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冒険ダンジョンズ  作者: 木野
第一迷宮  夢跡の墓所
11/11

第十一話 探索者達

書くペースを早め過ぎて、十分に推敲出来なかった事もあって、不十分な描写や設定が甘い部分が多々ありました。

特に第九話から先の話に関しては修正したい箇所が多く、あらすじは変えませんが、これから細部を直していこうと思います。


混乱を避けるため、今後一週間程はこのメッセージを表示しておきます。

時刻は既に夕暮れ。

夏のぬるい風の中、街に徐々に暗くなっていく街で、人々が家路を急いでいた。


今夜、ユラ達は地下へと潜る。

ユラは守護局の一室で、調査に持っていく武器の手入れをしていた。


二本用意した手槍の穂先を砥石で磨き、柄には滑り止めに古布を巻いていく。

刃渡り五十センチ程の短めの剣は、剃刀にも使える程に鋭く研いだ。


ユラが通っていた道場では主に教えていたのは剣術だが、戦場では常に自分の得意な武器が手元にある訳ではない、という考えから杖術や槍術も並行して指導していた。


ユラが最も得意とする武器は両手持ちの長剣だが、地下墓所の広さを考えると、長い武器は取り回しが難しい。

それに二年程前に闘技場で戦っていた時に、飛び散った木刀の破片が左目に入り、左目の視力が極端に落ちた。

ぼんやりと何かがあるという事は分かるし右目に異常はないので生活には支障は無いが、距離感が掴みづらくなってしまったのだ。


身体の鍛錬は今も続けており膂力は衰えていないだろうが、間合いをはかり、相手と駆け引きをしつつ剣を打ち合わせるような戦い方はもう出来ない。


今の自分では全盛期の半分程の力しかないだろうとユラは自嘲した。



ユラが武術の鍛錬を始めたのは、まだ七つか八つの頃に近所の道場に通い始めてからだった。


帝国では女の武道はあまり良い目で見られる事は無いが、ユラは子供の頃から近所の男の子と混じって遊び、子供の頃は女の方が成長が早いこともあり、男の子と喧嘩して泣かせてしまう程の勝気過ぎる少女だった。


近所の家の親達は『あのユラって事、遊ぶんじゃないよ。 乱暴者がうつるから』等と自分の娘達に教え、それを苦慮したユラの両親は彼女に何とか女らしさを身に着けようとしたが、裁縫をさせれば途中で飽きて家を抜け出し、笛でも覚えさせようと近所の先生のところに習いにやっても、笛でちゃんばらをやって教室を追い出されてしまう。


両親は嘆いたが、母方の軍人だった祖父はユラの気性は、自分の体の中に有り余った力を発散させる事が出来ずに、外へも溢れ出している為だ、と見抜いた。


そこでユラの両親に武術を通して人格を養わせようと、道場に通わせる事を提案したらしい。



初めは無理やり押し込まれるような形で道場に連れて行かれたものの、三年も続けていく内に自分の力が増えていく事を何よりも面白く感じ始め、十年も経った頃には剣術の底知れぬ奥深さが分かり始めてきた。


剣術と言っても、その基本の動作は極めて単純であり、見よう見まねで真似をするだけなら誰にでも直ぐに出来る。

だがその基本の型を繰り返し鍛錬していく内に、単純な所作に込められた様々な意図が自ずと理解出来ていき、剣を降るという一事に、より深く精神を埋没させることが可能となる。


真に武の道を極め、己の感応を神域まで研ぎ澄ましていく事を望むとなれば、それは一生涯を通して修行をしてもまだ足りない。


ユラはいつの間にか、二百人以上が修行していた大道場でも有数の剣術馬鹿となっており、朝から晩まで型稽古や撃剣をして、全く飽きることがなかった。



やがて二十歳を過ぎても、ユラは未だに結婚どころか、男の身体も知らないまま剣術に没頭し続けていた。


年若い娘ながら既に十年以上を弛まぬ鍛錬の中で生き、自分の才能を磨き続けてきたユラは道場の代稽古を任される程になっていたが、相手が男だろうと容赦のない厳しさで稽古をつけ、全く女を感じさせない鬼武者ぶりだった。


女ながらに両腕の筋肉は隆起し、手は分厚いたこがあちこちにあって裁縫や料理などが全く似合わないようになっていたが、その男勝りの凛々しい佇まいに魅力を感じる男も幾らかはおり、言い寄る男も存在した。


しかしユラはそんな求愛に一切答えず、心配する母や親戚の声も聞かずにひたすらに武道に打ち込んだ。


それに男を遠ざけて剣術に没頭したのは、愛人を作って家を出ていった父と焦燥しきった母を見て、男を愛する事への恐怖がユラの中に芽生えていた事もあったのかも知れない。


代稽古により少ないながらも給金を貰っていたし、母も手紙の代筆人をしていてそれなりの収入はあったので、女二人生きていくのには特に金に困ることもなかった。


そんな彼女に転機が訪れたのが、二十二歳の頃。

彼女の母が急に体調を崩していき、程なくして重病となり、軽い家事さえ難しくなっていった。


胸の病らしく、ユラの母は苦しげに息を切らせて喘ぎ、一日の大半を床について過ごすようになる。

そんな母の苦しみを少しでも和らげようとユラは、少ない蓄えの中から医者を呼び、薬を買って与えたが病状は一向に改善しない。


やがて金も底をつき、その日の食事にも困る有様となってしまい、ユラの代稽古の収入も殆ど足しにならない。

ユラを幼い頃から指導し娘のように可愛がっていた道場主や、親戚達に頼めば金を都合してくれたかも知れないが、男にも劣らぬ実力を持つと自負していた彼女は、困ったときに人に頼るよりも、自分で何とかする方法を先に考えるような性格だったのだ。


そこでユラは、闘技場で見世物として戦いをやることで金を稼ぐ道を選んだ。


女の闘技者という希少性と、大の男も打ち倒す実力でユラの試合は人気が出て確かに母の薬代は賄えたが、勝負は時の運でもある。

ある時、対戦相手と木刀を打ち付け合ったときに、力に耐え切れず砕け散った木刀の破片がユエの目に入ってしまい、それにより距離感を失ってしまったユラは闘技者を引退。


それまでの勝ちによる蓄えで、何とか母の苦痛を和らげ、あまり苦しませずに逝かせてあげる事は出来たが、生きがいとなっていた剣の道を絶たれ、全ての肉親を失った彼女は生ける屍と化し、炊事もせずに荒れた部屋で酒を飲みながら暮らす廃人同然の生活をしていた。


それを見かねた以前通っていた道場の主が、伝手を辿って暮らしが立つようにと仕事を紹介してくれたのだ。

当時住んでいた大都市では、闘技場で戦った事で顔が知られすぎており好奇の視線に晒されるだろうからと、道場主は知人であったカルカサの高級役人にユラを紹介し、彼女をカルカサで働けるように取り計らってくれた。


その情けを裏切ることは出来ないと、心中に渦巻く虚無感に蓋をして何とか仕事だけは真面目にこなしていたものの、私生活は荒れたままだった。


だからこそ、自分の友人となりそんな環境から救い出してくれたミクリアに少しでも恩を返したい。

決意を込めて力強く剣を握ると、磨き上げられた刀身に自分の険しい瞳が映った。



(ミクリアには大分急がせたが、やるなら今しかない)


ピサは当初こそ、入口を封鎖するだけで地下墓所の脅威を封じ込められると判断し悠長な対応策を練っていたそうだが、それが破られてからは、都市の衛兵だけでは対処困難であると判断して、帝国南部の中枢である大都市シュマレットに兵力の応援要請を出したと聞く。


もし中枢が応援要請に迅速に対応したとしても、準備期間や距離を考えれば応援がつくまでに二週間は掛かるだろう。

今のピサの課題は、その二週間を犠牲を出さずに乗り切る事であり、だからこそ調査の提案も受け入れた。



恐らく、応援が来れば事態は短期間で収束するだろう。

何故なら、応援に来るのは高確率でシュマレットに駐屯する南部即応軍だろうからだ。


ユラが通っていた道場には軍人も多く、またこの守護局で働いた経験から、帝国の軍事についてはある程度理解している。


帝国の軍事思想の柱として、戦力の集約、軍事力の可変性重視がある。

バイツライト帝国は、かつての混乱期に地方の軍閥が次々と離反し大きな危機を引き起こした経験から、兵力を分散させる事で監視が行き届かなくなる危険性を常に警戒している。


なので常に兵力の需要がある他国との国境付近を除き、殆どの街には付近の見回りや魔物への対策に必要な最小限の兵力しか置いておらず、精鋭部隊は大都市に駐屯させ必要に応じて各地に派遣するという形をとっている。


市民への軍事訓練や周辺地域の見回り、備蓄された武器や防具の手入れを主な役目とする平和な街の衛兵達は、戦闘を求められる機会が少ないので鍛錬も疎かになりがちだし、練度も低い。


だが常に他国との戦争や大規模な奴隷反乱への対処を警戒し、厳しい訓練に明け暮れている精鋭部隊である即応軍は非常に練度が高く、恐らく一人でもこの街の衛兵三人分の働きはするだろう。



優秀な人材を集め、集中的に訓練を施すのが戦力の集約という訳だ。


もう一つの軍事力の可変性とはバイツライト帝国の強みである整備された戸籍制度を使った、効率的な徴兵システムと、それを活かす為の常備兵への部隊指揮についての教育だ。


即応軍の兵士達は戦闘能力もそうだが、部隊の運用についても指導を受けており、有事は一兵卒でも数人の徴兵された兵士を率いる伍長として戦う。


帝国では指揮官としての能力を持つ人材を多く常備兵として多く育てる事で、徴兵による大規模な増員にも対応できるだけの柔軟性を持たせるようにしていた。



守護官ピサは官僚出身だし、この平和な街で守護官を勤めている事で犠牲を出すことを極端に恐れているが、恐らく即応軍なら多少の危険は承知で、墓所の亡者の討伐を実行する。


だからこそユラは今でなければ、墓所の中に入って宝を手に入れる事が出来ないと踏んだのだ。



「ユラさーん、これ、お、重いです。 もっと軽いのは有りませんか?」


扉を開けて、金属製の胴当てと兜を纏いふらつきながら入ってきたのはミクリアだった。

彼女もまた今日の探索の為に奴隷としての仕事は免除されて、装備を準備していた。


「やっぱり寸法が大きすぎるようだな。 お前の身長に合うような装備は流石にここには置いていないと思うぞ。 ……おれが最近顔を出している道場があるんだが、そこに子供用の稽古用防具があったし、それを借りてこよう。 ちょっと待ってろ」


「け、稽古用? それ、実戦では使えるんですか?」


「分厚い革や、硬い木を使ったそれなりに丈夫な物だ。 金属製の防具はそれだけでかなり重いし、訓練もしていないお前が身に付けて動き回るのには無理がある」


「それは、確かにそうですが……」


「絶対に自分で戦おうとするなよ。 お前は力を使って敵の不意打ちを防いでくれればそれでいい」


「わ、分かりました」


ミクリアとユラはその後、借りてきた防具を微調整し道具に不備がないかを確かめていった。

しかし探索では少し中に入り、直ぐに出てくる予定なので、そんな準備もそれ程時間が経たずに終わる。


手が止まり、する事が無くなった頃、ミクリアはぽつりと語りだした。


「あの……、ユラさん。 ありがとうございます。 奴隷の私の為に、一緒に危険な場所に入ってくれて」


「気にするな。 前にも言ったがおれには家族ももう居ないし……、それに友人を助けるのは当然だろう。 おれはどん底まで落ちていたが、お前に出会ったおかげで、人生も悪くないと思えた。 今度はおれが助ける番だ」


「本当に……、ありがとう。 あの、ユラさん。 帰ってきたら、帰って来れたらお話があります」


「なんだ、改まって。 怖くなるような事、言うなよ」


「………すいません。 今は忘れてください。 ………頑張りましょうね、ユラさん」


「ああ」


それきり二人とも何も話さず、部屋にはただ沈黙が満ちていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

いよいよ夜も深まり、探索の時間となる。

墓所がある広場の周囲には十人程の警備兵が配置されており、出入口を見つめながら槍の石突を地面についている。


自ら探索を志願したと知らされているユラと、その補助要員として選ばれたというミクリアが姿を現すと、兵士達が一斉に注意を傾けた。


ユラはカルカサに来た当時、度を越した喧嘩好きとして有名だったし、最近は品行も改まり近所の道場に顔を出すようになった事で剣の実力も兵士達には知られていて、自ら探索に志願したと聞いても驚く者は少なかった。


自分達の代わりに女に墓所の内部を探索して貰うことに情けなさを覚える兵士も多いが、だからといって自分が立候補する勇気もない。

兵士達がユラを見つめる視線には複雑な気持ちと共に、期待も篭っている。


ミクリアに関してはピサが、彼女は耳がいい事を買われた只の補助要員で、入口近くに待機して内部の様子を探るだけと説明しており、好奇の視線は向けられるが特にそれ以上の事はない。


墓地の前には、兵士だけではなくピサも自ら訪れていた。


彼女は装備に身を固めた二人に近づくと、小声で話しかけてくる。


「いいですか? 調査も大事ですが、出来るだけ死なない事を優先してください。 後、亡者が多すぎて手に負えないとなったら、直ぐに引き返してくださいね。 内部には大体どれくらいの亡者が居るのか、程度の情報が得られただけでも恩の字ですから」


そして、今度はミクリアをじっと見つめた。


「まあ正直あなたは胡散臭いと思っていますが、不思議な力があるのは確かです。 ……でも、それを過信して深入りし過ぎず、身を危険に晒さないように心がけてください」


「あ、ありがとうございます……」


守護官からの思いがけない優しい言葉にミクリアは戸惑うが、礼は言っておく。

するとミクリアは離れた所にいる見張りの兵士達に聞こえないように、小さく囁いた。


「………人からは情けないと思われるでしょうけど、自分の命令で人が死ぬのは辛いものです。 勿論、命の危険に晒される方が余程怖いでしょうけど、危険と分かっていて命令する方も恐ろしい。 だからあなたが自ら立候補してくれて、正直助かりました。 普段は図に乗るので奴隷にこんな言葉は掛けませんが、あなたは探索に成功すれば解放する約束なので特別です」


ピサと離れた二人は、地下墓所への扉を開けた。

中からは地下特有の黴臭さと共に、腐った肉の甘い臭いも微かに漂ってきた。


「……行こうか、ミクリア」


「はい、ユラさん」


松明を持ったミクリアが先頭に立ち、不可視の感覚器を前方に伸ばしながら、少しずつ階段を下りていく。

地下墓所の暗い空洞は、まるで自分達を飲み込む巨大な怪物の口のようにミクリア達には思えた。




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