14話:邪竜ちゃんと蜂蜜
ぽかぽか陽気の季節になったものの、まだ山の朝は寒い。
そんな洞窟のねぐらでは、邪竜ちゃんというわがままな子が住んでおったそうな。それと、男なのに女性のような伝統的な邪竜様を奉る巫女装束を着た僕。
『どーなつ』
「ないよ」
『どーなちゅ!』
「ないないありません」
邪竜ちゃんが洞窟を転がり、邪竜ちゃんの鋼よりも硬い黒い鱗で削られた土埃が舞い上がる。
僕は巫女服姿で箒を使い、土埃を外に掃き出していく。
僕のボロ服? 邪竜ちゃんに食い破られました。
背中からお尻までびりびりと盛大に破れて修繕不能。雑巾となりました。
はぁ。
「山の果実で我慢してよ」
『いやー!』
邪竜ちゃんに砂糖は衝撃的だったみたい。
僕も驚いたし、お口と頭の中が幸せになったけど、成人の儀の時に同じようなものを口にしたので初めての体験ではなかった。
あの時はもう死んでもいいやと思ったし、事実その時には邪竜様の贄として邪竜山に向かう事になっていたから覚悟はしていたのだけど。
そして今。僕は邪竜ちゃんに頭からがぶりと齧られて、よだれまみれになっている。
「ちょっと離してよ」
『どーなつとってきて!』
どーなつは山に成っていないよ邪竜ちゃん。
ぷいと顔を背けて頬を膨らませる邪竜ちゃん。そして口からふすーと息が漏れ出して、そこから炎が吹き出した。こわっ。
一応、一人でどーなつ求めて耳長族の村へ向かわないくらいの分別はあるみたいだけど、この様子ではいつ何をしでかすかわからない。
町に行けば、桃の砂糖漬けとかもっと甘いものがあったりするけど、邪竜ちゃんには毒になりそうだ。毒といっても、死んだりするような意味ではなくて。
「どーなつじゃなくて、飴ならあるけど」
『うー。あまいの?』
「甘いの」
僕が小さな小瓶から取り出したのは、琥珀色の元気になる薬。蜂蜜を固めた蜂蜜飴だ。
頭に火の妖精がたかって熱が出たり、身体に水の精霊が悪さをして寒くしたり、喉に風の精霊が入り込んで声を盗んだりした時に舐める薬。
一粒取り出し邪竜ちゃんに差し出した。
「はい。甘いの」
『あままー?』
邪竜ちゃんの舌がべろんと伸びてきて、僕の手ごと絡みついた。
そして飴玉を器用にすくい上げて、口の中にしゅっと入れて、がじりと噛み付いた。
「あ。飴は噛まないで舐めるんだよ」
『あままー!』
邪竜ちゃんは喜びで転がりだした。
はぁ。結局転がるのか。
『もっともっとー!』
「一個だけ。一個だけ」
『やー!』
ごろんごろん。
土煙で髪がぼさぼさになりそう。
「それは蜂蜜飴だよ。蜂の巣があれば蜂蜜が採れるかもしれないけど」
『蜂の巣とるー!』
邪竜ちゃんは目を輝かせて外に飛び出した。
僕は慌ててそれを追いかける。
邪竜ちゃんの『はちゅみつ、はちゅみつ』という思念が飛んでくる。うーん。失敗だったかも。
探してるのか、急かしてるのか、邪竜ちゃんは空をあちこち旋回している。
そんな邪竜ちゃんを追いかけていると、僕の眼の前をブブブブブと親指くらいの大きさの蜂が花を探して横切っていった。
「蜂見つけたよ邪竜ちゃん!」
と空に呼びかけてみたけど、声が届くはずがない。
ないはずなのだが、邪竜ちゃんはぴゅううと下りてきた。
『はちゅちゅちゅー!』
邪竜ちゃんがどすんと降り立ったその先の、倒木のうろからブブブブブと蜂が慌てて飛び立ち始めた。
邪竜ちゃんはにひひと笑って倒木ごとかじりついた。
「あっ」
周りに咲いている花をまだ確かめていなかった。
山の蜂蜜は本当の意味での毒が混じってる場合があるから危ないけれど、邪竜ちゃんなら平気かな。
「んあんあー!」
口の端からどろりと茶色い蜂蜜を垂らす邪竜ちゃん。その周りにはかたきを取るために蜂たちが邪竜ちゃんに針を突き刺そうとしている。
その煽りがこっちにまでやってくる。
「わわわわっ」
僕が手足をばたつかせて追い払おうとする姿を見て、邪竜ちゃんは楽しそうに「ぎゅひひ」と笑った。
「助けてぇ」
蜂を追い払うには、煙でいぶすと良いと聞いたことがある。
「火を吹いて! 火ぃ!」
邪竜ちゃんの喉がぐるるんと鳴いて、僕に向かって火を吹いた。
僕は邪竜ちゃんの炎に包まれた。
あ、これ死ぬんじゃないかな。
思ったより熱くないなと思ったら、巫女服がぱぁと輝いて、僕の周りに魔法の膜を作っていた。それが邪竜ちゃんの炎を打ち消して、僕を守ってくれた。
この巫女服は魔法が込められた服だったんだ。
それはそうとして。
「ひどいよ邪竜ちゃん!」
『火ぃ吹いた』
度が過ぎたいたずらかと思ったら、邪竜ちゃんはきょとんとしていた。
一応僕のことを助けようとしてくれたみたいだ。ちょっと認識の違いはあったけど。
「本当なら焼け死んでたから、気をつけてよね」
『んー? んー』
邪竜ちゃんは首を傾げた。
ううん……。なんて伝えたらいいのやら。
『ちゅぎー。はちゅみちゅー!』
「ええ!? まだ探すのぉ!?」
はぁ。
思いつきで飴で満足させようとして、失敗したなぁと後悔した一日だった。




