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第1話 「チェーザレ、上陸」


(うおぉ……コレは……)


 迷子じゃない。

 迷子じゃないはずだ。

 迷子じゃ………………。

 チェーザレは何度も何度も歩いた道を見下ろし、途方に暮れた。


(もう2年かぁ。姉ちゃん、元気にしてるかなぁ……)


 この2年間、姉ちゃんの姿を見た者はいない。

 あの世にはいるかもしれないが、まぁ、この世には誰もいないであろう。


 チェーザレの姉ちゃんは2年前、薬草を採りに森へ出かけてから、姿を消した。

 ようやく判明した居場所は、今にも落ちてきそうな青空の下で悪党の思惑渦巻くこの島だったのだ。


 それを聞いた途端に家を飛び出して、そのまま船に飛び乗ってこの島に来たはいいものの……。


 たいしてこの島に詳しくないチェーザレは地図を見ながら島中歩きまわっても、宿にすらたどり着けない。


 ついでに、チェーザレが道行く女の子をナンパしまくったせいで、到着時には海よりも青かった空が今じゃあすっかり女の子に嫉妬して真っ赤になってしまって。


 昼間でさえこの島を牛耳るマフィア達の抗争に出くわしたり、たまたま入った食堂(トラットリア)でテレビのニュースで見るような活動家が死んだり……とにかく散々な目にあった。


 これで夜間に出歩いたらどんなことになるか。

 まともな頭をしている人間ならばそんな命をドブに捨てるようなマネはしやしない。


 チェーザレがまともな頭をしているかはまた別の話だが、そもそも姉ちゃんがこの島にいなければ、この島には生涯関わらなかっただろう。


 頭がイカれちまうドラッグの甘酸っぱい匂い、精気がない道を行く人は生きながら死んでいるみたいだ。

 この島の住人の半分程がそんな状態だった。


 この島を歩いて思う、世界一美しい島とは嘘であると。

 真実が醜い怪物連中の巣窟なら、チェーザレの実家とさして変わらない。

 だからこそ、姉ちゃんはこの島にいるのかもしれないが。


(あぁ、ここかぁ! どうりで分からないわけだ)


 やっとこそさ理解した地図を片手に、裏通りへと向かう。

 慣れていない土地はこれだからいけない。地図を見なけりゃ目的地にたどり着けないのだから。

 

 大通りとは違って、圧迫感のあるビル群の陰にはジロジロと品定めをする、品がいいとはお世辞にも言えない連中がそこら中に群れている。


 この島には表よりも『裏』に用がある。

 ただ、末端のチンピラには用なんかない。構っている暇など無いのだ。


 そうこう考えている内に、連中の中の1人が馴れ馴れしくチェーザレの肩を叩いた。

 そいつは髭もじゃでひどく臭う男であった。取り巻きをゾロゾロと引き連れて猿山で大将を気取っているようでみっともない。


「よぉ、坊ちゃん! ラ・ヴェリタ島名物、『甘いの』買いなよ。アンタ、観光客だろ? 安くしとくぜ」


 髭もじゃの手には注射器と白い粉が入った袋が握られている。『甘いの』とは十中八九ドラッグだろう。この髭もじゃはドラッグの売人というわけか。


 取り巻きはチェーザレを取り囲み、買っても買わなくても易々と帰してはくれないであろう。

 

 そりゃそうだ。

 自分達のテリトリーに物見遊山気分でのこのこと、育ちの良さそうな坊ちゃんが入り込んで来たのだから、誘拐して身の代金を要求するなり、身ぐるみ剥がして売っぱらうなり、どうとでもできる。


「え? いらないよぉ。俺、『甘いの』苦手なんだ」


 髭もじゃ本人はドラッグを常用してはいなさそうだが、取り巻きは常用しているようで、昼間嗅いだ甘酸っぱい匂いが鼻に刺さる。この様子だと、取り巻きは髭もじゃの客でもあるのだろう。


 つまり、まともに話せるような相手ではないわけだ。

 まともに話せる相手だったのなら、姉ちゃんを知っているか聞くが、そうではないのだ。


 こいつらに構っていたら、夜になってしまう。その前にどうにかこいつらを撒かなくては。

 

 夜が来る前に。

 怪物連中が動きだす前に。


(うへぇ。これ、いけるかな? 無理かな? ──やってみよう!)


 一か八か、だ。──逃げる。

 

 見たところ、髭もじゃと取り巻きはデブでノロマ。

 チェーザレの足なら、チェーザレの能力なら、たぶん、いける。


 そうと、決めたのなら。

 ただ、行動するだけだ。


「髭もじゃのおっちゃん! またね! 二度と会わないだろーけど!」


 指鉄砲を構えて、──引き金を引く。それがチェーザレの能力のトリガー。


 引き金を引いたのなら、駆け出すだけ。

 

「は? うおわっ!」 


 チェーザレが指先から放つのは宙に一直線を描く…………水だった。


「冷たっ! なんだ、ただの水か。驚かせやがってッ! このクソガキッ!」


 こんな地味な能力でも時間稼ぎはできる。

 髭もじゃと取り巻きが懐から銃を取り出そうとしたとき、チェーザレはすでに逃げ去った後だった。


 残念ながらチェーザレのこの行動は詰めが甘かったといえる。

 この島、いや、この地方に巣くう(ガン)、マフィアに下っ端とはいえ、喧嘩を売ったのだ。喧嘩を売られたのなら、どんなに幼い子供であろうと殺す、マフィアに。


 元々そのつもりだったが、もう少しばかり遅かったら、未来も変わっていただろう。

 そんなことチェーザレはもちろん知りはしないが……。


 とにかく、始まりはこの数日後。

 チェーザレはある怪事件の真相を暴くことになる。

 髭もじゃと取り巻きの変死。


 チェーザレのその後を暗示するかのように、空には暗雲がかかっていた。

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