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第十八話 和解と新機能

 相談したいことだらけで何から話そうかと迷った慧だが、そもそも先にすべきことがあると思い出し、表情を引き締めた。


「その……俺が悪かった、ごめん。お前の言う通り、俺はただ人間関係から逃げてるだけだったよ」

【ご主人……。わたくしの方こそ、申し訳ありませんでした。発破をかけるにしても、少々タイミングと伝え方に誤りがありました。とは言え、ご主人なら、きっと気付いてくれると信じていましたよ! 何せ私は恋愛サポートナビ。些細なミスはあれど、合否の選択は誤りません!】

「はぁ、ミスったのかミスってないのかどっちなんだよ……。まぁ何にせよ、気付かされたのは事実だからさ。ありがとな」

【もう、ご主人ったら。たった数時間で素直になっちゃって! そんなに褒めたって何も出ないんですからね!】

「別にそんな褒めてないけど……」

【はいはい。分かってますとも! これからはこのラヴィに全てお任せを!】


 スマホ型デバイスに表示される三本の黒い線は、簡易的でありながらも様々な表情を見せる。それと共に、脳内にはラヴィの声が振動する。


(こいつ、さっきから言ってることが矛盾してるな。本当にアップデートされたんだよな? まぁ今のところはもう少し様子を見るか……。にしても、この骨伝導イヤホン。もっと違和感が生じると思ったけど、そこまで気にならなくて良かったな)


 つい先刻まではラヴィと話したい気持ちでいっぱいだったのだが、いざ話をしてみるとやっぱりこいつは面倒臭いと思い始めた慧が話を無視して考え事をしていると、ラヴィがけたたましく喋りかけて来た。


【――ご主人? ちょっとご主人ー。聞いてますかー?】

「悪い悪い。ちょっと考え事してた」

【全く、感動の再会が台無しじゃないですか!】

「いや、なんて言うか。お前ってカロリーが高いんだよな……」

【カロリー? 私は食べ物ではございませんが】

「そういう比喩だよ」

【そうですか。それはどういった意味で?】

「あぁーもう止めだ。この話は終わり。そんなことより、今日あったことは全部覚えてるんだよな?」

【いやー、それがですね。丁度一時限目辺りから記憶が無いのですよ】


 一時限目と言われ、慧は記憶の糸を辿って思い出してみた。


(確かあの時……。龍宮が隣の席になって、教科書を一緒に見る羽目になって。それで……)


 その先のことを思い出した慧は、耳を赤くして咳き込んだ。


「ゴホン。た、確か、消しゴムを拾おうとして椅子から落ちたな。もしかして、その衝撃で?」


 こんなダサい誤魔化しをした直後、もしも恵凛の囁き声で椅子から転げ落ちた事実をラヴィが知っていたら。と考えた慧は、すかした態度で話していたのが急に恥ずかしくなってきた。


【うーん、どうなのでしょう。衝撃が加わった感覚は少しもありませんでしたが……。断片的な記憶が残る間もなく、バツン。と、ブレーカーが落ちたようにインプットが止まったのです】

「そっか。じゃあ単純に充電が切れたとか?」


 ラヴィの話を真に受けるならば、どうやら恵凛との一件が起こる前にシャットダウンしてしまったようなので、慧はこれ以上自分の身に何があったかの話を広めることを避け、何故ラヴィが落ちたかを考察することにした。


【それはあり得ませんね。現にこうしてご主人と話しているのですから】

「確かに。アップデートしたとはいえ、帰って来てから充電してないしな」

【はい。恐らくですが、開発者の介入で強制的に落とされたのでしょう。私が進化するために!】

「まぁ、そこに関しては父さんに聞いてみるか」

【ですね。それが良いでしょう。それより、今日あったことを聞かせてくださいよ! 話したいことが山ほどあるのでしょう?】

「あぁ、そうだったな。まずはお前に後押しされて、龍宮恵凛の付き添い役を受けたところから話すか」


 ……そう切り出してから小一時間。所々自分が恥ずかしいと思う点や、必要ないと思う点を省きながら、慧は今日の一時限目以降から夕方までに起きた出来事を簡略化して伝えた。


「始めはどうなることかと思ったけど、案外龍宮と雀野の相性が良かったみたいでさ、駅前で別れる頃には俺なんか必要ないくらい二人で話してたよ。そんなわけで後は真っすぐ家に向かって、龍宮をうちの隣の家に送り届けて、俺は帰宅したって感じかな」

【ふむ、なるほど。簡単にまとめると……。色々あった。という事ですね!】

「分析雑過ぎるだろ」

【だって、たったの数時間でそんな立て続けに事件が起きるとは思わないじゃないですか!】

「そりゃ確かにそうだけど……」

【ひとまず、宇留島輝虎さんはマークしておく必要がありそうですね。それと、週末のお出かけプランは練っておくこともマストですね】


 慧の話をすべて聞き終えた上で、ラヴィは特に大事だと思われる二点を挙げた。慧としてもその二点に納得していたので、何も言い返さずに話を続ける。


「やっぱりその二つが大事だよな。特にイヤホン。父さんは別に気にしなくて良いとは言ってたけど、あれからラヴィの存在がバレる可能性も無いわけでは無いし、回収しておきたいよな」

【えぇ、私の存在をバラしたくないのであれば、回収するのがよろしいかと】

「だよな。でも先輩の様子からして、がっつき過ぎるのも良くなさそうだし、今はまだ泳がせる必要がありそうなんだよな……」

【まずは警戒を解くことから始めましょう!】

「だな。……そうだ。あと、試しておきたいことがあったんだ」


 会話に区切りがつき、一呼吸置いた後に慧が口火を切る。


【何でしょうか?】

「これだよ、これ」


 慧はそう言いながら机に置いてある長方形のソフトケースを手に取ると、その中から眼鏡を取り出して装着した。そして蝶番付近に設置されているボタンを押すと、眼鏡のレンズが一瞬キラリと光り、忽ちラヴィが声を上げた。


【こ、こ、これは!】

「見えてるのか?」

【は、はい! 見えています。ご主人の両手も、テーブルもイスも、パソコンも書類もケースも様々な書類も――】

「分かったから、一旦落ち着いてくれ」


 突然ラヴィに視覚を与えてしまった非を感じながらも、慧は諭すように、冷静な口調でラヴィの興奮を制した。


【これは失礼しました。今までご主人の声とその周囲の雑音だけが頼りだったもので】

「何となくだけど気持ちは分かるよ」

【ご主人、もっと辺りを見せてください!】

「分かった分かった」


 子供をあやすような声音で言うと、慧はテーブルから少し離れてぐるりと一回転して見せた。


【おぉ、これが人間界!】

「大袈裟だな」

【ですが、私からしてみれば全てが初めてなのですよ】

「まぁ確かにそうか」

【はい、もっと色々見せてください!】

「見せてやりたい気持ちはあるけど、もうそろそろ寝ないと。明日ゆっくり見せてやるからさ」

【うーん、少し不服ですが。明日ゆっくりと見せてくれるのですね?】

「あぁ、もちろん。だから、今日のアップデートで追加された機能、ラヴィも確認しておいてくれないか?」

【はい。私にお任せあれ!】

「それじゃあ、今日は切るからな。……って、ボタンを長押しすれば良いのかな?」

【えぇっと……。はい、そのようです】


 何とも言えない微妙な締めを迎えると、慧は眼鏡のサイドボタンを長押しして機能を停止させた。そして眼鏡をケースにしまうと、続いてイヤホンを外してこちらもケースにしまい、二つのケースを両手でそれぞれ持ってリビングを後にした。

 自室に戻った慧はスマホやらラヴィやらイヤホンやら、充電が必要なデバイスを全て各々のコードに繋ぎ、ベッドに寝転がった。


(愚痴ってわけじゃ無いけど、今日あったことをザッと話しただけで大分頭がスッキリしたな。別に何か解決したってわけでも無いのに……。まぁそれくらい、思いを言葉にするのは大事ってことか……。さて、リビングのテーブルが散らかったままだし、もうひと頑張りしないとな……)


 目を瞑り、書類が乱雑に広がるリビングのテーブルを想起する。まずは書類を整理して、父のパソコンが落ちているなら片付けて、おにぎりを入れっぱなしにしているコンビニの袋はキッチンに置いておこう。と、リビングに到着してからの手順を頭の中で一つ一つ並び替えていると、慧の意識は次第に遠のいて行った。


(そのためにも、まずは身体を、起こさ、ないと……)


 全てが終わった安心感から、慧はそのまま深い眠りに落ちた。


 用事を後回しにして寝たせいか、慧はアラームが鳴るよりも前に飛び起きた。時刻は朝の六時前であった。


(あのまま寝ちゃったのか……。父さんはどうしたんだろう)


 両目を擦って重たい瞼を無理矢理に開くと、慧はノロノロとベッドから出た。そしてひとまず同じ階の廊下突き当りにある父の寝室へと向かい、ドアをノックして部屋に入った。が、そこに父の姿は無く、ベッドも綺麗なままであった。それを見た慧は何かを考える間もなく、階段を下りてリビングに向かう。しかしそこにも父の姿はない。昨晩は荒れ放題だった卓上も綺麗に片付けられており、そこには巾着袋が一つと、紙片が置かれているだけであった。テーブルに歩み寄ってその中身を確認すると、そこには昨日買ったおにぎりが入っていた。別にこんな袋に入れなくても良いのに。と思いながら巾着をテーブルに戻し、今度は紙片を手に取った。


『久しぶりにお前が登校する姿を見てから仕事に行きたかったんだが、納期の近い仕事があったのを思い出したから、先に家を出る。少々試作品に時間を掛け過ぎてしまったようだ。とまぁ、冗談は置いといて、また近々連絡する。お前の方でも何かあったら気兼ねなく連絡してくれ。それじゃあ、何かと気を付けてな。父』


 置手紙を読み終えた慧はそれをそっとテーブルに戻した。別に何を思うでもない。いつものことだ。慧は白けた顔でそんなことを考えながらキッチンに向かい、冷蔵庫に入っているペットボトルの麦茶を取り出して喉を潤した。


(家を出るまでまだ時間があるな。部屋で時間を潰すか)


 静かなリビングに響く秒針の音は慧の心をより一層虚しくさせる。大方予想はしていたのに、やはり独りになるのは寂しい。それも、落差があればあるほど寂しさは倍増する。しかし以前と違う点が一つある。それはラヴィの存在である。慧は麦茶を冷蔵庫に戻すと、自分の部屋に戻ってラヴィを起動し、耳にイヤホンを掛けた。


【むにゃむにゃ。ご主人、お早い起床ですね……】

「あぁ、ごめん。目が覚めちゃってさ」

【今は何時ですか?】

「えーっと、今は」


 一度は壁掛け時計に視線を向けた慧だが、自分の口で伝えることはせず、その代わりに眼鏡を掛けた。


「どうだ、見えるか?」

【おぉっ、これが時計ですか! しかし、これはどう読むのですか?】

「なんだ、読み方知らないのか?」

【えぇ。無駄なデータはインプットされていないので】

「ふーん、そっか。今は六時二十一分。短い針が時針で、長い針が分針。で、絶えず動いているのが秒針」

【なるほど。アナログも悪くないですね~】

「デジタルも便利だけど、アナログも悪くないよな」

【えぇ、デジタルの私が言うのも難ですけど】

「はは、確かに。……てか、お前って時計は内蔵されて無いのか?」

【ご主人、それは暗黙の了解でお願いします】

「そっか、悪い悪い」


 ――ラヴィとの他愛の無い会話で慧が笑顔を取り戻した直後、風見家のインターホンが鳴った。


「誰だ、こんな朝早くに……?」

【見に行きますか?】

「何かあったのかもしれないし、一応行くよ」


 怪訝そうな顔でドアを見つめながらそう返すと、慧は右ポケットにスマホを、左ポケットにラヴィを入れて玄関に向かった。


「はい? 何でしょうか――」


 常ならばリビングにあるモニターで誰が来たのかを確認してから出向くのだが、もしかしたら急を要する何事かが起こっているとも知れないと考えた慧が急いで玄関のドアを押し開けると、そこには大きな包みを持った恵凛が立っていた。


「あっ、お、おはようございます。朝早くにごめんなさい」


 恵凛はそう言うと、包みが斜めにならないように数秒間お辞儀をすると、そっと頭を上げて慧を見た。


「お、おはよう……」


 呆気にとられた慧が茫然自失のままに答えると、恵凛は少しだけ顔を斜めに傾けて、ドアの隙間から覗いている慧の顔をじっと見つめ、言葉を継いだ。


「眼鏡。掛けているのですか?」

「えっ、あ、これは!」


 自分が眼鏡を掛けていることさえ忘れていた慧は、雑に誤魔化しながら慌てて眼鏡を外そうとした。しかし――


【スキャンを実行します】


 その折にボタンを押してしまったようで、イヤホンからラヴィとは別の音声が聞こえてきた。かと思うと、紫色の大きな包みがどんどん透過していき、その中に重箱が入っていること、続いてその重箱の中に様々な料理が入っていることが可視化された。


「うわっ。何だこれ……」

「え、何か言いましたか?」


 慧が眼鏡の機能に驚いていると、その様子が気になったのか、恵凛は包みを自分の正面からずらして歩み寄って来た。すると今度は恵凛が纏っているブレザーが透け始め、ワイシャツが見え、それも次第に透け始めたところでようやく理性を取り戻した慧は、急いで眼鏡を外した。


「い、いやっ! 何も言ってないよ。うん、何も無かったよ」

「そう、ですか?」

「うん。それで、どうかした?」

「えっと、その、朝食を作ったのですが、余ってしまって……」


 恵凛はそう言うと、おずおずと包みを差し出す。


(典型的なやつにしては多すぎないか……?)

「あっ、ご迷惑でしたよね。ごめんなさい」

「あぁー、いや、そう言うわけじゃなくて! 丁度まだ何も食べてなかったから、いただくよ」

「本当ですか?」

「うん。ちゃんと洗って返したいから、後日でも良いかな?」

「はい。大丈夫です」

「そ、それじゃあ、頂こうかな」


 ぎこちない会話をしながらゆるーく包みを受け取ると、一旦廊下に包みを置くために玄関ドアを閉めた。


【ご主人、誘ってみてはいかがですか?】

「は? 誘うって、朝食に?」

【そうですよ。女性が料理を作って来たのですから、相手が食べてる姿も見たいはずですよ!】

「う、うーん。そうかな……。でも確かに、また呼びに行くのも二度手間になるし、このまま一緒に登校したほうが良い、のか?」

【そうですそうです。そうしましょう!】


 話の途中ではあったが、これ以上恵凛を待たせるのも失礼だと思った慧は答えが定まらぬままに玄関ドアを開けた。そして、


「良ければ、上がっていきます? また呼びに行くようじゃ二度手間になっちゃうし……」


 と、半ばラヴィに流されるような形で恵凛を誘うと、


「はい!」


 と、思いの外良い返事が来てしまったので、慧はそのフワフワした流れで恵凛を招じ入れるのであった。

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