聖剣 メアリー・スー
うーん、死んでんねぇ。
辺りには千切られたようにバラバラにされた死体が散らばっている。
まあ死体の1つや2つは慣れちゃいるが、流石にここまで多いとキツイものがある。
「おいおい、誰だよこんな路地裏でメシ食ってんのはよぉ」
「……食事ですか?」
「よく見ろ。歯で噛みちぎったように見えるぞ」
一緒に下校していた友人の指摘で、死体を見る。確かに歯の跡がある。肉が足りない部分もあるな。
「おいおい、こんなことするやつ俺らじゃ手に負えないぜ? たまたま異能目覚めちゃっただけキッズの俺らじゃよ」
「そうですね、警察にでも任せましょう」
「俺なら変化系の異能持ちがカニバってましたなんて通報きたら秒で切るけどな」
警察は宛にならないが、自分たちでどうこうできる自信もない。
「よし、なかったことにして帰るぞ!」
「うぇーい」
「放置ですか?」
「現実見ろよ、俺らじゃどうにもできん。いや、何もなかった」
「逃避してるのはどっちですかね……。まあ、帰りますか」
そう、俺たちはただの帰宅部。たまたま異能なんていう意味のわからない力を手に入れたが、中身はただのガキにすぎない。
そもそも、だ。こんな異能持ちが暴れてるなら、なんかそれを対策してるグループとかもあるだろう。そいつらに任せよう。我々帰宅部は、帰宅という仕事をがんばる。これでよし。
俺、宮里翔は中学2年の夏に異能を手に入れた。
異能持ちは引き寄せられるなんてルールでもあるのだろうか。それ以来、30回道を歩けば1回は死体が落ちているような人生を歩んできた。
初めは吐いたりしたもんだが、5年目の高3にもなれば慣れたもんだ。
どうみてもウェーイ系な大知も、学年成績トップの幸一もだいたいソックリな人生をおくってきている。
周りからしたら変な組み合わせに見えるらしいが、理由さえ知ってれば仲よくなるのは自然だろう。死体落ちてたよエピソードを披露できるのもコイツら相手くらいだろう。
もしかしたら他にも異能持ちの知り合いはいるかもしれないが、そうじゃない相手に打ちあけるリスクのほうが大きい。
言えたらどんだけラクかとは思うが、ヘンなやつに目を付けられるのは怖いしな。
高校生になってからは似た境遇のヤツがいるので随分とラクになった。こいつらには割と感謝している。
「メシどーする? そのままラーメンでもよってっか?」
「今更ですけど、アレ見たあとによく食べ物の話できますよね」
「それこそ今更だろ。それに俺たちは死体なんて見ていない。いいな、見ていないったら見ていない」
「はいはい、見てませんね。では少し離れたラーメン屋にでもよりますか」
「そうだな、生肉にも飽きたところだしな。なんて、逃がすと思うかい、お嬢ちゃん?」
さっきまでこの場にいなかった4人目の声により、一瞬だけその場が静かになる。
うーん……。
「お嬢ちゃん?」
「そこですか? もっとなんかこう、他に言うことあるでしょう」
「いや、まあどうせ誰かいるんだろうなとは思ってたし。それより俺らがお嬢ちゃんに見えるのヤベェなって」
目の前のカニバリズム節穴野郎が、少しだけキョトンとした顔をするが、しばらくして気付いたのか、大変申し訳なさそうに答える。
「あっ、野郎か。すまん、目に血が入ってあんま見えねぇんだ」
「多分耳にも入ってんぞ。声で分かれよな!」
大知さん煽りよる。あまり危険人物を刺激するのはよろしくない気もするけど。
「ところで、ラーメン行きたいんだけど帰っても? なんなら来る?」
「見られといて帰すかよ。実験に付き合え」
まあ、ダメか。
歯に挟まった肉をつまようじで取っている男は、ラーメンよりも実験とやらにご執心のようだ。
「異能持ちを喰えばその異能が手に入るんじゃねぇかと思ってな、色々と試してたとこだ」
「ちなみに結果は?」
「誰が持ってるか分からねぇから適当に喰ってたら異能持ちが釣れたな」
「うーん、最悪のタイミング。お腹いっぱいだったりしてくれない? 知らないけど新鮮じゃないと異能も手に入らないかもよ?」
「安心しろ、話しかける前に吐いてきた」
「交渉決裂、戦闘用意!」
「交渉のつもりだったんですね」
余計なことをいう幸一を無視し、いつでも異能を使えるように準備する。
全力で避けてきたとはいえ、別に戦闘経験がない訳ではない。それにこちらは3人だ。まあケガこそすれど死にはしないだろう。
今まさに異能を使おうとした寸前、目の前に制服姿の少女が降り立った。
「対超常現象対策課、新城だ。大人しく降伏するなら命までは奪わない」
「ちっ、お出ましか。まあいい、テメェも喰って奪ってやんよ」
眼中にないとでも言うように、突如現れた少女は俺らを無視して話をすすめていく。
「てかアレ、同じクラスのシンジョーじゃね?」
「ですね。そして、私たちの知らない組織に所属している、と」
「なるほど、じゃあ任せてラーメンでもいくか? このタイミングで乱入してくるヤツってだいたい強いし」
「いや、どうせなら見たくね? それに何とか課とか言うのが保護してくれるかもしれないじゃん?」
「あー、これからも面倒な目にあうくらいならその方がいいかぁ。よし、見てこう。ポップコーンほしいな」
「気分は3Dアクション映画ってことですかね?」
「飛び出しすぎて流れ弾で死んだら笑ってやるぜ」
洒落にならねぇな。それで死んだやつ一回みたことあるんだ。まあ他人だからいいけどさ。
「誰だか知らんがお嬢ちゃん。ん? お嬢ちゃんだよな?」
「あってるぞ」
「そうか、ならお嬢ちゃん。大人しく喰われてくれ。変化《人狼》」
カニバ野郎の身にまとっていた服が、筋肉の盛り上がりによって弾け飛ぶ。皮膚からは大量の毛が生え、肌色を隠す。順番どうにかなんなかったかね。逆なら見たくないもの見ずに済んだのにさ。
続いて、新城さんのターンか。
「変化 《変身》!」
「あっ……」
「なっ! まさかっ!」
「…………」
察してしまった。
全身が桃色の光に覆われる。最初に変化が訪れたのは足のつま先。うすい桃の、正面にリボンの付いたハイヒール。
姿を見せるは真っ白なタイツ。絶対領域を作りつつも、しっかりと己の存在を主張することを忘れない。
白のフリルをヒラヒラとさせ、守るべき聖域にピンクのスカートが立ち塞がった。
おヘソのチラリズムを忘れない気高き魔法少女の服は、白をメインとし、ピンクのリボンとフリルでその身を飾り立てる。
闇のような漆黒の髪は、甘そうな桃色へと色を変えた。ハートの飾りで二束にまとめられたツインの曲線が、フワリとした着地で揺れる。
キャンディを模した、天使の羽がついたステッキを手にとり、悪者へと構えポーズを決める
「魔法少女☆コットン、甘い魔法で成敗します!」
「魔法少女きちゃぁぁぁぁぁぁ!」
決めゼリフで敵に向かう新城さんもとい魔法少女コットン。そしてはち切れんばかりに腕を振って叫ぶ大知。なんというか、うん……。
「キッ……」
「やめましょう翔さん」
「いや、18だぜ? しかも黒とか紫じゃなくてピン……」
「……一番本人が気にしてるはずですしやめましょうか」
「おまえが言うと説得力あるなぁ、暗黒皇帝さんよぉ」
「…………」
皇……幸一を煽りつつ、魔法少女に話しかける。
「手助けはいるか?」
「私一人で十分です! 皆さんは安全なところに避難してください!」
そんなキャラ変わるかね? まあピンクだもんな。無口キャラはピンクの役目じゃないもんな。
てめぇ後で覚えてろとでも言うかのような視線から目をそらし、地を蹴って突進する人狼に目を移す。対する魔法少女はステッキを掲げて迎え撃つ。
「コットン☆スマッシュ!」
素人のパワー全振り攻撃。案の定、少し体をズラしただけで避けられる。次はこちらと人狼が魔法少女を爪で切り裂き。
「コットン☆燕返し!」
瞬時に体勢を立て直した魔法少女が、洗練された返しの一撃で人狼を吹き飛ばす。吹き飛ばされた人狼は、路地裏の壁にぶつかり、瓦礫に埋もれる。
動きというか、熟練度は魔法少女が上か。恐らく遠距離攻撃もあるだろう。しかし、全力のコットン燕返しでも、人狼は多少呻く程度で瓦礫から這い上がる。威力はあまり期待出来ないな。人狼の耐久力が高いというのもあるか。
負けはしなさそうだが、時間が掛かりそうだ。10分くらいならぜんぜん待つが、そんな感じもしない。……やるか。
「うおぉぉぉ! コットンたぁぁぁぁん!」
「なんか……白熱してるとこ悪いけどさ……。具現《聖剣 メアリー・スー》」
暗い路地裏であるはずなのに、僅かに差し込んだ光のみで黄金に反射する。1メートル程の剣が宙に浮かぶ。柄を手にし、僅かに構え、地を蹴る。
視界が歪む。剣が体に動きを教えてくれる。その通りに、眼前の敵目掛けて剣を振り下ろす。高速を超える一撃。反応すら出来ない人狼の目前に迫り、肩から腰にかけて一太刀で切り捨てる。
崩れ落ちる人狼の血を振り払い、まだギリギリ聞こえるであろう人狼に告げる。
「すまんな、俺は早くラーメンが喰いてぇんだ」
「決めゼリフそんなのでいいんですか?」
「〆はラーメンって言うだろ?」
「あとで締めるんで覚悟しといて下さい」
締まらねぇなぁ。





