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第百二十四話 再確認

 六時限目の終了を告げる鐘が鳴った。情報科学の授業でパソコン室に移動していた生徒たちは、担任の教師が号令をかけるや否や席を立ち、ぞろぞろと雪崩のようにパソコン室を出て行く。慧はそれを椅子に座ったまま静観し、恐らくクラスメート全員が出て行ってから席を立つ。そして出入り口へ向かう前に、左隣の眠り姫に声を掛ける。


「江波戸、終わったぞ」

「ん……。終わった……」


 伊武は反射的に慧の言葉を繰り返しながら上体を起こし、慧のことを見上げる。


「早く行かないと。帰りのホームルームが始まっちゃうぞ」

「ん。分かってる……」


 まだ寝ぼけている伊武を半ば強制的に立ち上がらせると、二人はパソコン室を後にした。

 慧と伊武が教室に戻って来ると、教室には既に内海の姿があった。内海は教卓の向こう側に立ち、プリントとにらめっこをしている。一方生徒たちはその姿を横目に、帰りの支度を進めている。静かなのに忙しない、そんな室内の空気を感じ取り、何となく、自分も早く帰りの支度を始めた方が良いのかもしれないと思えてきた慧は、足早に自分の席へ向い、帰りの支度を始めた。

 それから数分が経過して鐘が鳴ると、内海は教室を見渡し、生徒が全員揃っていることを確認した後、


「はーい。それじゃあ帰りのホームルームを始めます」


 と声を上げ、ヌルッとホームルームが始まった。


「まずは来週のことから。来週はみんな知っての通り、学期末テストです」


 内海がそこまで話を進めると、教室内は抗議や文句でざわめき立つ。


「はいはい、静かに。何を言ってもテスト期間の変更はありませんからねー。しっかりと復習をしておくように。それと、今週の木曜日から七月に入るということで、クールビズになります。ブレザーは着用しなくても大丈夫です。あと、テスト期間が終わったら、二学期に行う体育祭と文化祭の準備が始まるので、両実行委員はなるべく放課後の予定を空けておいてください……」


 等々。内海は間髪入れず、連絡事項を淡々と伝えていき、数分後、


「はい。少し長くなりましたが、連絡は以上です。日直さん、号令お願いします」

「起立、気を付け、礼」


 内海の指示を受けた日直が号令を掛け、帰りのホームルームが終了した。


「江波戸は真っ直ぐ帰るのか?」


 憂鬱な月曜日から解放され、周囲の生徒たちが騒ぎ出す中、慧は少し大きめの声で隣の伊武に話しかける。


「ん。帰るけど」


 そっか。じゃあ一緒に帰ろう。慧がそう返そうとしたその時――


「おっと、ごめんね~。ちょっと後ろ失礼するよ~」


 この学校で一番騒々しいと言っても過言では無い人物の声が聞こえてきた。その声を聞いた慧は、間違いなくあの人だ。と思い、すぐに声がした方を、つまりは教室後方の出入り口に視線を向けた。するとそこには予想通り、こちらに向かってくる輝虎の姿があった。


「やあ、助手君」

「ど、どうも、先輩」


 目の前まで来て挨拶をした輝虎を見上げ、何をしに来たんだろう……。とシンプルな疑問を抱きながら慧は挨拶を返す。


「まだ帰っていなくて良かったよ」

「今から帰ろうかなってところでした」

「そうかそうか。間一髪ということだね」

「まぁ、そうですね。それで、何かあったんですか?」

「おぉ、そうだった。話を進めなくては。今日はだね、久し振りに部活動をしようと思ってここに来たんだよ」

「部活動、ですか?」

「あぁ。進捗を確認しようと思ってね」


 輝虎はニヤリと笑みを浮かべて答えると、背後に回していた両手を前に持って来た。その両手には、以前慧と一緒に買いに行ったカメラが握られていた。


「確認って……。オーブのですか……?」


 周りの視線を気にした慧は声の調子をワントーン下げて質問を続ける。


「そう。その通り。というわけで、後は理科室で話そう」

「いや、えっと、その……」


 これから伊武と一緒に帰る気満々だった慧は返答に詰まる。すると背後から、


「行きなよ」


 と、不愛想な伊武の声が届いた。これは果たして慧を見限ったが故に発された冷淡な言葉なのか、はたまた、慧の背中を押すために発された激励の言葉なのか、慧は瞬時にその判別をすることは出来なかったが、とりあえずこっちが謝っておけばこの場は収束するだろうという処世術は心得ていたので、慧は伊武の方を振り向き、とりあえずの謝罪をしようとしたのだが、慧が謝罪をするよりも前に、


「何を言っているだい、伊武君。君も来るんだよ」


 当たり前のように輝虎がそう答えた。


「は……?」

「ハハッ、何を呆けているんだい。君も部員なんだから当たり前だろう。さっ、行こう!」


 強引に話を進める輝虎に対し、伊武は鋭い視線を返す。しかし何のその。輝虎は何食わぬ顔で、それどころか余裕の笑みを浮かべて伊武と目を合わせ続ける。


「す、すぐ終わるんですよね?」


 このままでは埒が明かないと思い、慧が間に割って入る。


「あぁ。写真を撮って、少しお話をするだけだからね」

「ってことらしいからさ、江波戸、付いて来てくれないか?」

「……はぁ」


 伊武はあからさまに嫌そうなため息を吐いて席を立つ。


「よーし。伊武君も乗り気になったみたいだし、理科室へ向かおうか」

「は、はは……。ですね」


 どこをどう見たら乗り気なんだよ……。と言いたい気持ちは山々だが、そんなツッコミを入れても意味が無いことを知っている慧は、愛想笑いを浮かべ、賛同の言葉を返しながら席を立った。


「そう言えば」


 教室を出て少し歩いた折、輝虎が卒然と話を切り出した。


「今日、恵凛君はどうしたんだい?」

「龍宮は早退しました」

「早退?」

「はい。多分、家のことで」

「ふむ、そうか」

「龍宮も呼びたかったですよね」

「いや、むしろいなくて良かったよ」

「いなくて良かった?」

「あぁ。今日は端から助手君と伊武君だけを誘うつもりだったからね。恵凛君を煙に巻く手間が省けて良かったよ」

「そうだったんですか? でも、進捗の確認をするなら、龍宮の写真も撮っておいた方が良いんじゃないですか?」

「確かにそうだね。しかし、鑑定の帰りにも言っただろう。僕はオーブのことを彼女に話さない方が良いと思っているって」

「はい。言ってましたけど、もしかしたらオーブが消えている可能性も……」


 話に熱が入り、ペラペラとここまで喋ってしまったところで慧はようやく思い出した。この場には自分たちの他に、伊武がいるということを。


「どうしたんだい? ははぁ、なるほど。伊武君のことを気にしているんだね?」


 慧はその問いに、沈黙という回答を選んだ。言葉にしないことで自らは最小限の怪我に抑えつつ、相手には肯定の意を表する最も有効的な手段だと思ったからである。


「ハハッ。大丈夫だよ。伊武君は口が堅いからね」


 そんな慧の意図を汲み取ってくれた輝虎は、まるで勝手知ったると言わんばかりに軽い口調で答えた。それに対して慧は頷いて応える。伊武本人がそう答えたわけでもなく、この発言の真実味を裏付けする根拠があるわけでもない。それなのに、慧はその言葉を受け入れて頷いたのである。もしかしたら輝虎には、根拠のない発言を根拠のある発言だと思わせる力が備わっているのかもしれない。或いは、慧が知らないだけで、輝虎は本当に伊武の口の堅さを知っているのかもしれない……。なんてやり取りをしているうちに、三人は理科室に辿り着いた。


「さてと、それじゃあ早速写真を撮ろうか。まずは伊武君からね」


 理科室に入ってすぐ、輝虎は二人の方を振り返ってそう言うと、理科室中央にある生徒用の実験台に向かい、背もたれの無い木椅子を一つ引き出し、カメラの設定を始めた。それを見て慧は、左隣に立つ伊武の方を向いて口を開く。


「悪かったな、江波戸」


 無理やり連れて来る形になってしまったことに加え、先ほど知らなくても良い秘密を共有してしまい、それを共に背負わせることになってしまったことを申し訳なく思っていた慧は、伊武にだけ聞こえる声で謝罪をした。それに対して伊武は、


「別に。あんたのせいじゃないでしょ」


 と、慧の方は見ずに、喜怒哀楽の無い平坦な調子で答えた。ここまで無感情に正論で返されてしまうと慧としても返す言葉が見当たらず、会話はそのまま自然消滅した。


「準備完了! さぁ伊武君。ここに座ってくれ給え」


 やがて準備を終えた輝虎が、再度伊武に声を掛かる。呼ばれた伊武は気だるそうに小さく一つため息を吐いて慧の横から離れると、引き出された木椅子に座った。


「一枚じゃ写らないかもしれないから、何枚か取らせてもらうよ」


 輝虎はレンズを覗き込みながら撮影の方針を告げると、伊武の答えを聞かずに撮影を始める。カシャカシャと微かに聞こえるシャッターの音と、微力なフラッシュが数回焚かれ、輝虎はカメラから顔を離す。


「オッケー。じゃあ次、助手君」


 そう言う輝虎の指示に従い、慧は伊武と入れ替わる形で木椅子に座る。そして伊武の時と同様、輝虎は少しずつ角度を変えながら数回の撮影を行う。そして、


「うん。いいね。完璧だ!」


 二人分の写真撮影はあっという間に終了した。


「オーブ、写ってますか?」

「うーん。見た感じ、伊武君の方には何も写っていないみたいだね」


 輝虎は今撮ったばかりの写真を確認しながら答える。


「俺の方は?」

「待ってね。今見るから。……こ、これは!」

「な、なんですか?」


 慧の問いに対し、輝虎は口では答えずにカメラを慧に差し出す。慧はその行動に嫌な予感を抱きながらも、差し出されたカメラを受け取り、画面を見る。するとそこには、以前よりも鮮明に写る虹色のオーブがあった。


「ま、前よりもハッキリ写ってますね……」

「うん。心なしか大きくも見えるね」


 目の前で腕組をして余計なジョークを添える輝虎だが、慧の耳にはそのジョークすら入って来ない。慧の頭の中にはただ一つ、いや、ただ一人、母の影だけが浮かぶのであった。


「何か心当たりでもあるのかい?」


 考え込む慧を見て何か察知したのか、輝虎は真剣なトーンで問い掛ける。


「いえ、まだなんとも……」


 対して慧は煮え切らない答え方をする。


「ふむ、分かった。じゃあこうしよう。今日は解散にして、また明日集まる。それまでにお互い、宿題をこなすんだ。僕は写真の現像。助手君は考えをまとめておくこと。いいね?」


 慧の様子を見て何か感じ取ったのか、輝虎はテキパキと予定を組み直し、瞬く間に二人を理科室から追い出すと、鍵を閉め、サラリと挨拶を残して職員室へ向かってしまった。そうして廊下に残された慧と伊武は、無言で視線を交わした後、


「じゃ、行こ」


 という伊武の一言で帰路に就くのであった。

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