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第11話 「蜥蜴人間(リザードマン) その②」


「アンタ、1人? 兄ちゃん達はいないの?」


「兄ちゃん、ですか? えっと……」


「いや、アンタの兄ちゃんに用があるんじゃないのよ。アタシが、用あんのはアンタ!」


 少女はピョイと地面に飛び降りて、チェーザレの隣にストンと座る。


「アンタ、チェーザレでしょ! チェーザレ・カンパネッラ!」


 目をキラキラと輝かせてチェーザレを見つめる少女に、下心は微塵(みじん)も感じられない。


 今まで、チェーザレに寄ってくるのは、『カンパネッラ』の人間とチェーザレ経由で繋がりたいとかの下心がある連中ばかりだった。逆に少女のような人間はほとんどいない。


 ……物珍しいからか、単に好奇心か。


 ──チェーザレの体は妙に固くなった。

 自分の名前を知っていて、同年代で下心がない女の子とも出会ったことがない。下心がない女性は、赤ん坊か墓の下にいるかだと、つい最近まで本気で信じ込んでいたくらいだ。


 つまり、チェーザレにとって、──少女は未知の生命体、UMA、神話生物……そんな理解不能な生き物のように思えたのだった。


「は、はいぃ……、ぼくはチェーザレ……です……けど……」


 徐々に、チェーザレの声が小さくなる。


 信用すべきか、疑うべきか。


 本来ならば後者を選ばなくてはいけないのに、チェーザレは少女を信じたかった。


 その証拠に、重火器や刀剣の類が彼女の懐から出てきたら、逃げ出せるように後退(あとずさ)りしたいのに──足が動かなかった。


「間違ってたらどうしようかって思ってたんだけど、合っててよかったァ~~!」


 少女は安心したように、にっかりと笑った。


 どうしても、彼女が策略を巡らせるようなタイプには見えない。どちらかというと、やんちゃ坊主がそのまま大人になったようなタイプだと言える。


 ──しかし、油断は禁物。


「すみません、失礼ですが……、あなたの……お名前は?」


 チェーザレがぎこちなくたずねると、少女は2、3回まばたきをして、大笑いしながら、チェーザレの背中をバンバンと叩きまくる。


「いやぁ~、すまん、すまん! そういや、名乗ってなかったな。──アタシはイルージャ! イルージャ・カンパネッラ!

 

「カンパネッラ……!?」


 まさかの親戚。屋敷に(はい)ることができているのだから、名を騙っているわけではなさそうだ。


「うん、カンパネッラ。そんで、────アタシはアンタの……『姉ちゃん』ってェことにィ……なる……のかな?」


 イルージャ自身も、途中から不安になってきたのか、首を傾げていた。


 チェーザレは、イルージャの方を思わず二度見した。

 確かに、鏡の中の自分と3人の兄ちゃん達に、似ているような似ていないような……。


「ま、信じるも信じないもアンタ次第さ。『遠くの親戚、近くの他人』って。アタシの大好きな国のにもあるし」


 傷だらけの手のひらでイルージャは、チェーザレの頭を優しく撫でた。よくよく顔を見ると上手く化粧で隠しているが、左側には巨大な火傷、右側の額にもひっかき傷を思わせる3本の傷痕がある。



 ──爺ちゃんと暮らしていた頃、チェーザレに気付かずに、叔母夫婦が爺ちゃんとこんなことを話していた。


『お父様、ジュリアスお兄様の娘を「紅の(ポルコ・)(ロッソ)」にスパイとして送り込んだそうね』


『あぁ、優秀なあの子なら数年後には幹部になっているだろうよ。あの子をつくったジュリアスを、父親として誇りに思うよ』


『なら、その子も可哀想に。サルヴァトーレお兄様、いえ……次期当主様の息子と婚約しているんでしょう?』


『それは継続させる。──あの子に期待しているのは、怪物と魔術師の何代にも続く醜い戦争を終戦に導かせることだけだ』


『……子供にそんな大役できるのかしらね。……確か、その子の名前は……』


『あの子の名前は──────』


 チェーザレの父親の名前は、──ジュリアス。


 爺ちゃんの家にあった無駄にデカい家系図の本写真と名前が載っていて、紀元前の先祖まで(さかのぼ)ることができる。


 魔術師の家にあるだけあって、写真の中の人物は動く。……いや、これはどうでもいいか。


 『ジュリアス』の下には、1番上の兄ちゃん『アルセーヌ』、2番目の兄ちゃん『クラウディオ』、3番の兄ちゃん『ジュリオ』、末っ子の『チェーザレ』。


 ──ちょうど真ん中、『クラウディオ』と『ジュリオ』の(あいだ)に、『Illugia』──『イルージャ』と読めなくもない名前があった。



 思い出した、思い出したぞ。『Illugia』の顔を。

 ──目の前の『イルージャ』そっくりだ。


「……信じます……!」


 瞳の奥に怯えが見え隠れしているが、もう、チェーザレはイルージャを疑ってはいない。


 あと、考えているあいだに、イルージャは暇を持て余したのか、変なダンスを踊り始めていて、なんだか疑うのが馬鹿馬鹿しくなった。主にこっちが理由かもしれない。




 チェーザレとイルージャは、すぐに友達になった。


 お互いに似たような悩みを持っていたからかもしれない。

 もっとも、人間の悩みなんて似たり寄ったりなものばかりだ。それは魔術師でも同じだった。


 ──悩みの正体は『孤独』。


 チェーザレは、屋敷に来てから味方がいない生活を送っていた。両親はほぼ屋敷におらず、3人の兄ちゃんも大人がいるとき以外はチェーザレと関わろうとはしなかった。


 使用人が真面目に働くのはチェーザレ達の両親がいるときだけ。いなければ、昼はカジノ、夜は女遊び。もちろん、仕事なんかしない。


 住み込みの教師については、多すぎてここには書ききれない。あえて言うとすれば、彼が付けた傷は一生消えないものばかりだということくらいか。


 友達も、1人もいない。

 屋敷に来てからできた初めての友達が、イルージャだった。




○●○●○


 


 ──この日から、チェーザレにとって、姉ちゃん(イルージャ)こそが理想の姿となった。


 姉ちゃんは、その日から度々(たびたび)屋敷に訪れてくれるようになり、婚約者との時間よりもチェーザレ達兄弟との時間を大切にするようになっていった。もともと、婚約者は滅多(めった)に姉ちゃんとは会えなかったから、問題なかったようだ。


 兄ちゃん達も姉ちゃんが来るようになってから、チェーザレと他愛ない話程度ならするようになった。


 屋敷の大人達は一切変わらなかったが、子供達は変わったのだ。


 チェーザレは、姉ちゃんに下手くそな歌や演奏を聞かせた。姉ちゃんは静かに笑って、終わったら拍手と歓声をくれた。決して邪魔はせずに、黙って聞いてくれていたのだ。


(姉ちゃん……これで、いいんだよね……?)


 ──今度は、チェーザレが誰かに同じことをしなければならない。


 静かに笑って、終わったら拍手と歓声をくれてやるのだ。決して中断させずに、黙って聞いてやるのだ。──姉ちゃんと、同じように。


 これは、完全なる善意である。

 これは、薄っぺらい偽善などではない。


 これは、自分の意志である。

 これは、姉ちゃんの模倣ではない。


 実際はそうではない。ないのだ。

 だが、否定する声は轟音にかき消されて、チェーザレの耳に届くことはない。


 それは、善意なんかじゃない。

 それは、薄っぺらい偽善だ。


 それは、君の意志なんかじゃないだろう。

 それは、ただ、姉の真似をしているだけだろう。


 だから、だから────。


 ──レオの声は誰にも届かない。

 チェーザレにも、マリーノとバルドにも。


 チェーザレも、そんなこと、とっくに分かっているのだ。

 どんなに姉ちゃんの真似をしたって、姉ちゃんにはなれないし、姉ちゃんに会えるというわけでもない。


 意味なんてない。そんなことでもやらなくてはならないことが、魔術師には、男には、チェーザレにはあるのだ。


 誰に何と言われようが、これだけは譲れない。


「────────、────────!」


 レオがチェーザレに向かって、必死に手を差し出す。けれど、チェーザレはその手を弱々しくはねのける。


(レオ……に助け……てもらわなくたって、平気……だ。この魔力の量……なら、死……なな……い……で……しょ)


 近くにいるはずのレオの顔すら、現代アートのようにぐんにょりと歪んで見える。熱にうなされているときに見る悪夢よりも、現実的で、より不快感が強い。


 石畳が波打ち、周囲の建物はスライムになって、レオはランオン。マリーノとバルドはもはや例えられる物が見つからない。


 意識が段々と薄れていくのを気合でなんとか立っているだけだ。死にはしない。死にはしないのだ。ただ、意識を失うだけ。それだけなのに。


 蜥蜴人間(リザードマン)に笑顔で拍手を送ってやるためだけに、チェーザレはまっすぐに立っていた。


 だが、この風はもはや災害だ。魔術師といっても人間のチェーザレは耐えられるはずがない。


(もう……。俺って…………)


 ──そして、チェーザレに限界が訪れた。


 バタリ。


「チェーザレさん!?」


「坊っちゃん!?」


 レオと蜥蜴人間(リザードマン)の目に映るチェーザレの表情は

、──歪な笑顔のままだった。

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