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魔王の娘だけど、反抗期なので勇者目指します!

 魔大陸グレイセアに建つ魔王城の最奥。

 石造りの段差と、玉座があるだけの空間――《魔王の間》で二人の男女が向かい合っていた。


 一人は玉座に座る男。猛々しい身体に漆黒の鎧を纏い、その上に黒色のマントを羽織っている。鋭い眼、額から生える二本の角、見る者全てを恐怖のどん底に叩き落とす容貌だった。

 対するは一人の少女。魔族には珍しい純白の髪を肩まで伸ばし、額から角が一本だけ伸びている。華奢な身体つき、きめ細かい白色の肌に、翡翠の瞳。可愛らしさと美しさを兼ね備えている。

 男の正体は世界にある五大陸のうちの一つ、魔大陸グレイセアを支配する存在、魔王・ミルドロス。

 少女の正体は、その娘・アルセイラだった。


 両者の間には緊迫した空気が流れていた。アルセイラは怒りを込めた視線を魔王に向ける。


「お父様、いい加減にして!」

 しかし、魔王は軽く笑うのみ。

「いい加減にして、とは何だアルセイラ。我に何か文句でもあるのか?」

「ッ」


 一蹴されたが、退くわけにはいかない。これは既に彼女だけの問題ではない。魔王城に住む全ての魔族、ひいては魔大陸グレイセアにも関係することだからだ。

 アルセイラは威厳高い父を恐れず――いや初めから恐れてなどいないのだが、力強く彼の落ち度を非難すべく口を開いた。



「いい加減、娘の観察日記を付けなければならないとかいう理由で、魔王としての職務を放棄するのは止めろぉぉおおお!」



 魔王の娘アルセイラ、産まれてから一番の魂からの叫びだった。



 魔王ミルドロスは十二年前に娘が出来てから職務を放棄し、自分は娘の成長を見る事だけに熱心になっていた。おかげでかつては世界最強の大陸と謳われていたグレイセアだが、今では他の四大陸に後れを取る形となっている。

 それをいいことに現在では他の四大陸から冒険者たちが大陸内に足を踏み入れ、魔物を倒し迷宮を攻略する始末だ。

 大陸全土からその文句の全てが魔王のもとに集められるのだが、彼は悪ぶれもせず今日もアルセイラの成長ぶりを眺めていた。


 ふぅ、と。アルセイラの非難を耳にした魔王はゆっくりと息を吐く。

 そしてまっすぐな眼差しをアルセイラに向け、言った。


「だが断る。我の娘、超可愛い」

「あああああああああああああああああああ」

 アルセイラの中の何かが壊れた。


 その様子を見て魔王も思うところがあったのか、懐からある一枚の写真を取り出すと、悲しい表情でそれを眺めながら呟く。


「仕方ないのだ、アルセイラ。わが妻、ルレーリイアの生き写しのような容姿をしたお前を見ると昔のことを思い出してしまい、何も手につかなくなるのだ。美しく気高いルレーリイア、彼女と過ごした日々は今でも鮮明に思い出せるほど素晴らしく」

「いやお母様生きてるから! さっき庭園で魔植物に魔力注ぎ過ぎて全部枯らしちゃって、庭師を絶望させてるの見たんだから!」

「あら、呼んだかしら~?」


 噂をすればなんとやら。玉座の向こうにある扉から一人の女性が姿を現す。アルセイラに似た――正確に言うならアルセイラが似たというべきだろうが、純白の長髪をさらりと靡かせ、優しい笑みを浮かべている。

 名をルレーリイア、魔王の妻である。噂では魔王より強いのではないかと言われている。


 魔王は大いに表情を緩ませる。

「おお、来たかルレーリイア! 今日も美しいぞ!」

「あら、ありがとう~」

 二人は楽しそうに微笑み合いながら言葉を交わす。

 このまま自分で言うだけでは埒が明かない。そう理解したアルセイラは、一番頼りになる人に助けを求めることにした。


「ルースさーん! 助けてー!」

「はっ、御呼びでしょうかお嬢様」


 瞬間、アルセイラの隣に一人の男性が姿を現す。少し長めの黒色の髪に、同じく黒色の鋭い眼が特徴的だ。

 名をルース。かつては魔王の側近であり、現在はアルセイラの世話係である。幼少期より自分を育ててくれたルースにアルセイラは深い尊敬の念を抱いている(魔王比300倍)。なお現在の魔王の態度に最も困らされている魔族でもある。


「聞いてルース! やっぱり何度言ってもお父様には通じないの! 働こうとしないの! こんなの最近人間界で流行っているニートよニート! ごくつぶしよ!」

「おっとアルセイラちゃん? そんな言い方されたらパパ傷付いちゃうよ?」

「そうですか。お嬢様の頼みをもってしてもそこの粗大ゴ……魔王様は動きませんか。他に手段を考えるべきですね」

「おっとルースくん? 貴様いま自分の主を愚弄したぞ? 生意気な口をきく奴など、我がこの手で――」

「ルースに変な事したら、もう二度とお父様とは話さないから!」

「――褒めよう。アルセイラを立派に育ててくれてありがとう!」

「あらあら~、皆楽しそうね~」


 既に混沌と化してきている状況。

 それぞれの思惑が交差し、どこに落ち着けば事態は収拾されるのかさえ分からない。


(どうしよう……)


 そんな状況の中、アルセイラは考える。もうこの際、父に働いてもらうことは諦めよう。重要なのは大陸全土を昔の様に活性化させることだ。そのためには働かない魔王が頂点にいてはいけない。

 いっそのこと、魔王が取って代わるしか――――


「――――!!」


 瞬間、アルセイラの頭に電流が走る。

 それは天才的な発想だった。


「そうよ、私がお父様を倒して新しい魔王になればいいのよ!」

「「「…………え?」」」

 その解決策を聞き、他の三人が一様に声を揃えて疑問を呈した。


「お、お嬢様? それはつまり、お嬢様が魔王として即位するということでしょうか?」

「そのとおりよ! そして私が大陸を救うの!」


 普段は冷静なルースが焦ったように問うが、答えは変わらないとアルセイラは頷く。


「……我を倒すといったか、アルセイラ」


 瞬間、重々しい声が広間に響く。これまでふざけていた魔王から発せられる真剣な声に、アルセイラとルースは思わず身構える。

 だが、その後魔王から放たれた言葉は全くの予想外なものだった。


「そうか、そうかアルセイラ! 我が娘よ! お前は父を超えようと、私を自分の目標として見てくれているのだな! こんなに親冥利に尽きることはない!」

「……へ?」


 何を言ってるんだろうかこの粗大ゴ……父親は。自分を倒すと言われて喜ぶ変態がどこにいるのだろうか、ここにいた。そもそも自分が支配している大陸より娘を優先する変態だった!

 アルセイラは世の中に絶望した。


「――って、そんなことで絶望してる場合じゃない! 私は本気なんだからね!」

 必死に自分の強い意志を表明するが、魔王が動揺することはない。

「うむ、分かっている! いやなに、いずれこんな日が来るであろうとは思っていたのだ! まさかまだ十二の歳に宣言するとまでは思っていなかったがな!」

「少し早めの反抗期かもしれないわね~」

「なっ、反抗期だと!? うーむ、もうそんな年になってしまったのか……娘の成長とは喜ばしい反面、悲しいものでもあるのだな」

「ええ、そうですね~貴方」


 魔王とルレーリイアの楽しそうな談笑を聞き流しながら、アルセイラは頭を捻る。

 父親を倒し、代わりに自分が魔王になるという決意は済んだ。しかしどうすればそれが叶うのか。思考を重ねるうちに一つの可能性に至る。


「決めたわ! 私、勇者になる!」

「勇者ですか?」


 ルースの確認にアルセイラは頷く。


「うん、そう! 人間界では魔王を倒そうと頑張っている人達のことをそう呼んでいるらしいの。私も魔王を倒すつもりだから、勇者にならなくちゃいけないのよ」

「し、しかし勇者とは私達の敵対組織の精鋭で……いえ、そもそも勇者とはそう簡単に名乗れるものではありません」

「……ん? なら、どうすれば名乗れるの?」

「様々な手段がございますが、一般的なのは人間界にある勇者育成機関を卒業することでしょうか。入試倍率数十倍以上、卒業率十パーセント以下の難関を乗り越えた者には勇者と名乗る資格が与えられます」

「そう、なら私もその育成機関とやらに行くわ!」

「っ、まことですかお嬢様!?」

「もちろんよ!」

 アルセイラは力強く頷いた。


「なっ、アルセイラよ! まさかお前は人間界の学校に通おうと言うのか?」

 これまで余裕を保っていた魔王も、今度ばかりは心から驚いた様子だった。魔王の第一の目的は娘の観察日記をつけること。自分を倒そうとすることは別に怒ることではないが、この魔王城から離れられるのは困る。

 だが、アルセイラは真正面から一刀両断。

「うん、もう決めた! 私家出する!」

「…………」

 ポカーンと、魔王としての威厳を失くした顔で呆然とする。


 だがすぐにハッと意識を取り戻し魔王は声を荒げる。

「馬鹿を言え、考え直せアルセイラ! わざわざここを出ていくことはない! 修行なら私がつけよう! お前はここにいるべきなのだ!」

「いや! もう決めたもん! お父様を倒すために人間界に私は行くから!」


 アルセイラが本気で言っていることを理解し、魔王は絶望の表情を浮かべる。長年記し続けてきた観察日記から、アルセイラが一度決めたことを覆さないということは魔王も十分に理解していた。

 呆然とする魔王、ため息を吐くルース、なぜか終始にこにこ顔のルレーリイア。そんな三人の前で、アルセイラは宣言した。



「もう決めたの! 私、魔王を倒すために勇者になるから!」



 何気ない平穏の日々にたった一つの小さな変化が訪れる。

 魔大陸グレイセアの魔王城にて発生したこの小さな出来事が、やがて世界を大きく激震させるのだった。

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