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第百六話 妙な噂

「で、今はどういう状況なの?」


 二階へと続く階段を下り始めたところで慧が口火を切る。


「あっ、そうだった。なんも話してなかったな!」


 少し先を進んでいた友宏は、慧の問いを聞いて階段の途中で立ち止まると、慧が追い付いて来てから話を再開する。


「つっても、俺もいまいち分かってねーんだよなぁ」


 第一声は大分不穏である。


「え、どういうこと? 現場を見てヤバいと思ったから俺を呼びに来たんでしょ?」

「いやぁ、実はさ、俺、ほとんど見てないんだよな」

「見てない? でもさっき、雀野が他校の奴に絡まれてるって、ハッキリ言ってたよな?」

「あぁ、それ、伝言なんだよ」

「誰からの」

「龍宮からの」

「龍宮?」

「うん。その場にいたんだよ、龍宮と江波戸も」

「江波戸も?」

「あぁ」

「場所はどこ?」

「正門を抜けて少し右に行った辺り。そこにちょっとした人の群れが出来ててさ、その中心にチラッと雀野と他校の奴らが見えたなぁと思った直後、龍宮がこっちに向かって走って来たんだよ。急いでるみたいだったから、止めるのは悪いかなぁとも思ったんだけど、それ以上に気になっちまったからさ、俺、龍宮を呼び止めたんだ。したら、お前を呼びに行く! って言うから、それだったら俺が走った方がはえーよ! つって、俺がお前を呼びに来たってわけ」

「な、なるほど……」


 ようやく聞き出せた情報は、有益なのか無益なのかよく分からない、絶妙に物足りない情報であった。


(結局分かったのは場所だけか……。現場へ行く前にもう少し詳細な情報が欲しいなぁ……。でも、話を聞いた感じ、友宏は詳しい事情も聞かずに走り出しちゃったみたいだし、これ以上の情報は期待できそうにないよな……。まぁけど、もしもの可能性があるし、一応聞いておくか)


 駄目で元々。当たって砕けろ。慧はその精神で質問を続ける。


「龍宮は他に何か言ってなかった?」

「うーん……」

「俺を呼ぼうとした理由とか」

「うーん、あっ、確か。お前なら何か知ってるかも。とか何とか言ってたかな」

「俺が何か知ってる……?」


 予想を覆すとても重要そうな情報を得た慧は、何か心当たりが無いかとすぐに脳内を探るのだが、それらしい記憶は浮かんでこない。するとその内に下駄箱に辿り着いてしまったので、


「分かった。とりあえず急ごう」


 と言って一旦会話を打ち切り、二人は各々靴に履き替え、昇降口を出て再び走り出す。

 ランニング程度のペースで走り続けること二分弱。慧と友宏は正門の前までやって来た。しかしそこまで来て、慧は門柱に手をかけて足を止めてしまう。このくらいの距離何ともないと思っていたのだが、ローファーで走り続けるというのは想像以上に体力を消耗するらしい。一方スニーカーの友宏は、そんな慧とは対照的に少しも息を乱しておらず、先に一人で正門を抜けて行ってしまう。挙句、


「あっ、アレだ!」


 と無邪気な声を上げ、慧の方を見る。


(ったく、急かすなよ……)


 小休憩を挟んでから現場に向かおうと思っていたのだが、友宏が悪気無い視線をじっとこちらに向けて来るので、何となく休憩しているこっちの方が悪いような気がしてきて、慧は致し方なく休憩を諦め、息を整えながら友宏の横まで歩く。そして右方を向いている友宏に倣い、自分も右方を向くと、その先に、話で聞いていた通りの小規模な人だかりを発見した。加えてその最後列に、これも話通り、恵凛と伊武の後ろ姿を発見した。


「はぁはぁ、アレか……」

「あぁ、行くぞ」


 息を荒げている慧に構わず、友宏はスタスタと歩き出す。慧はその背中を見て、おい、マジかよ……。と心の中で小さく不満を漏らしながら、今出来る最速の早足で友宏の後を追う。


「龍宮、連れて来たぞ!」


 群れの最後列に辿り着いた友宏は、慧が付いて来ていることなど確認せず、恵凛に声を掛ける。


「はっ、ありがとうございます」


 呼び声に振り返った恵凛は、心配そうな表情を浮かべたまま友宏に礼を述べる。次いで、友宏の背後からヨロヨロ近づいて来る慧を見つけ、


「あっ、風見君! すみません。急に呼び出してしまって……」


 と、謝罪と共に頭を下げる。


「い、いや、全然大丈夫だよ。それで、何があったの?」


 いち早く状況を整理したいし、何より、自分が何か知っているかも。という恵凛の伝言が気になっていた慧は、早速本題に入る。


「は、はい。他校の生徒と璃音がずっと揉めているんです」

「原因は?」

「バンドのことで揉めているみたいです」

「バンド?」

「はい。相手は安雲橋高校の女子生徒さんたちなのですが、最初からずっと、璃音のせいでバンドを解散することになった、どうしてくれるんだ。の一点張りなんです。片や璃音はそのことについて本当に何も知らないようで、自分は何も知らない。としか答えようがないみたいで、話はずっと平行線を辿っています」

「なるほど。なんか話が嚙み合ってないみたいだね」

「そうなんです。向こうの言い分に違和感があるような気がするのですが、何も知らない私では割り込むことも出来なくて……」

「そっか。それで、俺だったら何か知ってるかもしれないと思って呼んだわけだね?」

「はい。すみません……」

「ううん。気にしないで。それより、ちょっと中の様子を見てもいいかな?」

「は、はい! どうぞ」


 これ以上は自分の目で見なければ分からない。そう思った慧は恵凛にポジションを譲ってもらい、人だかりの中心を覗き込む。するとそこには説明通り、璃音が立っており、そしてその対面には、安雲橋高校の制服を着た女子生徒が三人並んでいる。しかし、どの顔にも見覚えは無い。


「はぁ、だーかーらー、あたしは何も知らないって言ってるでしょ?」

「そんなはずないわ! 香帆はハッキリと、天方中央高校の雀野って子に頼まれたって言ってたんだから!」

「そうよ! そっちが花森さんを騙したんでしょ!」


 気だるそうに応対する璃音。対して声を荒げている安雲橋高校の女子生徒たち。話は未だ、平行線を辿っているらしい。


「もう、勘弁してよ。マジで知らないんですけど……」

「しらばっくれちゃって」

「あなたが無理矢理協力させたんでしょ」

「ちっ、あのさぁ、そもそも誰よ、その、香帆だとか花森だとかって奴。そんな知り合いいないんだけど」

「ふざけんじゃないわよ。ボーカル決定戦とか言うの、香帆とやったんでしょ?」


 相手の一言で騒動の大本となっている人物の見当が付き、璃音は黙り込み、慧は思わず声を漏らす。


「あの子のことか……」

「何か分かったのですか?」

「うん。どうやら、合同ライブで雀野と対戦した子が仕組んだらしい」


 慧と恵凛がひそひそ話をしていると、人だかりの中心が再び動き出す。


「ま、待って。その香帆って子はなんて言ってたの?」

「そんなの、あなたが一番知って――」

「知らないから聞いてんの!」


 璃音の食い気味の怒号に驚き、三人の女子生徒は一歩退く。そして三人で顔を見合わせた後、真ん中に立つリーダーらしき女子生徒が話し出す。


「え、えぇーっと。最初は確か、天方中央高校の雀野って子のバンドを抜ける手伝いをするから、私たちのバンドを一時的に抜けたいって言い出して、こないだ合同ライブが終わった後に話をしたら、そのまま向こうのバンドに居続けることになっちゃったから、こっちで続けるのは厳しいって言われて、そんなの勝手に辞めれば良いじゃんって言い返したら、これも雀野って子の指示なんだって。だから私たち、あなたに文句を言いに来たの……」

「あたしの指示……? そんなの言った覚え無いんだけど」

「で、でも、あなたがとぼけてる可能性もあるよね?」

「そ、そうよ。私たちは花森さんを信じるわ」

「は? マジで言ってんの? あんたらがどれだけの付き合いかは知らないけどさ、こんなに振り回してる女の言う事を信じるわけ?」

「そ、それは……」


 璃音の鋭い反論は見事に女子生徒たちの図星を突いたようで、場は一気に静まり返る。するとそれで勝敗が決したと思ったのか、野次馬たちは一人また一人と散っていき、気付けば慧たちの他には数人の生徒しか残っていなかった。


「騙されてたのは、私たちだったのかな……?」


 重い沈黙を破ったのは、一番大人しそうな女子生徒の独り言のような問いかけであった。


「もう、どっちを信じれば良いか分からない……」

「じゃあ、この子の言う事を信じるってわけ……?」


 三人は疑心暗鬼に陥り、結論を出せずにいる。それを見て慧は、


(今、あの三人は、どちらを信じるべきか迷ってるみたいだ……。だったらここで、香帆って子は明らかに嘘をついている。バンドメンバーに裏切られてバンドを辞める羽目になったのは、雀野の方だ。っていう事実を俺が伝えれば、雀野の誤解は解けるはず……)


 と閃く。しかしそこまで閃いているにも関わらず、あと一歩の勇気が、この空気に割り込むという勇気が湧いてこない。そうして慧が逡巡していると――


「ねぇ。悪いけど、考えるだけ無駄だと思うよ」


 ずっと黙っていた伊武が突然口を開いた。


「えっ、あんたたち、いつからいたの?」


 伊武の声に振り返った璃音は、そこに馴染みの顔ぶれが揃っているのを見て目を見張る。


「な、なんでよ。根拠でもあるの?」


 突如現れた助っ人に、三人の女子生徒も意識を奪われる。


「根拠なんて無い。でも、そんな回りくどいことはしないって知ってる」

「い、伊武……」

「だって馬鹿だから」

「なっ! 誰が馬鹿ですってぇ……!」

「え、えっと、璃音は正直で真っすぐな子だから、馬鹿みたいな真似はしないという事です! あ、あと、璃音は音楽に対してそんな非道なことはしないです!」


 璃音がブチ切れる前に恵凛がフォローを入れたことで、何とか璃音の怒りは爆発せずに済んだ。そして肝心の女子生徒たちは、そのやり取りを見て笑顔を浮かべていた。


「ふふっ、確かに、本当に知らさそうな反応してたもんね」

「うん。薄々気付いてたのに、香帆を信じたくて、悪者が欲しかっただけなのかも……」


 一番噛み付いて来ていたリーダーらしき女子生徒も、ようやく諦めがついたようで、力ない笑みを浮かべながら小さくため息を吐く。


「えっとその、もう一度話し合ってみたら、香帆って子と。あたしはこっちで先輩たちに話聞いといてあげるからさ」


 瞬く間に萎れてしまった三人を見て、璃音は温情をかける。


「うん。ありがとう。それと、ごめんなさい」


 真ん中に立つ女子生徒の言葉に合わせ、三人は同時に頭を下げる。


「いいのいいの。あたしはへーきだから! ほら、スマホ出して、連絡先教えるから」


 嫌疑をかけられ、詰問されていたはずの璃音は、何事も無かったかのように三人の女子生徒と連絡先を交換すると、円満に別れ、騒動はそのまま自然消滅した。


「大丈夫でしたか、璃音?」

「うん。へーきへーき。それより伊武は?」

「伊武は……。あっ、もう駅の方に歩き出してます!」

「あの女……!」

「ゆ、許してあげてください。私が言っておきますから! それでは!」


 恵凛はわたわたしながら別れの挨拶をすると、小走りで伊武の後を追って行く。


「ちょ、待てぇ! 助けてくれたとは言え、馬鹿呼ばわりは許さないからね!」


 恵凛に続き、璃音も走り出す。


「ははっ。ま、一件落着ってことで、俺も帰るわ」


 友宏は満足げな笑みを浮かべてそう言うと、商店街の方に歩いていく。そしてその場には慧だけが残された。


(まさか江波戸が仲裁に入るとはな……。まぁでも、そのおかげで事実を伝えずに済んで、それによって雀野も悪い記憶を思い出さずに済んで、相手の三人ももう一度話し合う決心をしてくれて、これが一番いい結末だったのかもな。にしても香帆って子。今後注意しといた方がいいかもな……)


 そんなことを考えながら、慧も恵凛たちの後を追って歩き出した。

こんにちは。玉樹詩之です。

今週もお読みいただきありがとうございます。


今回のあとがきも例の通り、休載のお知らせなのですが、今回はちょっとばかし内容が違います。

まず、休載の日程なのですが、来週と、再来週になります。二週もお休みすることになってしまい、申し訳ないです。

今月に入ってからずっと微妙に体調を崩しており、執筆がおざなりになってしまっていたので、この決断をしました。正直、休載するというのは不安も大きいですが、次回もまた、お読みいただけると幸いです。


それと、確定では無いですが、今週の話は大分急いで書いたので、後日細かい部分を修正するかもしれません。という一言を添えておこうと思います。(話の大筋は変えません)


以上。皆さんも体調にはお気を付けください……。

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