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希望の先に託されるモノ

「さあ! ここが魔王の住処だ! 気合い入れていこう」

「うん! そうだね」

「ついに……ここまで」


 平和だった世界を乱そうとしている悪魔の種族、その親玉である魔王。そいつがいるとされるお城に俺たちはやってきた。そして、城の前でみんなを鼓舞する親友の言葉に俺も返そうとして……俺は、何も言うことができなかった。


「ん? どうしたんだ?」

「いや、なんでもないよ」


 親友が俺に声をかけてくれたが、俺はなんでもないように振る舞う。ただし、心は荒れ狂っていた。いや、正確には困惑の方が大きいのかもしれない。だってそうだろ? なんで、ここで気づいてしまったんだろうか。



 俺だけ、『何も受け継いでいない』んだってさ。



「今までに魔王と戦い続けた勇者たちのためにも、俺はこの剣に誓う。絶対に勝つと」

「私たちに期待してくれた大勢の人々のために、私は負けられない」

「私に魔王討伐を任せてくれた陛下と、私のために尽くしてくれた姫のためにも、負けるわけにはいかない」


 で、俺は何もない。みんなが前口上……というか決戦を前にして決意を固めている時に、俺は、何も言うことができない。勇者として立ち上がった俺の親友は、少し前に出会ったかつての勇者の亡霊たちから渡された、悪しきモノを切り裂く宝剣と、悪しきモノから身を守る鎧を見つめている。その隣ではこの旅の中で聖女として名が広まりつつある幼馴染は、ここに来るまでに渡された様々なモノ(期待)を鞄から出しては並べている。そしてもう一人、王国の騎士として俺たちとずっと旅を続けていたあの人は、この国のお姫様からもらったと言っていた宝石でできたペンダントを眺めている。


 でも、俺には、何もない。誰からも、何も贈られていないし、受け継いでもいない。だから俺は、そんな彼らをぼんやりと眺めていることしかできなかった。


「なあ、どうしたんだ? お前、変だぞ?」

「なんでもないって。それよりも、行こうぜ」

「ああそうだな」


 そのまま親友はもう一度持っている剣を眺める。そして、覚悟を決めたのか、俺たちの方をもう一度振り返って、一つうなづくと、そのまま先陣を切って進みだした。親友につられるようにして、俺たちも魔王城の中へと入っていく。


 魔王城の中は、かなり危険だった。魔王の主だった配下である四天王は倒したとはいえ、それでも凶悪な配下たちがまだまだ残っている。三つ首のケルベロス、全身を石で固めたゴーレム、突然天井から襲い掛かってくるドラキュラ。それでも、俺たちはひるむことなく進み続けた。魔力も、持ち物も限りあるなかで、戻ることのできない最後との戦いへと、俺たちは身を投じていった。そして、ついに


「はぁ……はぁ……ついた」

「ここが、魔王の部屋」


 城のなかで一際大きく、そして禍々しい扉の前に、俺たちはたどり着いた。みんな、満身創痍だ。ここに入るまでは、まだ綺麗だった衣服も、様々な色の液体で染まって、ぐちゃぐちゃになっている。それでも、俺たちは誰も欠けることなく、ここまでたどり着いた。


「本当は少し休みたいところだけど」

「追っ手も来ているところだし、進もっか」

「一呼吸おいて……いくぞ!」


 きちんと呼吸を整えたかった。体力も、魔力も全快の状態で進みたかった。でも、それはできない。魔王城にいた魔物の数が、想定をかなり超えていた。だから俺たちは惜しげもなく物資を使い続けて、ここまでたどり着いた。出会った魔物も全部殺したわけでではなく、逃げた魔物だっていた。そして今、ここに、俺たちのところに迫ってきている。魔王(ボス)の他に相手をしなければいけないのがいるっていうのは厳しいが、それでも、魔王さえ倒してしまえば……


 それに、俺たちが負けるなんて、俺は万に一つも思っていなかった。


「これが、最後の戦いだ!」


 再度気合いを入れるように、親友は叫ぶと、扉を開いた。見た目とは裏腹に、扉をスムーズに開けることができ、俺たちは扉の中へと入っていく。


「ようこそ、と言わねばならぬな。他の存在が自分の住居に来た時に言う言葉だとか」

「お前が、魔王」

「そう呼ばれているらしいな」


 扉の中はいたってシンプルな部屋だった。少し大きいと感じるが、中にあるのは、巨大な椅子と、扉から椅子まで続いている赤い色をしたカーペットだけ。そんなシンプルな部屋に、そいつはいた。


「見た目は俺たちと変わらない?」

「気にするな。そういうこともあるだろう」


 椅子に座った状態だから分かりにくかったが、親友の言葉を聞いて、俺も気がついた。確かに、目の前にいるこいつは、俺たちと似た姿をしていた。他の魔物とかと違い、人間離れした姿をしているわけでもなく、また、それを隠している様子もなかった。


「さて、と。お前たちの目的は俺の命、で間違いないな?」

「ああ、そうだ。お前を殺して、世界を平和にしてみせる」

「……よかろう。なら俺も最大の敬意を持って、お前たち人間を滅ぼしてくれよう!」


 その言葉を最後にして、俺たちは魔王に向かっていった。前口上なんて必要ない。それをするには、俺たちはあまりにも疲労しすぎてしまっていた。親友が突っ込んでいき、騎士がそれをサポート。そして幼馴染が二人に支援魔法を付与して……そうして戦っていく。いつもの、ことだった。


「ん? 貴様は」

「俺に注目していて、大丈夫なのか?」


 魔王はすぐに、この異様さに気がついたみたいだった。俺がつい、先ほどに気がついたばかりだというのに。しかし、今はそんなことは些細なこと。魔王さえ、倒してしまえば、あとはどうでもなる。



 それでも、現実は甘くなかった。


「……がはっ」

「認めよう、貴様らは今までに俺が戦った中で一番の強敵だった……だが、俺はさらにその上をいく」

「嘘だろ……」


 俺は、目の前で首を刎ねられた親友を呆然と見つめることしかできなかった。横を見てみれば、戦いが始まった直後に心臓を握りつぶされた騎士と、それから戦いの途中で魔王の魔法に巻き込まれた幼馴染の遺体が見える。なぜ、こんな状態で俺が生きているのかわからない。わからないが、この状態から、俺が何かできるとは思わなかった。勇者が息の根を止めるのを確認した魔王は、俺の方に顔を向ける。


「さて、残りは貴様だけだな」

「なぜ、俺を最後まで残した」

「なに、ちょっとしたお遊びよ。以外と仲間を失ったら面白くなるかと思っておったが……ま、期待するだけ無駄だったな」

「あっ」


 動きを追うことができなかった。ただ、気がついた時には、魔王は俺の目の前に来ていて、そして、俺は胸に微かな違和感と、それから痛みを感じた。視線を下に向ければ、


「ぐ、ぐふっ」

「なに、俺の姿を捉えられなかったとして、気にすることがない。俺が強い。ただそれだけのことだ。そして、お遊びとはいえ、ここまで生き残った貴様に、敬意を示して……一思いに殺すとしよう」


 そんなことを言っていたと思う。はっきりと聞こえたのは、敬意という言葉だけで、そのあとには、体から何かが抜ける感触と、何かが引きちぎられる感触がしたあと、俺の視界は真っ暗に包まれた。




『あーあ、またこうなっちゃった』


(……え?)


『あ、気がついた? いや、それもおかしな話か』


 気がついた時には、僕はよくわからない場所にいた。いや、正確には、なにがあるのかわからないと言った方が適切かもしれない。わかるのは、目の前に誰か(・・)がいて俺に話しかけてきている。


『私は……うーん、まあ君が知らなくてもいい存在、とだけ教えておくよ』


(それで、これは一体どういうことなんですか? 俺は、死んだのではないのですか?)


『うん、君は死んだよ……魔王にやられてね。でも、それだとダメなんだよ』


(どう言う意味ですか?)


 俺は、目の前の存在の発言に引っかかりを覚えて、聞いた。なんだろう、この感覚。まるで全てを見透かしているかのような存在。それが俺が目の前のこいつに対して抱いた感想だった。


『気にしないで。そうだなぁ、愚かな人間に救済の手を差し伸べようとしているとでも思ってくれたらいいかな』


(それは)


『やり直させてあげる。あなたたちが魔王を倒すために集まったあの日に』


(……)


 目の前の存在が言っていることの意味がわからない。俺は死んだはずだ。それなのに生き返るとかどうとか


『あーもう、こういうことは気にしたら負けよ。あんたみたいなのはおとなしく受け入れたらいいの』


(は、はぁ)


『信じてないって感じね。そんなんだから負けたのよ』


(! どう言う意味だ)


 俺が信じていないことが分かったのか、目の前の存在は少し拗ねたようにそう告げた。その言葉を聞いて、俺は即座に言い返した。目の前の存在はあっけらかんと、


勇者(過去)人々(現在)(未来)も、全部受け継いだっていうのに負けるなんてね、情けないわ、あなたたち』


(それは)


『でも、それでは不十分なのよ。見つけなさい。あなたたちがまだ受け継いでいないモノを』


 その言葉を最後に、目の前の存在から遠のいていくのがなんとなくわかった。自分でも納得できないけど、俺は今、これから生き返るのだと、直感的に思った。


『さあ、いきなさい。次の冒険へ』


 そのまま光に包まれるような感覚があって……そして、


「あっ」


 俺は、目を覚ました。これが、俺が、俺たちが、一度失敗した旅の、やり直し英雄譚の始まりだった。

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