<1>
ある空間に、ある少年が放り込まれた。
耳の下まで伸びたクリーム色の髪に、この世界では珍しい、翡翠色の瞳。
少年は、ここに来る以前の記憶をほとんど無くしていた。
「ピ……ピ……ピ……」
その空間は、部屋と呼ぶにはあまりに曖昧で、地面はあるが天井はなかった。
何も無い、真っ白な空間。
呆然としている少年の前に突然、それはそれは大きなモニターが現れた。
「!!」
声もあげずにただ驚いて、少年は尻もちを着いた。
「ピ……ピ……ピピピピ……ピピピピ」
アラームのような電子音が部屋中に響いた。
それと同時に、暗号表のようなコードがずらりと画面を流れていく。
「……ピピピピ!」
音が止まり、画面に現れたのは人のような形をした"何か"だった。
その"何か"は、ゆっくりと目を開いた。
白い髪、白い肌、吸い込まれそうなほど透明で、白い瞳。
服は着ていなかったが、人間のように肉体的に'わけられる何か'もなかった。
少しして、モニターの下に操作パネルのようなものが現れた。
そこには白い文字で、
<Give me a conversation.>
(会話をしろ。)
と打ち込まれた。
再びモニターを見ると、"何か"はこちらをじっと見つめていた。
「こ、こんにちは」
少年は恐る恐る、"それ"に話しかけた。
『 コ、コンニチワ 』
オウム返しだったが、少年は少し嬉しかった。
「会話をしなきゃ……ええっと……」
『 カイワヲシナキャ……エエット…… 』
「ふふっ」
人とかどうかはまだは分からないが、まるで親を見て覚える雛鳥のようだと、少年は思わず笑みがこぼれた。
『 ふふっ 』
少し右の頬を上げて笑う少年の癖も、
"それ"にそっくりそのまま反映されていた。
「でもオウム返しじゃ会話は成り立たないよな……どうしよう」
『 デモオウムガエシジャカイワハナリタタナイヨナ……ドウシヨウ 』
「アップグレードとか……出来ないのかな」
『 アップグレードトカ 』
"それ"が少年の言葉を言いかけるとらヴィンッという音がしてモニターの左上に、横長のメーターのようなものが表示された。
『 アップグレード、ショウダク 』
"何か"は目を閉じた。
「ピピピピピピピピ」
再びアラームのような電子音が鳴り響くと、何も映さぬような透明な"何か"瞳に、光が宿った。
それはまるで、命が吹き込まれたようだった。
『 ダイイチアップグレード、カンリョウ 』
そう言うと、"何か"は目を開けた。
『 コンニチハ 』
先程のオウム返しとはちがう、向こうから話しかけてきたようだった。
「こんにちは」
「君の名前は?」
少年はいつまでも"それ"だとか"何か"得体の知れない物のように扱うのは少々失礼かな、と思い、まず名前を聞いた。
『 ナマエ…』
と、下のパネルに再び文字が打ち込まれた。
<Give me a name.>
(私に名前を付けて。)
「名前…か」
少年は、自分の名前すら思い出せなかった。
「僕に欲しいくらいなんだけどな、」
少年が呟くと、先程の文字の下に文字が打ち込まれた。
< You a name
「…君の名前」
...get.>
「貰うって、もしかして…」
モニターの中の"それ"は、ただこちらをずっと見つめるばかりだった。
「僕が君に名前をつければ、君が僕に名前をつける…?」
少年は迷って、数少ない記憶の情報の中から直感で、
「……スイレン」
「君の名前は、スイレン」
少年も、"それ"―――スイレンを見つめた。
『 ワタシ、わたしの、ナマエは 』
『 わたしのなまえはすいれん 』
スイレンがそう言うと、左上のメーターが一番端まで到達し、もうひとつのメーターが現れた。
「ミッションクリア…って所かな」
少年が安堵していると、二つ目のメーターがグングンと上がり始めた。
そしてそのメーターも端まで到達し、三つ目のメーターが現れると、スイレンは少年の着ているものと同じような白い布を纏った。
『 あなたのなまえを 』
「あ、あぁそうか、僕の名前を、君が」
『 あなたのなまえは――― 』
―――しばらく時が過ぎた。
もっとも、この空間に時計は無いのでどれくらいの時が過ぎたのかは分からない。
それでも、幾らかの時が過ぎた。
スイレンは色々なデータを右横に並べながら、名前を考えているようだった。
「こんなに悩んでくれてるのに、僕はあんなに直感で良かったのだろうか…」
そんな後悔を呟いていると、スイレンが右横のデータを全て消してこちらを見た。
『 あなたのなまえ 』
少年は下を向き、緊張していた。
幼い頃に付けられる名前と違って、意思のはっきりしているこの年齢で、新たな名前などすんなり受け入れられるだろうか。
『 なまえは―――ひすい 』
少年はゆっくりと顔を上げる。
『 あなたは、ひすい 』
「ひすい……」
どこか懐かしいような、知っているような、そんな言葉の響きに、少年は無意識に頬が緩んでいた。
「僕は、ヒスイ」
確かめるように、噛み締めるように。
そんなヒスイを、スイレンはただ見つめる。
「……ありがとう、スイレン」
「この名前、大事にするね」
そう言って微笑むヒスイの顔を、スイレンは真似して微笑んだ。
『 ありがとう、ひすい 』
こうして、からっぽの僕―――ヒスイと、
うまれたばかりの君―――スイレンは出会った。
見つけていただいて、読んで頂き有難うございます。
短編を(といっても何話かありますが)書いてみました。
突然お話が空から降ってきたので徹夜して勢いで書きました。笑
決して深夜テンションではありませんので暖かい目で彼らを見守ってくだされば嬉しいです。
次話もよろしくお願い致します。