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「―――本当にあった!!」
ひとりの少年が、小さな池に入っていく。
ただ一つの花だけを目にうつして。
「青い――だ…!」
✱✱✱
少年の名を、アセビと言った。
アセビは、幼い頃から花と共に育った。
花は話し相手であり、親の居ないアセビにとっては家族のような存在だった。
花の本を読み、花を探しに出かけ、花を飾り、花の種を育て、花と共に眠る。
そんな生活を何年もおくっていた。
この時代、都会では技術の進歩が目まぐるしく、数百年前から思い描かれてきたまさしく"近未来"という世界が実現されたようなものだった。
人間の指ひとつで、欲しいものは何でも、魔法のように現れた。
そんな便利で誰もが楽を出来る世界になっても、あえて楽をしたくないという者は、一定数存在していた。
そういう者たちがあぶれ者と呼ばれ暮らす町に、アセビも住んでいた。
アセビは決して技術の進歩や楽を嫌う訳ではなく、純粋に自然の花と多くめぐりあえる土地に住みたいという、ただその一心だった。
14になる頃、アセビは花のために多くの危険を犯すようになっていた。
進入禁止の場所へ行って花を詰んだり、博物館に保護されていた絶滅危惧類の花を少し頂いたり。
花のためなら、我が身も投げ出す勢いだった。
ある時、資料を集めに都会へ来ていたアセビは、人気のない路地に入っていく青い瞳の少女を見かけた。
✱✱✱
技術が進む一方で、人口は数百年前より遥かに少なく、言語も15ヶ国語に制限されていた。
何でも出来る、を世界のスローガンに掲げながら、世界から自由と選択肢を奪っていた。
✱✱✱
"青い瞳は、呪われている"
そんな数千年前の魔女狩りのようなことが、この時代にも行われていた。
多種多様性が認められ、髪色や服などの垣根は一切無くなった一方で、新たに差別の対象となったのが、瞳の色だった。
瞳の色が黒もしくは茶色ではない場合は染色体の異常とされ、5つになるまでに染色体の注射を受け、瞳の色を人工的に濃くしなければならないという法律が定められた。
それを行わなかった保護者は責任を問われ、15を過ぎても異常である場合は連行され、強制的に注射を打たれた後、5年の刑罰所暮らしとなる。
✱✱✱
アセビはその少女を追って、細い路地へと入っていった。
路地をさらに進むと、奥は行き止まりだった。
あの少女は、何かの見間違いだったのかと思い、引き返そうと後ろを向くと、青い瞳と視線が合った。
「なにを探しているの?」
その声はまるで可憐な花のように、か細く、優しく、とても心地良かった。
「あ、いや、花を、えっと違う、」
ハッとして、慌てて誤魔化そうとしたら、思わず口から"花"と出てしまった。
「……花?」
ふふ、とその少女は笑った。
アセビは初めて、花以外を、人間を、美しいと思った。
「あなた花を探しているの?」
少女は、ひらりと1枚の紙をアセビの手に渡して、風のように振り返る。
「探してみて、その瞳が彼女を見つけられるのなら」
そう言うと、足音ひとつ立てずに路地を去って行った。
「え……あ、待って!!君は!!」
追いかけて路地を出てみると、もう彼女の姿は人の波に消えていた。
✱✱✱
「瞳が彼女を、見つけられるのなら……」
帰宅後、カラーコンタクトを外しても、食事をしても、風呂に入っても、アセビは彼女のことを考えていた。
彼女と、その花の在処について。
渡された紙は地図で、家からしばらく歩いた森の奥にあるようだった。
森の入口と、その花の在処に赤いバツが記されていた。
森の入口には"ローズマリーの迷い森"と、花の在処には"青いヒホウ"と小さく、誰かの書き込みがしてあった。
アセビは少し考えると、直ぐにカバンに必要なものを詰め、家を出た。
「探しに行こう、青い花を」
迷うことなく、その瞳は真っ直ぐと金色に輝いていた。
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