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第2話 ゲーム

 校庭が望める窓から柔らかい陽光が降り注ぐ。教室内は明るく、程々に温かい。黒板に書かれた内容を生徒達がノートに書き写す。シャープペンシルの立てる細やかな音で空間は満たされていった。

 そのような心地よい地獄に太陽はいた。見えない亡者の手に頭を押されて不規則に揺れる。死神は背後に立ち、大鎌を構える。意識を刈り取る瞬間を待ち侘びていた。

 寝てはいけない。強い思いが意識を繋ぎ止めていた。シャープペンシルは角張った文字をノートに刻む。時に筆圧で穴を開けた。

 放課後、生徒達は賑やかな声で教室を出ていく。少し遅れて太陽が席を立った。眠気から程遠い穏やかな表情で過去を振り返る。睡眠学習のおかげだな、と。


 正門を抜けた途端、足が止まってしまった。身体は帰り道の方を向いている。目は脇道へと流れた。

 白いワンピースの少女の姿が頭の中で揺らめく。間を空けず、白い炎となって焼き付いた。

 太陽は急かされるように脇道へと入った。大股で歩いて大通りに突き当たる。右手のコンビニエンスストアの前を足早に通り過ぎた。

 徐々に勢いが落ちてきた。前方の十字路が意味のある形に思えた。青の信号に従って横断歩道に踏み出す。目は右斜め前の自動販売機に固定された。道に迫り出すように置かれていて、少女の立つ位置は死角となっていた。

 道路を横断した。右手に曲がってゆっくりと歩く。合間に深呼吸を済ませた。自動販売機との距離が近くなる。顔は正面に据えた。

 瞬間の横目で自動販売機を通り過ぎた。

「待てや」

 低い調子の声に太陽の足が止まる。歪な笑みで振り返った。

 自動販売機の横には少女が立っていた。不機嫌そうな顔で手招きをする。

「僕のこと、ですか」

「おまえ以外に誰がおんねん」

 少女は目を怒らせた。太陽はわざとらしく左右を見て大人しく従った。

「昨日も見えとったんやろ」

「そ、そんなことはないですよ」

「おまえ、転校生なんか?」

「違いますけど……」

 質問の意味に戸惑うような表情となった。反対に少女は弱味を握ったとばかりにニヤリと笑う。

「転校生やないのなら、学校のある日はいつもおまえを見るはずや。ウチは昨日、初めて見たで。立て続けに今日や。通学路とちゃう道を二日連続で来る理由は一つしかないやろ?」

「……その通りです。なんか普通と違うんで、確かめに来たっていうか」

 太陽は視線を下げた。昨日は気付かなかった細長い瓶が目に留まる。色彩を失った花が項垂れた姿で入れられていた。

「その花は」

 太陽が指差したところを少女が見やる。

「誰かがそなえたんやろな」

 他人事のように返した。態度は素っ気ない。

「君の為では?」

「黄身ちゃうわ。もちろん白身でもないで」

 手の甲を打ち付けるような格好となった。太陽は気の抜けた顔で見ていた。

 少女は眉根を寄せる。微かに唇が震えていた。

「ギャグや。ヒントは卵!」

「……卵の黄身に掛けて白身なんですね。そうだと思いました」

 太陽はにこやかな顔で何度も頷いた。

 少女は疑いの目を向けてボソッと言った。

「呪い殺したろか」

「え……」

 太陽の笑みが凍り付く。

 睨んでいた少女は急に笑顔となった。

「ウチにそんな力はないわ。マジメ君やなー。ま、立ち話もなんやし、楽にしたらええわ」

 その場で少女は胡坐あぐらいた。空いているところを掌で叩いて見せる。

「し、失礼します」

 太陽は軽く頭を下げて隣に座った。

「それにしても久しぶりに喋ったわ。もう少しで人型の電柱になるところやったで」

「そうなんですか」

「その堅苦しい喋り方はやめーや。ウチは永遠の十六歳、愛奈まなや、よろしくな。ここも笑いどころやで」

 ワンピースの少女、愛奈は太陽に向かって微笑む。

「亡くなっているだけに永遠、ってことです、だね。僕は月城太陽、同い年だよ」

「夜昼どっちやねん、って名前でおもろいな」

「それ、よく言われる」

 太陽は苦笑して鼻先を掻いた。すぐに真顔に戻って愛奈を見る。

「こんなこと、聞くのはどうかと思うけど。いつからここに?」

「それな。夏やと思う。服がノースリーブワンピースやし。確か、歩きスマホをしてて、自転車やったんかな。ぶつかって、気づいたらこうなっとったわ」

 両方の掌を上に向ける。愛奈は苦笑いで肩をすくめて見せた。

「歩きスマホは僕もたまにやるから、気を付けないと」

「ホンマやで。あ、思い出したわ」

「え、どんなこと」

 太陽は身を乗り出した。

「スマホでクエストの途中やったんや。あと少しでクリアやったのに、なんで肝心なスマホがここにないんやろ」

「なんだ、そんなことか」

「ものごっつい強敵やったんやで!」

 愛奈は目を剥いた。敵について長々と説明を始める。ゲームに捧げた数百時間を苦悩の表情で語った。課金という禁断の果実に手を出した件では廃人を思わせる遠い目となった。

 太陽は聞いている途中で、あっ、と短く声を上げた。

「急にどうしたん?」

「その敵、ごり押しじゃなくてもたおせるヤツだ。友達が同じゲームをしていて、クリスタルシリーズだったかな。その武器防具を装備して戦うと特殊効果で簡単に勝て……大丈夫?」

 愛奈は項垂れた。地面の一点をぼんやりと見ている。

 瞬間、顔を上げた。頭を掻きむしると空に向かって叫んだ。

「そんな仕掛け、わかるかぁぁ! ウチの時間と金を返せぇぇぇ!」

「ま、まあまあ」

 太陽は引き気味でなだめた。

 口汚く罵った末に愛奈は弱々しい笑みを浮かべた。

「クリスタルシリーズはな。ゲームの中盤くらいに出てくる装備なんや。戦闘ではあまり役に立たんかったわ。割と高い値段で売れた。まさか、アレが攻略の鍵とはなぁ。レベル上げと課金の意味がなかったわ。もう、スマホのゲームはこりごりやで」

「でも、そのゲームがあったから後継作のゲームが出た訳だし」

 太陽は上着のポケットからスマートフォンを取り出し、ダウンロードしたばかりのゲームを起動させた。浮き上がるタイトルを目にした瞬間、愛奈は画面に吸い寄せられた。

「こ、これ、すごいやん! 実写かと思ったわ! 早くプレイして!」

「スマホのゲームに懲りたって」

「早く、早く! 呪い殺すで!」

「はい、はい」

 太陽は笑いながらゲームを始めるのだった。

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