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第10話 リッケン・クンシュセー

「なぁ、さっきから疑問だったんだけどさ? 【魔王】がへっぽこで魔族をまとめられるものなのか? 皇帝や王は国を背負って立つ存在だろ?」


「それがまとめられるのじゃよ。神輿(みこし)は軽い方がいいというやつなのじゃ。【南部魔国】は立憲君主制をとっておるからの」


「リッケン・クンシュセー? なんだそりゃ? 王政とは違うのか?」


 人間世界では知っている限り全ての国が、皇帝や王が全てを決める帝政(または王政)かそれに近い統治形態をとっている。

 それ以外の統治の仕方なんて考えてこともなかったけど――、


「立憲君主制は、君主の権力に大きな制限をかけ、代わりに貴族と民衆の代表が政治を()り行うというシステムです」


 よくわかっていない俺に、ミスティが簡単な説明をしてくれた。


「民衆が政治を? じゃあ王様は――魔族だから【魔王】か――【魔王】はなんのために存在するんだ? ろくに権力のない王がいても、ただの金の無駄だろ?」


「お主は何でも思ったことをストレートに言うのじゃ……ぐすん」


「ああうん、ごめん。さすがに今のは言いすぎた、ほんとごめん」


 いじけてしまって足元の小石を蹴りだした幼女魔王さまに、俺は素直に謝った。


「ハルト様、立憲君主制における王の役目とは、全国民の象徴となることなのです」


「全国民の象徴――?」

 その説明がこれまた理解できずに、俺はおうむ返しに聞き返してしまった。


「民を安心させるとともに、団結のための()りどころ――精神的支柱となるのが象徴としての王の役目です。そのためには平素より国民に愛される存在として、魔王さまは皆の心の柱としてあり続けなければならないのです」


「な、なんだと!? それじゃあ王様という肩書だけでろくな権力もないのに、象徴になるという義務だけ一方的に負うというのか!? リッケン・クンシュセーの王とは、なんて大変な役目なんだ……!」


「はい、かように重い重い重責を背負われたのが、ここにおられる魔王さまなのですよ」


「な、なんだと……!」


 ミスティの説明を聞いて、俺は驚愕(きょうがく)に打ち震えていた。


「あの、ミスティ? ちょっとばかし大げさに言いすぎではないじゃろうか?」

「一言も嘘は申しておりません」


「いやでもどう見てもハルトが勘違いしておるのじゃが――」


「俺は、俺は感動したぞ!」

「ハルト!?」「ハルト様?」


「俺はなんて世間知らずのバカだったんだ! こんなちっこい身体にそんな重い使命を課せられていたなんて、俺は思いもよらなかった!」


「いやあの、実を申すと全然ちっともそこまでのもんではないのじゃが……あとちっこいは余計なのじゃ。割かし気にしておるからして。ちなみに先日成人しておるのじゃ」


謙遜(けんそん)なんてしなくていいさ、俺には全部わかっているから! 偶然とはいえ2人を助けた甲斐があったよ。はっ!? 今、分かったぞ! 俺の人生はきっと今日、魔王さまとミスティを助けるためにあったんだな!」


「いやー、それはさすがにどうじゃろうか……?」


「良き出会いを与えてくれた幸運の精霊【ラックス】の導きに感謝を――」


 最後まで謙遜(けんそん)し続けるよくできた幼女魔王さまに、俺も最後まで称賛の気持ちと言葉を惜しまなかった。


「ま、まぁ嘘というわけではないよの……?」


 …………

 ……


「時にハルト。お主、旅をしておるのじゃろ? どこか行く当てはあるのか?」

「うーん、今のところ特にはないな」


 なにせいきなり帝都を追放されたからな。

 人生設計をし直す時間なんてありはしなかった。


「ふむ……ならしばらく(わらわ)の住まう【ゲーゲンパレス】に来ぬか? こたびの礼もさせて欲しいしの」


「【ゲーゲンパレス】……確か【南の魔王】の居城がある【南部魔国】の首都だったよな」

 俺はうろ覚えの知識をどうにかこうにか引っ張り出した。


「なに、警戒せんでもよいのじゃぞ? (わらわ)が言うのもなんじゃが温暖で豊かでとても良いところなのじゃ。(わらわ)の命を救ったのじゃから相応の待遇で迎えようではないか」


「俺は別にお礼が欲しくて助けた訳じゃないんだよな」


 何度も言うけど、元【勇者パーティ】の俺にとって困っている人に力を貸すのは割と普通のことなのだ。


「ほぅ……であるか」

 魔王さまが少し考えるようなそぶりを見せ、


「なんと尊い志を持った殿方なのでしょう……!」

 ミスティがキラキラとした目で見つめてきた。


「ではハルトよ。お主、最先端文化を学んでみぬか?」

「最先端文化を学ぶ? 俺が?」


 魔王さまが急にそんなことを言いだした。


「話してみて感じたのじゃが、お主は合理性を優先するあまり少々情緒(じょうちょ)というものに欠けておるのじゃ。そして我が【ゲーゲンパレス】は世界屈指で文化が花開いた最先端文化都市なのじゃ。一緒にくれば様々な新しい知見を得られると思うのじゃが、どうじゃろうか?」


「【ゲーゲンパレス】で最先端文化を学ぶ、か……」


 幼女魔王さまの提案を、俺は直感的に面白そうだなと思った。


 ぶっちゃけ俺は文化的素養があまり高くない。

 剣を握ってばかりでここまでの人生を過ごしてきた。


 ならばこの先の人生をどう生きるにしても、様々な経験を積んでおいて損はないんじゃないだろうか?


 それにどうせ行くあてもないんだ。

 なら――、


「そういうことなら俺を【ゲーゲンパレス】に連れて行ってくれ。最先端文化ってやつをぜひこの目で見てみたい」


「おお、話が早いの! では早速馬車に乗るのじゃ!」


「えっと、視察の方はもういいのか?」


「このあたりの情勢はある程度把握できたからの。お飾りの(わらわ)にできるのはこの程度、後は国の優秀な者たちに任せればよいのじゃよ」



 ――こうして。


 【勇者パーティ】を追放された俺は、幼女魔王さまとミスティを助けたことがきっかけとなり、最先端文化を学ぶべく【ゲーゲンパレス】に滞在することになった。

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