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第百五話 化かし合い

 黙っていたら一層怪しまれる。何か言い返さないと……! 頭の中ではそうと理解しているのだが、慧は何も言い返すことが出来ない。というかそれ以前に、何も言葉が浮かんでこないのである。どうやら慧の脳みそは、一気に崖っぷちまで追い込まれたことで完全にフリーズしてしまったらしい。するとそれを察したのか、輝虎が口を開く。


「流石に捲し立て過ぎたかな? オーケー。それじゃあ少し時間をあげよう。僕だって、つい数日前まで一緒に調査していた君を、尋問のように責め立てるのは心苦しいからね。でも、だからと言ってこの好奇心を止めることは出来ない。つまり見逃すつもりはこれっぽっちも無いから、覚悟しておいてくれ給えよ」


 輝虎は獲物を捕捉した鷹のように、鋭い視線を慧に向けてそう宣言すると、最後に余裕綽々の微笑みを浮かべて見せる。


(フリーズして何も答えられなかったのが、逆に吉と出たみたいだな……。じゃなくて、この時間を有効活用しないと!)


 少しとは言え猶予が与えられたことにより、凝り固まっていた慧の脳みそは急速に氷解し、下らない分析が出来るくらいの柔らかさを取り戻した。とは言え、喉元にナイフを突きつけられているのに変わりはない。この僅かな時間で活路を見出さなくては……! 慧は気持ちを切り替えると、早速、再起した脳みそをフル回転させる。


(まずは今されている質問を思い出そう。確か今俺は……。そう、何故眼鏡をかけていないのか。って質問をされてるんだったよな。でも、一体全体、どうして先輩はこんな浅い質問を? それまで何度も何度も核心を突くようなことを言ってたのに、最終的な質問がコレって、何か意図があるのか? 答え易い質問で警戒を解いて、俺の気が緩んだところでスルッと本音を引き出そうとしてるとか? それとも、先に核心を突いておけば、焦った俺が勝手にボロを出すとでも思ったのか? まぁどちらにせよ、この質問でラヴィの存在がバレるとは思えないし、時間をかけすぎるのも良くないし、ここはシンプルに、忘れてきました。って答えとくか)


 そこまで冷静に考え進めた慧は、腹を括り、輝虎の方に視線を向ける。すると、慧のことをずっと監視していた輝虎はすぐにその視線に気付き、


「おっ、答える気になったのかい?」


 と、陽気に切り出した。それに対して慧は、


「はい。質問に答えるだけで良いんですよね?」


 と、これ以上輝虎のペースに呑まれないよう、やや挑戦的な口調で返す。


「ハハッ。まぁそうだね。勿論、君が自主的に話したいと言うのなら、僕は止めないけどね?」

「いえ、俺から話すことは何も無いので、質問に答えます」

「よし。決定だ」


 交渉が成立すると、先ほどまで笑みを浮かべていた輝虎はキュッと表情を引き締め、真剣モードで質問を始める。


「それじゃあまずは、さっきの質問に答えてもらおうかな?」

「はい。えっと確か、何故眼鏡をかけていないのか。ですよね?」

「あぁ」

「それはですね、つまらない答えになりますけど、家に忘れてきたから。これだけですよ」

「ふむ、なるほど」


 予定調和と言いたいのか、想像通りと言いたいのか。とにかく輝虎は無関心かつ無感動に答え、質問を続ける。


「何故家に置いて来たんだい? 壊れたとか?」

「いえ。単純に忘れてきました」

「ふーん。君は眼鏡が無くても大丈夫なのかい?」

「まぁ、はい」

「大丈夫という事は、アレは伊達眼鏡だったということかな?」

「いえ、そういうわけじゃ」

「なら、君がかけていたあの眼鏡には、度が入っているのかい?」


 度が入っているのか。という質問に、慧は数秒口ごもる。何故なら、もしも度が入っていると答えたら、今度眼鏡をかけて来た時に間違いなくチェックされるからである。しかしだからと言って度が入っていないと答えたら、たった今答えた、伊達眼鏡じゃない。という答えを自ら否定することになる。つまり、矛盾が生じてしまうのである。するとどうなるか、確実に輝虎の疑心が深まる。だったら、後々チェックされることになろうとも、今この場を切り抜けるために嘘をついた方が良い……! そう判断した慧は、


「正確な数字までは覚えてませんけど、弱めの度が入ってますね。あと、乱視の矯正も少し入ってます」


 と答えた。乱視の矯正。という言葉は保険みたいなもので、真実味を持たせるためと、後日眼鏡をチェックされた時に、度が入っていない。と言われても、乱視矯正がどうのこうのと言って誤魔化せるかもしれないと思い、念のため付け加えておいたのである。


「ふーん。ま、実物が無い今は何とでも言えるだろうし、それは今度じっくり確認させてもらおうかな」

「はい。良いですよ」


 予想通り、チェックのお達しが来た。もちろん慧としては眼鏡のチェックなんてされたくはないのだが、今はイエスと答える他ないので、慧はポーカーフェイスで承諾する。


「ありがとう。それにしても、弱めの度と乱視矯正ねぇ……」


 このままのテンポで次の質問に行くと思われたが、輝虎は突然質問を止め、先ほどの慧の回答を意味深に反復する。


(なんだ、今の問答で何か気付いたのか? 結構上手く答えられてると思ったけど……)


 慧は自分の回答を振り返ってみるが、怪しい点は見つからない。しかしそれは主観だからという話で、客観的には何かあったのかもしれない……。何となく、嫌な予感がする……。慧はそう直感したのだが、下手なことはしたくない。向こうが質問してくるまでは絶対に話さない。という固い決意が心に先住していたので、慧は結局何もせず、輝虎の動向を窺うことにした。

 そして数秒後。


「うーん。助手君さ、眼鏡が無くても大丈夫って言ってたよね?」


 質問が再開される。


「はい。必須って程ではないですね」

「じゃあさ、なんでかけてたの?」

「えっと、ほら、俺の席、一番後ろじゃないですか? それで、たまーに黒板の文字が見づらいなぁと思って、それでかけ始めました」

「なるほど。確かにここからだと、文字の大きさによっては見えづらいかもね」


 輝虎は慧から目を離し、黒板を見ながらそう答えると、再び慧に視線を戻す。


「そうなんですよ。複雑な漢字とか、あと、英語とか数学とかのあんまり見慣れ無い文字とかが判別しづらいんですよね」

「ふーん。でも、その時だけで良いよね?」

「えっ?」

「だから、授業中だけ眼鏡をかければいいよね? ってことさ」

「いや、その……」


 慧は必死に反論を探すが、それらしい言い訳は出て来ない。するとその内に、輝虎が畳み掛けて来る。


「実はね、この教室に来る前に少し調べておいたのだが、眼鏡というのは、ちょっと目が悪い。程度の人なら、必要な時にだけかければ良いらしいよ。僕が見た全てのサイトにそう書かれていたから、信ぴょう性は高いと思う。だからね、それほど度も強くない、乱視矯正も強くない眼鏡を、眼鏡が無くても支障なく生活出来るという君が、肌身離さずかけ続けていた理由が僕には分からないんだよ。それこそ、授業中だけ。とか。映画を見る時だけ。とか。必要な時だけかければいいよね? でも君は、ずっとかけていた。一体何故だい?」

「は、外すのが面倒だっただけですよ」

「ふーん。本当にそうかな? あの眼鏡には、視力を補助するという用途以外にも、何か特別な用途があったんじゃないかい? だから君は、常時眼鏡をかけ続けていた。いや、常時かけ続けなくてはならなかった」


 核心のもうすぐそこまで迫ってきている……! 輝虎の圧倒的な洞察力にビビり、慧は唾を飲み込む。


「さぁ助手君。答えてくれ給え。あの眼鏡には、どんな機能が備わっているんだい?」


 問いかけて来る輝虎を余所に、慧は考える。


(やっぱり、端から負け戦だったんだ……。まぁでも先輩なら、単純にデバイスに興味があるってだけで、誰かに言いふらすような真似はしなさそうだし、全部話しても問題無さそうではあるよな……。ん? 待てよ。別にラヴィのことを話す必要はないよな? 今ここで、「はい、そうです。眼鏡も試作品だったんです」って答えれば、眼鏡は犠牲になるけど、ラヴィのことはバレないで済むもんな?)


 もう駄目だ。という土壇場でひねくれた閃きを得た慧は、噴き出しそうになる喜びの感情を封殺して、あたかも敗北を認めたかのような力無い笑みを浮かべて輝虎を見る。そして、


「分かりました。質問に答えるって言いましたもんね」


 と、諦めてますムード全開で話し出す。


「ハハッ。いいね、男らしくて。じゃあ遠慮なく聞かせてもらおうかな、あの眼鏡についての全てを」

「はい、あの眼鏡は、まぁその……」


 慧が最後の抵抗を口に出そうとしたその時。

 ――ガラガラッ! と、教室後方のドアが勢いよく開いた。


「慧!」


 開かれたドアの向こうには友宏が立っていた。


「と、友宏……?」

「はぁはぁ、ちょっと来てくれよ。雀野が他校の奴らに絡まれてるんだ」


 友宏の報告を聞き、慧と輝虎は目を合わせる。


(た、助かった。まさに救世主! これで逃げられるかもしれない……。いやでも、折角妙案が浮かんだんだから、こっちの問題を片付けてから行きたいな。もちろん雀野のことは気になるけどさ……)


 逃げられるなら逃げたい。という思いと、今この問題を解決しておきたい。という思いを心の中に同居させながら、慧は、今この場で主導権を握っている輝虎に選択を委ねる。すると、


「ふぅ、今日はここまでにしようか」


 輝虎の口から意外な答えが出た。


「い、いいんですか?」

「あぁ、君には確か、貸が一つあったからね。それを今日返すよ。これで貸し借りは無しだ」

「あ、ありがとうございます」

「良いんだよ。でも、始めに言った通り、逃がすつもりは無いからね」


 ニヤリと笑みを浮かべて脅すような一言を残すと、輝虎は席を立ち、颯爽と歩き出す。


「先輩すんません。話の邪魔しちゃって」

「気にしなくていい。話なんていつでも出来るからね。じゃ、僕は失礼するよ」


 出入り口で友宏と短い会話を交わし、輝虎はそのままどこかへ去って行った。


(うーん。延命の方になったか……。正直、今日片付けておきたかったなぁ。折角作っておいた貸も勝手に消化されちゃったし……。いやでも、あの策が失敗してたら、俺は今日、全て失ってたかもしれないんだよな? そう考えると、貸一つで見逃してもらえたのはラッキーだったのかもな。それに、日が経てばもっと良い案が思い付くかもしれないし、先輩の気持ちだって変わってるかもしれないし。誤魔化せる可能性が広がったのは確かだ。てことは、良い方を引いたのかもな)


 教室後方の出入り口をぼんやり見つめながら舌戦の結末をポジティブに解釈していると、


「おい慧! 早く行こうぜ!」


 何となく視界に入っていた友宏から声が掛かった。


「あぁ、うん。今行く!」


 その声で現状を思い出した慧は、答えながら慌てて机上の鞄を手に取ると、友宏と合流して駆け足で下駄箱に向かうのであった。

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