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冒険ダンジョンズ  作者: 木野
第一迷宮  夢跡の墓所
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第一話 ダンジョンマスター

「あぁ、やりたくない……」


どん底まで沈んだ気分の中、思わず声が喉から漏れる。


僕は朝日が射す中、昨晩から続いた雨で泥濘んだ街道を進んでいた。

ダンジョンマスターとして得た能力の内、透明化と浮遊能力を使って、姿を隠しながら地表から一メートル程の高さを、走るのと同じくらいの速度で飛行している為、傍目からは僕の様子は伺えないだろう。


だが、もし人が今の僕の様子を見たら、思わず遠ざかりたくなる程にげんなりとしている筈だ。


望んでもいないのに、この異世界へと放り出された挙句、ダンジョンマスターとして人を殺すか、それとも自分が死ぬかの選択を迫られているのだから。



今でこそ別世界にいるが、僕は元々日本人だ。

日本国民として生まれ小学校、中学校と義務教育を終えた後は、教育熱心な親や教師の勧めもあって、高校は県内でも有名な進学校に入学。

そこでも三年間勉強し続け、大学は日本でも有数の偏差値の国立大学にストレートで進学。

大学でも勉強を続け、就職の為に必要だった資格試験にも受かり、これから遂に就職という所だったのだ。


……まあ全てにおいて順風満帆ではなく、高校は男子校だったし、大学では勉強が忙しい上に女慣れしていなくて一度も彼女が出来なかったという問題はあったけど。


だが就職を目前に控えたある日、朝に目が覚めるとだだっ広い野原の中に寝っ転がっていて、傍らには一つの本が転がっていた。

混乱するままに自分の置かれた状況の唯一の手がかりである本を読めば、ここは僕が以前いた世界とは異なる世界で、僕はこの世界唯一のダンジョンマスターとして転生させられたという。


他にもこの世界に生息する生物や、魔物という特殊な存在についての情報、この大陸に存在する国家の概要や世界地図。

そしてダンジョンマスターとしての能力に関する説明が記されていたが、結局、どうして僕がダンジョンマスターにされたのかについては一切触れられて居なかった。


それから、自分の肌の色が青色に変わっており耳も物語のエルフのように尖っている事に気がついたり、街道を探して数時間彷徨ったり、やっと出会えた人間には悲鳴をあげて逃げられたりと色々あったのだが、今は重要ではないので割愛しよう。


とにかく自分の置かれた境遇に戸惑いながらも、帰る手立てを探して旅を続けてから早三ヶ月。

そろそろある事情により、人を殺さなければ自分が死んでしまう状況に置かれているのだ。



(昨日からどのくらい減ったかな……)


大体予想はつくものの、もう頻繁に残りの命力を確認するのが癖になってしまっているらしい。

僕は右の掌を上に突き出し『ブック!』と唱えた。


そのキーワードに反応し掌の上で白い光が幾度か明滅したかと思うと、右手にずしりとした重さを感じる。

そこには全百ページ程で大学ノートくらいの大きさの本が乗っていた。

重厚感のある黒い革表紙であり、表紙にはマスターズ・ブックと英語で記されていて、その下に命力1970と記されていた。


既に使い慣れているので索引も見ずにページを捲り、お目当てのアイテムリストの項目を開いた。


ダンジョンマスターとは、ダンジョン内で人間が死亡した際に生じる命力と呼ばれるエネルギーを使い、様々な現象を引き起こす事が出来る種族らしい。


そう、職業ではなく種族。


ダンジョンマスターとなった際に僕は青い肌と長い耳を持つ外見に変貌してしまっており、この世界の人間にとっては悪魔か何かのように見えるらしい。

らしい、というのは初めて人間にあった時、悪魔と叫ばれて逃げられてしまったからだ。


ダンジョンマスターの能力により、この世界の人間が話す言葉は分かるものの、僕は異世界に来てからこの姿のせいでまともに人と会話をしていなかった。


命力を消費する能力としては魔物を含む、人間以外の生物の創造に、様々な道具や魔法のアイテムの作成。

土砂を消し去ったり、土を石に変えたりといった土木工事系のものがある。


他にもダンジョン内部や周辺の土地を遠隔視で監視したり、透明化により姿を消したり、地表、あるいは海面から三メートルまでの高さを浮遊して移動したりも出来るが、これらの力は命力を消費しなくても使用可能だ。


またダンジョンマスターに飲食は不要だが、代わりに生きるために常に命力を消費しなければならない。

命力は数値として定量化されており、僕が転移直後に持っていた命力は5000。

それから三ヶ月経った現在、命力は1970まで目減りしている。


今まで自然消費分以外は命力を使っていないので、生命維持の為には一ヶ月に約1000の命力を消費すると考えていいだろう。

だとすれば、僕の命は最大であと二ヶ月という事だけど……。


(現実にはそろそろタイムリミットだよな……。 本によればダンジョンを作るのにも命力が必要になるらしいし、残りの命力がほんの僅かになった時には、もう手遅れになる可能性が高いし)


幸いといっていいのか、ダンジョンマスターの能力を利用すればダンジョン内ではほぼ無敵……、というか負ける要素が見つからない。

ダンジョンマスターが創造出来る物質の中には気体も含まれており、その中には一酸化炭素もある。

ダンジョン内に人間を誘き寄せ、頃合を見計らってダンジョン全域を巨大なガス室にすればどんな人間でも助かる術はない。

万が一こちらの企みを勘付かれ、息を止めたまま脱出を試みられても、ダンジョン内の壁を操作して退路を埋めてしまえば脱出は不能になる。


でも……、ダンジョンマスターをやるにしてもそれは絶対やりたくない。


(手段を選ばなければ人を殺す手段なんか無数にあるけど……、それじゃ唯の屠殺だよ。 普通の人間のメンタルでは幾ら何でも無理……、っていうか普通小説とかだと、人間を殺す事への忌避感とか無くなってるのがセオリーじゃないのかな……)


家畜じゃあるまいし、人間を作業的に殺す事なんて出来るわけがない。

というか僕では家畜を殺すのも難しい。


人間のような見た目になっても、心は人のままだった事に転生直後は安心したけれど、事ここに至ってはむしろ獣じみた精神の方が楽に生きられたかもしれない。


(と言ってもやらなきゃこっちが死ぬし……、もうやるしかないのか……)


だが思い浮かぶのは日本に残した家族の顔。

転生という事は向こうの僕の体はもう死んでいるのだろうか。

だとしたら、もう日本には戻れないかも知れない。


考えると思わず視界が滲む。

でも、もし戻れた時の頃を考えれば出来るだけ殺人には染まりたくなかった。



やはり前から思い描いていたプランで行くしかないだろう。

屠殺場としてのダンジョンではない、冒険の場としてのダンジョンを作るのだ。

僕の脳裏に描かれるのは、日本にいた頃に勉強の息抜きとしてプレイしていたRPGのダンジョンの光景。


様々なモンスターや罠がひしめくダンジョンを、富や栄誉を求めて突き進む。


そんな浪漫溢れる冒険の中で死んだとあれば、死に際に少しは心安らかなのではないだろうか。


いや、勿論分かっている。

実際に殺される方にしてみれば、安らかに逝ける訳が無い。


ただ相手が自分で望んで危険を冒して、そして死ぬという形でなら、少なくとも普通に暮らしていたいだけの人間を殺すよりは、ほんの少しでも心が痛まずに済む。


しかし具体的なビジョンと言えるものはまだ無く、朧げなイメージの段階なのだが、取り敢えず絶対に回避不可能な罠……、例えば先程挙げた毒ガスのような……、は使用しない。

あまりに理不尽な強さを持つ魔物は配置しない事などは、最低限自分に課していこうと思う。


ちなみに理不尽な魔物の例としては、疫病蚊(プレイグモスキート)等だろうか。

直径三センチ程の蚊のような形状の魔物であり、口吻から強力な病原菌と麻痺毒を人間の体内に注入する事で攻撃する。


この麻痺毒は非常に効き目が早く刺されてから十秒程で身動きが取れなくなり、そうしている間に病原菌が体内で増殖し発症……、通常は三時間程で死に至るという、凶悪すぎる魔物だった。


自然には発生せず、ダンジョンマスターのみが生み出せる特殊な魔物だったのは、この世界にとっては幸いなことだろう。



(あと、あれは……)


僕はふと、もう一つ考えていたプランに思考を巡らせる。


例えば死刑囚の罪人の処刑をダンジョン内で行ってもらい、それで得られた命力の中から何割かを品物として還元する、という取引をどこかの国家と結ぶというものだ。


だがこの計画は一週間程こねくり回して、結局辞めた。


人の命と引き換えに貴重な品物を渡す存在が居たとして、利益になれば手を握るものもいるかも知れないが、恐れて排除しようとする者や監禁して言うことを聞かせようとする者も出てくるだろう。


それに、このプランでは僕自ら人前に姿を現して交渉せねばならず、ダンジョンマスターという存在を誰にも知られていないというアドバンテージをわざわざ捨てる事になる。

それは結果的に自分の身を危険に晒すリスクを負うという事だ。


もしも上手く取引が成立したとして、相手は多くの利益を求めるだろうが、死刑に相当する罪人の数は限られている筈だ。

ならば本来死刑にはならない筈の者まで無理やり処刑する事で、より多くの利益を得ようとしてくるかもしれない。


そういった可能性を考えると、やはり取引は難しいという結論に至ってしまう。


(やっぱり冒険出来るダンジョン、という方針で行くしかないか。 ダンジョン内の魔物には一箇所に集合させたり、特定の人物を攻撃させたりも出来るようだけど、そう言った直接的な殺害の指示も出したくないし……。 ダンジョン内の魔物やトラップ、宝を配置して、人間が入ったら後は放置で成り行きに任せる事にしよう)


僕はダンジョンの計画を頭の中で練りながら、街道を静かに進んでいく。

ダンジョンを作るにしてもまずは人が集まる街を探さなければならない。


人を集めるには何だかんだで立地が一番大事だと飲食店経営者の自伝本で呼んだ事がある。

幾ら美味しい料理を出す店でも、人気のない森の奥深くに店を出したのでは、そもそも気づいてすらくれない。


ダンジョンも店も、より多くの人間を集める必要があるという点では同じ筈だ。


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