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第百七話 気になること

 常に喧嘩腰の璃音、それを全く気にしていない伊武、そしてその二人の間を適度に取り成す慧と恵凛。という絶対的均衡を保ったまま、四人は古屋根駅まで帰って来た。しかし、後少しで解散というところで、絶対的と思われていた均衡は突如破られた。


「もう電車を降りたんだから、ここでなら何やっても良いわよねぇ……!」


 駅前に出て間も無く、公共の場という束縛から解放された璃音が、伊武に噛み付こうとしたのである。それを目の当たりにした慧と恵凛は、当然、


「きょ、今日は止めとこう! な!」

「そ、そうですよ。今日はやめときましょう! ちょっと言葉選びが悪かったとは言え、伊武が助けてくれたのは事実ですから。ね?」


 等々、大慌てで璃音を丸め込み、何とか解散する流れに持って行った。しかし何となく、このまま璃音を独りで帰らせるのは良くないような気がした慧は、雀野を送ってから帰るよ。と言って駅前で恵凛たちと別れ、その場に残った。


「はぁ、別に一人で帰れるのに……」


 駅前の信号を渡る恵凛と伊武の背中を見送っている最中、ふと璃音が文句を垂れる。


「突然追って来られても困るからな。見張りみたいなもんだよ」

「なっ! そんなことしないし!」

「じょ、冗談だよ」

「ふんっ」


 場を和まそうと軽いジョークのつもりで言ったのだが、それは逆効果だったようで、璃音は不機嫌に鼻を鳴らして線路沿いの道を歩き出す。


「ご、ごめんって。その、心配だったから送ろうと思ったんだよ」


 慧は詫びを入れながら璃音の後を追い、肩を並べたところで本意を打ち明ける。


「あっそ。どうせ、あたしが暴走しないか心配だった〜。とか言うんでしょ」

「違うよ。さっきのことだよ」

「さっき?」

「うん。安雲橋高校の子に絡まれてたこと」

「あぁー、ね……」


 曖昧に答える璃音の声音は物憂げで、その口元は自嘲からなのか諦念からなのか、とにかく何かに呆れているような、ニヒルな微笑みを浮かべていた。それを見て慧は、きっと何かある。そう感じ取った。


「で、それがどうかしたの?」


 中々話が進まないので、璃音が話を催促する。


「あっ、いや、えっと、最初から見てたわけじゃないけどさ、色々言われてたみたいだから、平気かなぁって」

「ふんっ、なにそれ。結局何もなかったんだから、大丈夫に決まってんでしょ」

「まぁ確かに、あの場は丸く収まったかもしれないけどさ、雀野の気持ち的にはどうなんだよ。本当に大丈夫なのか? 後腐れ無しって思ってるのか?」

「……」


 慧の問いに璃音は黙り込む。


(やべー、いきなり切り込みすぎたか? それとも、何かあると思ったこと自体勘違いだったとか?)


 焦る慧の気持ちに反し、二人の足音は緩く蕭々と響く。そして話に進展の無いまま数秒が過ぎ、今日は何も聞き出せないかなと慧が諦め始めたその時、


「……ま、モヤってはいるかな」


 ぽつりと璃音が話し出す。


「言われ放題言われて、けど言い返さずに我慢して、その結果あっちの手伝いするとかマジ? って感じではあるよ。でも」

「でも?」

「……ううん、なんでもない。てか、ここまでで良いよ。家、もうすぐそこだし」


 そう言われて視線を前方に向けると、数十メートル先に雀野宅が見えた。どうやら璃音に気を取られている間に結構な距離を歩いていたらしい。


「そんじゃね!」

「あっ、おい……」


 慧が現状を把握するために気を逸らした刹那、璃音は別れの挨拶を残し、颯爽と走り去ってしまった。


(雀野、何を言おうとしてたんだろう……。まぁでも、無理に深追いして悪い結果を招くのも嫌だし、今日は大人しく退いておくか)


 言い淀んだ先の真相が気になるという気持ちは勿論あるが、それよりも、今下手に追及して、失敗して、今後何も聞き出せなくなることの方を恐れた慧は、潔く踵を返し、自宅目指して歩き出した。

 ……それから約十五分後。一人寂しく帰路を歩いていた慧は、ようやく自宅に帰り着いた。


(はぁ~、疲れた。思いの外長い一日になったな……)


 ドアを開けて玄関に入った慧は、玄関框に腰を下ろし、靴も脱がずにぼーっと今日を振り返りながら一息つく。するとその直後、ジャー。と、水の流れる音が廊下の奥の方から聞こえて来た。次いで、ガチャ。と、ドアの開く音が聞こえ、間もなく、


「おぉ、慧、おかえり」


 と、背後から声が掛かった。慧はその声に反応して上半身だけ振り返ると、トイレの前に立つ父を発見した。


「うん、ただいま」


 放課後に色々あったせいで父が帰って来ているという事を忘れかけていた慧は、微妙な間を置いてからシンプルに答えると、捻っていた上体を元に戻して靴を脱ぎ始める。


「意外と早いんだな、下校」

「うん。今日は部活も無いからね」

「あぁ、なるほど。……ってお前、部活入ってるのか?」

「えっ、まぁ、一応ね」


 超常現象研究部に入ってるよ。なんて言えるわけもなく、慧は言葉を濁した。そして父が話し出すよりも前に、


「それより、ラヴィはどうなった?」


 と話を逸らし、脱いだ靴を玄関の端に寄せて立ち上がる。


「おっと、そうだった。修理は順調に進んでるよ」

「そっか。良かった」

「けど、一つ気になることがあってな」

「気になること?」

「あぁ。そのことで慧にもいくつか聞きたいんだけど、今から少し良いか?」

「うん。良いけど、その前に荷物置いて来ていい?」

「もちろん。じゃあ、父さんはリビングで待ってるよ」


 父は笑顔で答えると、リビングに入って行った。


(気になることか……。なんだろう)


 気になることがある。と言われたことが気になった慧は、ドアの向こうに消えて行く父を見送った後、すぐに廊下突き当りにある洗面所へ向かい、手洗いうがいを済ませ、階段を上がり、自室のベッドに学校鞄を放り投げ、階段を下り、ほんの一、二分でリビングに戻って来る。


「お待たせ」

「おぉ、もう戻って来たのか?」

「うん、鞄置いて来ただけだから」


 早く話の先を聞きたいと急く気持ちから、慧は少々淡白気味に答えると、父の対面の席に腰掛ける。


「そ、そうか」

「それで、気になることって?」

「あぁ、ごほん」


 父は慧の急かす様子に少し困惑したようだったが、小さな咳ばらい一つでそれを吹き飛ばすと、早速話を始める。


「えーっとまずは、試作品を渡した日のことなんだけど、試作品にスキャンされたこと、覚えてるか?」

「うん。覚えてるよ」

「実はあのスキャン、お前のデータを読み取るっていう目的以外に、お前を主人として本体に登録するっていう役割もあってな」

「うん」

「父さんはそのシステムをちょっとだけ改良して、機密情報、要は試作品のデータとか技術とかが盗まれないように、主人として登録された人間以外が試作品本体を起動したら、強制的に電源が落ちて起動しなくなる。っていうプロテクトを仕込んでおいたんだ」

「えっとつまり、自動防御システム的な?」

「あぁ。大体合ってるよ。それでまぁ、今回はそのプロテクトが作動してたってわけなんだけど、慧、何か心当たりはないか?」

「うーん……」


 父に問われた慧は、ラヴィが起動しなくなった日のことを思い出す。……あの日は確か、輝虎の祖父母宅に泊まった日だ。と言うことは、ラヴィに触った可能性がある人物は、輝虎と祖父母の三人に絞られる。その内、祖父母とはそこまで接近した覚えは無いし、あの二人が勝手に他人の物に触る人間とも思えないので、消去法で触った可能性がある人物は輝虎一択に絞れる。しかしその輝虎でさえラヴィに触っていたという記憶はない。と言うかそれ以前に、ラヴィ本体をポケットにもバッグにも入れていなかったのは、就寝時だけだったような……。記憶を辿る内に決定的な事実を思い出した慧は、一瞬思考停止する。そしてすぐに、とある記憶が脳内に浮かび上がる。それは、あの日見た夢の記憶である。


(もし仮に、あの日見た夢が夢じゃなくて、現実に起きていた事だとしたら、あの夜部屋には誰かが入って来てたってことだよな? てことは、その誰かがラヴィに触った可能性はある! ……って、いやいや、今はそんな夢物語を聞かせてる場合じゃ無いか)


 可能性としてはこれが一番あり得る。と思った慧は勢いのまま話そうと思ったのだが、既の所で、この可能性は『あの日見た夢が現実である』という前提が無ければ成り立たない。という重大な欠点に気付き、結局、


「いや、特に無いかな」


 と答えた。


「そうか。じゃあただの誤作動だったってことか……。これはもう一度ソースコードを読み直しておいた方が良さそうだな……」

「力になれなくてごめん」

「ははっ、慧が謝る必要は無いよ。このシステムを教えてなかった父さんが悪いんだからな。それに、試作品はバグって当たり前。むしろ早期発見出来て有難いくらいだよ」

「うん、なら良いけど……」

「とは言ったものの、正直、手掛かりがないと対処のしようも無いから、何か思い出したら教えてくれると助かるよ。些細なことでも良いからさ」

「うん。分かった。何か思い出したらすぐ言うよ」

「ありがとな。あと、時間取って悪かったな」

「ううん、平気。修理、頑張ってね」

「あぁ、ラストスパート、頑張るよ」


 父はそう言って微笑むと、慧に向けていた視線をパソコンの画面に移して作業を再開する。


(些細なことでも、か……。確証も無い憶測だけど、やっぱりあの夢のこと、父さんに話しておくべきかな……)


 パソコンの画面と睨めっこしている父を見て、慧は先ほどの選択を回顧する。


(いやでも、俺が見た夢の話をしないと修理が進まないってわけでもないし、何より、ラヴィがあの夜のことを録画してたら全部解決する話なんだから、今は黙ってラヴィが直るのを待つべきだよな。それでもし、修理後に録画が無いと分かったら、その時にこの話をすればいいんだ)


 右往左往した結果、今はまだ話さなくてもいいと判断した慧は黙っておくことを選んだ。これで、ようやっと疲れ切った脳みそを休められる。そう思ったのも束の間、慧の脳内に、ぽっと新たな疑念が芽吹く。


(にしても、あの夜部屋に入って来た誰かって、誰なんだ?)


 本当に何気なく、先ほどの推理の穴に気付いたのであった。


(朝起きた時に誰も騒いでなかったし、部屋も荒らされてなかったから、泥棒とかでは無いと思うんだよなぁ。となると、家にいた三人が怪しいわけで、その三人の中で一番怪しいのは先輩なわけだから、『部屋に入って来た誰か』として一番有力なのは先輩だよな……。てことは流れ的に、ラヴィに触ったのも先輩ってことになる……。まさか先輩、あの日からラヴィの存在に気付いて……?)


 考えれば考えるほど、あの日見た夢が現実に起きたことでなければおかしいような気がしてきた。あの日の寝起きに感じた妙な現実感も、今日輝虎が醸し出していた勝者の余裕も、そしてラヴィが故障したわけも。あの日の夢が現実に起きていたのならば、全て辻褄が合う……! と、より一層ラヴィへの期待が高まったその時――


「慧? おーい?」


 ノートパソコンの向こうから顔を覗かせた父が、自分を呼んでいることに気付いた。


「あっ、ごめん。ちょっと考え事してた」

「ははっ。やっぱりな。考え事は終わったか?」

「う、うん。とりあえずはね。それで、なんかあったの?」

「あぁ、とりあえずチェックと書き直しが一段落したから、試しに起動してほしくてな」


 父はそう言うと、ケーブルに繋がれているラヴィを取り外し、慧に差し出した。


「分かった。起動してみるよ」


 首を長くして待っていたラヴィを受け取ると、慧は一呼吸置いてから電源ボタンを軽く押す。すると忽ち画面が明るみ、真っ白い画面が表示された。かと思うと、黒い三本の横線が出て来て、それらは瞬く間に、むにゃむにゃと言いたげな顔文字を形作った。


「ほら慧、イヤホンもつけないと」


 慧がじっと画面を見つめていると、父の助言が飛んで来る。それを聞いて確かにと思った慧は、一度画面から目を離し、ノートパソコンの傍に置かれているイヤホンを手に取ると、それを装着した。そして、


「ら、ラヴィ……?」


 と恐る恐る声を掛けると、


【むにゃむにゃ。なんだかとても長い時間眠っていたような気がします……】


 最後の希望であるラヴィの声が聞こえて来た。

こんにちは。玉樹詩之です。

まず始めに、今週もお読みいただきありがとうございます。

そして、二週間のお休み。すみませんでした。


あまり興味は無いと思いますが、手短に現状を書いておこうと思います。

今現在、体調は大分良くなりました! ですが、本調子でないのも事実です。

今後は、基本的には毎週更新をしていくつもりですが、また突然休載する可能性は高めです。その時は適宜、あとがきを残すつもりなので、軽ーく流し見していただけると幸いです。


追伸。最新話まで読んで下さっている方々、本当にありがとうございます……!

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