第13話 「イルージャと愉快な仲間達 その①」
──同時刻。
チェーザレ達がいる通りにあるビルの2階。
とある喫茶店の窓際。
「……お前の弟子、大分イカれてるな」
生え際が後退しつつある青年は、コーヒーにミルクを入れながら呟く。余所見をしているから、ミルクはほとんどテーブルに零れてしまっている。
「あんま、言わないでくださいよ……」
青年と向かい合って座る女は、椅子にもたれかかって「う~ん……」と唸った。
彫りが深い顔をしていて、長い髪をポニーテールでまとめている。似合わない金縁の眼鏡をかけている。何よりも特徴的なのが、彼女が身にまとう漆黒のライダースーツのせいで強調される魅惑のラインだ。
──この女こそが、チェーザレとレオが探すジジ・ブルネッティ──イルージャ・カンパネッラ。レオの師匠で、チェーザレの姉。そして、──『紅い豚』所属の闇医者。
「あと、ソイツが背負ってる男、お前にそっくりだ。……親戚か?」
青年はイルージャの所属するチームで、彼女の教育係を務めていた男だ。研修期間の終わった今では、共に食事に行く程度の仲になった。
こんな冗談を言う男ではない。特にイルージャの前では、家族の話題を出すことはしない。
ということは、──事実なのか。
イルージャの親戚でそっくりな男ともなれば、1人しかいない。厳密に言えばもう1人いるが、この島に来るような度胸があるはずないので除外する。
──イルージャのすぐ下の弟、ジュリオがこの島に来ている……というのか。
「いやいや……いるわけねェっすよ。言ってませんでしたっけ? 私、家から勘当されちゃってるんっす」
窓から身を乗り出して探してみても、1組の男女と倒れた蜥蜴人間がいるだけで、弟子のレオとジュリオらしき人影は見当たらない。
「ほら、いないでしょ?」
「……おかしいな。さっきまで……」
見失ったのか、今度は青年がうんうん唸りながら、首を傾げる。
「最近、気ぃ張ってるから、幻でも見たんじゃないっすか? 先輩、寝れてないっすよね。目の下に狂暴なクマさんが住み着いてるっすよ」
イルージャはこれでも医者の端くれだ。免許は持っていないが、体調が悪そうな人間……人間でなくても、治せるかぎり治したくなってしまう。顔見知りであれば、なおさら。
取得しようと思えば、医師免許は取得できる。魔術師の医術も、そうでない一般人の医術も、はたまた多種多様な怪物達に伝わる医術も、そこらのやぶ医者よりも知っているし扱えるのだから。
取得しない理由は、単に足が付くから。
一応、戸籍も偽造してあるし、魔術で外見も別人に変えている。言葉遣い、趣味、特技、好きなもの、嫌いなもの、利き手、習慣、癖、指紋、体温、呼吸の長さ、心臓の鼓動、DNA……ここまで変えても些細なことから、魔術師の令嬢「イルージャ・カンパネッラ」と、『紅い豚』の闇医者「ジジ・ブルネッティ」が同一人物であるとバレる可能性がある。できる限り、個人の記録を残しておきたくないのだ。
闇医者「ジジ・ブルネッティ」は組織の内外に敵を作りまくっているため、もしバレたら家族にも危険が及びかねない。このタイミングでバレたら、一番狙われるのは自分を除いて、弟のジュリオだ。弟子のレオも、きっと狙われる。
青年には悪いが気のせいということにしてもらって、さっさとこの話題を終わらせよう。
「……いや、確かにいた」
──面倒な男だ。
一度事実だと信じたものは、覆るようなことが眼前で起こらないかぎり、そのままずっと信じ続ける。覆るのを目撃したら、対象に対して攻撃を開始する。
正体がバレたとき、一番面倒なのはこの男だとイルージャは確信していた。
「いないっすよ!」
「いた」
「いないって!」
「いた」
混み合う時間帯でも人気の店というわけでもない。
しかし、0ではないのだ。口喧嘩をする男女、そのどちらも系統の違った美系。店内の注目の的となるのは時間の問題だった。
(目立つのが目的だから、いいんだけどさ)
店内にサイレンサ一付きの銃の音が、鋭く鳴り響いた。
○●●●●
青年が運転するレッドのアルファロメオの車内で、イルージャは他の男と連絡を取っていた。
『いや~……、相変わらずえげつないな。そっちは』
電話の向こうでは同僚が青筋を立てながら後処理をしているのだろう。声からも怒りがにじみ出ている。
「それはアンタの教育係に言ってくださいっす。計画立案者はアイツっすから」
『おっと、失礼。しかし……』
「もしもしかしもねえっすよ~! マジに撃たれたんすよ、こっちは!」
ひしゃげてしまった似合わない眼鏡を更に似合わない瓶底眼鏡に変え、黒を基調とした地味な服装に着替えたイルージャは、電話越しに愚痴を漏らしていた。
「ジジ・ブルネッティ」はこの島じゃそれなりに有名人だからしょうがないとはいえ、もう少しどうにかならなかったのか。
今回は大勢に「ジジ・ブルネッティ」が死んだと世間に認識させるため、わざと青年に撃たれた。一発だけならまだしも、五発撃たれたのだ。
「五発っすよ、五発! 手に一発、眉間に二発、心臓に二発! やばいっしょ、マジに死ぬかと思ったあ~ッ!」
『死なないだろ、その程度で。蜂の巣にされたんじゃないんだし』
普通の、魔術師でない人間だったのなら死んでいただろう。魔術師も一流の魔術師でなければ、イルージャのようにピンピンはしていない。
「そうっすけど~……痛いモンは痛いんすよ~……。……冷静に考えてください。鉛玉がマッハで皮膚と血管ぶち抜くんすよ? 痛いっしょ、どう考えても」
『お前の例えが分かりにくすぎて、痛がればいいんだか笑えばいいんだか……分からん』
「笑えばいいと思うよ! つーか、それを分からんアンタのほうが、こっちからすりゃ、わけ分かんねーすよ」
『……お前の謎のセンスは、面白いけど理解はしたくないな』
「お、喧嘩? 喧嘩っすか? もしかして、喧嘩売ってる? 言い値で買うっすよ、年中無休24時間営業で!」
イルージャが拳を鳴らして臨戦態勢に入った、そのときのことだ。
──銃声とガラスの割れる音が、運転席から聞こえた。
『何事だ!? 襲撃か! そちらの状態は!?』
妙に焦った声。
機械の向こうにいる彼には、こちらで何が起こっているのかさっぱり分からないのだから、当然だ。
撃たれたときよりも青ざめた顔をしたイルージャは、彼にあることを伝えまいと口を開く。
「う、うん。……私らは無事っす。……でも、ちょ~っと真面目な話をしなくちゃていうか~……ね」
幸か不幸か、彼はここにはいない。
車を運転する青年が銃を構えつつ、「次はお前らだ」と言わんばかりに、イルージャと電話を獲物を狙う猛禽類の目で睨みつけていることなど、彼は知るよしもないのだ。
ちなみに、運転席側のガラスは近距離で銃撃を受けたかのような割れ方をしており、銃の銃口からは硝煙が立ち上っていた。
『無事ならいいんだが……』
「あ~ははは…………」
人間は感情が高まると笑うことしかできなくなるというのは、どうやら事実のようだ。
イルージャの口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
『ところで、土詰め野郎の件はどうなった?』
「土詰め野郎って? 聞いたことないっすけど」
イルージャは頭に疑問符を浮かべる。
彼は怒りを無理やり押さえつけるような声で、ブツブツと呟きだす。
『お前、覚えてないのか……! そうだよな、そういうヤツだったよ、お前は……。────土詰め野郎ってのは、最近、そこらで事件を起こしてる殺人鬼のことだ。もう6人やられてるらしい、いや、もっとかもしれない。……とにかく、その殺害方法がイカれてて────』
彼曰わく、彼の殺人鬼の手口はこうだ。
『紅い豚』の構成員、特にドラッグや人身売買(文字通り人の“身”、つまり人肉)に手を出している連中を狙う。そして、どういう原理なのかは不明だが、狙われた哀れなマフィア達は、────消化管にぎっしりと土を詰め込まれて、窒息死させられるというのだ。
「イカれ野郎…………」
イルージャには殺人鬼よりも、それを語る彼のほうが不気味に思えた。
徐々に早口になり、普段は機械のように無感情なくせして、頭のおかしい殺人鬼の話をするときばかり感情的になる。これをイカれ野郎と言わずに何と言うか。
『そうだろう、そうだろう! あぁ、彼はイカれてるんだ! じゃなけりゃ、ウチのボスに喧嘩を売るような真似はしない!』
当然だ。
このラ・ヴェリタ島で『紅い豚』の構成員に手を出すのは、即ち──ボスに宣戦布告するようなもの。構成員だけに留まらず一般人にまで被害が及ぶと、ボスの怒りは頂点に達するだろう。
もしそうなったのなら殺人鬼を始末するのは、『紅い豚』ボスの刃、『悪い狼』──イルージャ達が所属しているチームになる。
「そうっすねぇ……、で? ソイツを私らが“始末”すりゃあいいんすか? そういう指示の話っすか?」
そうならそうで楽なのだが……。
『悪い狼』の本領は暗殺稼業だ。決して、雑用ではない。
「暗殺」は一般社会では汚いと言われる仕事だが、怪物達や魔術師の世界では違う。
お家騒動や痴情のもつれで戦争紛いのことが起きるため、第三者が元凶となった者を仕留めることで、極力被害を減らすという考えが主流なのだ。
なので、その第三者となる暗殺者は組織の中枢に食い込み、内部の膿を始末する場合が多い。『悪い狼』も例外ではなく、基本的に内部の人間を始末している。しかし、外部の人間も時には殺す。
今回もそうなのかもしれない。
『いやいやいや、そうじゃない。ボスの指示は逆だ。──犯人を「悪い狼」総出で捜索し、確保し監視しろ──と』




