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次期第六天魔王は嫌なので、天界を脱走して五平餅を焼いてます

「もみじよ、我が息子の中から、一人、夫を選べ」

「へ?」

 何を言われたのかわからず、思わず間抜けな声を出して、私は慌てて檜扇で口を押える。珍しく儀礼用の十二単を着ている時くらい、優雅な所作を心がけたいと思っているのに、素が出てしまった。

 広い座敷の上座の御簾のむこうにいるのは、私の叔父、この国で一番偉い、第六天魔王である。

 話があると言われてやってきたのだが。

 御簾のこちら側に並んで座っているのは、第六天魔王の三人の息子たち――私の従兄弟だ。

 上から光華(こうか)晦冥(かいめい)玲瓏(れいろう)という。

 いずれおとらぬ美形ではあるし、従兄弟だから見知った相手ではあるけれど。性格は三人とも良いとは言い難い。

 えっと。誰が何から、何を選ぶって話だっけ?

「あの、陛下。失礼ながら、意味が分からないのですが?」

 私は遠慮がちに質問してみる。

「そなたは聡明で魔力も強く美しい。我が息子のいずれかと結婚し、女王となって、この天界を支えて欲しいのだ」

「お戯れを」

 確かに、私の魔力は、従兄弟たちと比べて、同等、ひょっとしたらそれ以上である。

 でも、聡明で美しいかどうかは疑問だし、女王なんてなりたくない。

 そもそも従兄弟たちは、誰が玉座についても、問題ない実力の持ち主だ。なぜ、そこを飛び越して、私に話が来るのだろう。

「玉座は、従兄弟どののいずれかがおつきになれば良いのでは?」

「我が息子たちでは、誰を選んでも国が割れる。そなたが頂点に立ち、愚息がその治世を支える形が最も円満であるという結論に至ったのだ」

 御簾の向こうの叔父の言葉に、従兄弟たちが頷いている。

 おい。ちょっと待て。従兄弟どのよ。それでいいの?

「……従兄弟どのはいずれも、後を継ぎたくないということで?」

「いえいえ、弟たちはともかく、私はもみじどのが一番玉座に相応しく、あなたの決めた事ならついていくということです」

 突然、兄弟の中で一番上の光華が口を開いた。

 深紫の束帯の着こなしに少しの隙もない。キラキラとしている。宮廷の女たちが、失神しそうなくらいの甘い微笑だ。彼は頭脳明晰ではあるが、魔力が兄弟の中で少しだけ弱い。

「お前の容姿は、国民受けがいいからな」

 ぼそり、と呟いたのは、次男の晦冥。

 彼の魔力は兄弟の中で最強であるが、かなりの変わり者で、ふらふらしている。しょっちゅう宮殿を抜け出して、どこかに行ってしまうので、従者たちが困っていると聞く。

「でも、突然女王にって言われたら、誰だって困りますよね」

 同情めいた口調なのは、一番下の玲瓏。人当たりも一番やわらかくて、人懐っこい。

「僕は、どんな形でも、もみじさんを応援しますので」

 くりくりとした笑顔は可愛いが、他人ごとだと思っていないか?

「失礼ながら陛下。私は女王の器ではございませんし、従兄弟どのたちは、誰も私の夫にはなりたくないようにお見受けしますが?」

「そんなことはありませんよ。私はあなたが好きです」

 と、光華。笑顔が眩しい。

「へ?」

 突然の告白に、呆然とする。いやいや、今まで、そんな素振りなかったよね?

「僕だって、もみじさん大好きです」

 玲瓏がにっこりと笑う。うん。君はいつでも可愛いけど。その好きは、恋愛対象なのかな?

「なりたくない、とは、言っていない」

 ぼそりと晦冥が呟く。まあ、言ってないけど。

 いや、それ、建前でしょう? 本音のところは、自分を選んでほしくないって思っていそうだ。

 こほん。

 御簾の中から咳払いがした。

「もみじよ」

 重々しい声だ。

「突然のことで、そなたも戸惑いはあるだろう。ゆっくり考えよ。そなた以外に、天界の玉座を託せるものはおらぬ。これは、余の命令であると同時に、我が息子たちの総意ぞ」

 息子たちの総意?

 見回した従兄弟たちは、黙ったまま頷く。

 どういうこと? 女王決定なの? 王になろうって野心はないの?

 権力を得たいなら、私に選ばれるなんて、まどろっこしい手順を踏まずに、玉座に着いた方が早いと思う。

 興味がないなら、好意を持っているフリをする必要もないのに。意味が分からない。

 言いたいことがありすぎて、かえって言葉にならず、私はそのまま部屋を退出した。

 でも、従兄弟の本音はともかくとして、王は本気だ。天界にいる限り、私は王の命令に従わなければならない。

 王は、とにかく私を女王にする気だ。

「冗談じゃない」

 私は呟く。魔力がどんなに強いからといって、国が治められるものじゃない。

 難しいことはわからないし、面倒なことが大嫌いな私に務まるわけがない。

 それに形だけの傀儡にしろ、夫を選ぶ権利だけもらっても、困る。

 でも、天界にいる限りは王の命令は絶対である。そう。天界にいる限り。

 私は、屋敷に帰ると袿を脱ぎ捨て、荷物をまとめる――そして、天界を抜け出すことにした。




 この世界は、天界、地上界、地獄界に分かれている。

 天界が一番穏やかであり、地獄が一番苦しい世界だ。地上界というのは、清濁混合と言われている。時には、天界よりも美しく、地獄よりあさましいらしい。

 なぜなら、地上界は二つの世界と繋がっているため、両方の影響を受けやすい。非常に不安定な世界だ。

 全ての世界は、地上界を通じて移動可能となっている。ただ、肉体を伴う界の移動は魔力の消耗が激しいため、どこに住む者もあまり行わない。逆に死者の場合は、魂が自然に世界に惹かれて移動していく。

 天界のはずれには、界をつなぐ月の泉がある。

 私は、こっそりと宮殿を抜け出し、泉までやってきた。

 泉には一応、結界が張られているが、この結界は地上界から来るモノに対して張られているので、こちらから行くには問題はない。

 丸い泉に、細い黒い穴が開いている。この穴の部分が、地上界では月となる。天界の光が、地上に月光となって降り注いでいるのだ。つまり、地上の満月になれば、泉全体に穴が開いたように見える。

 本当は満月の日に移動すると一番楽なのだが、そうも言っていられない。

 私はざぶんと、泉に身を投げる。

 体が光の粒子に包まれた。白銀の光に視力が奪われる。

 わずかな浮遊感。不思議な感覚に、戸惑っていると、次の瞬間、急激に体が落下を始めた。

 私は慌てて、浮遊の呪文を唱え続けた。

 ドカッ。

 多少減速はしたものの、私は、地上界に着地するのを失敗して、冷たいフカフカなものの上に落ちた。

 天人の魔力は天界に依存するため、月の光が弱いと地上界ではうまく使えないと聞いていたが、図らずも体感してしまった形となった。

 漆黒の空の中、細い月が弱々しく輝いている。

 幸い怪我はないようだ。月齢を考えると、これは運が良かったのかもしれない。

 もっとも、とてつもなく背中が冷たい。このひんやりとしたものは噂に聞く『雪』だろう。

 それにしてもここはどこなのか。

 界を移動したこともあり、さすがに体が重い。それに、かなり雪に埋もれてしまったみたいだ。

「ひゃっ」

 誰かの悲鳴が聞こえた。

 なんだろう、と思いながら、やっとの思いで上半身を起こす。

 人が腰をぬかしたかのように座り込んでいた。年老いた男のようだ。男の後ろには、小さな小屋があった。小屋からは、小さな明かりが漏れている。

「……こんばんは」

 とりあえず、挨拶してみる。どうやら落ちてきたのを見られていたらしい。状況は非常にまずいが、逃げる体力は残っていないし、足が埋まってしまってすぐに抜け出せそうにない。

「タミさん、タミさん! 大変じゃ!」

 男が声を上げると、小屋の中から、もう一人出てきた。薄明りで定かではないが、かなり小柄だから、たぶん女性であろう。

「……空から娘っ子が落ちてきた」

「あんれ、まあ。本当に。ありがたいことですなあ。願いが叶いましたなあ」

 二人は、私を遠巻きにして見ている。というか、拝んでる。

 怖がっているわけではなく、なんかしきりと礼をのべている。

「あの?」

「ああ、いけない。まさか、本当に娘っ子をいただけるとは思ってなくて」

 後から出てきた人物が私の方にやってきた。かなり年配の女性だった。

「雪に埋もれてしまったのだね。動けるかい? 五平(ごへい)さん。手伝って」

 言いながら雪に埋もれた私の足をかきだしてくれた。

「おおぅ、すまない」

 すぐに男の方も手伝ってくれて、私はようやく、立ち上がることができた。

「さあさあ、雪の中にいたら、風邪ひいちまうよ」

 女は、何の疑問もないのか、優しく私の手を握り小屋の中へと私を導く。

 床板はなく、地べたに()()()をひいただけの粗末な小屋だが、小屋の中央には赤い火が燃えており、とても温かかった。

「まあ、ほんに綺麗な娘っ子だこと」

「神様に、毎日お祈りしたかいがあったなあ」

 火の明かりに照らし出された私を見て、目を輝かせている。

「ああ。あっしは、五平。女房の方は、タミさん」

「……もみじです」

 私は名乗り、すすめられるがままに、火のそばに座った。

 雪の中に埋もれたこともあり、体が冷えていたから非常にありがたい。

 どうやら、この夫婦、子供が欲しくて、神に祈りを捧げ続けていたようだ。いつもと同じように祈っていたところに、私が落っこちてきたということらしい。

「ああ、お腹すいたでしょう。これを」

 タミが、渡してくれたのは、木の棒にすりつぶした米を塗り付け、その上に、味噌を塗って焼いたものだった。見た目は地味だが、香ばしい香りがする。

「おいしい」

 思わず私は夢中になって食べた……それが、私と五平餅との出会いだった。

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