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第5話 「謎の女」


 気絶したマリーノと丸眼鏡の男を宿の部屋に、紐で縛って転がす。


 奇妙なことに2人の男、それもチェーザレよりも頭が1つ、2つ、3つと大きく、また、ミケランジェロのダビデ像よりも強そうな男は、女と同じくらい軽かった。


「うああぁぁ~つっかれたぁ~ッ! 眠ぅ~いッ! でも寝れなぁ~い!」


 今日は使うつもりがなかった魔力を使いすぎたせいで、喋ることすら億劫なくらい、疲れた。


 いつもは怪物なんか忘れてグースカベッドで寝ている時間。

 そんな時間に外出なんかしたせいで変に目がさえて眠れない。


 チェーザレを疲れさせた元凶、レオは宿に着いた途端、オーナーの老夫婦に「おやすみ」を言って、自分の部屋へと駆け上がっていった。そして、さっさとベッドで眠った。


 老夫婦に気付かれないように魔術でどうにかしろと言ったのは、さて、誰だったか。老夫婦の孫のお前ではなかったか。


 取引のことを聞き出そうと思っていたが、逃げられた。

 

 幸運なことに取引について聞き出せる人間は、ここにちょうどいる。いるにはいるが……。


 チェーザレの魔術の影響で、朝まで意識が現実に戻ってこない。こないと言えばこない。こないはずだ。


(こないよな? こないよねぇ? …………大丈夫だよな……?)


 流石に魔術師ともいえど、マフィアは怖い。


 がっつり不意を打つ形で攻撃したのだ。マリーノの善意も利用した。


 これで報復されることは確定したようなものであり、2人の部下がやってきたら、まず、勝ち目はない。


 逃げたって執念深いマフィアのことだ。

 地獄の果てまで追いかけてくる。

 もっとも、こそこそと逃げ隠れするつまらない人生なんかまっぴらだが。


 ──まぁ、その時はその時だ。その時に考えればいい。

 マフィアには慣れているんだから。


 明日(あす)にゃ明日(あした)の風が吹く。

 風の吹くまま気の向くまま。嵐になれば飛んでくまま。

 生来ののんきものは、今日も明日も吹かれて生きていく。


 服もトランクスも脱ぎ捨てて、生まれたままの姿でベッドに入れば、心配なんか、不安なんかすぐになくなった。


 マフィアが2人? どうだっていい、と。

 部屋の中は怪物対策にどこもかしこも罠だらけ。

 起きたって、罠がどうにかする。


 というわけで、マリーノと丸眼鏡の男なんか気にせずに、とうの昔にチェーザレは夢の世界への旅に向かっている。本当にのんきなヤツである。


 しかし、月の綺麗な夜だ。

 こんな夜に月を見物しない者はいない。

 人間であっても、怪物であっても。


 月は人間も怪物を知らずに、夜の太陽に照らされて輝いている。観客もスポットライトの存在も知らぬと演技する女優のように。

 ──月の綺麗な、夜だった。




 窓から差し込む月光で、のそりと、ベッドから転げ落ちた。

 冷たくて固いフローリングが背中に5回6回とぶつかっても、眠気は微塵(みじん)もなくならない。


(おかしいな……カーテン、帰ってきてすぐに閉めたと思ってたけど)


 怪物に気づかれたら大変だ。早く閉めなければ殺されてしまう。


 重たくなるまぶたを根性で持ち上げ、ベッドに戻りたくなる気持ちを押さえて、のそのそとのんきにゆっくり歩く。


 マリーノと丸眼鏡の男が消えていることには気づかずに……。


 寝ぼけ眼をこすりこすり、やっとこさ窓際にたどり着き、カーテンを閉めて、ベッドに戻ろうとした。


「おい」 


 耳元で囁き声が聞こえる。高すぎる飾った女の声でもなければ、低すぎる武骨な男の声でもない。


 少年の声ではない。こんな時間に少年がチェーザレの部屋に入ってくるわけがない。もちろん、レオの声でもない。


 どちらかというとずっと聞いていたくなるような美声で、チェーザレが寝ぼけてさえいなければ、交際を即座に申し込むような女性の声だ。


「寝ぼけてんのか? おい、チェーザレ・カンパネッラ」


 声の主は肩を叩いて、囁きかける。

 先程よりも、語句を強めて囁く声はやはり美しい。


 チェーザレを突き動かしたのは、好奇心か、本能か、もしくはその両方か。

 声の主を見てやろうと思った。

 声の美しさと同じで傾城(けいせい)の美女に違いない、とも。


 肩を叩いた手を砂糖菓子に悪戯に(もてあそ)ぶように、そっと、掴む。


 驚いてピクリと動く手の可愛らしさはとても、言葉では表現出来ない程。あえて言うのであれば、古代エジプトのクレオパトラ、日本の小野小町、中国の楊貴妃にも劣らずに勝る。


 掴んだ手の持ち主を、ダンスのように、クルクルと回して、自分の薄い胸板に抱き寄せた。ダンスをしたかったわけではないけれど。


「ねぇ、どうして俺の部屋にいるのぉ?」


 見下ろせば、自分のよりも少しだけ背の高い気高く美しい顔立ちの女がいる。


 その女は陶器よりも白い首筋が見えるくらいの短い後ろ髪に、前髪で鼻から上は全く見えない。しかし、隠されると見せられたパーツだけで想像するしかないから、女の美しさを強調するスパイスになっている。


「何故って……お前が連れてきたんだろうが」 


 チェーザレは女を部屋に連れ込むようなことはしない。

 ナンパをするにしたって、食事や会話を一緒に楽しむためだ。キスまではするけれど、その先に行こうとは思っちゃいない。


 ベッドの中での関係は伯父さんが用意する野心家で着飾った悪魔みたいな女で充分。そんな女ももちろん可愛いけれど。


「俺が? う~ん……俺が連れてきたのは俺よりもガタイのいい野郎2人だったはずだけど」


 酒も飲んじゃいないし。

 確かに連れてきたのは男2人。

 事実はそれだけだ。


「ふぅん……知らねェのか……。まぁ、いい」


 女はスルリとチェーザレの腕から逃がれて、逆にチェーザレが女の胸に抱かれる。しかし、手で掴めるくらい小ぶりな2つの山は童貞のチェーザレには刺激が強すぎた。 


「何!? 何がいいの!?」


 女の胸を押して女の腕から逃れようとするが、女の力が強すぎて逃がれられない。


「うわわわ! ホントになんなの!」


 女は何も言わず、チェーザレにキスをする。ただの、子供にするような唇同士が触れるだけのキスじゃない。


 お喋りなチェーザレを黙らせるためか。


 唇を塞がれ、歯列を厚い舌で(まさぐ)られ、徹底的に口腔を蹂躙される。


 ぺちゃ。くちゃ。

 くちゅ。ぺちゅ。


 いやらしい水音を立てて、蛇の交尾のように舌を絡ませられたものだから、思わず女の腰を引き寄せた。


 隣の部屋にレオがいるというのに、背徳的なこの行為を続けさせては…………。いけないと思うのに、性欲とか独占欲が理性を押しのけて、チェーザレをおかしくさせるのだ。


 唾液が糸を引いて唇が離れると、女はゾクリとするほど艶かしく微笑した。


「なんだ、いやがってるにしちゃ随分と乗り気じゃないか」


 顔を真っ赤にして呼吸するチェーザレを、女は冷ややかに見据えた。


「ち、違うよぉ。お前が離さなかったんだろ」


「何が違うっていうんだ? お前が腰掴まなけりゃあな、俺はあそこで()めてたんだぜ」


「そ、それは……でも、違うよ」


 女は腰の抜けたチェーザレを横抱きにして、ベッドヘ直行する。


 ボディビルダーやアスリート程ではないが、武芸をある程度たしなむチェーザレにはある程度の筋肉がある。この女よりも背は少しばかり低いが……男性の平均身長と同じくらいだ。

 

 背がほんのちょっと低いだけでれっきとした男を、こんな軽々抱き上げられる女の筋力は何なのか。

 体脂肪率は何パーセントなんだ。全身筋肉なのか。

 怖いから、女性にそんなことを聞きはしないが。


 ──そうだ。怪物だらけのこの島、この地方では人間だろうが怪物だろうが、女は精神的にも肉体的にも強いのだ。

 それを改めて思い知った。


(えええぇぇ……。俺、彫刻とかもやるから筋肉あるはずなんだけど。家帰ったら筋トレしよ……)


 そうこうしてる間にチェーザレはベッドへ投げ捨てられた。


 この女の強さは尊敬に値する。

 とりあえず、この女の強さに敬意を表して好き勝手させてみよう。殺されそうになったら、逃げればいい。


(この強さ……! いや、まさかなぁ。んなわけ……。

 怪物連中の中には、女から男に、男から女に変身するヤツもいるらしいけど……アイツがそうって決まったわけじゃないよな。ハハハハハ……ハァ)


 なんだか、この女の正体が分かってきたような気もするが、断言するにはまだ早すぎる。


 というよりも、仮説を信じたくない。

 チェーザレの仮説が正しいのであれば、この女の正体は男ということになってしまう。


 つまり、チェーザレは男とキスをしてしまった。そういうことになる。あまり想像したくはないことだ。

 とりあえずは俺っ娘ということにしておこう。


「……嫌だってんなら、ここで止める。ただの夢だったってことにすりゃあいい。……ここでなけりゃあ、俺はもう止めらんねェ」


 チェーザレの胸に馬乗りになって、女は究極の2択を突きつけてくる。


 ここで止めてただの夢にするか、このまま……恐らくだが性の快楽に(おぼ)れるか。


 ここまで来たのだ。男なら、人間なら、動物なら、生きているのなら……。


「何も言わねェってェことは……。俺はもう、止まんねェからな。────なぁ、おい、バルド。見てるだけか?」


 バルド? 

 男の名前ではないか。

 性転換手術を受けて見た目が女なら気にしないが、完全に男はお断りだ。


「マリーノ……」


 マリーノ? ……聞かなかったことにしようか。

 バルドと名前を呼ばれて出てきたのは男……ではなく女。


 学者風の丸眼鏡に陰気に伸ばした腰までの銀髪。

 マリーノと呼ばれた女に見劣りしない絶世の美女であった。


 どう見ても女だ。


「アンタが言うんなら、(わし)は……」


 ポッと頬を桃色に染めて、ぼそぼそと吐息混じりの小さな声で続ける。

 

「そのガキも結構可愛い顔してるし……。ええ……。(わし)、も混ぜてもらおうかな……」


 (え! ま、まさか。嘘だろ!)


 マリーノがニヤリと意地悪そうにほくそ笑めば、バルドはベッドへ一目散に駆け寄り、チェーザレの足を抱き締めた。


「なぁ、チェーザレ・カンパネッラよ」とマリーノ。


「しばらく、(わし)らに付き合ってくれ」とバルド。


『朝まで眠らせないからな』


 ギラギラと獣のごとく見つめる美女2人。


 世の男性諸君には喜ばれそうなこの美女2人に囲まれるこの状況。実際そんな状況になればいい。これは断言できる。

 ──天国と地獄は同時にやってくる、と。


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