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第百三話 思い出の店

 翌日。朝の九時過ぎに目覚め、モーニングルーティーンも済ませた慧が朝食を摂るか摂らないかリビングのソファで悩んでいると、父、裕飛が帰って来た。


「ただいま……。って、あれ、慧?」


 盗人のようにコソコソとリビングに入って来た父は、ソファに座っている慧を見つけて素っ頓狂な声を上げた。


「おはよう父さん。早かったね」

「いやいや、それはこっちのセリフだよ。今日は日曜日だよな? なんでこんな朝早くから……。まさか、徹夜したわけじゃないよな?」

「ちゃんと寝たよ。早とちりし過ぎ。ていうかそもそも、朝九時起きは早起きじゃないでしょ」

「ははっ、確かに。驚くほど早くも無いか……。それで、何してたんだ?」

「朝ご飯をどうしようかなぁって悩んでたところ」

「ほう。何も無いのか?」

「うん。お菓子かカップ麺くらいしかないかな」

「なるほど。まぁ、自炊しろとも言えないしな……」


 父は申し訳なさそうに呟くと、側頭部をポリポリと掻いて話を続ける。


「よし、じゃあ今は食べるのを我慢して、昼は少し早めに家を出て外食にするか」

「えっ、マジ?」

「あぁ、テストに付き合ってくれているお礼も兼ねてな」

「ありがと。でもさ、昨日結構買い溜めしてきたばっかだし、金も結構使っちゃったから、今日はカップ麺でもいいよ?」

「いい、いい。お前は気にするな。今日は外食もするし、お小遣いも多めに出すから」

「いいの?」

「もちろん。偶には父さんらしいことをしてやらないと」


 笑顔で会話を結ぶと、父はダイニングテーブルの傍まで歩いていき、椅子の上に鞄を置き、そこからパソコンやらケーブルやら、ラヴィの点検に使うであろう機材を取り出し、机の上に広げていく。慧はそれを見てソファから立ち上がると、父に、「ラヴィを取って来るよ」と言って自室に向かった。

 自室からラヴィ本体と、念のためイヤホンと眼鏡を持って戻って来た慧は、それらを父に手渡し、作業の邪魔にならないよう、再びソファに腰かけた。


「こっち、座らないのか?」

「え? うん。だって邪魔になるでしょ」

「いや、そんなことは……。まぁ、でも、そうだな」


 一度は否定しようとした父だが、机の上に散らばっている自分の荷物を見て、素直に慧の言葉を受け入れた。これで会話は打ち止め。そう思われたが、


「その、最近はどうだ。学校とか」


 意外にも、父はめげずに話を続けてきた。


(珍しいな、父さんから世間話をしてくるなんて……。気を遣ってるのか? いや、それは無いな。父さんは一時間の沈黙だって全然気にしない人だし。ってことは、休憩がてらに雑談したくなっただけかな? まぁ、なんでもいいか)


 積極的に話し掛けて来る父を訝しく思ったが、別にそんなに深く考えることでもないだろうと思い直し、慧は会話に戻る。


「どうって言われても……。変わりなく、平々凡々な日々を送ってるよ」

「そ、そうか。ラヴィとはどうだ? 仲良くやってるか?」

「うん。ぼちぼちかな」

「役立ってるか、こいつは?」

「うん。まぁまぁ役立ってると思うよ。初期バージョンは小うるさいだけでどうなることかと思ったけど、前にしてくれたバージョンアップと、持って来てくれたイヤホンと眼鏡のおかげで大分便利になった気がするよ」

「おぉ、そうか! それなら良かった」


 父は満面の笑みを浮かべ、心底嬉しそうに答えた。


(フッ。世間話はラヴィの感想を聞き出すための前振りだったってことか)


 慧は納得がいったような、しかしどこか物悲しいような気がしながら心の中で呟く。そして、今度こそ会話は終了だな。と思い視線を逸らそうとしたのだが、


「こいつのおかげで、人間関係に変化はあったか?」


 と、父が質問を続けたので、慧は少々驚きつつ、


「うん。多少はね。でも、トラブルに巻き込まれる確率が上がっただけな気もするよ」


 と、率直に答えた。


「ふむ、そうか。それじゃあ細かい質問なんだが……」


 どうやらラヴィについての受け答えをしている内に、父の職人魂に火がついてしまったらしい。父の性格を深く理解している慧は、すぐにそうと気付いた。そしてそれと同時に、これは長くなるぞ……。と、慧は逃げられないことを悟り、まるで敏腕記者の如く怒涛の質問を浴びせてくる父と向き合い、ただひたすらに、質問が終わるまで答え続けるのであった……。

 アンケートに答え続けること約三十分。それは唐突に終わった。


「なるほど……。ありがとう。とても参考になった」


 今聞きたいことは全て聞き終えたようで、父は満足そうに頬を緩めて慧に礼を言った。かと思うと、かけている眼鏡の位置を手早く正し、表情を引き締め、両肘をテーブルについて手を組み、独り言を漏らし始める。


「今のところ、話し相手、相談相手としての性能は十分そうだな。それと、情報の記録も問題なさそうだ……。けど、恋愛ナビとしては機能してなさそうだな……。今のままじゃ、ただのトラブル解決ナビになってしまう。もう少し抜本的な改善が必要か……?」


 パソコンの画面と睨めっこをしてぶつぶつ呟く父を見て、慧は思った、別に恋愛ナビにこだわらないで、今のまま、トラブル解決ナビ。或いは話し相手になってくれる人工知能って方向性はダメなのかな? と。しかし父のことだから、きっとそんな陳腐なアイデアは既に浮かんでいるだろうと思い、余計な口出しは控えておいた。


「おっと、また考え込んでしまった。早く修理の準備をしないと……。悪いな、慧、もう少し待っててくれ。これがある程度済んだら家を出よう」

「うん。分かった」


 簡単に答えた慧は父に微笑みを返し、手元のスマホに視線を落とした。

 それから父は約束通り修理の準備に取り掛った。作業は黙々と行われ、それはものの数分で終わった。しかし、その早さが却って仇となった。父は、「少しだけ」と言って作業を始めてしまったのである。そこからはズルズルと、もう少しだけ。最後にこれだけ。と、容易に想像がつく典型的な拗れ方をして、結果、口約束をしてから一時間が経過してしまった。


「すまん、慧……」


 本当の本当に一区切りがついたところでようやく時計を見た父は、いつの間にか一時間も経過していたことを知り、慧に頭を下げる。


「全然気にしてないよ。てか、逆にちょうど良いんじゃない。十一時過ぎなら」


 対して慧は平然と答える。それは決して父を気遣った取り繕いの言葉ではなく、本心でそう思っていた。その理由としては、実際まだ腹が減っていなかったのと、なんとなくこうなる可能性も考えていた、つまり心の準備が出来ていたので、慧は何とも思わなかったのである。むしろ、作業を長引かせる父を見ながら、こうやって父さんに振り回されてきたからこそ、今俺は色んな問題と向き合えているのかもなぁ。なんて呑気に考えていたくらいである。


「本当か?」

「うん。切りのいいところまでやっておきたかったんでしょ。気持ちは分かるよ」

「慧……。ありがとう。今日は何でも食べていいからな」

「分かったから、また作業したくなり出す前に行こ」

「あぁ、そうだな」


 流石に腹も減って来たし、この機会を逃したら次はないかもしれない。そう思った慧は、父が作業を再開しないようにしっかり手綱を握り、そのまま父と共に家を出て、自宅裏のガレージに停めてある父の車に乗り、昔二人でよく行っていたとんかつチェーン店を目指して出発した。

 大通りに出て十分ほど車を走らせると、懐かしの看板が見えて来る。それを目にした慧は、ぼんやりと幼年期を思い出す。何か特別なビジョンが再生されるというわけではなく、ただ単に、父が美味しそうに笑顔でロースカツを食べている姿である。こんな何気ない瞬間を記憶しているという事は、自分にとってこの店は、大事な意味を持っているのだろうと慧は思った。


「久し振りだな。あの店に行くのも、二人で外食するのも」

「うん。そうだね」

「あの店、チェーン店なのにここら辺だとあそこしかないから、潰れてなくて良かったよ」

「確かに。他で見たことないかも」

「だろう? でも、俺たちが行くとき、大抵他に客が居なくてさ。待たずに食べられるのは最高だけど、ある日突然潰れるんじゃないかと毎日心配してたもんだよ」

「父さんみたいなファンがいるから潰れないんじゃない? まぁ、今はそんなに通ってないけど」

「うっ、そう言うなよ……。俺だって行きたい気持ちは山々なんだから」

「ははっ、分かってるよ。仕事が落ち着いたら、また二人でちょくちょく通えるようになると良いね」

「あぁ。そうだな」


 普通の親子らしい自然な会話に区切りがついて間も無く、車はとんかつ店に到着した。親子は車を降り、相変わらず空いている店内に入ってテーブル席に着くと、早速注文を済ませ、久し振りのロースカツ定食を堪能するのであった……。

 その帰り道。二人は満腹から来る幸福感に支配され、ほとんど何も会話をせずに住宅街へと続く右折信号まで戻って来た。後はこの信号を曲がり、真っすぐ進むのみ……。そう思っていた矢先、


「あっ」


 慧が突然声を漏らした。


「ん、どうした?」

「あの車!」


 すぐ反応を示した父に更に被せるように慧は鋭い声を上げる。するとその直後、今慧たちが曲がろうとしている住宅街へ続く道から、昨晩見た赤い軽自動車が出て来た。


「あの車?」


 父は裏道から大通りに出て来る車の列を見るが、どれのことだかピンと来ていない様子である。そこで慧は、


「赤い軽自動車」


 と付け加えたが、時既に遅し。赤い軽自動車は先頭を走っていたので、瞬く間に見えなくなってしまった。


「うーん。見えなかったな……。その赤い車がどうかしたのか?」

「最近、ウチの周りでよく見かけるんだよ」

「ふーん」

「乗ってる人はサングラスをかけてて、すごく綺麗な長髪の女性なんだけど、心当たりある?」

「……」


 慧の問いに、父はしばし考え込みながらハンドルを切る。そして住宅街に入ってから、


「分からない。けど、試作品の修理のためにしばらくは家にいるつもりだから、また見かけたら言ってくれ。ウチに用があるなら、父さんが対応するよ」


 と、笑みを浮かべて答えた。が、それを見聞きした慧は、含みのある笑みだ。きっとこの笑みの裏には何か隠されている……。と直感した。しかし直感だけで話を深堀するわけにはいかない。何か裏付けが、頼りになる証拠が無くては誤魔化されてしまうかもしれない……。なんて躊躇していると、その内に車は自宅に到着してしまった。

 帰宅後、もしかしたら父の方から何か話してくれるかもしれない。という一縷の望みに賭けた慧は、リビングでラヴィの修理作業を見守った。だが、結果は予想通り、一度作業を始めた父が世間話に興じるわけもなく、慧は虚しい小一時間を過ごした。


(今日は無理そうだな……。まぁでも、しばらく家にいるって言ってたし、チャンスはまだまだあるはずだ。なにも今日焦って聞き出す必要もない)


 一時間は無駄にしたが、そのおかげで慧は冷静な判断を取り戻した。そして残すところ半日以下となった日曜日を、ラヴィが無事に直ることを祈りながら、かつ、父の裏側をどうやって探ろうかと考えながら過ごすのであった。

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