第15話 「イルージャと愉快な仲間達 その③」
「まぁ、今日は特別っすよ」
イルージャはトリフォッリオのネクタイを掴んで引き寄せ、
「ん……!」
――そのまま彼の唇に軽く口付けた。
「な、な、な……」
途端に放心するトリフォッリオ。彼も命令があれば男とも女とも寝るだろうに……。
トリフォッリオは顔を茹で蛸のように赤くして、地面に崩れ落ちた。
「自分がしろって言ったのに……。何回もしてんじゃないすか。今更、照れられても困るんすけど……」
トリフォッリオとは対照的に、イルージャは呆れた顔で「ほら、立って」と、彼の手を引く。
トリフォッリオは深いキスとは言わなかった。深いキスを要求したかったのだろうが、彼は理性を失っていたようで言葉が足りなかった。
イルージャはそこを利用した。イルージャの故郷では異性の唇でも軽くなら、親愛のキス……ということになるのだ。これなら仮に見られていても、親愛のキスだと言って誤魔化せる。
「――触るんじゃあないッ!」
「うげっ! ヘッドロックやめて! そこ、傷──ぎゃあああああああああ!!」
「俺は、何をしていた……? お前の声を聞いた後からの記憶が――」
「気にしない、気にしない! いきなり、全裸になるとかはしてませんでしたから、……大丈夫っす!」
とびきりの笑顔で親指を立てるボロ雑巾のようなイルージャを、訝しげに眺めながら、トリフォッリオは重い身体をどうにか立たせる。
「しかしだな……」
「マジに大丈夫っすから。言っときますけど、今回のアンタの一時的発狂よりも、酔っぱらってるときのがよっぽど厄介でしたからね」
「……」
相棒のあまりの剣幕に、トリフォッリオは何も言い返せなかった。
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重い重い鉄の扉を開ければ、そこには立体迷路が広がっている。錯覚を使った隠し通路に隠し扉、どこへも続いていないドアや階段、続いていたかと思いきやそれは絵で足を踏み出したら真っ逆さま、その他殺意MAXの仕掛けが多数。
「『紅い豚』の人ら、なぁんでこんなセンスないんっすかね? 私にデザイン任せてくれたら、これよりはいいの作るのに……」
文句を言いつつひょいひょいとまるで曲芸師のように罠を潜り抜けるイルージャと、無言で慎重に慎重に歩いていくトリフォッリオ。
製作者の性格の悪さが透けて見える配置に仕掛けられた罠を、それぞれの方法で慣れたように進んでいく。
「ボスに言え、俺に聞くんじゃない。……確かそこは脆くなっていたはずだ」
「えっ、嘘! さ、先に言っ────マイハニー、めっちゃシロアリいる!」
「見せるな、置いてけ、連れてくるな! 止めろ、バカ!」
「これ、押してもいいっすか!? 押しちゃうっすよ!?」
「『押すな』と書かれたボタンを押したくなる気持ちは分かる。だが、それは……」
「そ~れ、ポチッとな! ――うおあッ! どっか爆発しませんでした!?」
「その答えはな……お前の後ろにあるぞ」
「さーせんしたっ! いや~しかし、見事なアフロっすね~」
「ここ……異様にレディースの服あるっすけど、誰の趣味か知ってます?」
「さあ? 誰かしらの遺品なんじゃないか?」
「そう考えるとなんか不気味っすね……。――あれ? あのマネキン、ちょっと動きませんでしたか?」
「動いたか? ――ちょっとどころじゃない。がっつり動いたな」
「……なんか、こっち見てません? アイツ?」
「1体だけじゃない! 全部、俺たちを狙っているぞ!」
「ここはやっぱり……」
「そうだな……」
「「逃げる!」」
タッタッタッと軽い音に遅れて、ダッダッダッと重い音。さらに遅れて復数の機械音。イルージャとトリフォッリオは何故だか知らないが、女性型のマネキン――正しくは機械人形に追いかけられている。
機械人形は認識できる範囲で数十体。破壊しても害はなさそうだ。しかし、破壊はしない。
「マイハニー、これって壊していいんすか~!?」
「やめておけ。持ち主が生きていたら弁償することになるぞ」
機械人形の類は、基本的に1体で家が建つ値段だ。同じ動作を延々と繰り返すだけのものでも、そのくらいの金額はかかる。
今回の機械人形は、同じ動作を繰り返すものではなく、ランダムに設定された動作するものでもない。外見が人間よりではないのでそれよりは安いとは思うが、それでも国が動くレベルの代物だろう。
こちら側が被害者とはいえ、弁償ともなれば払えない金額になってしまう。
(元)婚約者に頼ればポンと払ってくれるだろうが……それは最終手段にしておく。自分は潜入中の身だし、彼に弱味を見せるのは癪だ。
『イルージャが私を頼ってくれるとは……な』
あのぶん殴りたくなるドヤ顔はもう二度と見たくない。
いっそのことヤツがブサイクならばムカつかなかったのだが、あいにくヤツは顔以外長所がない男だった。
「うぇ……ヤなこと思い出しちった……」
「そんなこと言っている場合か!」
トリフォッリオの影が、イルージャの首を手刀ではねようとする機械人形を間一髪で後方に吹き飛ばす。
「ホントに壊しちゃ駄目なんすか!? マジヤバいっすよ、こんなん! 賠償するんならボスに立て替えといてもらうってのはどうっすか!」
「……お前が対価として払える物は?」
「身体……とか?」
内臓の1個や2個くらいなら魔術で作りだせる。
幻術で18禁な夢を見せたっていい。
「阿呆か、お前。自分をもっと大切にしろ。……もっとも、奥様一筋のボスがお前に手を出すとも思えんしな」
「そうっすね~。あぁ~やだやだ、何でこんなトコにこんなモンがあるんだか……」
イルージャも影(こちらは男性型)で、機械人形を数体蹴り飛ばした。
「ミモザ、少しいいか? こんな時に、何だが……」
本当に、こんな時に何だ?
機械人形は大して強くもないが、数が多い。壊さず傷つけずに退けなくてはならないというのが厄介だ。
話をしている余裕があるのなら、もっと数を捌いてくれればいいのに……。なんてこと、言葉にしたら笑われてしまうだろうか?
「別にいいっすけど……。手短にお願いしますよ?」
「あぁ、そんなに長くはならないようにする。──今日、会議があるのは覚えているか?」
「えっ? そんなん……あったんすか?」
ガシャン。
星の見えない夜よりも暗い黒が、機械人形の頭部を──粉砕した。
機械人形の核は首から上にあるため、これでこの機械人形が作動することはなくなった。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
しばしの沈黙。残念ながら1体破壊したくらいでは猛攻は止まらず、機械人形が出す金属音によって無音ではない。
「やっベッ! 直せっかな~……」
イルージャは機械人形に着せられていたドレスをひん剥いて、背中を見る。
イルージャは医者であって修理屋ではない。
一般的に流通している布の人形のほつれを直すのならともかく、魔術師でも限られた身分にしか流通しない機械人形の頭部ともなると……製作者にしか直せない。
製作者の手がかりとなる工房のマークが背中にあるはずなのだが、この機械人形の背中には何も描かれていなかった。
「『直せっかな~……』じゃない! お前も魔術師ならこれの価値を知っているだろう!」
「知ってますけど……。壊れちゃったんだからしょうがないっすよ」
「壊れちゃった? 壊したんだろうが! お前が、その影で! あぁー……もうお終いだ……。俺達はこいつらの持ち主に殺されるー……」
そう言いながらも、トリフォッリオは頭を抱えながら、機械人形の残骸をかき集めるという器用なことをやっている。
トリフォッリオ、アンタは殺される前に殺すだろうに。何を常識人ぶっているんだ。
殺られたら殺り返す、倍返しだ! ではなく、殺られる前に殺る、血祭りだ! と言い放つタイプだし、実際に殺っているだろうに。
「殺されやしないっすよ。もういっそのこと全部ぶっ壊しちまいましょ。そもそも、こんなトコにこんなん置いとくヤツが悪い」
グシャリ、メキャメキャ。機械人形はえげつない音を立てて、次々とイルージャの影に破壊されていく。
あるものは頭部を握り潰され、またあるものは首が胴体から蹴り飛ばされた。
相手が人間であれば、この黒の異形に恐怖心を抱き何らかの反応を見せる。そうすれば、イルージャは影に止めさせる。
だが、不幸なことに相手は人間ではなく、機械人形であった。不幸なのは、機械人形の持ち主だ。
あと、機械人形自体が成金魔術師の道楽みたいなものなので、イルージャは元々大嫌いだった。
成金が持っている機械人形は古狸共の中古だし、古狸共のも実用性ばかり重視して美しさなんてこれっぽちも無い。性のためのものもあったが、そんなのは女性が見るものじゃない。
(誰だか知らんが、ありがとさん。クソくらえな白い人形共をぶっ壊せるなんて、夢にも思ってなかったよ)
値段ばかり高い悪趣味な人形だ。
自分で魔術を使えばいいのに、わざと非効率なマナーを作ってややこしく生きている馬鹿げたヤツらにはぴったりかもしれない。
クッキーみたいに、砕けて。
潰れたホールケーキみたいに、滅茶苦茶だ。
札束がゴミのようになっていくのは、心が踊る。
「あぁ、もう……どうしろってんだ! この俺に!」
どうもしない。
見ているだけでもいいし、一緒にやったっていい。
イルージャにとっての束縛の象徴が、機械人形だったというだけだ。トリフォッリオにとっては憎たらしい人形ではなく、高価な動く人形ただそれだけ。
イルージャは自由になりたいだけ。
そのためだけに、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊した。
「だから言ったでしょ? ──壊してしまえばいいって!」
最後の機械人形の首が、コロンと床に落ちた。
結局、トリフォッリオは何もせずにボーッとつっ立っていただけだった。目からハイライトが消え失せていたが、気のせいだろう。
「よし……。で? 会議って何のことっすか?」
20代の女性らしい年相応の笑みを、イルージャは本心から初めて浮かべた。嘘しかない人生で笑うなんてこと、前ならできなかった。
「ア、アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「つ、ついに狂っ……マジ?」
壊れたように笑いだしたトリフォッリオは、赤ん坊の頃に祖父に貰った狂ったようにシンバルを叩く気味が悪いエテ公のぬいぐるみによく似ている。そういえば、あのぬいぐるみはどこに行ったのだろうか。
(とりあえず、会議室に行って機械人形の心当たりを聞いて……。あと、トリフォッリオを直してもらわなくっちゃ。治すことはできるけど直せないからな、私)
左手で笑い続けるトリフォッリオの手を引き、右手には今しがた討ち取った機械人形の首を抱えて、会議室への道を歩きだした。
(それで、会議室は……と。あれ、どこだったっけか?)




