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創星幻想~天の狼と星空をみる少女

 少年は、空を見上げる。

 曇りひとつない漆黒の空には蒼く輝く満月。木々の間を吹き抜ける風は冷たく、吐く息は闇に白く溶けていく。

 いつもと変わらない、肌寒い夜だった。


「……おい、ストレイ。仕事だ」


 自身の名を呼ぶ声に少年──ストレイは興味なさげに一瞥(いちべつ)し、無言で頷いた。その所作はひどく物憂げで、十代半ばの少年にしては覇気がない。ボロのような外套から覗く体躯はやせ細り、同年代の者たちに比べて小柄。そして目を引くのは黒と白のまだらな髪だ。

 その様相はどこか死を臭わす不吉な存在を彷彿とさせた。


 声の主である、いかにも乱暴そうな男はストレイのそぶりに眉をしかめたものの、咎める様子はない。


野良犬(ストレイ)? 白と黒のまだらなんて……気味の悪ぃガキだな。あんなヤツ、仕事の時にいたか?」

「あぁ、お前はここに来て日が浅いんだったな。昔、団長が戦場で死に掛けてたのを拾ってな。あいつは混じり(・・・)なのさ」

「へぇ。話には聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。大抵は親ですら見捨てるもんだから、皆死んじまうって話だからな」


 奇異の目、悪意、嘲笑。周りで騒いでいる男たちの下卑た笑い声が聞こえてくる。

 だが、そんな無頼漢たちの悪意もストレイは別段気にする様子はなかった。

 彼にとってはいつものことだったからだ。

 男の命令を聞いたストレイは外套を翻し、喧騒を背にその場を後にした。




 ──かつて、戦争があった。


 世界を巻き込み、十五年前に終結した戦争は今では【陰陽大戦】と呼ばれ、多くの傷痕を残した。ストレイの存在もその一つだ。

 混じり。

 言葉の通り、ストレイはその争っていた者たちの間に生まれた子だ。

 その証が彼の髪の色。本来、人は様々な色の髪を持って産まれる。その色が鮮やかであればあるほど、神からの寵愛を受けていると伝えられている。

 ストレイの髪は黒と白。二つの色を持ち、尚且つ鮮やかとは言い難い。無頼漢たちが彼を物笑いの種にするのは当然とも言えた。


 歩きながら、少年は再び空を見上げる。

 空には輝きを放つ蒼い月がただ一つ。他には何も無い。ただ、無窮の暗黒が広がっていた。

 その光景は神々しくも、孤独だ。


「……クソッ」


 ストレイは月を見上げて、呪詛を吐く。

 あの天体は人を地に産み落とした神の片割れだという。だが、祈ったことなど一度たりともない。


 祈った者を見た。一人残らず殺された。


 だから祈ろうが、祈るまいが変わらない。自嘲するように口元が歪む。

 なんせ自分は物心付いた時からこのザマなのだ。あの無頼漢たち……盗賊団の奴隷(・・・・・・)なのだ、と。




 ストレイが与えられた仕事とは戦利品……と聞こえは良いものの、要は略奪した家畜への食事係だ。

 盗賊団は村々を襲い、略奪をする。戦争時代は軍人であったという話を聞いたこともがあるが、今ではそんな面影は一切感じられない。ストレイが知っているのは生粋の屑の集まりということだけだ。


 檻の前に着くと染み付いた獣の臭いが辺りに立ち込めている。周りを見渡しても人影はない。あるものといえば辺りを照らす松明が二、三と、照らし出される鬱蒼とした木々だけ。街から大分離れた辺境だとはいえ、随分と杜撰な管理だ。

 ストレイは手始めに檻を引いていた馬竜に餌を与えた。続けて檻の中を覗き……そこで、彼はいつもと違う様子に気づく。檻の中にいたのは──


「人、か……?」


 風が木々の枝を浚い、月光が檻の中の影を暴いた。

 ストレイは息を飲む。


 ────美しいものを、みた。


 月光に輝く鮮やかな青。その合間から覗く、雪のような白。そこに埋め込まれた、吸い込まれそうなほどに蒼い輝きは、いつか見た宝石に似ていた。


 檻の中に居たのは、少女だった。


「あ……」


 恐る恐る少女の様子を窺う。元は白かったであろうローブにはいくつもの赤黒い斑模様がついていた。

 少女はこちらに気付いていないようで、その視線は空へ向いている。視線の先を追う。空には月以外何も見えない。他はただ無窮の暗黒。再び少女を見ると、彼女は暗黒の中にある何かを目で追っていた。その姿は神秘的で、まるで別の世界の住人のようだ。

 少女に見蕩れていたストレイはハッと我に返り、


「えっと……はじめまして?」


 なんて間の抜けた言葉をかけた。そうじゃないだろう。今は盗賊団が仕事を終えた後で、彼女は檻の中にいる。つまりは彼女は戦利品なのだ。

 少女はストレイに気づき、何か言おうとして──喉に手を当てる。ケホケホと、息だけが少女の口から漏れた。


「もしかして、喋れないのか……?」


 少女の瞳が虚ろに濁る。彼女のそんな様子を見ると、何故か胸が苦しくなった。


「おい、ストレイ! 何してやがる!」


 直後、背後から聞き慣れた声。知らず体が強ばる。振り向くと同時に何かを投げ渡された。


「ッ! なんだこれ、鍵……? って、団長その腹……」


 見ると団長は腹からどす黒い血を流していて、足元には血の跡を点々と残していた。いつも酒気で赤く火照っていた顔もひどく青ざめている。


「あぁ、クソッタレ……! お前はその商品を連れてさっさと逃げろ!」

「待ってくれ。一体、何が……」

「奴らが出た! クソ、なんでこんな辺境に……」


 しかしそんな団長の言葉も途中に、木々の合間から飛び出した影がその身を押し倒した。そして声を上げさせる暇も与えぬ内に喉を噛み千切り、絶命させた。温かな鮮血が辺りに飛び散る。


「な……!」


 ストレイは思考停止しかかった頭で目の前の何かを凝視する。

 その何かは小型の四足獣に見えた。熱気を纏った鈍色の肢体は硬質で流麗。無貌の頭部は横に裂け、凶暴な(あぎと)を顕にしていた。その鋭い牙は団長だったものの肉を切り裂き、臓物の中を探るように啄んでいる。

 見た事のない生物だが、思い当たる存在はあった。


 それは十五年前、戦争が終結した……せざるを得なかった理由。不倶戴天の敵同士が手を取り合わねばならなかった原因。

 人の天敵、人を喰らう怪物――魔物。


「てめぇッ!」

「魔物だ!」

「クソ、なんでこんな辺境に……!」


 怒号、混乱、悲鳴、叫びが辺りから聞こえてくる。それと同時にストレイの体が弾けたように動いた。受け取った鍵で少女の檻を開ける。


「逃げよう……!」


 少女の手を掴む。しかし、少女の目から読み取れる感情は怯えだ。魔物に対してではない。その視線はストレイに向けられていた。

 それもそのはずだ。彼女からすれば自身も盗賊団の仲間だ。違いなどない。

 そしてストレイは盗賊団のやり口をよく知っていた。

 檻の中には彼女以外誰もいない。……自分はこの少女にとって、彼女の一族を、同胞を、家族を皆殺しにした仇なのだ。


「……ッ!」


 分かっている。言い訳は何の意味も成さない。だけれど、体は動いた。

 怯える彼女の腕を無理矢理に掴み、檻から引き出し、走り出した。




 静寂の森の中を走る。

 悲鳴も消えたということは、全員やられてしまったのか。この子はなんとかついてきてくれている。これからどうする。彼女を繋ぐ手の平が熱い。どうする。体が燃えるようだ。どうする──


 背中に衝撃。ストレイの体が地面に叩きつけられ、起き上がろうとしたところを組み伏せられた。魔物だ。馬乗りになったそいつは愉悦するように高々と吼える。


「あっ……」


 死の気配が近付く中、ストレイは傍らで倒れている少女を見た。このままでは自分は死ぬ。そうなればあの子はどうなる? 突き立てられたこの牙が次は彼女へ向けられるだろう。自分一人ならいい。いい事など何もなかった人生だ。

 何故、そう思うのかはわからない。本当にらしくない。けれど。




 ……彼女が死ぬ姿を見るのは、きっと耐えられない。




 あぁ。それだけは──


「──それだけは、嫌だ……!」


 ストレイが吠えたその瞬間、手の甲にある【星】が輝いた。自身の髪と同じ白と黒の輝き。

 体の内を巡っていた熱が【星】に集まる感覚。

 ストレイは握った拳を魔物へ振り上げた。


【星】の輝きは飢えた狼の如く魔物を飲み込み──


 光が収まった後には、魔物の姿はなくなっていた。


「魔法……? なんで、俺が……。ッ!」


 驚愕も束の間、ストレイは複数の魔物に囲まれていることに気づく。仲間を倒された為だろう、魔物たちは明確な殺意をこちらに向けている。


「嘘、だろ……」


 そんな思いを否定するように、魔物の群れは二人に襲いかかってきた。ストレイは反射的に少女を庇い、目を瞑る。


 が、想像していた苦痛は一向に訪れない。恐る恐るストレイは目を開けた。


 ……初めに見えたのは大きな背中だ。体格は盗賊団の無頼漢たちに比べれば小さいだろう。だけれど、その背中は彼らよりずっと大きく見えた。

 二人を守るように前に立つ人物──剣を持った青年は獰猛な獣の如き笑みを浮かべている。飛びかかった魔物たちはその周りで真っ二つに斬り捨てられていた。


「おーおー、なんてツラだ。ま、こんな連中に追いかけ回されたら仕方ないわな」


 飄々としながらも力強い声。少女の手を握るストレイを一瞥して、青年はくしゃりと笑う。そしてストレイの頭を乱暴に撫でてきた後、手に持った不可思議な輝きを放つ剣を魔物たちに向けた。


「この世には二種類の男がいる。やらなきゃならない事を出来る男と、出来ない男だ。……お前は出来る男だ、よくやった。後の事は俺たち【七剣星(セプテントリオン)】が剣先、アルカイドが引き受けたッ!」

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