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第百八話 再起動と奇策

 修理が終わったら、まずは充電し忘れたことを謝ろう。そしたらその次に、今現在ラヴィが置かれている状況を説明して、ラヴィが眠っていた間に起きた事を軽く話して、最後に、あの日の夢のことを聞こう。なんて大まかなロードマップを脳内に描いていた慧だが、いざ修理が終わってラヴィと話せるという所まで来てみると、そんな予想図はあっさり崩れ去り、慧は口ごもってしまった。するとそれを察知したのか、はたまた偶然のことなのか、


「どうだ。問題なく動いてるか? 喋ってるか?」


 と、父が問い掛けて来た。


「う、うん。問題なく動いてるし、喋ってるよ」

「そうか、良かった。とりあえずプロテクトの解除は成功だな」

「うん。みたいだね」

【あのー、先ほどから一体何を話しているのですか? マスターの声も聞こえるようですが……】


 慧と父がラヴィそっちのけで修理の進捗について話していると、タイミングを見計らってラヴィが会話に割り込んで来た。


「あっ、悪い。えっと、色々あってな。今、メンテナンス中なんだよ」

【メンテナンス? 誰のですか?】

「誰のって、お前以外にメンテナンスって言葉が当てはまる奴はいないだろ」

【ハッ! 確かにそうですね。それに言われてみれば、視覚情報がありません!】

「いや、それはただ、眼鏡がケースの中に入ったままだからだと思うけど……」


 なんて数日振りのやり取りを交わしていると、


「なんだ、何か言ってるのか?」


 今度は父が割り込んで来た。


「うん。何を話してるんだって聞かれたから、メンテナンスしてるって答えといた」

「なるほど。一刻も早く状況を整理したいんだな。でも、残念ながらそれはお預けだ」

「えっ、なんで?」

「さっき言っただろう。試しに起動してほしいって」

「あぁー、そっか、まだ作業が残ってるのか……」

「その通り。だから試作品にもそう伝えて、再度シャットダウンしてもらってもいいか?」

「うん。分かった」


 ラヴィに聞きたいこと、喋りたいことは山ほどあるが、今は父に従うしかない。慧は自らにそう言い聞かせ、


「ごめんな、ラヴィ。多分聞こえてたと思うけど、まだメンテナンスが途中だから、もう一回電源を落とさなきゃいけないんだ。協力してくれるか?」


 とラヴィに伝えた。


【えぇ、もちろん良いですとも。私、いつまでも待っておりますから】

「うん。ありがとな」


 素直に聞き入れてくれたラヴィに一言感謝を述べると、慧は電源ボタンを長押してラヴィをシャットダウンした。そして、画面が真っ暗になり、何も反応しなくなったラヴィを父に手渡す。


「はい。電源落としといたよ」

「あぁ、ありがとう。損な役回りをさせて悪かったな」

「ううん。別に」

「そうか。なら良かった。代わりと言っては何だが、最終チェックはなるべく早く済ませるよ」

「うん……」


 こうして、慧の弱々しい、大分含みのある「うん」で会話が終わると思われた次の瞬間、


「それにしても」


 父が話を継いだ。


「あそこまで試作品と仲良くなってたなんて、父さん嬉しいよ」

「そ、そんな仲良く見えたかな?」


 慧は照れ隠しと疑念の入り混じった半笑いを浮かべて答える。


「あぁ。大分仲良く見えたよ」

「そっか」

「昨日話を聞いた時は、ぼちぼち。とか、まぁまぁ。とか言ってたから少し心配だったけど、さっきの話してる様子を見て安心したよ」

「そ、そうなんだ。ごめん」

「ははっ、気にするな。昨日は父さんの聞き方も良くなかったからな。まぁ何にせよ、これからも引き続き試作品のこと、いや、ラヴィのこと、よろしく頼むな」

「うん」


 父の言葉から厚い信頼を感じた慧は、数秒前とは打って変わり、力強く、そして清々しく「うん」と答えた。

 その後、父は最終チェック作業に戻った。一方慧は、そのチェック作業の邪魔にならないために、かつ制服から部屋着へ着替えるために、一度自室に向かった。そしてそのまま、父からチェック完了の声が掛かるまで大人しく自室で待機していよう……。と思っていたのだが、自室にいてもやる事はないし、何だかソワソワして身も心も休まらないので、慧は結局、一時間経つか経たないかくらいでリビングに戻ることにした。しかしリビングに入ってすぐ、慧は我が目を疑った。何故なら、父が全く作業をしていなかったからである。仕事のことになったらノンストップの父が、天井を見つめ、ポカンと口を開き、ボーッとしていたのである。そんな父の姿を初めて見た慧は、こんな事があるのか……。と一瞬言葉を失ったが、すぐに気を取り直し、「何かあったの?」と父に問う。すると父はたった一言、「腹が、減った……」と、どっかの部長が言いそうな返答をした。全く、研究者って生き物は何でこうなんだ? と半ば呆れつつも、慧はキッチンへ向かい、冷凍パスタを二人分作り、少し早めではあるが、父と共に夕食を済ませた……。

 という陳腐で馬鹿馬鹿しい一騒動を経て二時間後。待ちに待った瞬間がようやく訪れる。


「おっ、来たな慧。チェック、終わってるぞ」


 風呂から上がった慧がリビングに戻って来て早々、満足そうな笑みを浮かべた父から声が掛かる。


「今度こそ完璧?」


 慧は茶化すような調子で問いかけながらキッチンへ向かう。


「あぁ、バッチリだ。新しいシステムの追加は無いが、既存のシステムはしっかり調整しておいたよ。それと、ほんの少しブラッシュアップもしておいたから、楽しみにしといてくれ」

「そうなんだ。楽しみにしとくよ」


 そう答えた慧は、風呂上がりの恒例となっている一杯の麦茶を一気に飲み干し、キッチンを出て父の対面の席に腰掛ける。


「はいこれ。一式全部返すよ」


 慧が席に着いたことを確認した後、父は慧の手元に、ラヴィ本体、イヤホン、眼鏡。と、三種の神器を並べる。


「ありがとう」


 それに対して感謝を述べた慧は、早速眼鏡をかけ、耳にイヤホンを装着し、ラヴィ本体の電源を入れる。すると間も無く、


【ハッ! ここは……!】


 と、ラヴィの声が脳内に響いた。


(こうなったのは俺のせいでもあるし、修理するまで大分時間も掛かったわけだし、まずは謝っておくか)


 多少の負い目を感じていた慧は、しっかり謝罪をしてから本題に入ろうと決めて口を開く。しかし慧が声を発するよりも前に、


【ここはどこ……。私は誰……?】


 と、ラヴィがふざけたことを言い出したので、その思いは一瞬にして引っ込んだ。


「そういうのいいから」

【はい。すみません……。ゴホン、では改めまして、ただいま戻りました! ご主人!】

「うん。おかえり、ラヴィ」


 感動のかの字もない再会にはなったが、まぁこの程度の再会の方が丁度いいか。と心の中で呟きながら、慧はラヴィ本体の画面に浮かび上がる笑顔の顔文字に合わせて笑みを浮かべる。


「うんうん。良さそうだな……」


 ラヴィの声は聞こえずとも、慧の様子から、修理も関係も上手く行っているのだと確信した父は小さく呟く。そして、


「ふぁーあ。父さん、今日はもう風呂に入って寝るから、後は思う存分二人で話してくれ」


 と、父は満足そうな笑顔と一言を残し、テーブル上のデバイスは一切片付けずにリビングを出て行った。


「ったく。少しくらい片付けてくれても良いのに……。まぁいいや」


 これが父なりの気遣い、父なりの去り際なのだとも気付かず、慧はボソッと文句を垂れた後、自室に戻った。


(……さて、まずは何から話そうかな)


 自室のベッドに腰かけた慧は、ロードマップの再構築を試みる。しかし璃音のことにしても、伊武のことにしても、輝虎のことにしても、どれを話しても長くなりそうで、なかなか議題が決まらない。すると、


【どうしたのですか。ご主人? お話があるなら何でも聞きますよ】


 ラヴィが助け舟を出してくれた。


「うん。話はあるんだけど、逆に色々ありすぎてさ。何から話そうかなと思って……」

【私としては、何でもばっちこい! ですよ。長いこと休んでいて、元気もフルマックスですからね。夜通しでもいけますよ!】

「ははっ。そっか」


 ラヴィの言葉を聞き、どうせ全部話すのだから何でも良いか。と吹っ切れた慧は、ポツリと話し出す。


「じゃあまずは、江波戸のことから話そうかな」

【はい! どうぞ!】


 とは言え、初っ端から大問題を話すよりは、進捗があった話題から話した方が良さそうだなと思った慧は、母親と仲直りする決心がつき、今度その立ち合いをお願いされた伊武のことから話す。次に、問題なのか進捗なのかは分からないが、璃音が安雲橋高校の子に絡まれた話と、何か隠してそうな話をして、最後に輝虎の話を。と言うところで、慧は一旦話を止める。


【ふむ。雀野氏の言動に不明瞭な点はありますが、今のところ、お二方とも前向きな情報ですね】

「うん……」

【ですが、その意味深な返事を聞くに、この二つの進展を上回るもっと大きな問題が待ち構えているわけですね?】

「はぁ、そうなんだよ」

【お話ししてください。どんな内容でも、私はご主人と一緒に受け止めますよ】

「そうだな。お前にも関係あることだし、ちゃんと話しておかないとな」

【ほう……】

「まぁその、先輩のことなんだけどさ。もしかしたら、お前の存在がバレたかもしれない」

【……】


 変に長ったらしく推理を述べるのは嫌だったので、慧は単刀直入に結論を伝えた。するとそれに対してラヴィは、すっかり黙り込んでしまった。


(驚きで声も出ないか……。ま、そうだよな)


 心の中で一言呟き、慧は話を続ける。


「バレたのが確定したってわけではないんだけど、多分、八割くらいの確率でバレてると俺は思ってる」

【……やはりそうでしたか】

「へっ?」


 ラヴィの予想外の返答に、慧は素っ頓狂な声を上げる。


【何となくですが、私が強制的にシャットダウンされた理由は、彼女なのではと思っていたのですよ】

「ど、どういうことだよ?」

【あの日の夜、宇留島輝虎氏の姿を記録した直後、突然強制シャットダウンが行われたので、怪しいと思っていたのです】

「そ、それって、俺が寝てた部屋で見たのか?」

【はい。そうです。しっかりとこの目で、いや、その眼鏡で見ましたよ。宇留島氏が部屋に入って来て、私の本体に触るところを。なんなら、録画もしております】

「ま、マジかよ……」


 つい数時間前には仮定の域を脱さなかった慧の推理が、ラヴィのこの証言一つで一気に紐づいて行き、そして一つの結論を作り出す。やはり、あの日見た夢は夢では無かった!


「つまり先輩は、全部気付いてるってことなのか……」

【はい。恐らくその可能性が高いと思います。そこで一つ提案なのですが、いっそ、話してしまうというのはいかがでしょう?】

「は? なにを?」

【私の存在をです。と言っても、勿論こちらが一方的に情報を差し出すわけではありません。上手いこと交渉して、宇留島氏と協力関係を結ぶのです】

「協力関係を?」

【はい。こちらは私の情報を開示する。あちらには、私の情報を一切口外しない約束をしてもらう。ついでに、私の性能チェックの手伝いをしてもらう。とかがあっても面白いかもしれませんね】

「それは……。一理あるかもな。先輩のあの旺盛な探求心を利用すれば、むしろ思い通りに先輩を操れるかも?」

【そうですそうです。その可能性は大いにありますよ!】

「やってみる価値はありそうだな……」

【はい。後は交渉次第で如何様にも出来ますからね。もしかしたら、もっと有利な条件を通せるかもしれません】

「だな。やってみるか」


 あえて前に出る。という選択は全く考えていなかったが、考えれば考えるほど、この選択が一番賢い選択なのかもしれないと思い始めた慧は、衝動的にスマホを手に取り、メッセージを打ち始める。


「早速明日。先輩と話してみるよ」

【はい。私も全力でサポートします】

「あぁ、頼りにしてる」


 慧は覚悟の決まった声で答えると、輝虎にメッセージを送り、もう少しだけラヴィと作戦会議をした後、その日は就寝した。

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