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第百十話 信頼の証

 滞ることなく、拗れることなく、取引は危な気ないまま大成功! これでめでたしめでたし。と、言いたいところだが、慧にはまだやるべきことが二つ残っていた。それは、輝虎から確固たる信頼を得る為に、今、ラヴィの詳細な情報を伝えておくことと、今後、輝虎を上手く操るために、念のためもう一押し釘を刺しておくこと。この二つである。


(正直こんなに上手くいくとは思わなかったな……。まぁでも、ここまで上手くいったってことは、この後も思い通りに話が進むかもしれないってことだし、とりあえず、予定通りに話を進めてみるか……)


 自分がこれからすべきことを頭の中で整理した慧は、


「ゴホン。先輩、そろそろ続きを話してもいいですかね?」


 と、話を再開する。


「おっと、これは失礼。少々浮かれ過ぎたみたいだ」


 わざわざ席を立ち、舞台役者のように大仰に笑い声を上げていた輝虎は、慧の呼びかけで我に返り、ようやく席に着く。


「少々どころじゃなかったですけどね」

「そうかい? 僕的には抑えてた方なんだけどなぁ」

「あ、あれでですか……」

「あぁ。もっと嬉しい時はそこら中を跳ね回るからね」

「えぇ……」

「ハハッ、冗談だよ。そんなことより、早速話の続きを聞かせてもらおうかな。勿論、その試作品たちについてのことなのだろう?」

「はい。取引しましたからね。今話せることは話しておきますよ」

「あぁ、よろしく頼むよ」


 ニヤリと微笑む輝虎に対し、慧は無理矢理作った歪な微笑みを返すと、一呼吸置いてからラヴィの説明を始める。


「まず、こいつはラヴィって言います」

「ほう。名前があるのかい?」

「はい。自分から名乗ってきました」

「へぇー、自分からねぇ。由来はあるのかな?」

「えっ。ど、どうでしょう。テキトーじゃないですかね? ははっ……」


 恋愛をサポートするナビ。ラブ・ナヴィ。略してラヴィです。なんて言うのは小恥ずかしかったので、慧は笑って誤魔化した。


「ふーん、何か意味がありそうなものだけどね……。まぁいいや。とにかく、自発的に喋るということは、相当高度な人工知能が搭載されているってことだね?」

「は、はい。そうだと思います」

「ふむ。それで、そんなラヴィ君にはどんな機能が備わっているのかな?」

「基本的には相談役みたいな感じですかね」

「ほう。それはカウンセラーみたいな感じってことかな?」

「そうですね。大体そんな感じだと思います。俺が悩みを相談して、それを一緒に解決してくれたり、解決の糸口になるアドバイスをしてくれたり、あとは、人物とか会話とか場所とかの情報を記録しておいてくれたり。ってのが、今分かってる主な機能ですかね」

「ふむ、なるほど……。その曖昧な話し方から察するに、恐らく、君もまだ機能の全てを熟知しているわけではなさそうだね?」

「はい、そうなんです。包み隠さず教えると言ったクセに、まだ分からないことだらけなんですよね……。すみません……」

「いやいや、良いのだよ。だからこそ、二つ目の条件、機能チェックを手伝う。があるのだろう?」

「そ、そう言う事です!」


 そこまで考えてあの条件を提示したわけではないのだが、輝虎が都合よく解釈してくれたので、慧は上手いことそれに便乗した。


「それじゃあ次に、イヤホンと眼鏡の機能を教えてくれるかな?」

「はい。えっと、イヤホンは、単にラヴィと会話するためだけのデバイスって感じで、眼鏡は、これを通して視覚情報をラヴィに送れるっていうのが主な役割ですかね」

「ほう。つまりラヴィ君は今、僕の姿が見えているという事かな?」

「はい。そうです」

「面白い。実に面白いね。ちなみにその眼鏡の視覚情報と言うのは、保存とかはされているのかな?」

「はい。録画もできるらしいです。そのおかげで、先輩があの夜部屋に入って来ていた事を知りました」

「なるほど、やはりそうか。君はその録画を見たから、僕がラヴィ君に触ったことを知っていたんだね」

「はい。その通りです。先輩が部屋に入って来てからラヴィに触るまで、しっかりと映ってましたよ」


 今更、「いえ、実は俺、まだ見てないんですよね」なんて言えるわけないので、録画を見ていない慧は、昨晩聞いたラヴィの供述をそのまま引用した。


「そうか。全部見られていたのか……」


 動かぬ証拠があると知った輝虎は、ばつが悪そうに、或いは申し訳なさそうに弱々しく呟いた。そしてその流れのまま謝罪をするのかと思った次の瞬間。


「ん? 待てよ。助手君、君、今なんて言った?」


 突然瞳に生気を宿し、テーブルに乗り出し、鋭い視線と共に鋭い質問を投げかけてきた。


「い、今ですか? えぇっと……。先輩が部屋に入って来てからラヴィに触るまで、しっかりと映ってましたよ。って言いましたけど?」

「僕が部屋に入って来て、ラヴィ君に触るまで。君はそこまで見たんだね?」

「はい」

「それ以降は?」

「それ以降は、先輩がラヴィに触ったことでラヴィが強制シャットダウンされてしまったので、見る見ない以前に、録画できてないんですよね」

「強制シャットダウン?」

「はい。これは後で説明するつもりだったんですけど、ラヴィには、俺意外の誰かがラヴィを起動すると、強制シャットダウンするっていう自動防御システムが組み込まれててですね、あの夜、先輩がこいつの電源を入れたことで、それが作動しちゃったんですよ。だからまぁ、そのせいで、先輩がラヴィに触って以降は録画出来てませんね」

「ふーん、そうかそうか。つまり、画面が真っ暗になって以降は全く録画できていないのか……」


 慧の答えを聞いた輝虎は、どこか安心したような笑みを浮かべ、背もたれに身体を預ける。その姿を見て慧は、つい数秒前まで居心地悪そうにしていた人間が、一瞬にして安堵の笑みを浮かべるなんておかしい。と思い、


「先輩、こいつが強制シャットダウンされた後、何かしたんですか?」


 とすぐに探りを入れる。しかし、


「いや、なんでも無いよ」


 輝虎は余裕の表情で答える。そして、


「ほら、次いこう、次」


 と、話を催促した。


(この感じ、答えてくれなさそうだな……)


 少しの動揺も見せず悠々と椅子に座る輝虎を見てそう思った慧は、追及を諦めて話を再開しようとする。しかしその直前で慧は気付いた。


(あれ、なんかいつの間にか先輩のペースになってないか?)


 と。そこで慧は、会話に一区切りがついたこのタイミングで一気に主導権を取り返そうと思い立ち、今後輝虎を上手く操るための釘を刺す工程に移る。


「……分かりました。と言っても、今話せる試作品たちの大まかな機能はこんなものなので、一旦機能の話は止めて、注意点を話してもいいですかね?」

「注意点? いいよ」

「ありがとうございます。じゃあまずは一つ目、絶対にラヴィに触らないこと。です。これはさっきサラッと説明した通り、ラヴィには強制シャットダウンのシステムが組み込まれているからです。それでも、もし触らなきゃいけない時が来たら、その時は、絶対に電源ボタンには触らないでください」

「あぁ、分かった。十分気を付けるよ」

「はい。それじゃあ次、二つ目、ラヴィのことは絶対に口外しないこと。です。家族にも、友人にも、部活のメンバーにも、誰にも言わないでください。些細なことや、ラヴィの存在を匂わせるようなことも言っちゃダメです」

「そこら辺は重々承知しているつもりだよ。研究者を志す者としてね」

「ははっ、流石先輩。先輩ならそう言うと思ってましたよ」

「えっ、そうなのかい?」

「はい。先輩ならそういう方面に理解があると思ったし、協力もしてくれそうだなと思ったからこそ、今日思い切って打ち明けることにしたんです」

「助手君……。僕のことをそこまで信じて……」


 輝虎はハッとした表情を浮かべながら感慨深そうに呟き、慧を見つめる。どうやら釘を刺すどころか、信頼を得ることにも成功したらしい。となれば、今日はひとまず退散するのが良さそうだな。そう考えた慧は、取引のまとめに入る。


「とまぁ、注意点はこの二つだけです。ラヴィに触らないことと、ラヴィのことは絶対に口外しないこと。とりあえずこれさえ守ってくれたら、俺は試作品たちの情報を話します」

「分かった」


 輝虎はいつになく真剣な表情でそう答えると、そっと右手を差し出した。そして、


「誓いの握手といこう」


 と、握手を求めてきたので、慧も右手を差し出し、


「改めて、取引成立だ。よろしく頼むよ、助手君」

「はい。よろしくお願いします。先輩」


 二人は誓いの言葉と共に固い握手を交わした。


「それじゃあ、今日はこの辺で――」

「ちょっと待った」


 握手を終えた慧はしれっと解散に持って行こうとしたのだが、それは輝虎に阻止されてしまった。


「な、なんでしょうか?」

「返したいものがあってね」

「返したいもの?」


 何も勘付いていない慧は輝虎の言葉を復唱するが、輝虎は全くそれを気にせず、左隣の椅子に置いていた自分の鞄から透明の小袋を取り出し、それをテーブルの上に置いた。


「こ、これは……」


 その中身は、初代のイヤホンであった。


「なかなか返すタイミングが無くてね。遅くなってすまない」

「い、いえ、それは全然大丈夫ですけど、その……」

「こんな簡単に返して良いのかって? ハハッ。良いに決まってるじゃないか。君と協力することになった今、僕がこれを持っている必要は無いんだからね。それに、これは一応僕なりの意思表示でもあるのだよ。君が僕を信じて話してくれたように、僕も何かしらの行動で君を信じていると証明したかったんだ」

「なるほど、分かりました。じゃあこれは受け取っておきます」


 ちょっと上からだな。とは思ったが、確かに、まだ脅しの道具としての利用価値は残っているはずのイヤホンを、こうしてすんなり返してくれたというのは、輝虎がそれほど取引を重んじてくれているという証にもなるし、輝虎が自分を信じているという証にもなり得るのかもしれないと思った慧は、イヤホンの入った小袋を手に取り、自分の鞄に入れた。


「それと、いくつか気になることがあるんだ」


 慧が鞄のチャックを閉めていると、再び輝虎が口を開いた。


「えっ、えっと、まだ何か……?」


 まさか、イヤホンを返したのは前座で、ここからが本題なのか? そう勘繰った慧は恐る恐る問い返す。すると輝虎は、


「いや、やっぱり止めておこう」


 と、急ブレーキをかけた。


「良いんですか?」

「あぁ。今質問を始めてしまったら、帰るのが何時になるか分からないからね」

「そ、そんなに気になることが?」

「いや、今気になっていることは一、二個だよ。だが、話している内に次から次へと質問が湧いて来る可能性もあるからね。だから、今日は一旦解散にして、土日とかの長めに時間を取れる日に改めて集まることにしよう」

「そうですね。俺もその方がありがたいです」

「よし、それじゃあ今日は解散!」

「はい」

「集まる日にちは追って連絡するよ。あと、僕の方は次回までに質問をまとめておくから、助手君の方もしっかり答えられるように準備しておいてくれ給えよ」


 輝虎はニヤリと笑みを浮かべてそう言うと、鞄を拾い上げ、慧の横を抜けてテラスから出て行った。


「ふぅ、なんとか乗り切った……」

【お疲れさまでした、ご主人。上手くいきましたね!】

「うん。途中ちょっと怪しかったけどな」

【まぁまぁ。終わり良ければ総て良し。ですよ!】

「ははっ、だな。また今度先輩の質問攻めに遭うと思うと気が重いけど、取引自体は結べたんだし、今日の所は総て良しってことにしとくか」

【そうです、ご主人の勝ちです! だから、今日は帰ってゆっくり休みましょう!】

「うん。言われなくてもそうさせてもらうよ」


 慧はそう答えると、軽やかな足取りでテラスを後にした。

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