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19話:邪竜ちゃんとチョコレート

 僕は魔女さまの家に泊まった。

 魔女さまの家は、何日もかけて病気の人を治すこともあるので、客室が用意されていた。

 日が昇る前、鶏の声で起きた僕は、弟子の子の食事の支度を手伝った。

 魔女さまの家には色んな知らない調味料が置かれていた。さすが様々な薬を調合する魔女さまだ。


「ああ、これは私の趣味です。上げませんよ」


 ……さすが魔女様のお弟子さまだ。

 魔女さまは他人にあれこれと、土の食べ物(パンや芋や豆)、森の食べ物(血や肉や卵や木の実や果実)、火の食べ物(塩のスープや酒)を摂るように教えるものの、自身は偏食家であるらしい。

 気がつけば木の実ばかりをポリポリと囓っている魔女さまに対し、色々な物を食べさせるために調味料を集めたようだ。


「ここだけの話、それは口実で、これのためです」


 そう言って僕の手のひらに砂のようなものを少量乗せた。


「これって、砂糖ですか?」

「そ。内緒ですよ」


 魔女さまは砂糖は薬剤として見ているので、料理に使う分としてくれないらしい。

 そのため、様々な調味料の壺の中に紛れさせているようだ。


「バレないんですか?」

「大丈夫。研究用と言って買い付けてますから。耳長族から直接安く交換できますしね」


 魔女さまの家はちょうど森と村との間にあるので、耳長族が立ち寄っていくようだ。

 耳長族の交易品は、土器に砂糖に火の酒。薬を作るのに役立つそうだ。


「それで魔女さまのお薬と交換するわけですね。あれ、でも耳長族にも祈祷師はいますよね?」

「うん。だからあたしたちは都会的な物を出すんですよ」

「都会的?」


 弟子の子は紙に包まれた、焦げたような丸い塊を僕の手に乗せた。


「これは?」

「ふふん。これはね、チョコレートという媚薬です」

「びやく?」


 なんだろう? 香りは良いけど……。


「わからないかぁ。えっとね、媚薬っていうのは、つまり子どもを作る時の薬よ」

「へー。子どもを作……」


 うん?


「そそそんなものを僕に食べさせようとして、どうするつもりですかー!?」

「どうもしないよ!? ああ! それ高いのにぃ!」


 慌てた僕の手のひらから、丸いチョコレートがころころと床を転がった。

 そしてそこへ現れた魔女さまが拾い上げた。


「朝から騒がしいと思ったら、弟子の不貞を見てしまったのだが」

「ち、違ッ! 師匠! 違いますからね!」

「まだ僕は何もされてませんから!」


 弟子の子に「まだとかじゃないから!」と叩かれた。なんで?


「いやぁちょっとね。ちょっと、甘い物を上げて気に入られようとか下心はありましたけどぉ」

「ダメだからな。この子は私のものだ。弟子に譲る気はない」

「いいじゃないですかぁ。あたしにもちょっと分けてくださいよぉ」


 なんでこの二人は争ってるんだろう……。

 戸惑っている僕の肩に、魔女さまの手がぽんと置かれた。


「君はもう少し自分の価値を知った方が良い。半信半疑だったが、邪竜様と仲が良く、一緒に暮らしているのだろう?」

「え? そうですけど?」


 昨日の魔女さまと邪竜ちゃんの喧嘩を僕が止めて、そのような事を僕が話したのだ。


「でも仲が良いってほどではありませんよ?」

「そうかい? 私には姉妹のように見えるけどね」

「姉妹ですか。いや、姉妹ではありませんからね?」


 何回も言ってるけど、僕は男だからね? 今も巫女服を着ているけど……他に服がないから。

 魔女さまは僕の手を取り、チョコレートをぽんと乗せた。


「これは邪竜様に差し上げな」

「え、でも。薬、なんでしょう?」

「甘い薬な。邪竜様はきっと喜ぶだろう」


 ふぅん。

 まあ邪竜ちゃんなら平気かな。

 僕はチョコレートを手に、裏庭へ出た。春風が冷たい。

 お風呂は一晩経ったのに、まだ白い湯気を立ち上げている。

 邪竜ちゃんはそんなお風呂の中でお腹を見せてぷかりと浮かんでいた。邪竜ちゃんのスープかな?


「邪竜ちゃん。魔女さまから甘いものを貰ったけど食べる?」

「んあー。ぐぁあうー」


 邪竜ちゃんは寝ぼけながら口を開けた。

 僕がチョコレートを口の中に放り投げると、邪竜ちゃんはぱくと咥えて、もにゅもにゅと口を動かした。

 すると邪竜ちゃんは目をくわっと開けて、翼をばさりと広げ、水しぶきを撒き散らしながら空へ飛び立った。

 なにごと!?


『おいちー!』


 あ、ただ喜んでるだけか。

 ぐぁぐぁ鳴きながら魔女さまの家を何周も飛び回り、お風呂の中にざぼおんと落ちてきた。


『今のおかわりー!』

「もうないよ。一個しか貰ってないし」

『もっとぉ!』


 邪竜ちゃんは、お風呂から朝日の登る空へ向かって炎を吹いた。

 それを見た鳥が驚いて逃げていくのが見えた。

 邪竜ちゃんはお湯の中に、飛んで出たり入ったりを繰り返した。


「貴重なお薬って言ってたからね。一個だけなんだって」

「ぐわわわぁ」


 そして邪竜ちゃんはお風呂の中へ沈んでいった。

 何かとんでもないものを僕は食べさせてしまったようだ……。


 この後、弟子の子と食事の支度をし、一緒にパンをこねて魔法の窯で焼いたりした。

 そしてその時にこっそり僕もチョコレートを食べたけど、うん。思わず魔女さまに弟子入りを志願しようかと本気で考えてしまった。

 なるほど。これは本当に人を誘惑する薬であった。


 今後も、普通なら簡単に手に入らないドラゴン素材を持ってきたらチョコレートと交換して上げると、僕は言われてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ほのぼのしていて面白く、楽しく読んでます。 [一言] 邪竜ちゃんと主人公が媚薬チョコレートを食べてしまったのですか! なってこった!
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