなかったはずだし、単純に要らないから俺に押し付けようとしてるんだよな)


 中身を確認し終えてビニール袋を左手に持った慧は、冷静に現状を整理したうえで素直に礼を述べることにした。


「ありがとう。でも、全部貰って良いのか?」

「良いよ。私そんなにお腹減ってないし。あと、廃棄で貰ったとかじゃ無いから安心して。はぁ……。押し付けられただけだから……」


 溜め息の後、伊武は誰かの名前を口にしたようにも思えたが、慧には聞こえなかった。だから慧は言及することもせず、安堵の微笑みを浮かべて見せた。


「そっか、分かった。じゃあ貰っとくよ」

「うん、ありがと。それじゃ」


 辞去を述べる時には既に背中を向けていた伊武は、軽く手を振ってすぐにその手をポケットに突っ込み、大通り沿いの街灯にその身を明滅させながら遠ざかって行った。


【良かったですね。何も無くて】

「え、うん」

【どうしたのですか、ご主人?】

「いや、なんて言うか。サンドイッチだけであんなにため息つくもんなのかなって」

【確かにそうですね。店長に押し付けられた。と言っていましたが】

「店長に? ほんとにそう言ってたのか?」

【はい。言っていましたよ】

「そっか……。それ、記録しといてくれないか?」

【えぇ、了解しました】


 相手の情報を探ろうと神経をとがらせていたせいか、ビニール袋を渡す時の伊武の些細な表情変化が気になった慧はラヴィにそう言い付けて帰路につくのであった。

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