第2話 オリジナル
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そのカラスは普通だった。
大きさも、動きも、色も、何もかも。…いや、その羽毛だけはそうでは無かったかもしれない。彼の真っ黒の羽毛はどのカラスよりも綺麗だったとーー少なくとも彼自身はそう思っていた。
彼は自慢の羽毛を見せつけるようにバサッと飛び上がると、自分の乗っていたビルの端っこからはなれた。
そしてさっき、人が2人出てきて車に乗っていった所を一瞥すると、バサバサと空を切って進んだ。
彼は風に上手く乗ってビル街の中を縫って飛んだ。
気持ちがいい風はいつものように、彼の体に当たっていて、夏の朝の空気はいい具合に、涼しい。
彼は途中でスピードを上げた。自分の主人には日が上り切る前には帰れと言われたのに、このまま行けば絶対に間に合わない。
彼は平均100階建ての大きくて高いビルがならぶ官庁街を抜けて、ずっとずっと進んで行った。
たくさんの広告が、ホログラムで大きく浮かんでいる辺りまで来ると、カラスは急降下して地面まで降りて行った。そして、いくつもならぶ奇天烈なビルの内の一つ、その半地下にあった窓にすぅっと入った。
彼は窓の近くにあった小綺麗な止まり木に羽を振るわせて止まった。その部屋はごちゃごちゃしているが、どこか落ち着けて、オルゴールが微かに鳴っていた。
安心するその音色を聴いてカラスはカァと鳴いた。
「リヤ、帰ってきたの?」と誰かが言った。
次の瞬間、部屋の奥の方にあった本棚がかたん、と動いてその裏から小柄の女性が出てきた。彼女は編み込みから少し出てしまっている、赤褐色の髪を耳に掛けながら、優しい茶色のガラス玉のような目をカラスに向けた。彼女の着ているベージュの服は、肩からたくさんの布が掛かっていて可愛らしい。
「ねぇ、リヤ。少し帰りが遅かったんじゃない?」
彼女は机に置いてあった、青いグラスを手に取ってその中の液体を飲みながらそう言った。
カラスはカァとなんとも不満げに鳴く。
彼女はそんな事気にもしないそうで、リヤがくちばしの先に咥えていた1センチ位の黒い球体を取り出した。すると、その球体からパッとカラーのホログラムが浮かび上がる。それには男と男の子ーーセリンとイルが黒塗りの車に乗る様子が映し出されていた。
マニアはその様子をみて首の後ろを掻きながら、小さく歯ぎしりをする。
「マニア、何かあったか?」
今度はさっきの本棚の裏から、ガタイのいい男が出てきてそう言った。その隣には6.、7歳の赤褐色の髪に、透き通るような灰色の目をした男の子が居る。その子供と同じで、その男の目は灰色だったが、髪は星の無い夜のように真っ黒だった。
2人はマニアと呼ばれたさっきの女性の、近くにあった木の椅子にストンと座って彼女を見た。
「なーんにも、いつも通りよ。」とマニア。
「ねえお母さん、なんで呼んでもないのに車がくるの。」男の子がセリンが映ったホログラムを指さしてそう言った。
マニアはチラッともう一度それを見て息子に優しく微笑む。
「あのね、ニーマン、彼らの頭の中には小さなロボットが入っているのよ。シャフネスって名前のね。」マニアはそう言いながら小さな椅子を自分の息子の前には持ってきて、そこに座った。
「そのロボットはこの国のほとんどの人の頭の中に入っているのよ。彼らはそれを手足のように操作して、車を動かしたり、好きな夢を見たり、物を調べたりできるの。」
「じゃあ、ぼくもできる?」とニーマンが聞く。
僕もやりたい!と顔に書いてあるようだ。
マニアは困ったように笑ってニーマンを撫でた。
「あのね、私達にはシャフネスは無いのよ。シャフネスを持った人々はみんなこの国に管理されているの。もし私達なんかが持っていたらきっとーー」
マニアが言葉をどもらせて頭をポリポリとかく。
「ーーきっと、大変な事になるわ」
しかし、キョトンとしているニーマンを見てマニアは肩を竦めてふふと笑った。
「今はわからないほうがいいわ。」
「成長してもわからない方が、なんていうか、ピースだけどな。」本を読んでいたガタイのいい男が目を離さずに肩を竦める。
マニアはそうね、と少し寂しそうに眉をよせたが、目をつぶってはぁーと息を吐くと、何度も繰り返し流れていたホログラムを睨んだ。
「この子のためにも、あいつはーーセリン・ニンドーラは絶対に殺してあげないといけないわ。」
マニアの頭の中はたった一つの情景が渦巻いていた。
◇◇◇
人々の熱気、笑い声、呆れる声、馬鹿だなぁと嘲る声。
16か、15そこらの幼いマニアはその群衆の中で、たった一人で、泣かないように唇を噛んだ。もし、泣きでもしたら彼女は殺されるのだろう。
人々が見ているのはただ一つ。彼らが居るビルの中腹の広い広いテラスの真ん中にある、立体ホログラムだ。
ホログラムには1人の金髪男が、目隠しと猿轡をされて、手を手錠で絞められ、膝立ちで真ん中に居た。彼の頭には鉄の筒が押し付けられている。すぐに、この筒からレーザーが飛び出すのは誰の目で見ても明らかだった。
「マスター…」とマニアは呟いた。
マニアの師匠は今、殺されようとしているのだ。
マニアが師匠からどうにか目を離してホログラムの端を見ると、当時のルミナリア大統領が居た。彼は気味の悪い薄ら笑いを浮かべて、立っている。そして、彼の隣には彼の子供である2人の子供も立っていた。
背の高い方は顔を伏せていてよく見えなかったが、少し震えているのがマニアにはわかった。拳がギュッと握られていて、プルプルと震えている。
背の低い方は高い方とは全く違った。冷たい底冷えのする目で、軽蔑するようにマニアの師匠を見つめていたのだ。大統領は背の低い方の子供に笑いかけて話しているが、高い方には目もくれず、興味が無いようだった。
マニアはどうしても、どうしても許せなかった。
この2人はーーあの背の高い子も、低い方の子も、自分の弟弟子である事を知っていたからだ。
何故、自分の師匠である人にむけて、しかも殺されそうになっている人に向けて、あんな冷たい目ができるのだろう。
マニアはチラッと師匠を見て、目を伏せた。とても見ていられなかった。周りの声が気持ち悪い。強く噛みすぎて唇から血が出ているのか、口の中に鉄の味が広がる。でも、泣いてはいけないと分かっていたから、泣いて捕まっても師匠は喜ば無いことを知っていたから、泣かなかった。
それは、突然訪れた。
「それでは執行致します」
バンッ!!…
ドザっ…
マニアは空気を吸った。
抑えようとしても手がブルブル震える。マニアには顔を上げる勇気がなかった。周りの人が去っていくのを感じたが、マニアには帰る勇気もなかった。
結局、ホログラム配信が終わるまでマニアはその場で立ち尽くしていた。
ただ、そんなマニアの頭の中にずっとあったのはあの、底冷えのする子供の目。
セリン・ニンドーラの子供の頃の目だった。
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