第四話 ダンジョン完成
五日間という長い時間をかけて、遂にダンジョンの完成図を思い描く事が出来た。
日没後、墓地周辺の人通りが少なくなる時間を狙って地下墓地に滑り込むと、まずは通路の側面や天井に罠に様々な大きさの窪みを掘っておく。
軍事目的で作られた地下道や砦ならともかく、地下墓地に人工的なトラップがあればかなり目立つし、間違えてモンスターが掛かりかねない。
これらの窪みは魔物が潜む隠れ場所として利用するつもりだ。
通路の広さは十分だし、広げなくてもこのまま使える。
特別に身分の高いであろう死者は小部屋を作ってそこに葬られている事が多く、これらの部屋は少し強い中ボスのような魔物を配置したり、宝部屋にするのに最適だ。
昔プレイしたRPGでは柩の中から当時の面影を残したゾンビが出てきたりしたな……、と考えて、自分も大概ゲーム脳だと苦笑した。
ただ小部屋は動き回るには小さすぎるので、命力を使って壁を拡張していく。
複数の人間が激しく動く事を考えれば、十メートル四方は欲しい。
しかし壁を能力で削っていけば、部屋は広くなったものの元々壁に掘られていた意匠を凝らしたレリーフは消え、土が剥き出しになった飾り気のない雰囲気になってしまった。
こういった壁面など建造物に関しても命力さえ消費すればマスターズ・ブックの方で希望通りのデザインを考えてくれるのだけれど、計画に思ったより時間をかけたせいで、既に命力にはあまり余裕がない。
仕方がないのでデフォルトで作り出せる石のブロックで壁を多い、土を隠すだけで満足するしかなかった。
この地下墓地はかなり入り組んだ構造になっている為、残念ながら他の通路が邪魔で拡張出来ない小部屋も存在するが、そう言った場所は価値のあるアイテムの置き場所として使用する。
初めてのダンジョンはこの町の住人にもそれなりに訪れた事のある場所だけに、地形や扉等の構造物の改変は必要最小限にしたくて、宝部屋の扉も元々あった木の扉をそのまま使う事にした。
今の残り命力では残念ながらそこまで貴重なアイテムは配置出来ない。
配置するアイテムはちょっとしたアクセサリーや武器、高価な衣服等。
これらはこの国で百~五十年前に存在した物を参考にデザインして貰った。
アンデッドも武器を扱う事が可能なタイプには、何らかの武器や盾を装備させるが、鎧は使う金属が多い分費用も嵩むので、一部の魔物だけに装備させるに留める。
特に武術を扱う魔物の場合、覚えさせる武術も細かく設定でき、この墓地のアンデッドはこの国で一般的に教育されている武器術を扱わせる事にした。
どの流派を選ぼうと魔物の強さに応じて技量も決まってくるので、実際の強さは大差無いらしいが、自分の国の死者から生まれたアンデッドが、明らかに異国の武術を使い始めたら違和感がありすぎなので、こういった細かい所で手を抜くのは危ない気がする。
このように基本的には地下墓地の構造を少し改変しただけで、大きな工事は行っていないが、ボス部屋には少し拘ってみた。
まずは例の『白雷の騎士』スペイサー・ブロウズの墓があった小部屋を拡張し、約十メートル四方の正方形の大部屋へと変える。
そして部屋の入口の所に、命力を使い特殊な結界を張り、一度に一人しか部屋に入れず、一度完全に中に入れば外には出られないようにする。
生前のスペイサー・ブロウズを再現させたそのアンデッドの種族は屍の騎士。
獅子のように金色の髪を逆立て、その眼光をアンデッドとなって尚猛禽のように鋭い。
岩をも噛み砕くのではないかと思われる太い顎に、筋肉が発達しすぎて肩と一体化した首。
手足は丸太のように太く、町で見かけた成人男性の身長が概ね160~170cm位だった事を考えると、身の丈二メートル以上はあるだろうスペイサーはまさに巨漢と言えるだろう。
目の前にあるのは彼を模して作られた似姿だが、もし生前の彼に対峙すれば体が震えていただろう。
実力を見るまでもない、ただ外見だけで強いと断ずる事が出来る圧倒的な暴力。
なる程、どのような事情があったのかは知らないけれど皇帝が直々に葬る騎士なだけはある。
装備は生前、最後の戦でスペイサーが身に着けていたものと同じデザインで作ったが、剣だけはミスリル製の物だったので再現するかどうかかなり迷った。
ミスリルとは地殻中の銀鉱石と魔力が複雑な条件が成り立った末に結合し、特殊な性質を帯びたもの。
赤熱するまで熱すれば加工が用意なほどに柔らかくなるが、常温下にあれば鋼鉄よりもずっと強靭となる。
しかも体積あたりの重量は鉄の半分程で、武器や装備の材料として非常に人気があるらしい。
刃渡り五十センチ程の直剣を作るだけでも300P近くの命力を消費し、これは鉄製に比べて約300倍の出費となる。
剣だけ鉄製に変えてしまおうかと悩んだが、どのみちボスを倒した報酬は必要だ。
本来は魔宝石……、人体に摂取すれば様々な特殊能力を獲得する事が出来る特殊な石をドロップさせようと思っていたが、それを中止してミスリルの剣をドロップアイテム扱いにする事にした。
屍の騎士が待ち受ける部屋の奥には、更に奥へと続く通路があり、そこは屍の騎士が倒されるまでは石のブロックで周囲の壁に紛れるように塞いでおく。
然るべき時が来れば壁を崩して、探索者が土が剥き出しになった通路を進めば、奥に潜む地下墓地がアンデッドの巣窟になった元凶……、的な演出をしたボスとのご対面という訳だ。
こちらは集団戦前提にするつもりなので、屍の騎士が倒された時点で一人しか部屋の中に入れない結界の仕掛けは解除しておく。
最後のボスに関しては、特に元となる実在した人物はいない。
あれはあくまで正体不明の強大な魔物。
流石に二体とも同じような設定ではしつこいかと考え、こちらは背景ではなく演出に力を入れる事にした。
四時間程で全ての作業は終了し、その間は誰も地下墓地に降りてこず目撃された心配はない。
僕は迷宮の奥へと進み、念入りに隠蔽した上に防御も固めた小部屋へと入る。
既にダンジョン化も終わり、魔物もアイテムも全て配置についている。
結局、このダンジョンを作るために千ポイント近くの命力を消費した為、残りの命力は627ポイントとなってしまった。
一ヶ月の間生命を維持するのには1000ポイントの命力を使用するので、残りの寿命は精々十八日間。
ダンジョン内で成人男性が一人死んだ場合に吸収出来る命力は平均200~250程度。
体の鍛え方やその他要素でも変動するらしいが、仮に一人200ポイントとして計算すると、僕が命を永らえる為には一ヶ月に五人の人間にダンジョンの中で死んでもらわなければならない。
もう時間的な余裕はないし、積極的に動いてダンジョン内に人をおびき寄せなければダメだろう。
そう考えた僕は適当にボロ切れを身につけさせた動屍体を五体選んで、ダンジョンの入口へと向かわせる。
動屍体の方は骸骨よりも、見た目のインパクトが大きいと思ったからだ。
ダンジョン内から動屍体を外に出し、住人達がダンジョンに対して不安に思うようにしなければならない。
もし自然の成り行きに任せれば、調査などで数日掛かるかもしれず、今の僕にはその数日すら惜しい。
だが町中で魔物が暴れたとなれば住民は大いに騒ぎ、一刻も早い事態の解決を望むだろう。
暴れさせると言っても、無駄に人が死ぬような事態は避けなければならない。
ダンジョン内の魔物は、少し手を加える事で動きを鈍らせる事が出来るので、動屍体にも外に出す前にその処理を加えておく。
ダンジョンの外に出た魔物はダンジョンマスターの命令を受け付けなくなるので、命令により人を殺さないようにさせる事は不可能なのだ。
前よりも気持ち動きが鈍重になった動屍体達は、木の扉を軋ませて月が照らす町中へと歩みだす。
思惑通りに行くにしろ行かないにしろ、これが始まりだ。
僕は怖気付きそうになる心に活を入れる為、頬を思いきり両手で叩く。
人の命を犠牲にしても生きると決めた。
ここはその為のダンジョンだ。