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第3話 「レオ その①」


 レオは宿のオーナーの老夫婦の孫で、ついでに部屋もたまたま隣だったからか、妙にチェーザレの部屋に入り浸るようになっていた。


 「今日は何か手がかりを見つけられました?」


「……さっぱりだよ。お前も俺が見つけた手がかりのはずなんだけどなぁ」


 涼しい顔をして、何も知りませんなんて態度をレオがとり続けなければ、もう少し早く姉ちゃんに会えるとチェーザレは思うのだ。


 チェーザレが文句を言ったって、レオは気にしてる様子はない。ただただ、ずっと気取っているだけだ。


「僕が言うことは何もありませんよ」


 レオのいかにも演技っぽい仕草だとか、表情が、口調が、何もかもがチェーザレを苛立たせる。


 普段は温厚なチェーザレでも、ずっと人形とでも話している気分がずっと続けば不機嫌にはなる。


 レオにどこか見下されているような気がして、レオが悪くないのはもちろん分かっているが、何も見つけられない自分がみじめでみじめで仕方がない。


 今日もいつもと同じように、何も手がかりを見つけられず、夜が来る前に宿に戻って、レオと情報を共有して、寝る。

 ……いつもと同じ。──それだけのはずだった。


「ね、お兄さぁん。今日は夜も外出しませんかぁ?」


 レオと出会って5日。

 計画を実行に移すのは2日後のはずだ。


 なんとなく言われるような気はしていたが、……今日だったか……。


 怪物連中がうろついていて、夜に外出するのはお断りしたかった……だが。


「えぇ~……やだよぉ。姉ちゃんに会う前に死にたくないし……。つーか、お兄さんって呼ぶなって」


「チェーザレさんをこの5日間見ていて大丈夫だって思ったから夜に外出しようって言ってるんですよ」


「俺、そんなに強くないもん。……チェーザレさんならいい」


「夜の人らと戦うことになろうが、アンタは逃げ切れるでしょうが。──お姉さんと会いたくないんですか」


 (姉ちゃんを話に出すのは卑怯だぞぉ、レオ)


 夜の人らとはよく言える。

 地元だからなのだろうが、あのおっかない怪物連中を夜の人らとは、チェーザレは到底言えやしない。


 逃げ切れる自信はあるが、あるがな……。


「会いたいよ! 会いたいけどさぁッ! 逃げ切れるとは思うよ。その前に、逃げるっていう選択肢があるってんならね」


「……夜に外出、1回したら1つ。美味しいご飯屋さんを紹介しますよ」


 チェーザレは美味しいご飯が好きである。


 どんな人間だって、そうであろう?

 少なくともチェーザレはそうだ。



○●○


 本日は快晴。星を見るにはちょうどいいくらいだ。

 もっとも、星なんて見にはいかないが。


「で、何でお前も一緒なんだよ!?」


 オーナーの老夫婦に夜の外出の件を話してから、鞄に荷物を詰め込んで宿のドアから駆け出した。


 何のあてもなく、とりあえずそこらをブラブラと歩いていたら、いつの間にかレオが隣を歩いていたのである。


 レオがいたって別に問題がないどころか、むしろ助かるのだが、今はそっとしておいてほしい。


 レオに言われたからが理由だなんて思われたくない。

 まぁ、実際そのとおりと言えばそのとおりなのだがチェーザレの男としてのプライドが許さない。


「いやぁ、ね。言っといてついていかないってのは、ちょっと筋が違うでしょう? ──大丈夫です。自分の身は自分で守れる実力はありますから」


 レオ、少しは人の心を考えろ。

 この世の人間全てが、お前のように精神が鋼鉄というわけではないのだから。


「そういう問題じゃないんだけど……」


「どういう問題です? その問題ってのは?」


 この無神経な発言が今は腹立たしい。

 普段は気にしないが何度も何度も繰り返し、同じことを言われまくると面倒臭くなってくる。


(別についてきたっていいけどさぁ……もう……。

 俺はお前のファッションセンスを疑いたいよ。どこで買ったの? マジで……)


「いいよ、ついてきたって……。けど、邪魔だけはしないでね」


 半分レオの相手が面倒になりながら、道に言葉を吐き捨てるように呟く。


「ありがとうございます」


 チェーザレが見てもいないのに、(うやうや)しく頭を下げる。


 始終気取った微笑みを浮かべながら隣をついてくるレオは、正直なんとなく気味が悪くてしょうがなかった。


 可愛い女の子ならまだしも、レオは女顔だがチェーザレより背の高い野郎だ。


 セーラー服を着たレオに夜、隣を歩かれているのだ。

 はっきり言って、姉ちゃんの友人でなければお断りだ。


 背伸びをして欠伸(あくび)をするレオはそんなの知りはしないだろうけど。


(う~ん……首から上だけなら完全に女の子なんだけどなあ……。ま、今考えるようなことでもないけどさ……)


 しばらく夜道を歩いて、ようやく慣れてきた。

 目を細めれば似合っていないこともない。……のか?


 石畳をコツコツ靴で叩くのはチェーザレとレオの2人だけ。

 暗い夜道を照らすのは、一寸先までしか見えないチェーザレの持つポンコツランプ。


 本当に何もない。何の手がかりも得られそうにない。


 諦めかけた、その時。

 レオが急に消えた。さっきまで、隣にいたのに。


「レオ!? レオ~ぉ!? どこ!?」


 慌ててチェーザレが呼びかけても、声が返ってくることはない。


「レオーッ!」


 ―─どんなに、どんなに叫んでも。


「チェーザレさん? どうしました? 近所迷惑ですよ」


 急に消えたのは自分だってのに。

 レオはまるで自分はずっとここにいたとでも言うように、困った顔のまま愛想笑いを浮かべた。


「急にいなくなるなよ! 心配するだろ!」


 夜なので声を抑えて、レオを叱りつける。

 チェーザレに怒りはない。ただ、驚きはしたが、それよりもほっとした。


「5分ちょっとくらい、いいじゃないですか。──ここに用があるんですよ」


 そう言ってレオが指を指したのは、日常とは遥かにかけ離れた、石造りの5階建てであった。




 いとも簡単にピッキングをしてしまったレオに手を引かれて、こそこそと、抜き足差し足忍び足。


 この建て物をデザインした奴は、レオのファッションセンスよりも悪いセンスだ。最悪だ。


 外だけ(いか)つくて、中はコンクリート剥き出し、ゴチャゴチャカラフルな配線が絡まりまくっている。見た目通りなのは圧迫感だけ。──めちゃくちゃ狭い。


 こんなにセンスがなくてつまらない建て物、見たことがない。


 ここで出来ることはバイクですら通れそうにない、狭いつまらない道を、ずんずん進むだけ。


 いかにも悪の組織のアジトと言えるセンスの外観だとは思ったが、まさにその通りで。


 ドラッグの匂いが充満している。

 そんなもんの匂いがする時点で、ただの薬局ではあるまい。


 薬局ならろくでもない。さっさと廃業してくれ。

 それが世のため人のためになるのだから。


 とにかく、現時点で確実に言えるのは、この建て物の住人は裁判所に訴えてチェーザレの実家に金を請求するだけでは済みそうにないということだけだ。


「レオ、これ、大丈夫なの? 確実にここ、どっかのヤバいトコだよね? とっとと帰ろうよ~」


 情けない声で「帰ろう」と(わめ)くチェーザレを無視して、レオは頭の中に地図があるかのように真っ暗闇を突き進む。


(俺は別に嫌いじゃないけど、よく分かんないヤツ。

 一昨日(おととい)なんか、木ィ食わされたし。

 

「お疲れ様です」って。わざとではないんだろうけど……。


 アレは『ゴボウ』っていうんだったけ? 『シイタケ』っていうんだったっけ? アレ、スッゴいマズかったなぁ。多分生のまんまだよ)


 どうでもいい事を考えながら、歩く。

 歩く、歩く、歩く。


 時には、コンクリートの壁をよじ登って、ゴチャゴチャ配線を引きちぎって、錆びた隠し扉をこじ開けて、床にぽっかり空いた穴から飛び降りて。

 そして、また、歩いて、歩いて、歩いて、歩く。


 もう、どこに入り口あったのかすら分からない立体迷路を歩き続けて30分、いや、1時間程か。


「うわっ! (まぶ)しいっ!」


 頭がクラクラするくらい強い光。


 暗闇の中、急に目に突き刺さった刺激に思わず叫ぶ。


 レオがすばやく「黙れ」と、軽くチェーザレの首を締め付ける。


 ようやく目が慣れてくると、錆びていない6つ目の隠す気のない扉から光が漏れているようだと気が付いた。


「むーッ! んーッ!」


「静かに……。奥の連中に感づかれる」


 レオは音を立てずに、そっと扉を開ける。

 扉の奥にいたのは人間、人間ではないモノ、両者共に複数。

 異常であった、何もかもが。


 扉の奥で行われていたのは人肉の売買だ。


 あるモノは眼球を飴玉のように舐めしゃぶり、また、あるモノはスラリと伸びた女の足を自慢げに見せびらかし……例えを並べたらそれこそ1冊の本が書ける。


 人間だろうが、人間ではなかろうが、関係ない。

 これこそが狂気の平等。


 レオが開けたのは深淵を覗く扉だったのか?

 いいや、違う。これこそがこの世界の事実。

 大人が臭いものに蓋をして隠していただけで、深淵でも何でもない。子供には見せないだけの公然の秘密。


 チェーザレには今まで怖かった映画館のスクリーンやテレビの中の悪役の方がよっぽどマシに思えた。


「チェーザレさん、行ってください。

 アナタの家の地位はここの連中よりも上でしょうから、連中もアナタの命令に従うでしょう。

 アナタは僕の主人で、道楽息子。僕はアナタの奴隷役で後ろからついていきますから」


「お前、頭イカれてんの? まあ、そういう性癖ってんなら受け止めるよ。受け入れはしないけどさ」


「いたって正常ですよ。

 金持ちってのは不思議ですよね。富も名誉も満たされると性を極めようとしだす」


 演技の方向性で揉めるチェーザレとレオは、近づいてくる気配に今はまだ、気付いていない。

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