10話:邪竜ちゃんのお腹
僕の上半身がすっぽり入るほどの大きさの寸胴鍋を購入して、頑張って抱えて邪竜山に帰ってきた。
こういう時こそ邪竜ちゃんが迎えに来てくれたら良かったのに。
桶に川の水を汲んで入れて火にかけて、やっぱりこれ大きすぎたよねって今更ながら思った。
底が丸くなくて平らだから、石で組んだかまどではぐらついてしまった。
今度レンガでしっかりしたものを作らなきゃ。
『ごあーん』
「まだだよ」
僕はミカンを買った事を思い出し、邪竜ちゃんに渡した。
皮ごと口に入れた。
『じゅわわ』
不思議な感想を口にしたけれど、尻尾をゆらゆらと揺らしているので美味しいようだ。
もっと欲張ってきたけれど、ご飯の後でねと突っぱねた。
邪竜ちゃんはふんふんと首を伸ばし、僕の芋を切る様子を覗いてきた。
道すがらに山菜とキノコを採って、鍋に入れて運んできた。だから今日は野菜が多めだ。
味付けは町で買った塩漬け干し肉と、香りの良い葉をハーブとして入れて煮込む。
猪の燻製肉も入れようと思ったのだけど、壷の中から消えていた。
「全部食べた?」
『知らない』
「食べたのね。じゃあ今日はお肉少なめかな」
『なぬぬ』
邪竜ちゃんはばっと翼を広げた。
そしてそのまま空へ飛び立ち、ぎゃあぎゃあ鳴いてる鳥の魔物に「ぐわ」と吠えて驚かせ、手で鳥の頭をむんずと掴まえ戻ってきた。
『おにきゅー』
「あーうん。すごいけど。今からそれ捌くの?」
邪竜ちゃんはぽいと羽が付いたままの鳥を焚き木の中に放り込んだ。
こらこらこら。
羽をまずむしらなきゃ……。邪竜ちゃんが食べるなら良いけども。
僕がスープを作り上げる前に、邪竜ちゃんは我慢できずに鳥の丸焼きを丸ごとぱくりと口に入れて、骨ごとばりぼりと噛み砕いた。
『んみゃあ』
「豪快だなぁ」
皮すら焼けてなさそうだったけど、ドラゴンにはそれでいいのだろう。
僕が自分の分のスープをお椀に取っている間に、邪竜ちゃんはごろんと寝転がってしまった。
せっかく作ったのに寝ちゃいそうなので、僕はお椀の分だけ邪竜ちゃんの口にキノコスープを流し込んだ。
『げぷぅ』
そして邪竜ちゃんは先に寝てしまった。
僕は一人、スープをすすりながら、町のよろず屋のおじさんとの会話を思い出した。
「これがそんなに価値があるなんて……」
僕は脱皮コートをつまんで、洞窟の外を見た。
誰もいるはずがないのに、誰かに見られてる気分になったのだ。あの偽狩人がいないかな、いないよね、と不安になる。
僕の着ているコートは、どうやら僕の命より重いもののようだ。
おじさんの言っていた「金貨を積む」というのは、「高く買いますよ」という意味を表すらしい。ふぅと安心したあとに、モノによっては本当に金貨を何十枚も出すと言われて二度驚いた。
そして僕の事も、ただ竜の山に住み、幸運にも鱗を拾っただけとはもはや信じていなかった。
僕はおじさんに「これからも用を足してやるから何をしているのか教えてくれ」と言われてしまった。
僕は迷ったあとに「竜の巫女です」と答えたら、おじさんはぽかんと口を開き、自分の禿頭をぺちんと叩き、「やはり女の子だったか」と言われてしまった。
やはりってなんだよ。失礼しちゃうよね。
「ぎゅるるるっ。すぴーっ」
邪竜ちゃんの寝息で我に返った。
食事を終えた僕は、邪竜ちゃんの脱皮を広げて眺めた。
おじさんに売るのはいいけれど、そんなに大金はいらないんだよね。
邪竜ちゃんの皮なんだから、邪竜ちゃんが欲しそうなものと交換できればいいんだけど。
邪竜ちゃんが欲しそうなものってなんだろう。
お肉? 羊? そんなの連れて帰れないし。
でもお肉って邪竜ちゃんは食べたければ自分で捕まえられるんだよね。
「うーんうーん。思いつかないや」
僕はミカンを手に取り、ナイフで皮を剥いた。
そして中の果肉にかじりついた。
「んん。ほんとだ。甘いなぁ」
ミカンを売りつけたおばさんの言うことは本当だったみたいだ。
それなら邪竜様が昔にミカン畑を荒らしたのも本当だったりして?
邪竜ちゃんを見ていると、邪竜様も人のミカンを食べにいったりしそうな気がしてきた。
「面白い話だけど、ミカン農家の人は困っただろうなぁ。邪竜様は悪い竜だ」
人に迷惑をかけるから、邪竜なんだろうね。
他のドラゴンはどうなんだろう。もっと人里離れてるのかな。
ドラゴンのねぐらにはお宝が沢山あるんだって、町の広場で吟遊詩人が歌っていた。
それは古くからある、ドラゴン狩りの英雄の物語。
主人公の騎士が、姫をさらった悪い竜を退治して、ねぐらに溜め込んだ財宝を手に入れる。
「うーん。邪竜ちゃんに勝てる人っているのかなぁ」
邪竜ちゃんがごろんと寝返りを打ってお腹を見せた。
「簡単かも……」
邪竜ちゃんのお腹を叩くと、ぽんぽこぽんと良い音が鳴った。