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第百十九話 魂胆

 突然来訪した輝虎の一方的な世間話を聞きながら歩くこと数分。気付けば駅前の横断歩道まで来ていたので、そろそろ行き先を聞きたい。いや、聞き出した方が良いと思った慧は、話がほんの少し途切れたタイミングにすかさず口を開く。


「ところで先輩。行き先はどこなんですか?」

「うーん。そうだねぇ。どうしようかねぇ」

「えっ……? 行き先、決まってないんですか?」

「あぁ。決まってないよ」

「えっとじゃあ、これは今、どこに向かって歩いてるんですか?」

「とりあえずは駅だね」

「と、とりあえずって……」


 慧はそう呟きながら、


(行く先が決まってないんだったら、今日は父さんもいないし、引き返して家で話すか?)


 と考えたが、やっぱり辞めた。父がいないとは言え、父の仕事道具は家に置いたままなので、それらを輝虎に触られたりしたら大変なことになる。と思ったのである。それに、そんなホイホイと簡単に女性を家に招くものではない。とも思ったから、提案するのは辞めにした。なんて考えている内に横断歩道を渡ると、


「あっ。あそこなんてどうかな」


 と、輝虎が指で示しながら話を再開する。その指の先には、昨日も訪れた喫茶店があった。


「い、いや、あそこは辞めておきましょう」


 連日邪魔になるのはなんだか申し訳ないような気がしたし、加えて、もしも堤に見られたら、輝虎との関係や、自分の女性関係について変な勘違いをされるかもしれないと思った慧は、喫茶店の提案を断り、二人はそのまま駅へと向かい、改札を抜け、階段を上り、プラットホームまで来た。


「さてと、これでまた振り出しに戻ったわけだが……」


 口では悩ましそうな事を言っている輝虎だが、スマホを取り出して行き先のリサーチをしようともしないところを見るに、本心では全く焦っていないようである。その挙句彼女は悠々と自動販売機の前まで移動すると、ラインナップを見てポケットから財布を取り出し、小銭を探し始めた。


「先輩。探す気ないですよね?」

「ん? あるよ。絶賛探しているとも……。おっ、あった」


 輝虎は雑に答えながら数枚の小銭を掘り出すと、それを自販機に飲み込ませ、最上段の左側に並んでいるエナジードリンクのボタンを押す。


「はぁ、出来れば小銭じゃなくて行き先を探してほしいんですけど……」

「探してる探してる」


 ニヤリと笑みを浮かべて答えると、輝虎はタブに指を引っ掛けて缶を開ける。すると忽ち、プシュ。っと爽快な音が鳴り、缶は瞬く間に輝虎の口元に運ばれた。かと思うと、今度はゴクゴクと、まるでコマーシャルのようにキレイな喉越しを慧に聞かせながら、輝虎はエナドリを一気に飲み干した。


「かぁー、生き返る」

「ちょっと、おやじクサいことしないでくださいよ……」


 慧は周囲の視線を気にしてすぐさまツッコミを入れる。しかし輝虎は、


「別にいいだろ。僕にも君にも周りの人にも、悪影響があるわけじゃないんだから」


 と無頓着に答え、空になった缶をゴミ箱に捨てた。


「ま、まぁ、その通りですね……。じゃなくて、結局行き先はどうするんですか?」


 何故か本筋とは全く関係無い話題で丸め込まれそうになった慧は、慌てて論点を戻す。


「そうだねぇ、お昼にしようか」

「お昼って、昼ご飯ってことですか?」

「あぁ、そうさ。昼ご飯、まだ食べていないだろう?」

「はい。まだ食べてないです。でもこれって、昼ご飯を食べるって目的が決まったってだけで、行き先が決まったことにはならないんじゃないですか?」

「いいや、目的が決まると同時に、たった今行き先も決まったよ。星峰に行こう」

「星峰ですか。まぁ、あそこならフードコートがありますけど……」


 話をするのには適していないのでは? と思う慧だが、その意見を述べる前に、


「よし、じゃあ星峰に決定だ!」


 と、輝虎は行き先を定めてしまった。すると間もなく、輝虎の意見を後押しするかのように、ホームに電車が到着するというアナウンスが流れたので、慧は自分の意見を飲み込み、もうしばらく輝虎の自由に付いて行くことに決めた。

 それから約十五分間電車に揺られた後、慧と輝虎は星峰で下車した。そして激しい人波に流されながらもなんとか改札を抜け、ペデストリアンデッキを迷うことなくショッピングモールの方へ進み、モール内に入ると真っすぐエスカレーターに向かい、それに乗って四階まで移動すると、老若男女問わず、人でごった返しになっているフードコートに辿り着いた。


「ふぅ、流石に日曜の昼は混みますね」

「うん。そうだね。でも、偶にはこう賑やかな所で食事をするのも悪くない」

「そう、ですかね?」

「あぁ。それじゃ、何を食べるか決めようか」

「はい」


 未だに輝虎の意図は読み取れないが、きっと何か考えがあるのだろう。と思った慧は、ここでも変に突っかかることはせず、輝虎と共にぐるりとフードコートを一回りした。その結果、二人とも天丼が食べたいということだったので、二人は同じ天丼屋の列に並び、ほとんど同タイミングで料理を受け取ると、フードコートの窓際にある二人掛けの小さな席に着いた。


「日差しは少々気になるが、まぁ、座れただけ良しとしようか」

「ははっ。ですね」

「さて、いただくとしようか」

「はい。いただきます」


 こうして食事を始めた二人は、何々の天ぷらが美味しいだとか、あの店も気になるだとか、食にまつわる会話をポツポツと交わし、ラヴィの話は一切せずに食事を楽しんだ。そして三十分経つか経たないかの折、慧が先に食べ終わり、それに続く形で輝虎が食事を終えた。


「ふぅー、美味しかったね」

「はい。久しぶりに食べましたよ、天丼」

「あぁ、僕もだよ。……とまぁ、これで腹ごしらえも済んだことだし、お待ちかねのお話に移ろうか」

「はい。分かりました」

「と、その前に、食器を返却してくるよ」


 輝虎はそう言って席を立つと、慧のトレイも取り上げた。


「あっ、自分でやりますよ」

「いや、僕が持っていくよ。席が無くなってしまうかもしれないからね」

「でしたら俺が二人分――」

「大丈夫だよ、これくらい。君はラヴィ君の準備をしておいてくれ」


 不敵な笑みを浮かべると、輝虎はそのまま二つのトレイを持って天丼屋の方に歩いて行ってしまった。


【準備と言われましても、何をすれば良いですかね?】


 輝虎が立ち去って間もなく、ラヴィが話し掛けて来た。


「うーん、そうだな。どこまで話して、どの情報を隠すか。とかは決めといた方が良いかもな」

【包み隠さず話すのでは?】

「そのつもりだけど、細かい点は隠しても良いだろ。例えば、ラブ・ナヴィだから、ラヴィって名前になったこととか」

【むう。名前は私の大事なアイデンティティの一つなのですが……。まぁでも、良いでしょう。宇留島氏に恋愛サポートナビだと伝えるのは不利益が生じてしまう可能性がありますからね。それは隠しておきましょう】

「うん。あと、先輩のデータを保存してるってことも隠しておこう」

【そうですね。ご主人が変態扱いされてしまうのは避けたいですからね】

「べ、別に俺だって好きで保存してもらってるわけじゃないし……」

【えぇえぇ。分かっていますとも。それで、総括しますと、今日隠しておくのは、私が恋愛サポートナビであるという事と、宇留島氏のデータを保存しているという事。この二点でよろしいですか?】

「うん。後は臨機応変に行こう」

【ラジャーです】

「お待たせ、助手君」


 準備と言うよりかは、軽い作戦会議が終了したところで輝虎が戻って来た。


「準備は出来ているかな?」

「はい」


 慧はカツカツの唾を飲み込んでから答えると、ポケットからラヴィの本体を取り出し、テーブルの上に置く。


「確かこれが本体で、眼鏡は今助手君が掛けているから、あとはイヤホンかな?」

「イヤホンもつけてますよ」

「オッケー。それじゃあ全て揃っているんだね」

「はい。ラヴィの話をするって約束でしたからね」

「ハハッ。ありがとう。それじゃあ早速質問に入るんだが、僕が触れないのはこの本体だけなんだよね?」

「はい。そうですね」

「なら、僕もラヴィ君と話してみたい」

「はい?」

「そのイヤホンと眼鏡には触れるんだろう? ってことは、会話は出来るってことだよね?」

「えっと……」

【一応できますよ】


 慧が返答に困っていると、ラヴィから回答が届いた。それを聞いた慧は、この声は自分にしか聞こえていない。つまりはぐらかすことは出来る。と一瞬悪巧みしたが、すぐに、これを隠すメリットはそこまでないな。と思い直し、話すことにした。


「出来るみたいです」

「本当かい? その、もし良ければ、少し会話させてくれないかい?」

「良いですよ」


 慧がそう返答してイヤホンを外そうとしたその時、


【ご主人、もう片方のイヤホン。持って来てますか?】


 と、ギリギリのところでラヴィの声が聞こえて来たので、慧は頷いて応える。するとそれを確認したラヴィが言葉を続ける。


【でしたら、念のためつけておくことを推奨します】


 ラヴィの助言に慧はもう一度頷くと、右耳のイヤホンを外し、輝虎に手渡す。


「ありがとう」


 輝虎は嬉しそうな笑みを浮かべてイヤホンを受け取ると、金色の髪をパッと払い、右耳にイヤホンをつける。一方慧はその動作を監視しつつ、自分のバッグに入っている左耳のイヤホンを取り出し、それを装着した。


「どれに話し掛ければ良いのかな?」

「この本体に話し掛けてください」


 慧はそう答えながらラヴィ本体を輝虎の前に差し出す。


「ゴホン。それじゃあ」


 輝虎は軽く咳ばらいをすると、顔を少しだけラヴィ本体に近付けて話し始める。


「やあ、こんにちは。僕は宇留島輝虎」

【こんにちは。存じておりますよ。私はラヴィと申します】

「おぉ! 本当に喋ったよ!」


 驚きのあまり身を起こした輝虎は、カッと見開いた青い瞳を慧の方に向ける。


「疑ってたんですか?」

「信じてはいたよ。しかし、こうして実際に話してみると、驚いてしまってね」


 興奮した様子で早口に答えると、輝虎はまた少し身を屈め、ラヴィ本体に話しかける。


「ロボットみたいな、自動音声みたいな声を想像していたが、思ったよりも滑らかに話すんだね」

【はい。マスターのおかげです】

「マスターというのは?」

【開発者。つまりご主人のお父さんです】

「へぇー。助手君のことはご主人と呼んでいるのか」


 輝虎はニヤニヤと悪い笑みを浮かべ、慧を見やる。


(ラヴィの奴。余計なことを……)


 それに対して慧が心の中で恨み言をこぼしていると、


「もう少しラヴィ君と話しても良いかな?」


 と声を掛けられたので、


「はい。良いですよ」


 と返す。すると輝虎はラヴィの方に向き直り、


「じゃあ、そろそろ機能チェックをさせてもらおうかな」


 と言った。


(き、機能チェック……? これは止めた方がいいやつか……?)


 なんて慧が悩んでいると、


「ラヴィ君。君が本当に優れた人工知能なのかどうか、チェックさせてもらうよ。もちろんこの勝負、受けてくれるよね?」

【勝負? 良いでしょう、望むところです!】


 といった風に、話はとんとん拍子に進んでしまい、慧が止める間もなく、輝虎によるラヴィの機能チェックが始まるのであった。

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