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2話:邪竜ちゃんとご飯

 塩漬けした干し肉を噛って味を確認していると、邪竜ちゃんが『食べたい』と舌を伸ばして催促してきた。


「ダメだよ。塩辛いよ?」

『食べるの』


 干し肉の木箱を背中で隠すと、邪竜ちゃんは「ふしゅう」と鼻息を吹きかけてきた。しょうがないな。

 一切れ放り投げると、邪竜ちゃんは口を開いて魚の餌付けのように食いついた。

 そしてぶるりと身体を震わせたと思えば、洞窟の中をごろりごろりと転がり回った。

 竜語でしょっぱいとでも叫んだのだろうか。口を開けて言葉にならない声を上げた。


「うぎゃぅんぎゃぃ!」

「だから言ったのに」


 邪竜ちゃんは不愉快そうに、棘の生えた尻尾を床にびたんびたんと打ち付けた。

 これから沸かそうと思っていた水の桶を目の前に置くと、その中に舌を突っ込んでかき回した。

 もしかして邪竜って干し肉で討伐できるかも。

 もしそんな事を村で口にしたら、きっと笑われるだろう。


「日が暮れる前に水を汲んでくる」

『一緒に行く』

「じゃましないでね?」


 邪竜ちゃんは僕の頭の上に顎を乗せた。邪魔をする気満々だね?

 そんなことないよとふるふると頭を振ったあと、邪竜ちゃんは洞窟から外に出た僕を左手で掴み、谷の下へ急降下。

 川の水面すれすれで手を離され、僕はざぶんと川の中に落とされた。


「ちょっ、がぼぼっ」


 沈みかける身体を桶を掴んで堪える。川の勢いでどんどん流されるこの先にあるのは滝壺だ。

 後ろで爆発のような音がしたと思ったら、僕の下にぬっと黒い陰が現れた。そしてその陰である邪竜ちゃんが頭を覗かせ、僕の身体を背中に乗せて持ち上げた。


「んもー! なにするの!」

「ぎゃひひっ」


 岸で降ろされ、水浸しで怒る僕の様子を見て、邪竜ちゃんは楽しそうに笑った。

 邪竜ちゃんはほんとにわるい子だ。


「次じゃましたら、芋減らすからね」

『やっ』

「なら大人しくしてて」


 僕が桶に水を汲む間、邪竜ちゃんは川の中に頭を突っ込んで、口の中に川魚をびちびちと何匹も咥えた。

 そして桶の中にべっと吐き出した。


『一緒に食べよ』

「うん。生? 焼く?」

『焼く』


 濡れた服を脱いで搾って桶と一緒に肩に担ぎ、慎重に縄梯子で崖を上る。

 空では鳥の魔物がぎゃあぎゃあと僕を狙っていた。そんな群れに邪竜ちゃんは飛び立ち追いかけ始める。本気を出せば一網打尽だが、彼女はじゃれて遊んでいるようだ。

 その間に僕は食事の準備をする。


 洞窟の奥の、鉄の箱の中に仕舞った火の魔石の粉を指で摘んで取り出してきて、灰の上で薪で打ち付けるとぱんと跳ねた。火花が跳び枯れ草の火口が煙を発する。ふうと筒で息を吹きかけ炎を大きくする。

 火の粉が熱いので、仕方なく濡れた服を着る。火に当たっていればそのうち乾くだろう。


 薪の中からほどよい木の枝を4本拾い、町のよろずやで頂戴したナイフで先を尖らせた。

 そして桶の中の魚を捕まえ、目玉から突き刺し折りたたむように胴にも突き刺す。それを4匹作り、灰の周りに突き立てた。

 魚のいなくなった桶の水から鉄鍋にざばあと入れて火にかけた。

 次に僕の頭ほどの大きさのまん丸に肥えた芋を、ざくりと4つに切り分けた。その得物は邪竜ちゃんの生え変わりの爪だ。これを包丁代わりにしている。

 さらに切り分けたあとナイフで芋の皮を剥き、細かくしながら鍋に落としていく。

 そして干し肉をナイフで割くように細切れにして、これも鍋に浮かべていく。

 最後に香りの強い乾燥させた葉と、舌でピリっとする実も一緒に入れ、グツグツと煮立てながら浮き出たあくを葉で掬う。

 その葉を蓋にして、僕は立ち上がり、夕暮れの中で飛び交う邪竜ちゃんに両手を振る。


「ごはんだよー!」

『あい』


 邪竜ちゃんは「ぐあっ」と鳴いて鳥の魔物を追い払い、崖に追突する勢いでねぐらの洞窟へ向かってきた。

 僕は「ひゃあ」と頭を抱え縮こまり、邪竜ちゃんが羽ばたく風がぶわんと襲ってきた。


「やめてよ! 火が消えちゃうでしょ!」


 邪竜ちゃんは地面に着地して、のっしのっしとねぐらへ帰る。その足取りはご機嫌そうだ。

 鍋を火から下ろして、お椀に僕の分を取り分けた。

 邪竜ちゃんが我慢できずにぬっと首を伸ばしてきた。


「まだ熱いからね」


 そう警告したのに、邪竜ちゃんは鍋に舌を突っ込んで、「ぎゃふっ」と鳴いた。


『あちゅい』

「だから言ったでしょ」


 口から炎を吹く邪竜ちゃんでも、煮立った鍋は熱いようだ。

 それでも口の中を火傷をしないのは、人間と違って強いのだろうけど。

 邪竜ちゃんはふうふうと鍋に息を吹きかけ、器用に手で掴んで自分の口の中に注ぎ込んだ。


「んぎゅもにゅ」

「口からこぼさないでね」


 邪竜ちゃんの身体の大きさからしたらとても足りなそうな量だけど、僕たち人間と違って少ない食事で生きられるようだ。

 かく言う僕も、この山の不思議な力だとかで、このお椀1杯で3日くらい平気だけど。

 それでもお腹がぺちゃんこになるので、1日1回はちゃんと食事を摂りたい。

 

『んまんま』

「それは良かった」


 邪竜ちゃんはごくりと口の中のスープを飲み込み、ごろりと横になった。


「まだ魚があるよ」

『3つ』

「はいはい」


 油が滴る焼き魚から串を抜き取り、葉の上に3つ重ねて邪竜ちゃんへ献上する。

 邪竜ちゃんは葉っぱごと丸ごと口の中に放り込んだ。

 僕はそんな様子を見ながら、塩を軽くまぶして自分の分の焼き魚に噛み付いた。

 邪竜ちゃんの身体を背もたれにする。

 洞窟の中に、日暮れの西日が差し込む。

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