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9話:邪竜ちゃんの影響

 透明皮コートを着て、僕は邪竜山の向こう山を一つ越えて町に下りた。

 いつものように街道から門へ近づくと、門番さんは二人に増えていた。しかもちゃんと立っている。

 そして僕を知っている人ではなかった。僕をただの小さい子どもと見ずに、手に持つ槍をぐっと構え直していた。


「町の子どもじゃないな? どこから来た」

「山から来ました」


 僕は正直に来た方向を指差した。本当は見えてる山のそのさらに奥の邪竜山なんだけど。


「山だぁ? 山に住んでるのか?」

「はい。時々買い物にこの町に来てるんです。今日は鍋を買いに来ました」


 一人は「鍋?」と呟き、一人は「嘘を付いてる感じじゃねえな」と声をかけた。

 そして「問題なさそうだ」と僕は通された。

 僕はその様子が気になったので尋ねてみた。


「あの。何かあったのですか?」

「うん? ああ。大したことがあったんだ」

「あったのですか」

「ドラゴンだよ。町にドラゴンが現れたんだ」

「ええ!? ドラゴン!? 本当ですか!?」


 僕は素直に驚いた。まさかドラゴンがやってきただって!?


「ああ本当だ。すぐに去っていったから良かったのだがな。その影響で警戒を強めてるんだよ」

「へえ。そうなんですか。どうもありがとうございます」


 僕は門番さんにお礼を言って町に入った。

 ドラゴンか。すぐ去ったなら良かったものの、もし邪竜山にやってきたら邪竜ちゃんと喧嘩になっていたのかな?

 と、いつものようによろず屋に向かう途中でやっと気づいた。


「邪竜ちゃんのことか!」


 そういえば以前、町を騒がせてしまったのだっけ。門番さんに教えて上げればよかったかな。

 でもなんて言う?

 あのドラゴンは散歩に来ただけですよって伝える?

 どんな反応するんだろうと想像したら、思わずふふっと笑みが溢れた。

 そうしたら果物を並べた出店のおばちゃんに声をかけられてしまった。


「あらぁ。楽しそうね。どうしたのお嬢ちゃん」

「いえちょっとドラゴンのことで。あと僕は男です」

「あら男の子なの。ごめんなさいね。ドラゴンねぇ、大変だったわよぉ。噂を聞いて嘘だと思ったのでしょう? 本当なのよそれぇ」


 ああ。ちょっと勘違いさせてしまったようだ。ややこしくなりそうなので、僕は曖昧に頷いた。


「あれから町の防備を強化するだの、ドラゴンを狩るだのなんだの騒ぎになっちゃってさぁ」

「ドラゴンを狩る、ですか?」

「そうよぉ。あたしも知らなかったんだけどねぇ。そのドラゴンって近くの山に棲んでるんですってさぁ。驚いちまったよぉ」

「へ、へぇ……」


 おばちゃんは「怖いわよねぇ」と腕を組んで頷いた。


「近くに棲んでるって、どうしてわかったんですか?」

「そりゃあ、そうだねぇ。噂だけどさぁ。あ、その前に買っていってよぉ。うちのは甘くて特別美味しいよぉ」

「あ、じゃあ……」


 拳くらいの大きさのミカンを4つ買って、布で包んでずだ袋に入れた。


「んでさぁ。どうしてかって言うと、調べたんだってさぁ」

「調べたって……」


 調べたと聞いて僕はすごく嫌な予感がした。

 身に覚えがあったからだ。その時の首についた切り傷は綺麗に治っている。


「町の歴史を記した巻物だよぉ。そしたら60年くらい前に黒い竜が現れて、ミカン畑を荒らしたんだってさぁ」

「……え? ミカンですか?」

「そうよぉ。買ってくれてありがとね。美味しかったらまた買ってねぇお嬢ちゃん」


 もしかして、僕はからかわれただけ?

 なんか上手く騙された気がする。

 僕は声掛けに気をつけて、路地先のよろず屋へ向かった。

 扉の鈍い鐘の音で薄暗い店内の奥から禿頭のおじさんが顔を覗かせた。


「おお。よく来たな竜鱗の」

「こんにちは。今日は鍋を買いに来たんです。寸胴鍋。ありますか?」

「なんだ。鱗はねえのか?」

「鱗はないです」


 おじさんは「ちょっと待ってろい」と椅子を僕に出し、丁稚を呼びつけた。そして「町で寸胴鍋探してこい」と駆けさせた。

 ないなら僕が足で探したんだけど。


「いいんだよ。ちょっと話があるんだ」

「あ、はい。ドラゴンのことでしょうか」

「なんでえ。知ってたのか。そういえばあの日だったもんな」

「ええ。だって、僕に話があるって他にないでしょう?」


 おじさんは奥に声をかけ、お茶を煎れさせた。


「竜鱗を3個仕入れたところに先日の町のドラゴン騒ぎだろう? 調べの手がうちに来たのさ」

「すみません」

「いや責めてるわけじゃねえ。なあ。お前は一体何者なんだ?」


 何者と言われても、正直に言って良いものだろうか。

 だけど邪竜様の巫女ですなんて言いたくない。だって僕は男だよ?


「竜鱗は山で拾ったんです。山で暮らしているので」

「そうか。最初の時もそう言ってたな。おれも聞き取りに来た奴にそう答えた。山の子どもが拾ったものだってな。門番でも同じような確認が取れたから追求はなかった」

「それは良かったです」


 ちょっと言いにくいだけで、嘘は付いてないし。いいよね。

 最初の時は洞窟で拾ったので、本当なのだ。


「ところで、今日は良いものを着てるじゃねえか」

「これですか? へへへ。良いでしょう?」


 僕は立ち上がって、くるりくるりと2回転した。

 ふわりと邪竜ちゃんの透明な皮コートが軽く広がる。


「竜の脱皮で作ったんです。作ったと言っても、前を閉じるところ(トグルボタン)を付けただけなんですけど」


 おじさんは立ち上がって寄ってきて、皮のコートの裾を触って撫でて頬ずりして、「すげえすげえ」と繰り返した。

 褒められて嬉しい。


「すごいでしょう。すごいですよね! これナイフも通らないんですよ」


 僕は以前におじさんから貰った刀身がちびたナイフを抜き、自分の身体に突き刺した。

 おじさんは目を丸くしたけど、皮のコートに穴どころか傷一つ付いていない。

 僕はおじさんの驚いた顔が見れて満足だ。


「他所ではコートのことは、特に素材の事は言うなよ。絶対にだ」

「え、あ、はい」

「それで……あるのか? この竜の脱皮が」

「持ってきてはないですけど、欲しいのですか?」

「ああ。金貨を積もう」


 ……今なんて?

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