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第百二十話 青の向こう、赤の狙い

「いいね。そう来なくっちゃ。じゃあまずは――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 今止めなければ、球体が坂を転がり落ちるように加速度的に話が進んでいき、最終的には自分の手に負えない事態になってしまうかもしれない。と危惧した慧は、慌てて口を挟み、話を一時中断させる。


「なんだい、助手君?」

「機能チェックって、何するんですか?」

「ハハッ。そんなに身構えなくても大丈夫だよ。根掘り葉掘りラヴィ君を尋問しようなんて考えはないからね。ましてや、勝手にラヴィ君の機能を体験させてもらおう、なんて気もさらさら無いから安心してくれ給え。僕はただ単純に、ラヴィ君はどんなことが出来るのか。これをチェックしたいだけなんだ」

「……分かりました。でも、怪しい質問、もしくは行動を始めたら、すぐに止めますからね」


 輝虎の言葉に嘘はないように感じた慧は、監視することを条件に機能チェックを承諾した。


「ハハッ。ありがとう。では、チェックに戻らせてもらうよ」


 輝虎はすんなりそれを受け入れると、慧に感謝を述べ、再びラヴィ本体に向き直って質問を再開する。


「ということでラヴィ君。機能チェックを始めてもいいかな?」

【えぇ。何でもお聞きください】


 一応輝虎には釘を刺しておいたし、ラヴィが口を滑らせるとも思えないが、もしものことが起こる可能性はまだある。と思った慧は両耳に神経を集中し、二人の会話に耳を澄ませる。


「よし、じゃあ早速質問を。と行きたいところだが、まずは前提の確認からさせてもらおうかな」

【はい。良いですよ】

「前回助手君と話した時、君は主に助手君の相談役のようなことをしていて、問題に対するアドバイスをしてくれたり、人物や会話、場所なんかの情報を記録してくれたりしている。と聞いたが、これに間違いはないかな?」

【はい。合っています】

「じゃあ次に、イヤホンと眼鏡。前者は助手君との会話を成立させるためのツールで、後者は助手君の視界をラヴィ君と共有するためのツール。という解釈で良いかな?」

【はい。その解釈でよろしいかと】

「オッケー。ありがとう。前提確認はこれで終了だ。次からは、今聞いた前提を元に、いくつか質問を、いや、問題を出させてもらうよ」

【問題、ですか?】

「あぁ。さっき助手君にも言ったが、ラヴィ君はどんなことが出来るのか。これを確かめる為に、ちょっとしたテストを考えたんだ。それで君の機能をチェックさせてもらおうかなと思ってね」

【ふむ、なるほど。分かりました。応じましょう】


 ラヴィの答えに輝虎は小さく頷いて応え、出題に移る。


「ではまず一問目。僕は今朝、何時に風見宅を訪れたでしょう」


 輝虎の口から発せられた質問に慧は唖然とする。


(な、何を言い出したんだ、この人……? 本当に機能チェックと関係あるのか……?)


 あまりにも予想外の質問に慧が困惑していると、


【え、えぇっとですね。宇留島氏が訪れた時、ご主人は丁度眼鏡を掛けていなかったので、宇留島氏が訪れた正確な時間は答えかねますね】


 ラヴィも少々困惑した様子で答える。


「うーん、そうか。眼鏡を掛けていなかったのか……」

【はい。申し訳ありません……。一応、ご主人が家を出た時間でしたらお答えできますが、それでは答えになりませんよね?】

「いや、それでも良い! 助手君が家を出た時間を答えてもらっても良いかな?」

【承知しました。ご主人が家を出た時刻は、十二時四十二分です】

「ほう。なるほどね……」


 輝虎は感心した風に呟きながら小刻みに頷くと、出題を続ける。


「よし、じゃあ次、二問目。僕が最初の行き先として提案した場所はどこでしょう」


 またしても変な質問。というか、意図の分からない問題が続いたが、別に不審な言動を取っているわけではないので、慧は黙って動向を窺う。


【喫茶店ですね】


 ラヴィも危険は察知していないらしく、慧の不安を洗い流すように淡々と答える。


「オッケー。じゃあ次、三問目。僕は駅のプラットホームでエナジードリンクを買いました。さて、それはどの段の何番目だったでしょう」


 確かにエナドリを買ったのは見てたけど、流石にそこまでは覚えてないな……。問題のハードルが少しだけ上がり、慧も思わず記憶を探り始める。しかし慧が答えに辿り着くよりも前にラヴィが迅速に回答する。


【最上段の左から二番目のボタンを押しました。ちなみに、最上段の一番左とその隣は同じ商品ですので、どちらのボタンを押していても商品は同じですね】

「うん、正解。じゃあ次、四問目……」


 と、こんな調子の問題が合計で十問ほど続いた。出題されたものは全て、風見宅から今この場所に至るまでの間に何があったか、或いはどんな人物がいたかについてだけで構成されていた。慧も何となくその仕組みに気付いてはいたが、別に怪しい問題だとは思わなかったので、首は突っ込まずに静観した。そうして十数分が経過し、テストは少しの波乱もないまま大詰めを迎える。


「じゃあ次、最終問題」


 輝虎はそう言って一呼吸置き、


「助手君は今、どこを見ている?」


 と、最後の問題を出した。


「へっ……」


 機能チェックの意図を考えながら輝虎のことを凝視し、ぼんやりと問題を聞いていた慧は、まるで冷水をぶっかけられたかのように、声にならない声を漏らし、ビクッと背筋を伸ばす。


(きゅ、急になんだ? これも機能チェックのための質問なのか? それとも、俺がテストされてる……?)


 突然自分の名前が挙がり、慧は身構える。すると程なくして出題者である輝虎は顔を上げ、頬杖をつき、竦んでいる慧のことをわざとらしく真っすぐに見つめ始めた。深い青色の瞳……。それは全てを見透かしているよと言いたげに、慧の堅牢な心の壁をすり抜け、慧の弱気に潜り込み、それを引っ張り出そうとする。この瞳に見つめられると、毎度毎度恐れを抱く。しかしそれとは裏腹に、引き込まれる。包まれる。こちらの気持ちは引き出されるのに、あちらの気持ちは全く読めない……。そんな一方的で理不尽な読み合いが続くこと数秒、


【ゴホン! 今はですね】


 と、ラヴィの大仰な声が骨を伝い、脳に響いた。そのおかげで慧は正気を取り戻すと、ラヴィが答えを言う前に慌てて視線を逸らし、ズボンのポケットからスマホを取り出した。


【えぇっと、スマホの画面を見ていますね。時刻は十四時三十六分です】


 ラヴィは輝虎の問題に対し、正確に、今現在慧が見ているものを答えた。すると輝虎もズボンのポケットから自分のスマホを取り出し、時間を確認し、小さく鼻で笑った。


「フッ、なるほど。過去の映像はしっかりと録画されているし、リアルタイムの映像は遅延なく、正確無比に伝達されているみたいだね」

【はい。これで証明出来ましたかね。私が優れた人工知能であるという事と、イヤホンと眼鏡が優れたツールであるという事が】

「あぁ。充分だよ。君は間違いなく優れた人工知能だ。そしてイヤホンと眼鏡は、そんな優れた君に相応しい優れたツールだよ」

【ありがとうございます。やはり、褒められるというのは気持ちが良いものですね】

「わお。凄いな、褒められる嬉しさを知っているとは」

【えっへん。高性能な人工知能ですからね! と言っても、作ったのはマスターですが】

「ハハッ。全くだ」


 ラヴィのナイスフォローのおかげで話は緩やかに収束し始める。慧はそんな二人の会話を聞きながらスマホをスリープ状態にすると、ポケットにそれをしまい、輝虎に視線を戻して会話に参加する。


「機能チェック、終わったんですか?」

「あぁ。終わったよ」

「結果はどうだったんです?」

「大満足だよ。僕がチェックしたいと思っていたことは全てチェック出来た。ラヴィ君の機能は全て、僕の予想以上、いや、予想の遥か上を行っていたよ」

「そうでしたか。良かった」


 慧はそう答えてから小さく安堵の息を漏らし、表情を作り直してから言葉を続ける。


「で、結局先輩は何のチェックをしたかったんですか? 俺が思うに、ラヴィとデバイスたちの機能をチェックしたかったのは本当だと思うんです。けど、その裏には、他に何か確かめたいことがあったんじゃないかと睨んでるんですよね。例えば、俺が嘘をついていないか確かめたかった。とか」

「うーん。そうだねぇ……」


 慧の問いに輝虎は渋い表情を浮かべる。


「あっ、すみません。その、言いたくないなら別に無理強いはしませんよ。ラヴィを強制シャットダウンさせられたわけではないので」

「ぐっ……! それは少し、僕を刺しに来ているんじゃないかな……?」

「いえ? 俺が寝ている間に勝手にラヴィに触って、勝手にラヴィを再起不能にしたことなんて、根に持っていませんよ?」

「ぐはっ……。わ、分かったよ。腹の内を話すよ」


 観念した様子で答えると、輝虎は手元のコップを持って喉を潤し、話し始める。


「前半の半分は助手君の言った通りだ。本当に、ラヴィ君の機能と、イヤホンと眼鏡の性能を確かめたかったから、あえて変な行動をしたり、様々な人が行き交う星峰を選び、ちょっとしたテスト形式で機能チェックをさせてもらった。そして次に後半の推察だが、これは少し間違ってる。一割、良くて二割正解と言ったところかな。正直、僕も最初は君の発言を疑っていたよ。でも、普通に考えたら、君があの場面で法螺を吹くメリットが無い。だって、あんな話をしたら僕に追及されることは火を見るよりも明らかだからね」


 自分がしつこいという自覚はあるのか……。と思う慧だが、ツッコミはせずに輝虎の言葉に耳を傾ける。


「と、そこで僕は閃いたんだ。君への信頼度を百パーセントにしつつ、ラヴィ君とツールたちに触れる機会を作る一挙両得の策を。それが、抜き打ちの機能チェックだったというわけだよ」

「なるほど……」

「その結果、現状ラヴィ君はどんなことが出来るのか、どんな感じで会話をするのか、どんな感じで視界を共有しているのかを知れたし、ラヴィ君のキャラクターも知れた。そしておまけに、僕は助手君を百パーセント信頼することが出来るようになった。つまり大成功と言うわけさ」

「おまけなんですね」

「あぁ、おまけだよ。君への信頼は元から百パーセントに近かったからね。もっと詳細に言うのならば、助手君が騙されているのではないかと思っていたというだけで、君と言う人間を疑ったことはないよ」


 輝虎は小恥ずかしいセリフを難なく言い切ると、いつものように悪戯な笑みを浮かべた。それは間違いなくからかいの成分も含有されている笑みなのだが、慧はその笑みを通して輝虎の深い青の先にある心性を垣間見たような気がして、嬉しく思うと同時に、自分の鼓動が高鳴るのを感じた。

 そんな気持ちの探り合いを終えた後、慧は輝虎に、ラヴィは読唇術が使える。という事を明かした。するともちろん、「僕にも体験させてくれ!」と輝虎が言い出したので、慧は追加で十数分間、周囲の客のプライベートを害さない程度に読唇術を体験させてやり、輝虎が充分満足したところで二人はショッピングモールを出た。


「いやぁ。今日は楽しかったよ!」

「なら良かったです」

「あれ、助手君は楽しくなかったのかい?」

「楽しかった。と言うよりかは、ラヴィの情報がしっかり伝わって良かった。って感じですかね」

「ハハッ。そうか」


 本音を言うと、変な探り合いばかりで心労が絶えなかったが、今日に関してはそれに相当する成果、進歩もあった気がしたので、慧はそれ以上のことは言わずに置いた。


「それじゃ、ここで解散にしようか」


 改札を抜けたところで輝虎が切り出す。


「僕はこのまま下りの電車で竹川に帰るよ」

「分かりました。お気をつけて」

「あぁ、助手君もね」


 挨拶に合わせて優雅にひらりと手を振ると、輝虎は下りのホームに下りて行った。


【上手く話せましたね】

「うん。先輩とは今後もこの距離感を保っていこう」


 慧は安堵した表情で輝虎の背中を見送り、反対のホームに向かった。


 ……古屋根駅に帰って来たのは、なんだかんだで十六時を回った頃であった。


(意外と遅くなっちゃったな。まぁ、家を出るのが遅かったし、仕方ないか。そう言えば、父さんはもう帰って来てるかな?)


 信号待ちにふと父のことを思い浮かべた慧は、信号が青に変わると同時に早足で横断歩道を過ぎ、住宅街を進み、自宅を目指す。……しかしそれから数分後、軽いはずだった慧の足取りが止まった。何故なら、


「えっ、アレは……」


 家の前に、幾度か見たことのある赤い軽自動車が止まっていたからである。


(何度も何度も、ウチに何の用なんだ? 話し掛けてみるか……)


 慧がそう決心した直後、運転席と助手席のドアが開いた。そして助手席からは父が、運転席からはサングラスをかけた女性が出て来た。


「ごめん。わざわざ送ってもらって」

「いいの。それより、今日話した事、考えておいて」

「……うん。分かってるよ」


 歯切れ悪く答えた父は、車の後ろを回るために駅側を向く。すると当然慧と目が合った。


「さ、慧……」


 父がそう呟くと、運転席側に立っていた女性も慧の方を見た。かと思うと、すぐに視線を逸らして車に乗り込み、走り去ってしまった。慧には、何が起きたのか全く理解が出来なかった。

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