20話:邪竜ちゃんと羊飼い
春になると餓死者が増える、と言われている。
邪竜村は今年も餓死者は出なかったようだ。これも邪竜山の魔法の力の恩恵だ。ゆえに邪竜様は畏怖の対象ながら、僕の村では崇められている。
邪竜祭では冬の保存食が集められ酒のつまみとなり、春の野草と木の実と果実が羊肉に添えられた。
僕と邪竜ちゃんは草原に訪れていた。
魔女さまに頼まれて、羊飼いに薬を渡しに来たのだ。その報酬に砂糖を煮詰めて固めたべっこう飴を貰った。
邪竜村の南西には草原が広がり、羊飼いがステッキを手にし、牧羊犬が急いで羊をまとめている。
「ぐぁひひひっ」
「脅かしちゃダメだよ邪竜ちゃん!」
羊たちが恐慌している。
存在するだけで根源たる恐怖を動物たちに与える邪竜ちゃん。邪竜ちゃんが近づいただけで、羊たちは怯えて逃げ出した。
牧羊犬がぐるりぐるりと駆け回り、その周りを邪竜ちゃんがぐるりぐるりと飛び回る。
羊飼いはその様子に苦笑した。
「邪竜様は羊を沢山食べたぁな。祭りで驚くほどの数を潰すように言われたさ」
「す、すみません」
「いんや、巫女さまが謝る事はない。責めてるわけじゃあない。あしら羊飼いは邪竜様の使いだあね」
羊飼いはくぁくぁと笑い、崩れた石組みに腰を掛けた。
そして水筒を取り出し蓋に葡萄酒を注ぎ、ぐいと飲んだ。
「飲むかい?」
「あ、はい。いただきます」
僕も崩れた石柱と思われるものに座り、その澄んだ葡萄酒を飲んだ。
羊飼いは貯えた髭を撫でながらにこにこと笑い、ステッキでこんこんと石を叩いた。
「これぁね。昔ここには砦があったんだ。知ってるかい?」
「はい。邪竜様を討伐しようと企んだ領主の話ですよね?」
羊飼いは空を飛び回る邪竜ちゃんを見上げた。
「誰ぇが邪竜様を殺すことなんてできようか」
「そうですね。僕もそう思います」
邪竜ちゃんは鋼の剣て叩いても傷一つ付かないし、炎に巻かれてもへっちゃらだ。
それだけ沢山の兵士がいたとしても、空から炎を吹かれたら何も出来ず全滅するだろう。
「だかぁな。この砦も邪竜様を討伐するためじゃあない」
「え? そうなんですか?」
「ここは、人の罪の土地さあね」
羊飼いはそれだけ言うと黙ってしまった。
なんだか伝える事は伝えきったという表情だ。僕にはさっぱりわからないけど。
「あしら羊飼いは邪竜様の使いだあね」
「はぁ」
それさっきも聞いたけど。
おじいさん、ボケてる?
「あしらは邪竜様に生かされておる。あしらは羊さ」
「はぁ」
そろそろ帰っていいかな?
羊飼いはじっと邪竜様を見つめるだけで動かなくなってしまったので、僕は先に立ち上がった。
そして両手を広げて邪竜ちゃんに呼びかけた。
邪竜ちゃんは鷹が獲物を狙うかのように、僕に向かって突っ込んできた。
「うわあ!」
僕は慌てて地面に伏せた。
「ぎゃふふふっ」
そして振り返ると邪竜ちゃんが愉快そうに笑っていた。
僕はその顔をぺちんと叩いた。
すると邪竜ちゃんもくるりと回って、翼で僕の頭を叩いた。
「このぉ!」
僕は邪竜ちゃんの首に掴みかかった。
だけど僕の力で邪竜ちゃんの首を絞められるわけもなく、僕はぷらぁんとぶら下がった。
そして邪竜ちゃんはそのまま空へ飛び上がった。
「うわぁ! 待って! 待って!」
眼下では羊飼いが僕に向かって杖を振っていた。
羊飼いが祝福の呪文を唱え、空へ黄色く細い光が、杖から太陽へ向かって放たれた。
邪竜ちゃんはその光をぐるりぐるりと回って飛んだ。
「うわぁああ!」
『何か四角いのが歩いてるー』
邪竜ちゃんが言う四角いのって何かと思って下を見たら、馬車が町から村へ向かう道を歩いていた。
村へいつも来る行商人かと思ったら、御者台に座るのは知ってるおじさんではなかった。
嫌な予感がすると思ったら、御者の隣に座る女の子が拳銃を構えて撃ってきた!
ばぁん。
銃弾は邪竜ちゃんがぱくりと口で咥えた。
「撃ってきた! 邪竜ちゃん逃げて!」
『逃げるー?』
「邪竜ちゃんは平気でも、僕は平気じゃないの!」
そりゃあドラゴンが近づいてきたら追い払おうとするよね。邪竜ちゃんはただの興味本位で近づいただけだとしても。
邪竜ちゃんは怪我しないだろうけど、その首に掴まってる僕に銃弾が当たったら死んでしまう。
そして邪竜ちゃんが馬車にじゃれついたら、そっちはそっちで死んでしまう。
「ねぐらに帰ろう! 邪竜ちゃん!」
『あーい』
邪竜ちゃんはぴゅうと山へと向かった。
ふぅ、助かった。お互いに。
「あれは馬車だよ。人が乗ってるの。脅かしちゃダメだよ」
『あまぁい』
邪竜ちゃんは何か口をもごもごさせてると思ったら、銃弾をバリボリと噛み砕いていた。
何食べてるのー!? それ食べ物じゃないよ邪竜ちゃん!
あれ? 銃弾なんて美味しいはずないんだけど……。ドラゴンって金属食べるの?
ねぐらに戻った僕は、邪竜ちゃんに銃弾を吐き出させた。
「ぺっしなさい。ぺっ!」
『やーっ』
口を開かせてみたら、すでに粉々になっていた。
歯の間に細かい欠片がキラキラと残っていた。
金属じゃない。なんだろうこれ?
恐る恐る欠片を口に入れてみたら、邪竜ちゃんの言う通り、本当に甘かった。
「あれ、これって……飴?」
『あめー?』
蜂蜜飴とは違う、砂糖を煮詰めて固めた飴。
魔女さまから貰ったべっこう飴と同じものだった。




