56話:邪竜ちゃんと宿敵
そして一年が過ぎた。
時々エルシアの町に遊びに行きながらも、僕と邪竜ちゃんは山でのんびりと暮らしていた。
近くの町から時々お金目当てで冒険者がやってくるので、山から追い返すのだ。
冬になると邪竜ちゃんは外に出たがらなくなり、もっぱら魔女さまの風呂に浸かっていた。ついでに村の子どもたちも魔女さまの家に遊びに来るようになってしまい、お弟子さんには迷惑をかけっぱなしだ。
春は新年の祭りがあり、夏は耳長族の砂糖作りを手伝い、秋には収穫祭である金竜祭を行った。村の人たちはすっかり金竜様と呼ぶことに慣れてしまったけど、僕の中では相変わらず邪竜ちゃんだ。
邪竜ちゃんは金竜様となってもいたずら好きのわるい子のままであったが、妹を始め、村の子どもたちとは仲良く遊んでいた。妹が邪竜様にどんな願いをしたのか聞いてはいないが、その様子で大体予想はついた。
しばらくエルシアの町へ行くことはなかったのだが、姉弟子アリエッタさんから手紙が届き、僕と邪竜ちゃんは久しぶりにエルシアの町へ向かった。
アリエッタさんの傍らには、籠の中に赤ん坊が寝ていた。
「ええと……」
「この子の父親はいない。いいわね?」
そう言われると、僕は何も言えない。
そう。何が悪かったといえば、新しく村の名産となりそうなラムレーズンを差し入れたことだ。
そして姉弟子アリエッタさんが酒精に弱かったことだ。
「お互いの立場というものがあるでしょう? だからいいのよ。気にしなくて」
「あ、はい。でもその」
「何よ」
「アリエッタさん。村へ来ませんか? そして一緒に暮らしませんか?」
「はぁ?」
「いえ違うんです! そうじゃなくてその……」
僕がまごついていると、アリエッタさんは僕に抱きついて、赤ん坊は泣き出した。
「いいわよ。あの子が連れて行ける頃になったらね」
「はい!」
「楽しみね。金竜山にはダンジョンがいくつもあるんでしょ? ふふっ。全部案内しなさいよね」
「え? あれ?」
僕は忘れていた。魔女さまがアリエッタさんのことを「ダンジョン馬鹿」と呼んでいたことを。
さらに数年後。村へやってきた彼女は子供をお弟子さんに預け、僕と邪竜ちゃんと共に金竜山にある各所の邪竜様のねぐら跡を巡ることとなる。
ねぐらでは冒険者と鉢合わせして殺し合いになったり、大変な目にも遭ったけど、とりわけ邪竜山の天辺のねぐらの奥では本当に死にかけた。
ダンジョンの中は歪んだ空間であり、山の頂上だったはずが僕たちは草原の中にいて、さらに空を埋め尽くすような悪魔たちに襲いかかられた。
まあでもなんとかなった。邪竜ちゃんもいたし。
黄金の天使様が長く住んでいた場所だから、もしかしたら古代魔法国を滅ぼしたという悪魔の軍勢を再現したものだったのかもしれない。
困ったことといえば、そのダンジョンから出たら、外の世界は10年の時が経っていたことだ。
僕の妹はなぜか村の隣の町の領主さまと結婚していたり、アリエッタさんの息子も数え年で13歳となり、とっくに成人をしていた。魔女さまの元で弟子となり、お弟子さんと一緒に変な植物を庭で育てていた。
もちろんそんなわけだから、娘は僕もアリエッタさんも覚えているわけがないし、お弟子さんのことを母親だと思っていた。
「だからダンジョンばかり潜ってるからそんなことになるんですよー!」
と真っ当な指摘をお弟子さんにされてしまい、アリエッタさんはぐぬぬと呻いた。
「二人目はちゃんと育てるわよ!」
「うわー酷い発言ですよ。これだから姉弟子には任せられないんですよ。次も私が預かりますから安心してください。え? 次? 二人目?」
身に覚えがある僕はそっと逃げ出した。
しかし戸が氷漬けにされてしまった。
「逃さないわよ。私達はこのことと向き合わないといけないわけ。いいわね?」
「僕はその子の父親はいないと言われましたけど」
「レオ! あの金竜の巫女があなたの父親よ! あなたより小さくて女の子みたいだけどね!」
見知らぬ女の子にそんなことを言われたレオは困惑している。
「やあ。あの、僕が一応父親、みたいです。その。それで。それを言ったこっちの子が君の母親なんです」
「ちょっと見ないうちに大きくなったわねレオ。寂しかったでしょう?」
「ねえ、何この人達……」
そういう反応になりますよねー!
僕たちが10年ぶりということは、邪竜ちゃんも村へ行くのは10年ぶりとなった。
10年ぶりとなった金竜様のいる金竜祭は大いに盛り上がった、らしい。僕としては知ってる祭りと同じだったけど、去年まではすっかり酒も肉も減っていたという。というのも、巫女ばあやが「金竜様がいないのは本物の金竜祭ではない!」とか言い出して、あえて規模を小さくしていたとかなんとか。
まあ、邪竜ちゃんが居なければ、そんなに食べ物を用意しなくていいのは事実だけども。
「ところで、アリエッタさんはお酒は飲まないんですか?」
「飲んだらまた襲うわよ」
「なんで襲うの前提なんですか……」
ところで村の祭りといえば、夜になればそういう声があちこちから聞こえてくるようになるわけで……。
酔っていないはずのアリエッタさんの冷たい手が僕の手を掴んで、胸に当てた。魔法使いに取って、古来から胸に手を当てさせる行為は特別な意味を持っているそうで、それは……。
『牛のお肉うんまぁーい!』
「ぐぇ」
邪竜ちゃんが両手にお肉を掴んでごろごろと転がってきて、アリエッタさんが潰された。
『なんか轢いた』
「邪竜ちゃん!」
僕は慌ててアリエッタさんを回復した。
ふう。なんとかなった。ならなかった。
起き上がったアリエッタさんは、邪竜ちゃんに向けて氷の魔法をぶっ放し、食事の邪魔をされた邪竜ちゃんは炎の息を吹いた。
突然始まった魔法バトルに村のみんなが賭けを始めて、今年の金竜祭は10年ぶりに朝まで盛り上がったという。