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第2話 「姉ちゃんの友人」


「『紅い(ポルコ・ロッソ)』のロブソンが死んだらしい。噂だと妙な死に方をしてたんだとよ」


「自業自得よ、あんなチンピラ。子供にドラッグ売ってたんだから。……それにしても、妙な死に方って?」


「なんでも、口からケツの穴にまで土が詰め込まれてたんだと」


 ギィと音を立てるオンボロドアの向こうには、驚いた老夫婦の顔があった。


 そんなに驚かなくてもいいのにと思いつつも、チェーザレの実家を知っているのならば当然の反応である。


 しょうがない。しょうがないのだ。


「チェ、チェーザレの坊ちゃん! 驚かせないでくださいよ」


「そうですよ! このじいじとばあばを長生きさせてくださいな!」


「子供扱いしないでって言ったでしょ!」


 どうから老夫婦の話の途中に帰って来てしまったようだ。


 ただ、少しばかり死んだというチンピラのことが気になる。


 ロブソンは男の名前だが、姉ちゃんが男装して使っている偽名かもしれない。


「……驚かしたのは悪いと思ってる。……ごめん。でも、ちょっと訊きたいんだけど、ロブソンってどんな人?」


「へ、へぇ……坊ちゃんが関わるような人種ではないと思いますが……………」


「それでも教えて!」


 チェーザレの立場からの質問とは即ち、命令に等しい。

 チェーザレの人となりを知っていても、逆らったら殺されると顔を青ざめさせた老爺(ろうや)はすぐには答えられずにいた。


「答えてよ! 姉ちゃんかもしれないんだから!」


 ──姉ちゃんを探しにこの島に来て、3日。

 情報もこの島にいるというのだけで、他には何も見つからずにただ時間だけが過ぎていく。


 チェーザレは3日でも耐えられない。

 2年、耐えたのだ。──もう、耐えられない。


「答えて!」


 すると、老婆が震える夫の代わりに微笑みながら答えた。


「なんだ、お姉様だと思われたのですね。ロブソンは髭もじゃでひどい臭いのする巨漢ですわ。見せていただいたお姉様の写真とは似ても似つきません」


 髭もじゃ? ひどい臭い?

 その特徴の人物にどこかで会ったことがあるような気もするが……。


 姉ちゃんでないのなら誰が死のうがどうだっていい。


「ごめん。俺、言いすぎちゃったね。部屋に戻るよ……」






 今日も夜が来る前に、宿に戻り、怪物共にビクビク怯えて過ごす……はずだった。


 コンコンコンと。ノックが3回。

 宿のオーナーの老夫婦にはノックを5回するように言ってある。だから、オーナー夫婦ではない。


「入っていいよ」


 チェーザレがドアに向かって声をかける。

 

 これが可愛い女の子ならいいものだが、現実はそんなに甘くないらしい。


「アナタ……チェーザレ・カンパネッラさんですね?」


 慇懃無礼な態度で部屋に入ってきたのはチェーザレと同じ年頃の少年であった。

 

 パステルピンクのジャケットの下に黒のパーカー。背は高くやや痩せている。

 金髪の巻き毛で、幼さが残った顔をしているがどこか大人びた表情をしていた。それこそ、人生を何回も経験したかのような。


「そう、だけど。お前は誰?」


 ただでさえ治安が悪い地方だ。

 ラ・ヴェリタ島はその中でもマシな方に入るが、用心するに越したことはない。


 チェーザレは用心深いのだ。


「僕が先に名乗るべきでしたかね。……その前に、両手をゆっくりとあげてくださいませんか?」


「いやだよ。お前が俺に何もしないっていう保障がないんだから」


 指鉄砲の銃口を少年に向けたままにしながら、少しずつ後ずさる。


「まぁ、いいですけど、僕はレオ・タイラー。──アナタのお姉さんのことで話があります」


 レオは何を考えているのかさっぱりわからない顔のまま、ジャケットの胸ポケットからオリーブモチーフのシルバーリングを取り出した。

 姉ちゃんが婚約者から贈られたものとよく似ている。


「お姉さんにいただいたものです。『これを売ってしまって』とおっしゃっていました」


「姉ちゃんの!? お前、姉ちゃん知ってるの!?」


 姉ちゃんが婚約者を嫌っていたのは知っていた。

 姉ちゃんの性格からして、リングを捨てることも、リングを人にやることもするだろう。

 似ているというだけで姉ちゃんのものだと決めつけるのは早過ぎるかもしれないが……。

 

 2年間も見ていないのだから間違えて憶えている可能性もある。


 とりあえず、もう少しレオの話を聞いてみるか。

 そうチェーザレに思わせるだけの何かをレオは持っている。


 チェーザレはまたすぐに構えられるように、指鉄砲の形を崩す。


「えぇ、僕はお姉さんの友人でしたから。それなりに親しくさせていただいてましたよ」


 レオは悲しげに目を伏せた。

 リングを持つ指も震えている。


 チェーザレはレオとこれから50年にも及ぶ長い付き合いをすることになるが……………。


 50年間、感情が読み取れないポーカーフェイスのレオが、親に捨てられた子供のような寂しげな顔をチェーザレに見せたのはこの時だけであった。


「しかし、お姉さんの姿は1ヶ月前から……見ていません」


 チェーザレが思うにレオは姉ちゃんに恋をしていたのだろう。

 ただの友人であるならば、どうしてそんなにリングを親の仇のような目で見る? 恋敵に向けるような憎悪をリングにぶつける?


 レオは姉ちゃんを愛していたのだろう。

 友人としてではなく、1人の男として。

 その愛が本当に友人としてのものであれば胸を撃たれたような痛みに苦しむことはなかったろうに。


 これはチェーザレの憶測にすぎないが………………。

 レオの恋心は、最初のうちは気づかない程に小さかった。

 だが、気づいた頃には、──もう、遅かったと。

 恋をしていると理解したとき、その相手はいなかったのだろう。


 我が姉ながら酷い仕打ちをする。

 恋を知らぬ子供に恋心を抱かせて、自分は姿を消すだなんて。

 まったく、酷い女だ。魔性の女だ。西暦が始まって以来の悪女だ。


「そうだったんだ。ねぇ、ここに来たのはただリングを見せるためだけじゃないよね?」


 ……姉ちゃんが死んだのかもしれない。


 ありえない、あってほしくない想像ばかりが浮かぶ。


(ダメだなぁ、俺。マイナスなことばっか考えちゃう)


 手が震える。

 あくまでも、冷静に。クールに対応しなければ。


「当たり前じゃないですか。世間話はここまでにして、単刀直入に言います。────僕と手を組みませんか」


 素だろう子供っぽい顔を捨てて、挑戦的なニヒルな笑みを即席でこしらえたものだから、妙に芝居がかってはいるが……。


 レオは今、何と?

 何と、言った?


「は?」


 訳が分からず、チェーザレは鳩が豆鉄砲を食らったような顔になる。

 レオの目にチェーザレはよっぽどマヌケに見えたようで、くすくす笑いながら、


「手を組みませんか、と言っているんです」


と繰り返した。


「あっ! 笑うなよ!」


「す、すいません。ふふっ」


「笑うなってば!」


 笑いが止まらないレオに、チェーザレは咳払いののちに、ビシリと指を突きつける。


「手を組もうってだけ言われて、俺がアホみたいに『 はい』って言うと思う? それに、手を組んで何すんのさ。お前が姉ちゃんを探すの手伝ってくれるっていうの?」


「手伝う、ですか。まぁ、それに近いですかねぇ。運が良ければお姉さんに会えるかもしれませんし……」


「はっきりしな。俺は臆病者でね、『かもしれない』ってだけじゃお断りだよ」


「──じゃ、はっきりします。あるマフィアの組員になりませんか? お姉さんはそのマフィア専属の医者でした。アナタが怪我でもすれば、33.3%の確率で会えるかも……しれないですよ」


 (──ヘぇ、なんだ。大したことないじゃないか。姉ちゃんに会えるってんなら、なんだってやってやる)

 

 姉ちゃんは大事な家族だ。

 少しでも話せたら。

 少しでも姿を見られたら。

 それだけでいい。

 それだけで。


 姉ちゃんに会えるのなら、ネズミのクソほどの可能性があれば、どんなに安くて汚い仕事でもやるさ。必要なら、このチェーザレの魂だってくれてやる。


 家族のためなら悪魔にだって魂を売る。

 チェーザレはそんな凡俗な男だ。人間だ。


「いいよぉ! 入ってやろうじゃない! さっそくだけど、姉ちゃんがいるってマフィアの名前はなにぃ?」


 姉ちゃんがいるマフィアに入れるんならなんでもいい。


 対して、意外なほどあっさり承諾したチェーザレに、今度はレオが目を丸くする。


「随分あっさりと……『紅い(ポルコ・ロッソ)』ですけど……」


 『紅い(ポルコ・ロッソ)』? 

 今日はその名前をよく聞く。


(明日は豚、食べようかなぁ)

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