ネバーギブアップ系少女の迷宮探訪
「ッ!」
『――』
激突音が鳴り響く。
拳と拳が衝突したのだ。
それぞれの拳を放った両者には、明確な差があった。
一人は少女だ。
身を隠すローブは幾度も補修され、端がほつれて揺れている。
それを翻しながら、激突で弾かれた左腕を引き戻すと、勢いを利用し右腕を打ち出した。
「ハッ!」
『―――』
激突。
鈍い金属音が周囲を震わせる。
少女と相対するのは、機械仕掛けの肉体を持つ巨大な自動人形だった。
人と機械。肉と鋼。体格差とリーチ。
両者の戦力差は明白だ。
どちらが有利か言うまでもない。
「ッッッ!!」
『――――』
激突。
だが、相対は成立していた。
リーチの差を超近距離にて潰し、体格差を拳の出掛かりで押さえる。
都合十二度の激突は、少女の技量によって拮抗していたのだ。
『――――』
「ッ!?」
その拮抗を崩したのは自動人形だった。
優れた演算能力によって放たれた拳は、先ほどより早く、速かった。
激突を避ける為、少女の意表を突いて僅かにタイミングを変えたのだ。
その僅かな変化に、少女は窮地に陥った。
技量によって不利を補う少女にとって、この拮抗を崩されると挽回するのは難しい。
自動人形の拳が、そのまま少女を肉塊にするべく迫る。
「――スゥゥゥ……ッ!」
またしても、弱肉強食の道理は覆り、少女は自動人形に対抗した。
拳を引き戻した勢いを今度は移動に利用したのだ。
上体を振り、重心を前へ。自動人形の拳を潜り、懐にステップで飛び込んだ。
「イィィィッヤァッッッ!!」
先程までより大きな激突音が鳴り響く。
少女の拳は、自動人形の膝を横から打ち抜いた。
その威力にバランスを崩された自動人形は、後脚を地面に着かされる。
だが、勢いが止まった。
生死の境を超えた一撃は自動人形のバランスを崩すに留まり、自動人形に近づき過ぎた少女はすぐに動けない。
自動人形は崩れた体勢のまま腕を払った。
両者の体格差ならば雑に振るわれた腕でさえ、少女にとっては致命足り得る。
全力を尽くし、されど届かなかった事実に、――少女は笑みを絶やしていなかった。
「横槍失礼に御座る!」
声と共に、自動人形のカメラアイに複数のクナイがぶち当たった。
●
――効いてないで御座るなあ!
更に追加のクナイを投擲し、自動人形に全て弾かれるのを確認する。
無傷。その結果に忍者は確信する。
自動人形と殴り合っていた少女――リリィの攻防と、自身のクナイから、自動人形の装甲が単に厚いだけではない事を察したのだ。
クナイはともかく、リリィの拳は伊達や酔狂などではない。身体強化の魔法で底上げされたガチの鉄拳である。
その拳を持って傷一つ付かない理由は、
「――魔力障壁があるで御座るよ!」
周囲に向けて情報を発する。
目立つのは忍びとしてどうかと思うが、今は注目される時間帯だ。
自動人形の足元からリリィが脱出したのを見届けると、忍者ーー卯之助は対処を思考した。
さて、どうしたものか。正面突破は厳しく御座らんかなこれ?
リリィ殿で抜けないとなると、ウチの猪でも無理で御座るよなぁ。
体勢を立て直した自動人形が、そのカメラアイを卯之助に向ける。
攻撃目標が完全にこちらへ切り替わった。
自分に自動人形の防御を抜く術は無い。
だが、リリィが離脱した穴を、誰かが埋めて時間を稼がなければならない。
攻略法を見つけるにせよ、この場から逃げるにせよ、算段を付ける時間が必要だ。
ウチの猪は攻める事しか出来ないのでこういう時は危ない。
捨身の攻勢に出るのはせめて算段が着いてからだろう。
卯之助が思考する間に自動人形は距離を詰める。
初動は鈍いが、一度動き出した巨体はそれだけで脅威だ。
――でもさっき、リリィ殿拳でガツンやって止めて御座ったよなあ。
自分にはちょっと漢気が足りないので無理だ。
無理なので、せめてギリギリまで引き付けて回避しようと構えたときだった。
「ん?」
自動人形の背後に何か見えた。
何かというか、見覚えのある人物だ。
薙刀を振り被って自動人形の背後から突っ込んでくるのは、鎧武者だ。
自分の上司だった。
(何やって御座るかあの猪――!?)
卯之助が思考していた段取りがいきなり吹き飛んだ。
他の仲間が策を練るまで時間を稼ぐつもりだったのに、その辺完全無視して一人が突撃してしまった。
要約するとそんな感じである。
『――――』
「くっ…!」
だが考えている暇はない。
自動人形は目の前に迫っている。
この打ち合わせ無しのアドリブに自分が合わせるしかない。
卯之助は覚悟を決めた。
●
後衛の位置まで退いたリリィは、それを見た。
卯之助が自動人形の拳を躱し、股下を滑り抜けたのだ。
ついでに起爆符付きのクナイを通り抜け様に投擲していた。
自動人形の顔面で爆発が生じたが、無傷だ。
だが、狙いは視界を塞ぐことなのだろう。
股を潜り、背後に回った卯之助と入れ替わるように、鎧武者ーー鯛一朗が自動人形へと突っ込んだからだ。
「ハッハァー! よくやった駄兎!」
横薙ぎが自動人形を大きく転がした。
凄まじい一撃だ。破壊力という意味で、リリィは鯛一朗に敵わない。
しかも魔法による強化もなく素の身体能力でアレだ。
自分もかなり鍛えてる方だが、男女差以上に産まれ持ったモノが違うと思わされる。
しかし、リリィは緊張を解かなかった。
視線の先、吹っ飛ばされて転がった自動人形が起き上がったのだ。
アレ程の一撃が入って尚、無傷。
やはり、卯之助が叫んだ様に、魔力障壁の方を先に攻略しなければならないようだ。
再び突撃する鯛一朗に慌てて卯之助がフォローに入るのを見つつ、リリィは後衛の一行に声を掛けた。
「どう思う?」
「どうもこうもない、矢の無駄」
「うーん、皆さん丈夫なのでー。即死さえしなければ2、3回程なら全快できるかとー」
「防衛型の門兵ですね。排熱の為頭上に障壁の穴がありますので、そこを狙えばよろしいでしょう」
それぞれの視点から語られる見解に、リリィは攻略法を組み立てていく。
その際生じた疑問を言葉にする。
「……穴になってる部分の装甲は絶対厚いよね、フラウ」
「36mmの不壊鋼鉄製。鯛一朗様の一撃でも破壊する事は不可能かと」
「カミリア、装甲の薄そうな場所、解る?」
「首筋、関節、股下。比較的薄い」
「リーファーさん、解呪いけそう?」
「うー、障壁の中からなら、弾かれませんのでー。でもー私だと近づくだけで潰されちゃいますー」
「……」
沈黙するリリィの中で、バラバラの情報がカチリと噛み合い、自動人形打倒の戦術が構築されていく。
視線の先では、刃毀れした薙刀を捨て太刀を抜き放つ鯛一朗と、それを止めようとして自動人形に殴り飛ばされた卯之助がいた。
……余り悩む時間は無い、と即興戦術の実行を決意する。
「あらー、お仕事ですかねー」
そう言って卯之助の方へ向かおうとするリーファーを、リリィが肩を掴んで止めた。
「? ……どーしましたかー?」
「治療ついでに、伝言も頼むよ」
「! はいー、分かりましたー」
「フラウ、カミリアも一緒に聞いてね。まず――」
リリィの戦術を聞いた一同は、其々の役割の為に散開した。
●
「ぐっ……!」
奥歯を噛み締め、卯之助は床を滑るように転がった。
咄嗟の防御に脇差を挟んだが、右腕が折れた。
痛みを堪え、何とか膝立ちになって様子を伺う。
ウチの猪は元気に魔力障壁ごと自動人形をぶっ叩いている。
そのお陰か注意を惹けているので間違いではないが、武器の消耗を考えれば長くは続くまい。
加勢のため戦線に復帰すべきか思案したときだった。
「ウノさーん、生きてますねー回復しますねー」
間延びした声でせっかちな事を言う神官のリーファーが近づいてきた。
不意打ちで急速な治癒が始まり、回復痛が容赦なく襲う。
「――――ッッッ!?!?!」
「そのまま聞いて下さいねー」
めっちゃ塩対応で御座るなリーファー殿!? と思いつつ、痛みを無視して意識を集中する。
フレイルを構え、卯之助を背に庇いながら、リーファーは言った。
「リリィさんが隙を作りますのでー、私をお人形さんの頭の上に運んで下さいねー」
痛みで返事は出来なかったが、呼吸を整え立ち上がる事で了承を示す。
辺りを伺うと、リリィとフラウが自動人形のやや後方に立っていた。
こちらのタイミングを測る為、リリィが何を仕掛けるのか注視する。
「――石火装着・戦術機甲形態」
『戦術機甲に移行。装者リリィ・ガーベラストレート――認証』
リリィの背後に立っていたフラウが展開された。
分離したパーツが全身を飲み込むように装着されていく。
白銀の装甲に覆われていくリリィを見て、卯之助は彼女の意図を理解する。
『装甲癒着安定。魔導電磁炉出力30%。戦闘機動時間制限3分』
前史文明の遺産。恐るべき装甲の乙女。かつて世界を支配した力。
フラウと名付けられた自立型機動外殻を纏うその姿の名は、
『――“鉄血”機動可能です、マスター』
「いよっしゃあ!」
溌溂とした声と共に、床を抉るような一歩が爆発した。