第三話 デザイン・リクエスト
カルカサの地下墓地をダンジョンにすると決めたものの、その前にやる事が幾つかある。
ダンジョンマスターがダンジョンを作る為には幾つか手順があり、まず第一に元々あった洞窟を使うなり、ダンジョンマスターの能力を使って土木工事をするなりして、出入口が一つしかない閉鎖空間を作る。
それから、その空間内を魔力で満たしてダンジョン化させ、最後に必要に応じて魔物やトラップなどを配置していく。
ちなみにダンジョンを維持する為にはダンジョンマスターは常にダンジョン内に居なければならず、もし少しでもダンジョンの外に出れば、ダンジョンは途端にマスターの制御から外れて魔物は暴走する。
こうなれば同じ場所を再度ダンジョン化する事も数年間は不可能になり、事実上のダンジョンの破綻を意味していた。
条件を満たした空間をダンジョン化する際には広さに応じて命力を消費しなければならず、せっかく作ったダンジョンが十分な働きもしないまま無力化してしまう事は避けたい。
僕はダンジョンの一角に発見不可能な小部屋を作り、そこに暫く篭るつもりだった。
能力を使えばダンジョン内及び、ダンジョンの入口から半径百メートル程度の範囲ならば遠隔視で監視する事が出来るし、魔物やトラップ、宝の配置や、破損したダンジョンの修復といった作業も遠隔で行う事が可能なので、特に不便はないだろう。
この地下墓地には既に三時間程いるが、誰も中に入ってきていない。
地下では太陽の有無など関係ないとは言え、流石に夜に墓地に入るのは誰もが避けようとするからだと思う。
でも昼間には数人の人間が出入りしている様子は見かけたので、工事にあまり時間を掛けるのは避けたほうがいい。
まずはどのようなダンジョンを作るかの計画を具体的に練り、作業はそれから一気に進める事に決め、今日は墓地を歩き回りながら構想を練るだけにした。
自然に発生するダンジョンは強力な魔物が住み着く事で生まれる事が多いようだから、このダンジョンもそれを真似て強力なボスを一体か二体配置して、それらが倒されたらダンジョンを放棄する事にしよう。
マスターズ・ブックの生み出せるモンスターの種類とその簡単な解説が載っているページによれば、死体を元とするアンデッドの中で最も弱いものは、動く人間の骸骨である骸骨や、動屍体がおり、これらは2Pの命力で生み出せる。
完全な状態の死体があれば、それを材料にする事で1Pで生み出せるのだが、ここにあるのは火葬後に砕いて、骨壷に収められた骨だけなので、それは出来ない。
他にも俊敏で力の強い屍鬼や上位屍鬼、人骨で構成された蜘蛛型のアンデッド骨蜘蛛、骸骨よりも力が強く剣術を扱う骸骨兵士や、複数の白骨死体が絡み合って構成された絡み合う骨群等がおり、基本は骸骨や動屍体を中心に、これらの3~10P程度で生み出せるモンスターを少数混ぜれば、人間と魔物が戦う様子を観察しやすいだろう。
ボスは一体……、いや、狭いダンジョンだし一体だとあっさり倒されるかも知れないので、二体にしよう。
命力を25P使って生み出せるモンスターの中に、屍の騎士というモンスターが居る。
説明によると高度な剣術とそれなりに合理的な判断力を併せ持つ優秀な戦士とあるし、これを第一のボスとして配置しよう。
この世界にもアンデッドは存在するものの、知性を持たず本能のままに動く種族しかいないらしいので、この世界の人間にとっては未知のモンスターという事になる。
自然に生まれるアンデッドは、人間の死体に魔力が宿って生まれたもの。
だとすれば、このダンジョンでもその設定を踏襲した方がいいだろう。
バイツライト帝国という国の中にある墓なのに、いきなり日本の侍の骸骨が出現したりすれば、幾ら何でも場違いすぎる。
この周辺の地域で使っている武器や防具、服に関する情報を収集しておいて、生み出したばかりの何も身に着けていないアンデッド達には、それらを装備させればいい。
命力で生み出せるアイテムは『木綿の服』、『麻の服』、『鋼鉄の剣』、『青銅の剣』、『ルビーと金のネックレス』等があるが、それらの具体的なデザインは決まっていない。
予め幾つか用意されている既存デザインを使ってもいいし、脳内でイメージする事で新たなデザインを作ることも出来る。
デザイン力に自信がない場合は、追加で命力を消費するが、リクエストを元に新たなデザインを自動で起こして貰う事もでき、アイテム作成の自由度はかなり高かった。
ちなみに建築物や魔物も同様にデザインを自分で変えたりリクエストする事が出来る。
しかし流石に身長五メートルの骸骨なんていうのは作れない。
あくまでもその種族として適切な範囲での話だ。
美術の分野は正直言って苦手なので新たなデザインを自分で興すのは無理そうだけれど、この世界の兵士の装備を真似てアイテムを作るくらいは出来るだろう。
墓地に葬られた死者が当時の装備を手に蘇った、という設定だ。
所持品はボロボロにしておいた方がより自然かも知れない。
(後はボスか……、一体は屍の騎士にするとして、ただ強いアンデッドがいました、ではちょっとあっさりしすぎかな。 せっかくのボスだし、倒した人に達成感と名誉を与えるような設定がないと……。 そうだ! あの部屋に葬られていた騎士。 反逆の騎士という肩書きも良いし、彼がアンデッドになって蘇ったという事にしよう。 弔う人も居ないみたいだから、子孫に悪評で迷惑をかける事もないと思うし………ってダメか。 考えてみれば彼の顔も知らなかった)
とにかく、まずするべきはこの世界の服装に関する研究だ。
僕は一旦墓地を後にし、情報収集の為に動き出した。
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墓地を見つけてから三日後。
何とか、アンデッドに着せる装備一式を作ることには成功した。
と言っても頭の中でイメージしてアイテムの形を作るという作業は予想外に難しく、手本があっても簡単には出来ない。
簡単な剣を作ろうとしてもどこか歪な形状になってしまうし、そもそも町中にいる兵士は軽装のものが多く、有事の際の装備とは異なる可能性もある。
命力というコストは掛かるものの自分で作るのは諦めて、マスターズ・ブックにリクエストを伝える事で自動でデザインを作ってもらう事にした。
そして、この機能が予想外に便利で、僕の知識に無いようなデザインをリクエストしても応えてもらえる。
最初は大雑把に、『この街の兵士が戦争の際に身に付ける武器』をリクエストしたのだが、それは範囲が曖昧すぎるし、この街がどこか分からないと断られた。
次にもっと具体的に『バイツライト帝国の兵士が、戦争の際に身に付ける剣』をリクエストすると、『兵士が使う剣には複数の種類がありますが、現在バイツライト帝国軍の標準装備であり、最も多く配属されている量産型グラディウスで宜しいでしょうか』というメッセージが帰ってきて、それを承認する事で、刃渡り五十センチ程の鋼鉄製の直剣が出現した。
試しに百年程前の兵士が最も良く使っていた剣等をリクエストしても、それに応えてくれる所を見るに、このマスターズ・ブックの中にはこの世界の歴史に関する詳細な知識が詰まっているらしい。
具体的に対象を指定すれば、見たことの無いものでも完璧に作ってくれるのだ。
だけど『この世で最も美しい剣』や『どんな攻撃も跳ね返す鎧』と言った抽象的なリクエストには、前者は主観的なもので判断しかねるという理由、後者は物理的に不可能でデザインの工夫により実現可能なレベルを超えているという理由で断られた。
新たなデザインに関しては限度はあるものの、過去に存在した物なら完璧に再現してくれる。
このリクエスト機能は魔物にも使えるし、これなら過去に存在した人物にそっくりのアンデッドを作ることすら可能だろう。
これにより僕のダンジョン作成計画は一気に進む事となった。