18話:邪竜ちゃんとお風呂
夜の春風に身が縮む。
月の姉妹が父たる太陽を空から追い出し、風の精霊たちが星をばら撒いた。
森の奥は闇に包まれ、腰の高さほどしかない柵など狼が現れたら一跳びで越えるだろう。
裏庭へ出た、白い布の下着を一枚だけを身体に羽織った魔女さまは、沢から引き込んだ溜池に向かってロッドを振るった。
ロッドが光り輝く。
「フリムコラナ」
ロッドが指した先、泉の中に燃え盛る炎の柱が巻き上がった。そして池から白い湯気が立ち上がる。
「すごい!」
「ふふーん。そうだろう?」
弟子の子がそんな得意気な魔女さまに向かって、「いつも私にやらせるのに、そんな子どもに良いところを見せたかったのですか?」と口を開き、魔女さまは魔法で弟子の子を、風呂となった池に浮かせて落とした。
さらに風呂に渦を作ってかき回した。
「魔女さまの魔法すごいです!」
「もっと褒めていいぞ」
今度は辺り一面の湯気を一塊にして、風呂の周りを囲うように包んだ。
「これで魔物も入って来れないし、覗きもされない」
「なるほどぉ」
「いつも師匠はこんな魔法使わなっ! あぷっ!」
弟子の子は魔法で風呂の中に沈められた。大丈夫かな……。
「さあさ。じゃあ入ろうか」
「ええと、失礼しますね?」
入る前に、弟子の子が僕たちにお湯をぶっかけてきた。師匠は笑いながら「かけ湯ありがとう」と言っていたが目は笑っていなかった。ぶるり。
風呂はちょっと熱くて、僕と魔女さまは縁に腰掛けて足だけお湯に入れた。
「どうだい? 我が家の露天風呂は」
「露天風呂って言うんですね。素晴らしいです」
「だろう? 君はいつもは水浴びかな?」
「そうですね。邪竜ちゃんに川に沈められたりしてます」
「そっちの方が凄いな……」
そうかな?
僕も邪竜ちゃんのねぐらでお風呂に入りたいな。火の精霊さまに頼んだら、お風呂が造れないかな。
「ところで、二つ質問があるのですが、よろしいですか?」
「なにかね?」
「なんか魔女さまの口調が変わってませんか?」
「君が成人男性と知ったからね」
弟子の子が「女の子相手だと猫被るんですよ師匠は」と口を挟んで再び沈められた。
「魔女さまは気にしないんですか? その、僕は……」
「うむ。君も気にしなくて良い」
魔女さまは恥ずかしがる僕を見て、「いや待て、線の細い男の子巫女……ふむ……いける」などとぶつぶつ呟いていた。なんか目が怖かった。
「えっと、二つ目の質問なんですけど。なんで炎が池の中で燃えてたんですか?」
「ほう? 君は魔法に興味があるのかい? 巫女でかつ魔女も目指そうか。きっとローブもよく似合う」
「目指しませんけど」
僕は魔女さまの冗談かと思ったけど、「それは残念だ」と本気の声で言われてしまった。
弟子に誘ってきたのも本気だったのかな?
魔女さまは手を前に出し、人差し指からぽんと小さい火を生み出した。
そしてそれを弟子の子に向かって投げた。弟子の子は「わぁ」と避けて、火はお湯の中に沈んでいく。
「魔法の火は、火の魔法なのだよ」
「へ?」
「ししょー。それじゃアホの子みたいですよ」
今度は魔女さまの手から炎が射出され、弟子の子はお湯の中へ潜って逃げた。炎は水の表面で消えた。
「今のは風の魔法の火だ」
「風……?」
魔女さまは答えを言わず、僕を見てにやにやと笑っている。
いや、きっと答えを言わないんじゃなくて、今のがすでに答えなんだ。
邪竜ちゃんの吹く炎も、簡単には消えない炎。火の魔法。
風の魔法の火は、風だから水の中に入らないんだね。
「あっ。魔法の火は風を使わないで燃えているのですね」
「……君は本当に賢いな。巫女を辞めて私の後を継がないか?」
弟子の子が「ししょー! 私がいますからー!」と口を挟むも、魔女さまはしっしと手を払った。
「さて、じゃあ君のことを聞こうかな」
「えっと、どこから話しましょう?」
「ふふっ。時間はたっぷりある。まだ眠くもないだろう?」
昼寝してしまったことを思い出して恥ずかしくなる。
……今のこの状況より恥ずかしいことはないか。
「そうですね。じゃあ、邪竜の贄と告げられたところから?」
「うむ」
「ちょっと待って下さい!」
弟子の子がざばあと立ち上がった。なんかいちいち挟まってくるね?
「ちょっとだけ待ちなさい!」
今度は命令形で言い放ち、風呂から上がって、リュートを手にして戻ってきた。
そして僕の隣に座り、奏で始めた。
「どうぞ」
どうぞと言われても。
「いいね。歌ってちょうだい」
「……僕が?」
「そうよ? 君の話を歌う流れでしょ?」
なんかものすごい無茶振りをされているんですけどー!?
ポロロロンポロリロロン♪
「え、えと、ぼ、ぼくぅはぁ」
僕は~、村の石工の子~
4人兄弟の~、次男で~
11歳の冬の日ぃに~
邪竜様の贄になると、告げられたぁ~
魔女さまが「よっ! いいねーっ!」と銀の杯に葡萄酒を注いで口にした。いつの間に?
ポロリンポロロン♪
12歳の春祭り~
ずた袋1つ背負って~
邪竜山に1人旅立ち~
1日かけてねぐらを見つけた~
「見つけるの早いな……」
「アレンジして10日くらいかけたことにしません?」
……10日かけてねぐらを見つけた~
「10日はやりすぎじゃないか? 途中で死ぬぞ。邪竜山を甘く見すぎだ」
「ダメですか? じゃあ1日に戻して」
……1日かけてねぐらを見つけた~
タララララと緊張感煽る旋律が始まり「はいっ」と声を掛けられた。
「えっと、ねぐらには邪竜様はいなかったんです」
演奏は止まり、弟子の子はガクッと肩を落とした。
魔女さまは葡萄酒を回して笑った。
「ははっ。邪竜様はお出かけ中だったのか」
「そうなんです。それでねぐらに入ったら、後ろから足音がして」
「おっ」
ポロロロンと演奏が再開される。
「後ろを振り返ったらぁ~」
ポロンタララララン♪
「妹でした」
ジャン♪
「ジャンじゃないよ。どういうオチだよ。妹ちゃん付いてきちゃったの?」
「はい。なので一度村へ連れて帰りました」
「その件いる?」
そう言いながら魔女さまは愉快そうに笑った。
「それでもう一度ねぐらに行ったら、洞窟の奥が崩れて、邪竜ちゃんの顔が出てきたんです」
「ほう?」
「こう、どかぁんと」
僕が両手を挙げると、お風呂がざばあんと水柱が立った。
目の前に邪竜ちゃんが降ってきたのだ。
『じゃばーん』
「邪竜ちゃん! 飛び込まないの!」
『おしゃけの匂いする』
「魔女さま! 逃げてください! お酒を狙われてます!」
魔女様はにやりと笑い、風呂の水面に立ち上がり、ワインボトルを宙に振るった。
ワインボトルは光り輝き、邪竜ちゃんの身体が魔法の炎で包まれた。
「邪竜様といえど、私の酒は、簡単には、渡さないよ」
「ああこれ師匠もう酔ってますね。逃げよう」
「え? え?」
魔女さまと邪竜ちゃんの炎でお湯の温度が上がっていく。
僕は端の沢の水が入り込む場所で、そっとお湯に浸かった。ふぅ。
どうやって川にお風呂を造ろうかな。
次の日。邪竜ちゃんはお風呂で茹で上がっていた。




