グラビア女子高生とカリスマ猫祭り
赤と黒のチェック柄ミニスカート。白いレースがついていて、その下には白のふくらみが見える。肌色と黒色の境界が、そのふくらみに対抗するようなエロスを感じさせる。
けれど僕は、白のレースと白のパンツが織りなす謎を解明したい。
果たしてどこからがパンツで、どこまでがレースなのか。もしかしたらどこまでもレースからもしれないし、レースだと思っているものはパンツかもしれない。
柏木高校に入学した理由の10割が、この謎をハッキリと解明するためなのだ。
「君、さっきから見過ぎ。そんなに私のお尻がいいの?」
振り向いた彼女のスカートはふわりと揺れることなく、スマートにくるりと回転する。女子たちは、絶対にふわりとならないスカートに惹かれて入学することが多いと聞く。
男子からすれば、こんなに拷問と感じるスカートはない。
ちなみに、前を歩く人は僕の知らない人だ。今日は入学式で、新入生しかいないはずだから、たぶん1年生だとは思うのだが……。
「お尻がいいんじゃない。正直、興味もない」
そう、お尻なんてどうでもいい。僕が見たいのは、知りたいのは、スカートとパンツとハイソックスなのだ。
「は? 私のお尻に興味ないの?」
「まったく興味がない」
「変わってるね、君。ていうか、話してる相手くらいちゃんと見たほうがいいよ。ママに教わってないの? 人と話すときは目を合わせるってさ」
少し怒り気味に、彼女は言った。
仕方ない。入学早々喧嘩をするつもりも、問題を起こすつもりもないのだ。ここで彼女の機嫌を損ねるより、目を合わせるほうがいいのだろう。
「べべべべ、べっつに目を合わせられないわけじゃないしぃ!?」
すっごい美人だった。
亜麻色のくせっけのある長髪が揺れた。瞳は黒より茶色寄りで、顔も小さい。まるで西洋人形だ。全体像を見て、悟った。
僕は彼女に一目惚れしてしまったのだと。
「あははははは! どもりすぎだし声裏返ってんじゃん! もしかして、苦手なの?」
よく聞いてみれば、彼女の声は猫のようにとても可愛らしい。彼女は僕を、腹を抱えて笑い、ぐいっと顔を近づける。
「きも。私に関わるんじゃねーよ」
「へ?」
こうして僕の初恋は終わった。
彼女が去っていく。彼女の自慢のお尻がねこじゃらしのようにゆらゆらと揺れて、離れていく。
僕はついぞ、彼女のパンツとスカートを見分けることができなかった。
割り当てられた教室に入る。僕がこれから1年間を過ごす仲間が決まるのだ。クラスは1年4組。特に理由もなくランダム振り分けられている。
目の前には拘束で定められたたくさんのミニスカとハイソックス。ここは天国か、それとも地獄か。僕にとっては間違いなく天国だろう。なにせ、これだけの僕の夢があるのだ。けれど、視界に映るのはそれだけではない。僕も着ている男子どもの制服も映り、とても不快だ。
僕が座る席は窓際の一番後ろの席。縦も横も列はすべてで6列あって。合計36人というのがわかる。
「えっ」
聞き覚えのある声だった。
思わず声をあげると、僕の初恋を散らした当の本人が、僕の席の隣に座っている。
「まじ最悪。なんで……」
それは僕のセリフでもあるんだけど……。
いや、でも、これから挽回する機会が訪れるかもしれない。
「こ、こここれから1年間よろしくっ」
手を差し出して、握手を求めた。
結果として、はたかれることもなく、握られることもなく、ただただ無視された。
「うわ、なにあれ」
「握手とかありなくね?」
ぎゃははは、と酷い笑い声の合唱が、教室を揺らす。
終わった。ファーストコンタクトでこれだけ笑われれば、嫌でもわかる。高校デビューの僕でもわかる。僕はもう、ダメかもしれない。
「はやく座りなよ。もうチャイムなるんだけど」
隣から聞こえた思わぬところからの声に、僕はすとんと腰を落とした。
間髪入れずにチャイムが鳴った。クラスメイトたちは慌てて席につき、落ち着いたところで教室のドアが開いた。
「私が今日から1年、あなたたちの担任を務める綾瀬成美です。よろしくお願いします」
まだ若い。スーツ姿であるというだけで、妙に大人びて見える。年齢はまだ20代前半だろう。
「今日からあなたたちは同じクラスの仲間です。仲良くして、楽しく過ごしましょう。……さて、早速ですが、委員を決めたいと思います」
先生はそう言って、黒板に白のチョークで委員を書いていく。委員長、副委員長、美化委員、風紀委員、図書委員、保健委員、放送委員、飼育委員、体育祭実行委員、選挙管理委員があった。
いまどき、飼育委員があるなんて珍しい。先生が一つずつ説明していき、飼育委員では猫の世話をするというものらしい。
猫、猫か。僕が好きなものは一つ目にスカート、二つ目にパンツ、三つ目にハイソックス、そして四つ目に猫だ。
「とりあえず一通り立候補を聞いていきます。やってみたいものがあったら手をあげてくださいね」
まっすぐ黒板の飼育員を見る僕の視界に、揺れる亜麻色の髪がちらちら目に入る。
トイレにでも行きたいのだろうか。それとも、やってみたい委員でもあるのだろうか。
「――では次に、飼育委員をやってみたい人、手をあげてください」
「「はい」」
手を上げると同時に、僕と亜麻色の彼女の声がかぶった。
思わずそちらを見て、驚愕に目を見開く。
「なん……で」
それは、僕のセリフでもあるんだけど……。
「はい、飼育委員は二人に決まりね」
先生の一声に、彼女は慌てたように声を荒げる。
「ちょ、ちょっと待ってください! 辞退します!」
「え? それは困るわね……。でも、手をあげたんですから、最後までやり遂げるのが高校生というものです。大人への仲間入りを目指すのですから、やりきりましょう」
にっこりと笑う先生に、亜麻色の彼女は押し負けた。
まずい。とても気まずい。僕も辞退しようと思ったけれど、先生の様子を見るに許してくれないだろう。僕は亜麻色の彼女に振られたのだ。
「ありえない。こんなのと1年もずっと同じ委員だなんて……」
「僕もまさか、振られた相手と同じ委員だなんて……」
「……ちょっと待って。振られたってなに?」
顔をしかめた彼女が僕を睨む。
「え、いや、その、だって、さっき僕を振っただろ。関わるなって」
「はぁ? 当たり前じゃん。あんたキモすぎだし。てか、それを振られたって勘違いしたわけ?」
「勘違い?」
呆れたようにため息を吐き、きつい口調で教えてくれた。
「いい? 私はあんたに好きとか言われたわけでもなんでもない。ただの通りすがりなわけ。そんな通りすがりに私は、キモい、もう関わりたくないって言ったの。わかる? あんたは私に何も言ってないの。てか、それどころか興味ないって言ったじゃん。初対面で振られたのは私でしょ」
そういえば、そうだ。僕は彼女に好きともなんとも言っていない。なら、振られていないとも言える。いや、好きと言っていないから振られたと感じるのか。
「すす、すすすす好きだ」
「は、はぁ!? いきなり何言ってんの。キモい。まじキモいから」
やっぱり振られた。言わなきゃよかった。僕はどうも、人付き合いが苦手らしい。けれど、彼女の顔は少し赤くなっている。……ような気がする。これが希望的観測だとか○○フィルターというやつか。
僕は騙されないぞ。
「だいたい、名前も知らないのよ。好きになるとかまじ意味わかんない」
「あ、そう言えば。僕は大崎大地」
名前は自然に言えるのに……。どうして僕はこうなんだ。
彼女から返答がない。僕には名乗る価値もないということだろう。
「……菅谷音子。よろしく」
小さな声だった。けれど、ミニスカとパンツの擦れる音さえ逃さない僕の耳は、しっかりと捉えた。
「よろしく」
嬉しかった。名乗ってくれたことが。僕の初めての友達になってくれたことが。僕の高校デビューは成功かもしれない。
興奮して思わずSNSに投稿する。菅谷音子さんと友達になりました、と報告だ。
「んん?」
3万人のフォロワーさんから次々に、リプライが届く。
菅谷音子ってこれ? だったり、もしかしてグラビアの? とか、羨ましい! とか。
あれ、もしかして結構有名人?
フォロワーさんから届いた写真はお尻を突き出して艶やかに笑う彼女の姿だ。スマートフォンをかかげ、実物の彼女と見比べる。
「え。有名人?」
思わず問いかけてしまったことがダメだったのだろう。
彼女はスマートフォンですぐさま検索をかけたようで、鬼の形相で画面を見つめている。
「えっ」
驚きの言葉が出てきた彼女の口から、顎が外れそうになる言葉が飛び出した。
「カリスマ猫祭り様……?」
それは僕のユーザー名。様付けされるなんて、僕も凄くなったものだ。
「いつも見てます! あの、投稿される猫の写真が凄く可愛くてヤバくて……!」
その時、パン、と乾いた音が響いた。先生が手を鳴らしたのだ。
「はい、そこ。仲良くなるのはいいですが、まだHR中です。休み時間まで静かにするように」
「「はい……」」
こうして、僕と彼女の高校生活が始まった。





