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第十六話 意外なケミストリー

「やっぱり、隣のクラスの! ……えっと、へへ、そう言えばまだ名前聞いてなかったね」


 照れ笑いを浮かべながら璃音が歩み寄って来た。


(言われてみれば、確かに名乗ってなかったな。けど、今雀野と合流するのは面倒だな……)

「おーい、聞いてる?」


 考え事をしている間に慧の目の前まで寄って来た璃音は、声を掛けながら慧の顔を覗き込んだ。


「お、おぉ、うん」


 突然視界に入って来た璃音に驚き、慧は慌てて数歩距離を取って早口に答えた。


「聞いてなかった反応だし……。ま、いいや。名前、教えてよ」

「あぁ、そうだったな。今更だけど、俺の名前は風見慧。呼び方は何でも良いよ。それじゃ」

「ちょっとちょっと! もう帰るつもり?」

「うん。だって、別に用は無いだろ?」

「え、いやその、昨日の……」


 慧に聞き返しに対し、璃音は先ほどまでの勢いを失ってたじろいだ。


(何か口ごもっているみたいだけど、昨日のこともあるし、これ以上詮索するのは気まずいな。それに、龍宮も待たせちゃってるし)


 俯き加減でもじもじと自分の手を揉んでいる璃音。それを見た慧はこのままじゃ埒が明かないと思いつつも、自らアクションを起こすことが出来ない。するとそんな折、背後から声が掛かる。


「風見君?」


 先に外へ出ていた恵凛が戻って来たのであった。


「あ、ごめん。もう行くよ」


 振り向いて答える慧は丁度恵凛と璃音の対角線上に立っており、二人からすると障害物になっていた。となると、二人の女子生徒は互いに慧が誰と話していたのか気になり、ほとんど同じタイミングで、慧の陰から顔を覗かせた。すると当然、恵凛と璃音はバッチリ目と目が合った。


「あっ……」

「えっ……」


 各々が驚嘆の声を漏らすと、それ以降沈黙が続いた。それに何かマズいものを感じ取った慧はいそいそと靴を履き替え、璃音に向き直った。


「えーっと、内海先生に頼まれてさ、彼女を家に送り届けないといけないんだ。だから、話はまた今度でも良いかな?」


 そう言いながら再び恵凛と璃音の間に割って入ると、璃音はようやく姿勢を正し、慧のことを見つめた。そしてニヤリと笑みを浮かべると、


「ふーん、へぇー、なるほどねぇー」


 と、茶化すような声を残し、慧の下駄箱の対面にある六組の下駄箱に向かい、璃音も靴を履き替えた。


「な、なんだよ?」

「ううん、別に」

「まぁいいや、そう言うことだから。また今度な」


 璃音の言い回しは気になったが、ここで噛みついたら相手の思う壺だ。と、慧は自分の気持ちをグッと堪えて恵凛のもとに向かった。


「すみません、帰りましょう」


 恵凛が何か言いたげにしているのは分かったが、それよりも、なるべく早く璃音から距離を取りたかった慧は見向きもせずに昇降口を飛び出した。するとその態度を見て何かを察したのか、恵凛は言葉を飲み込んで慧の後を追い、昇降口から少し歩いたところで待っている慧の左隣に歩み寄った。そしてそのまま帰ろうとしたその時――


「あたしも一緒に帰る!」


 という高らかな宣言が背後から聞こえたかと思うと、その次の瞬間、慧の右隣には既に璃音が駆け寄って来ていた。


(ど、どういう状況だ、コレ……?)


 左には恵凛。右には璃音。まさしく両手に華状態のまま、慧は脳内で今の状況を整理しようとする。しかしどれだけ考えたところでこの状況は思考で解決できるものではないという結論に至り、一旦平常心を取り戻すことに努めた。


(落ち着け、俺。ひとまず、左右に二人がいることを意識から外すんだ……。なんて出来るわけ無いだろ! こんな経験初めてだってのに、こういう時に限ってこいつと連絡取れないし……!)


 慧は恨めしそうに左ポケットのラヴィを握るが、当然反応は無い。せめて三人の間で何か話題があれば良かったものの、特に会話も無い。そうこうしている内に三人は下り坂に突入し、いっそこのまま正門まで黙っていようと慧が心に決めた瞬間、璃音が口を開いた。


「二人は同じクラスなの?」

「え、うん。そうだけど」


 開口一番何が来るのか身構えていた慧だが、案外当たり障りの無い質問が来たので、安心してそう答えた。


「ふーん。でも、この前教室に行ったときはいなかったよね?」


 璃音は少し前のめりになり、慧の向こう側にいる恵凛のことを見て言った。


「あ、はい。諸事情で少し入学が遅れてしまって……」


 チラチラと璃音の方を見ながら恵凛が答える。


「ははぁー、ということは、あんたが噂のお嬢様ってことね?」

「知ってたのか?」

「知ってたも何も、隣の教室なんだから噂話くらい流れて来るわよ。それに、先生たちもなんかソワソワしてたし」

「意外と鋭いんだな」

「はぁ? あんたと一緒にされたくないわ。そんなことより」


 慧にキツイ一言を返すや否や、再び恵凛の方を覗き込んで話を続ける。


「龍宮って苗字は聞いたけど、下はなんて言うの?」


 にこやかに質問をする璃音に警戒心が解けたのか、少し表情が強張っていた恵凛も僅かに唇を綻ばせ、


「恵凛です」


 と答えた。するとすかさず璃音も自己紹介で返す。


「あたしは雀野璃音。よろしくね、恵凛!」

「は、はい。よろしくお願いします」

「もう~、そんな硬くならないでよ。璃音で良いからね」

「え、えっと、うん。り、璃音……」

「そうそう、そんな感じ!」


 始めこそは慧を間に置いて話をしていた二人だが、次第に女二人で話が盛り上がって行き、最終的には慧を無視して二人が先を歩く始末であった。


(少し寂しい気はするけど、まぁ、よくよく考えたら女同士の方が話しやすいだろうし、ラッキーだったのかもな)


 仲良く談笑している二人の背中を見ながらボーっと歩いていると、突然二人が立ち止まったので、慧も少し距離がある場所で立ち止まった。


「あんた、こっからはどう帰るの?」


 璃音が振り返ってそう聞いた。慧はそこでようやく、自分たちが正門までたどり着いたことを知った。


「え、あぁ、このまま駅に行って、下りの電車に乗って古屋根駅で降りるよ」

「マジ? あたしと一緒じゃん」

「そうなのですか?」

「ラッキー、それじゃあもう少し喋れるね!」

「はい!」


 二人の女子生徒は既に打ち解けた様子で喜びを分かち合うと、璃音の案内で駅に向かって歩き始める。


(両手に華から蚊帳の外か……。まぁまぁ、こっちの方が気楽だから良いけどさ。にしても、雀野も同じ駅なのか。龍宮とも気が合うみたいだし、最悪俺がいなくても大丈夫そうだな)


 数分前のパニックから完全に落ち着きを取り戻した慧は、事態が好転したことを嬉しく思いながら先を行く二人の後を追った。

 その後駅までの道のりで沈黙らしい沈黙が訪れることは無く、時折慧も会話に混ざりながら、三人は十数分間全くストレスを感じないまま駅に到着した。


「でね、その軽音楽部の先輩がさ」


 璃音はまたも先輩の愚痴を話しながら鞄から財布を取り出し、それを改札のリーダーにかざして通過する。そんな彼女に続き、相槌を打っている恵凛も改札を通過しようとするのだが、璃音を通した改札はすぐに仕切り板で道を閉ざし、恵凛の進行を妨げた。


「きゃっ!」


 改札の仕組みを知らない恵凛は突然出現した仕切り板に驚き、軽く後方に飛び退いた。そしてそのまま尻餅を搗きそうになっていたので、慧は慌てて彼女の背中を支えた。


「おっと、大丈夫?」

「は、はい。ありがとうございます」


 恵凛は顔を赤らめてそう言うと、素早く慧の元から離れた。


「多分だけど、ICカード、持って無いですよね?」


 手早く鞄から財布を取り出し、更にその中からICカードを引っ張り出した慧がそれを恵凛に見せながら問いかけると、恵凛は縮こまりながら頷いた。


「そっか、電車なんて使わないもんね?」


 改札の向こう側にいる璃音は勝手に一人合点してそう呟いた。


「今日明日は切符にして、土曜日に買いますか」


 慧の提案に恵凛が頷いた。しかし何故か不和というか、心地悪さが慧の胸をモヤモヤとさせた。するとその元凶はすぐに姿を現した。


「ふーん、もうお出かけの約束を?」

「え、いや……。そうだけど、なんて言うか、ただノートとかシャーペンを買いに行くだけだし」


 囃し立てるようなニヤついた笑みを浮かべる璃音は、慧と恵凛のことを交互に見る。対する慧は早急に疑いを晴らそうとするのだが、その言動があまりにも不安定だったので、却って璃音のニヤニヤを助長させる結果となった。


「雀野も来るか?」


 このままでは変な誤解が根を張ってしまうと感じた慧は、思いついた案をすぐ口にした。


「……ま、そこまで言うなら付いて行こうかな。部活も無いし、恵凛が何されるか分からないし。なんてね」


 璃音は再三慧を茶化すと、「ほら、さっさと切符買って来なよ」と言って先に階段を上がって行った。


「……すみません。勝手に」


 遠ざかる璃音から視線を外して目の前にいる恵凛のことを見て謝罪をすると、それに反応した恵凛が顔を上げ、ムスッとした表情をして見せた。そして、


「別に良いんです。ただ、敬語が気になっただけですから」


 不機嫌な子どものような声音としぐさを残して、恵凛は先に切符売り場に向かって行った。慧は、またやっちまった……。と心の中で思いながら、切符売り場へと速足で歩み寄り、恵凛に切符の買い方と改札の通り方を教え、二人は璃音が待っているホームに上がった。


「買えたみたいね」

「当たり前だ。久し振りでちょっと手間取ったけど」

「ま、カードがあれば切符なんて買わないもんね。それより、土曜日の行き先は決まってるの?」


 電車が来るまではもう少し時間があったので、璃音がそう切り出した。


「いや、特に決めてないよ」

「はい。私も全く詳しくないので」

「そっか。ならさ、星峰ほしみねに行かない?」

「星峰?」

「うん。あそこならこの電車一本で行けるし、おっきいショッピングモールもあるし、良いかなって」

「確かに。デカい本屋とか雑貨屋もあるし、そこが最適かもな」

「よし、じゃあ行き先は決定ね!」


 ホームのベンチに座って土曜日の計画を練っていると、アナウンスが流れた。どうやら下りの電車が来るらしい。隣同士で座っていた恵凛と璃音は、ショッピングモールの話しを続けながらほとんど同じタイミングで立ち上がると、黄色い線の近くまで進んで行った。


(ちょっと短気なところはあるけど、雀野っていい奴だな。……って思うのは俺の勝手だけど、確か俺たちってケンカしてるみたいな状態だったよな? あいつは何も思ってないのか? まぁ例えそうだったとしても、俺の方が気持ち悪いし、土曜日までに……。それか最悪、土曜日のどっかで謝っておくべきだよな)


 独りベンチに残って考え事をしていると、電車がホームに走り込んで来る音が聞こえて慧は我に返った。そして乗り遅れないように急いで立ち上がると、先に並んでいた二人と合流して電車に乗った。

 電車に乗ると一変、会話は全く無かった。それもそのはずで、恵凛が電車内のあちこちを興味津々に見回していて、会話どころではなかったのである。とは言え、そんな恵凛の姿を見ているだけでも退屈は凌げたので、慧と璃音は終始ニヤケながら三駅を越し、三人は短い電車旅を経て古屋根駅に降りた。


「恵凛、電車どうだった?」

「し、新鮮でした。あの独特の揺れ方や音、それに高速で過ぎていく風景が何とも……」

「あたしたちは慣れ親しんでるけど、こんなにびっくりする子もいるんだね……」


 璃音は慧に耳打ちするように呟くと、先に改札を抜けた。それに続いて恵凛、慧と改札を抜け、一行は駅前で立ち止まった。


「あたしはすぐそこのアパートなんだけど、そっちは?」


 璃音は線路沿いの先に小さく見える数個のアパート群を指差した後、慧の方に向き直った。


「俺はそこの横断歩道を渡った先にある住宅街」

「へぇー、あの広い住宅街なんだ。こんど家教えてよ」

「教えるだけなら良いけど、絶対に入れないからな」

「思春期男子特有のやつね!」


 璃音はそう言って慧のことを肘で小突くと、猫のような軽い足取りで線路沿いを数メートル駆けて振り返り、「じゃあね! また明日!」と元気な挨拶と共に大きく手を振り、再び駆け出した。


「じゃあ、俺たちも帰ろうか」

「う、うん」


 少しの間璃音を見送った後、慧と恵凛は気まずい言葉遣いを切り口に、横断歩道を渡って行く。一方、真っすぐ駆けていた璃音は突然立ち止まり、横断歩道の奥に消えて行く二人を見ながら大きなため息をつくのであった。


「はぁ、疲れた。なんであいつあんな冷静なわけ。謝れなかった腹いせのつもりで近づいたのに、こっちが馬鹿見るところだったわ。はぁ、ほんと恵凛がいて助かったぁ……」


 三十分程装っていた空元気が一気に抜け落ち璃音は、誰も居ない線路沿いの道をとぼとぼと歩いて行くのだった。

 その頃、とうに横断歩道を渡り終えた二人は住宅街を歩いていた。つい数年前までは空き地だらけだった古屋根駅前だが、今では色とりどりの家屋が連なり、あたかも賑わった町のように見せている。しかしその実態は、今一つ何かが足りない寂れた駅に相応しい住宅地となっていた。


「意外と静かなのですね」


 雰囲気をそのまま感じ取った恵凛は言葉を選ぶ様子もなく、素直に感想を述べた。


「もっと騒がしい場所だと思ってました?」

「はい。勝手に賑やかな場所だと決め込んでいました」


 偏見を抱いていた自分を嘲るようでいて、しかしどこか安心した様子の笑みを浮かべて答えた。


「たまーに賑やかな日もあるんだけどね。……あっ、あそこ、俺の家です」


 落ち着いた調子で会話を続けていると自宅が視界に入ったので、慧はそこを指し示しながら恵凛の方を見た。すると恵凛はその指が示す家屋を眺め、小さく細かく頷いたかと思うと、突然眉をしかめた。


(何か見たらマズいものでもあったのか?)


 と突然不安になった慧が視線を前方に戻すと、自宅の前に黒いスーツを纏った白髪の男性が立っているのが見えた。


(なるほど、お出迎えが気に食わなかったのか)


 合点がいくと恵凛の態度が急に微笑ましく感じられたが、慧はなるべくそれを表情に出さないように堪え、二人はお互いの門前に到着した。


「ありがとうございます。風見様」

「いえ、気にしないでください」

「これからもしばらくはご迷惑をおかけするとは思いますが、どうかお嬢様をよろしくお願いします」


 アイロンなのか糊なのか、とにかくキッチリと皺の無い新品同様のスーツを着た執事は、これまたキッチリかっちりとしたお辞儀をして見せた。


「……ありがとうございました」


 それを見た恵凛は少し不服そうではあったものの、なんとか笑みを浮かべて軽く頭を下げて礼を述べると、逃げるように家へ入って行ってしまった。


(恥ずかしいのか反抗期なのか、とにかく執事さんのことには触れないほうが良さそうだな)


 心の内で恵凛の地雷を整理しながら彼女を見送ると、執事が再び頭を下げた。


「これは、失礼いたしました。まだ生活に慣れてない故、どうか大目に……」

「はい、大丈夫です。なるべく早く馴染めるよう、俺も努めます」


 その後、まだまだ遠慮の色が濃い挨拶を交わすと、慧は頭を何度もペコペコと下げながら自宅に戻った。


「ふぅ、なんとか無事に帰って来れたな……」


 玄関ドアの施錠を終えると、疲労の余り廊下に寝転がり、靴も脱がずにしばらく天井を眺めた。すると後頭部に震動が伝わるとともに、足音が聞こえて来た。


(あ、そうだ……!)


 慧がそう思ったのも束の間。


「おかえり、慧!」


 と、眼鏡をかけて口髭を存分に生やした父、風見裕飛かざみゆうとの顔が逆さまに覗き込んで来た。


「ただいま、父さん」


 父と頭をぶつけないようにゆっくりと上体を起こすと、靴を脱ぎながら久し振りの挨拶を交わす。


「この場合、ただいま。の方が正しかったか?」

「そんなことはどうでも良いよ」


 慧は父をあしらいながらリビングに向かい、父はそんな息子の後を追う。そうして慧がリビングに入ると、テーブルにはノートパソコンと様々な書類が散らばっていた。


(マズい。この感じだと、速攻ラヴィの話が飛んできそうだな)


 危険を察知した慧がリビングから離れようとすると、父はスルスルと慧の背後を抜けてパソコンの前に座り、その横の椅子を引き出してポンポンと叩いた。


「ひとまず、試作品を預かっても良いか。仕事を見たいならここに座って良いから」


 予想通り早速仕事の話が飛んできた。もう素直にデバイスを紛失したと伝えるしかないか。と、慧が左ポケットからラヴィを取り出してそれを父に手渡すと、父はパソコンから伸びるケーブルにラヴィを繋ぐと、


「よし。じゃあこれから、コイツのアップデートを始めるぞ」


 と言って、忽ち作業を開始した。

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