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残り者には福がある!? ~皇帝陛下は告らせたいようです~

 目の前に立つ男は、侮蔑した眼差しでリゼットを見た。

「リゼット・シャリエール。悪いが、この結婚の話はなかったことにしてもらおう」

「どうして……!」

 告げられた言葉に焦ってしまう。なにしろサロモンとの縁談は、王宮に勤める知人の口ききでやっと実現したものだ。

(これ以上後はないのに……!)

 だが長い髪を翻すリゼットに振り返ったサロモンの瞳はひどく冷たい。


「どうして? 僕に反逆者になれと言うのか。君と結婚して」

 反逆者。何度も言われた言葉だが、改めて聞くと背中に重くのしかかる。

「では失礼するよ。君とこんな縁談が出たと言うこと自体が、僕には不名誉な話だからね。人の噂にでもなったら大変だ」

 捨て台詞だけを残すと、項垂れたリゼットに一瞥もせずに立ち去っていく。

 その姿にリゼットはがくりと蹲ってしまった。


(また、だわ……!)

 そう、また。こんな扱いを受けたのは今までに一度や二度ではない。

 領地の候爵家領で会っている時は、もう少し相手の対応もましだったとはいえ、結果は全て同じ。

「これで、三十三連敗……!」

 しかも、いまだに記録を更新中だ。

「ふ、っざけないでよ……」

 誰があなたなんか――と強がれる範囲はとっくに過ぎた。蜜色の髪に紫の瞳。容姿は決して悪くないのに。

「なによ! なんでみんな家門のことで断るの!」

 思わず地面についた手で、草を握りしめてしまう。母の知り合いを頼って訪れた皇宮だが、美しく手入れがされた庭には人影が見えない。だから本来ならばいけないことだとわかってはいるが、握りしめた草をぶちぶちっと涙と共に引き抜いてしまう。


(みんなして、私の家を反逆者扱いばかり……!)

 確かに、父は今の皇帝が即位する前に、腹違いの弟君の陣営についていた。その後宮中での後継者争いに負け、事実上政界を引退して家族ごと領地に引きこもっていたのも事実だ。


「だからって、今はもう陛下以外なんて考えてもいないのに……」

 それなのに、貴族のシャリエール家を見つめる眼差しは、いまだに王弟派に与した一族と厳しい。

(いや、仕方がないわ。いくらお父様がもう皇帝陛下に叛意などないと言ったところで、みんなが我が家を敬遠してしまうのは……)

 だけどリゼットももう十九歳。さすがに貴族の娘として、嫁ぎ先が決まっていないどころか、婚約さえしていないというのは、売れ残りと噂されても仕方がない。

(このままでは、本当に行き遅れまっしぐら……!)


 さすがにそれはご免こうむりたいのに、このままでは将来は修道院かどこかの成金の後妻にもらわれていくコースしか残らない。

(それは嫌! 私はまだこれからなのよ!?)

 なのに、家の噂のせいで見えている未来は真っ暗だ。

(もう――もう誰でもいいから!)

「私と結婚してよ! お願いだから!」

 思わず叫んだ瞬間だった。ばささと鳥が木立の中から飛び上がっていく。


 あれは、ひばりだろうか。

 春を告げる鳥と言われるが、見上げた茶色の羽は土の色に似た控えめなものだ。けれど、飛び立つ翼に驚いたのか。木立から身を起こした人物に気がついて、リゼットの動きは止まった。


 短く切りそろえた髪は、漆黒。空よりも濃い青の瞳は、こちらを見つめ、木立の奥から驚いたように身を起こしている。

(なんて綺麗な男の人かしら……)

 こんなに凜々しい顔立ちの男性には会ったことがない。年頃はおそらく自分の少し上だとは思うが。

 けれど、相手は怪訝そうにリゼットを見つめている。


「結婚……?」

 呟く言葉に、背中が凍るかと思った。

(聞かれていた!)

 あれだけ大声で叫んだのだ。聞こえるなという方が無理だろうが、さすがに年頃の娘としては恥ずかしい。

 だから、赤い顔で必死に頭を下げる。


「すみません! これはつい考えていた悩みが口から出てしまっただけで!」

「ほう……」

 しかし、相手は意外なように首を傾げる。


「つまり、そなたはつい口から出るほどそれについて悩んでいたと」

「あ、はい……まあ、年頃なので……。つい普段からの悩みが、うっかり」


 なんでこんな言い訳をしなければならないのか。穴があれば入ってしまいたいという気持ちが、生まれて初めて体験できた。

 けれど、ふうんと相手は面白そうだ。


「つまり、普段から私にどう結婚を切り出せばよいのか悩んでいた、というわけだな。生憎と、私はそなたの名を覚えてはいないのだが」

「え!? 違います! 結婚したいじゃなくてですね、私が結婚相手というか! 相手探しの話に悩んでいただけで!」

 どうしてそういう話になってしまったのか。けれど、懸命に誤解を解こうとしたリゼットに、今日初めて会ったばかりの相手はうんうんと頷いている。


「確かに、私には毎日山のように縁談が来ている。しかし、そのことでそなたがそんなにも心を痛めているとは知らなかった」

「いや、その、悩みがあなたとの結婚というのではなくてですね! つまり、そろそろ年頃なので私にも縁談が……!」

「つまり、意に添わない婚姻を強いられそうになり、私との間で悩んでいるうちに口から出たということか。まさか、これだけ情熱的に考えてくれる相手がいるとは思わなかったぞ。その上で、愛人でもなく将来の婚姻相手として見てほしいと堂々と宣言するのも気に入った」


(どうしよう――話が通じない……)

 今更顔も知りませんでしたと言ったら、さすがに傷つくだろうか。しかし、まさか三十三連敗の縁談で悩んでいましたとは口に出したくない。

(でもこれはどう考えても面倒なことになっている!)

 ならば、後は三十六計逃げるにしかずだ。


 だからリゼットは急いで立ち上がった。

「ご無礼をしました。どうか私のことはお忘れください!」

「おい、名前は――」

 相手が引き留めようとするが、急いで薄桃色のドレスを翻す。

「名もなきすみれの花同然の者です! お忘れを!」

「おい。すみれは名前があるぞ……」

 後ろでぼそっと呟かれているが、だからといって足を止めるつもりはない。


 そのまま知人の部屋まで駆け抜けると、急いで扉の中に逃げ込んだ。

「まあ、リゼットどうしたの?」

 母の幼い頃からの友人だという夫人は、この皇宮の女官長補佐だ。ここまではさすがにさっきの勘違い男も追っては来られないだろうと、ほっと息をついてしまう。


「ああ。アネットおば様」

「そんなに息を切らして。それにサロモン様はどうしたの? あなた一人なんて――」

(そうだった! 今ので記録更新をしたのをすっかり忘れていた!)

 だけど、紹介してくれた相手に誤魔化すこともできない。


「ごめんなさい、おば様……折角、取り持ってくれたのに」

 だから紫の瞳を伏せながら謝ると、それだけでアネットには、何があったのかわかったようだ。

「……まあ、仕方がないわ。あんな人を見る目がない男を紹介した私が悪かったのよ」

 けれど、その時突然後ろの扉が勢いよく開けられた。


「大変です! 陛下から緊急招集がかけられました!」

「緊急招集!?」

 駆け込んできた部下の女官に、アネットが驚いたように振り返っている。


「何の話です? 私は何も聞いていませんよ?」

「わかりません。とにかく、今現在皇宮にいる十代と二十代の女性は、全て広間に集まるようにとの仰せです」

 言われた女官も詳しくはわからないのだろう。とにかく急いで伝えなければと焦っている様子に、アネットは一つ溜息をつく。


「新しい侍女でも探される気なのかしら? とにかく、そういうことならリゼットあなたも行かなくては」

「ええっ!? 私も?」

 まさか初めて皇宮に来た日に、皇帝に目通りすることになるとは思わなかった。

(反逆者の娘と呼ばれているのに……)

 どんな風に挨拶をすればよいのかわからなくて嫌だが、大広間に行ってみれば、集められた女性の数に少しだけほっとしてしまう。


(これだけたくさんの人がいたら、私なんかに声がかかるはずもないわよね?)

 とにかく、今は無難にやりすごすこと――――。王弟派の娘とばれて、変に目をつけられては、ただでさえ真っ暗な未来予想図の舞台が、更に辺境に限定されてしまう。

 だから、広間に集まったきらびやかな一団の端で、目立たないように頭を下げていると、こつこつという足音が入ってくるのが聞こえた。

 頭を下げたここからでは、歩いてくる皇帝の姿は靴ぐらいしか見えない。しかし、さすが一級品だ。黒光りするほど鞣された皮で作られた靴が、頭を下げている令嬢達の前を通り、ゆっくりとリゼットに近づいてくる。


 こつこつ。

(このまま通り過ぎて、私になんか気がつかないで!)

 何の用事で集められたのかは知らないが、通り過ぎていくのだけを望む。

 けれど靴音はリゼットの前で、ぴたりと止まった。


「見つけた」

「えっ……!」

(まさか、この声!)

 どこかで聞いたことがある声に、顔から一気に血の気が引いていく。

(まさか!)

 見るのも恐ろしいが、視線だけを持ち上げる。

「私に告白をしておいて、そのまま雲隠れをしようだなんてたいした度胸だな」

(さっきの変な男が、皇帝陛下!?)


 自分の見ているものを信じたくない。思わず叫びかけた声をのみ込んだが、皇帝は端正な顔でリゼットに微笑みかけているではないか。

「折角心をこめた告白をしてくれたのだ。ならば、私の后にふさわしいか、これからしっかりと見定めてやる」

(あれほど、違うと言ったのに!)

 しかし、慌てるリゼットを見下ろす皇帝の瞳はふふんと楽しげだ。

(この人! どうあっても、さっきのを告白扱いにする気だ!)



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