第20話 『餅に罪はない』
「今日は餅つきの日なのじゃ」
今日も今日とてミスティを引き連れ俺を文化的最先端へと誘いに来た幼女魔王さまが、いきなり変てこなことを言った。
「餅つきの日……? なんだそれは?」
半月に渡る滞在生活でだいぶ【ゲーゲンパレス】での最先端文化生活に慣れてきた俺だったものの、さすがにこれは理解するには難易度が高すぎる。
いや餅つきをする日なのは分かるんだけど、なぜ今日が餅つきをする日なのかその理由が分からない。
「かつて戦乱の渦にあった【南部魔国】を統一してここ【ゲーゲンパレス】を開き、長きに渡る平和の礎を作り上げた【聖魔王】というのがおっての」
「聖なる魔王……? その言葉は魔族的にはありなのか……?」
「細かいことは気にするでないのじゃ。ちなみに妾の遠い遠いご先祖なのじゃが、その【聖魔王】の命日がズバリ今日なのじゃよ」
「ごめん、それと餅つきの日の関連性がまだよく分からないんだけど……あれか? 察するに餅が好きだった【聖魔王】のために、命日には餅をついて奉納する的な?」
「おおむねそんな感じなのじゃ。あまりに餅が好きすぎて年老いてなお大量に餅を食べた【聖魔王】が、のどに餅を詰まらせてポックリ死んだのが今日なのじゃよ」
「な、なんちゅう日だ……」
「よって今日は【聖魔王】とその偉大な業績を偲んで、各地で餅つき大会が行われるというわけなのじゃ」
「いやあの、餅が死因なんだろ? 良いのかよ、偉大な【聖魔王】の命を奪ったものを奉納なんかして」
「【聖魔王】はの、のどに大量の餅を詰まらせながらも最後に一筆、力を振り絞って書き残したのじゃよ。『餅に罪はない』と」
「お、おう……そうか……」
あまりにあまりなお話に、俺は混乱して気の利いた言葉が返せないでいた。
「つまりどんな道具も使い方次第。大切なのはそれを用いる側であり道具には罪も責任もないと、【聖魔王】さまは伝えたかったのですね」
そんな俺にミスティが補足説明を入れてくれたんだけど、
「それほんとなのか……?」
俺の混乱はむしろ深まるばかりだった。
「ばらばらのお米がぺったんとつかれて一つの大きな餅になるように、みなが争わずに手を携えより良い社会を作っていこうという意味もあるのじゃ」
「死の間際に、個人を米に社会を餅に例えてしまうほどに餅が好きだった【聖魔王】……すごいのか、すごい馬鹿なのか判断に苦しむな……」
「どちらにしても愛され魔王であったことに変わりはないのじゃ」
そう語る幼女魔王さまはどこか誇らしげだった。
もしかしたら愛されていた【聖魔王】に理想の王の姿を重ねているのかもしれないな。
「でも遺言一つとってもいろんな解釈があるんだな」
「偉大なる【聖魔王】の人柄や業績は、王家や歴史家だけでなく政治や文化の研究者、果ては餅愛好家まで多方面から幅広く様々に研究されておるからの。諸説あって然りなのじゃ」
「何をとっても奥が深いなぁ……」
俺の育った帝国では国家歴史編纂室の出した公式見解をもとに、トップダウン方式で全ての議論が行われていた。
もちろん庶民は街で好き勝手あれこれ噂するし、吟遊詩人はあることないこと盛りに盛って歌い奏でていたし、それを帝国が咎めることはない。
だけど少なくとも公の場では、公式見解に基づいたこと以外を語ることは許されなかったのだ。
「きっとこういった幅広い研究や掘り下げが文化の基礎になっていくんだろうな」
「おお、ハルトもだいぶん文化のなんたるかが分かってきたではないか。良きかな良きかななのじゃ」
「それもこれもみんな、魔王さまやミスティが色んな所に連れて行って色んなことを教えてくれたからだよ。【ゲーゲンパレス】に来れて俺、本当に良かったよ。俺は今、文化の足音を聞いている!」
「さすがですハルト様!」
とまぁそんなこんなで。
俺は幼女魔王さま&ミスティと一緒に【ゲーゲンパレス】の一番大きな広場で行われる、【聖魔王】に思いをはせる王家主催の餅つき大会に参加することになった。




