召喚術士の勘違い英雄譚
地響きが鳴り響くこの森では多くの勇敢な戦士達が揃っている。
その中に男や女の区別はなく、誰しもが自分の武勲や名誉のために自分だけの武器を携えて今か今かと待ち望んでいる。
全員の呼吸は僅かに早まっており、期待と興奮で目がガン開きの者も少なくない。
その中で杖を持った一人の少年――――エルクは武者震いをしていた。
「どうした? 早く戦いたくてうずうずしてるのか? わかるぜ、その気持ち」
「あ、いやー、そういうわけじゃあ.......」
「いいよ。謙遜すんなって。ここでは逆にカッコ悪く見えちまうぜ?」
エルクよりも少し年齢が上であろう青年戦士が気さくに話しかけてくる。
そのことに少しびっくりしながらも、エルクは答えようとした。その前に遮られてしまったが。
そのことにエルクはさらに震え上がる。
――――――ドオオオオオンッ!
遠くから聞こえてきた地響きが段々と近づいて来る。
背の高い木々が邪魔をしてまだ敵の姿は見えないが、エルクは知っている。これから何と戦うのかを。
その地響きにエルクは思わずよろめくと隣の屈強な戦士にぶつかった。
両手で持つようなバトルアックスを片手で担いでいる戦士に物凄い目つきで睨まれた。
そのことに思わず心臓が止まりかけるエルク。
(敵の前に味方に殺されそう.......)
エルクの虚しい声が心の内側だけで響いていく。
すると段々と体が跳ねるかのような地響きとともに敵は現れた。
「ガアアアアアア!」
家を簡単に踏み潰せそうな巨大な四本脚に、これまた巨大かつ太くて長い尻尾。
そして20メートルほどの胴体と同じ長さの首に、巨悪な歯を揃えた魔物―――――――地竜と呼ばれるその竜は威圧するように天高く吠えた。
その声は物理的な振動を持って体を揺らしていくようで戦士達の体が僅かながら勝手に揺れていく。
そしてその僅かな衝撃波を伴った声を聞いたエルクは――――――
(僕、なんでここにいるんだろう.......)
自分の犯した過ちを食いながら、目の前で敵意剥き出しに鎮座している地竜を前にして全力で逃げ出したい気分になっていた。
***
―――――遡ること数時間前
「ここが王都ハウリスの城。セントクレイシア城か......!」
田舎町からはるばる数日かけてやって来たエルクは目の前にそびえ立つ巨大な白を前にして感動していた。
そしてこの城でいつか宮廷魔導士になることを夢見て、杖を携えた大きめのリュックを背負いながら、エルクは不安と期待を胸に大きな一歩を踏み出していく。
エルクは城の門までやってくると門番にリュックから取り出した一枚の紙を見せる。
その紙を受け取った一人の門番Aは内容に目を通していく。
(それにしても大きいなー。こんな所で生活できるのはどれだけいいんだろうか。やっぱり基本的には付与魔術に頼っているんだろうか。その路線は恐らく間違っていないだろう。ただ水道や電気も通っているということは他に魔道具の派生形のようなものが使われるはずだと思うし、だとする魔術回路的な何か――――――)
「いいぞ、通れ」
「え?」
エルクは城を眺めながら心の中でブツブツ呟いているとふと門番の声が聞こえた。
どうやら妄想の中には潜り込み過ぎて聞いていなかったようだ。思わず声が漏れてしまっている。
すると親切な門番はエルクの背中を軽く叩きながら、声をかけていく。
「なんだー? 緊張してるのか? ははは、わかるぞーその気持ち。俺もお前みたいな年齢の時はよく憧れていたもんだ。『俺も立派な騎士になって両親に楽させるんだ!』ってな」
「まあ、お前はまだただの門番だけどな」
「うっさいわい」
エルクを自分を重ねたのか自分の夢を熱く語る門番Aにもう一人の門番Bに突っ込まれる。
しかしそのやり取りに険悪な雰囲気はなく、むしろそのやり取りを楽しんでいるようにさえ見えた。
そのことにエルクは瞳を輝かせる。こんなに和気あいあいと働けるならどんなにいいだろうか。
「ともかくだ。頑張ってこいよ」
門番Aは屈託のない笑顔でエルクを後押しするように再び背中を叩いた。
「はい!」
エルクは元気よく返事をして門の先へと歩みを進めていく。
その足取りはとても軽かった。それこそ傍から見ればスキップしているようにも見えなくない。
するとここで、エルクはあることを思い出す。
(そう言えば、門番の人、どこが会場か言ってくれなかったな.......)
エルクが今向かっている場所は宮廷魔導士になるための学校.......に入るための試験場だ。
そしてエルクが門番Aに見せた紙は言わば受験票。会場は「セントクレイシア城」としか書かれていない。
だが本当はエルクが一人で妄想に没頭している間に言われていたのだが、本人はそのことに気付いていない。
(まあ、きっと僕みたいな人もいるだろうし。その人についていけばダイジョブだよね)
エルクは割と楽観的に考えていた。もしかしたら、エルクはこの城に入れたこと自体に浮かれていたのかもしれない。
そしてエルクは辺りをキョロキョロと見回しながら城内を楽しんでいた。
廊下を通るのは妙齢な女性や紳士感溢れる執事。さらに鍛え抜かれた体に鎧を纏っている騎士や紫色に紅いラインの入ったコートを着ている憧れの宮廷魔導士。
エルクにとってここは天国か何かではないかと見間違えるような光景であった。
もうこの時点でワクワクドキドキは止まらず、さらに浮足立っていく。
まだ試験に合格していないのにその浮かれっぷりはそれらの人達に怪訝な流し目で見られていた。
だが本人は気づかない。
(あ、今何時だっけ?)
自分がトリップしていることに気付いたエルクは思わずハッとして、リュックのポケットにある懐中時計取り出した。
そしてその懐中時計がカチカチと音を鳴らし、動いている針の時刻は残り三分で受付が終了するという時刻だった。
(わあああああ! やばいいいいいいい!)
エルクは慌てて落としかけた懐中時計を地面に落とす前に拾うとすぐさま動き始めた。
先ほどの人達の恰好は大体覚えた。なら、それ以外の人達を見つけられればこっちのものである。
エルクは出来る限り迷惑にならないように早足で廊下を歩き回った。
しかし、城内が広すぎるためか歩いても歩いても同じ姿らしき人達の影は見えない。
そして時刻を確認するたびにエルクの焦りは募っていく。
(残り二分!! ヤバイヤバイヤバイヤバイ......!)
エルクはここであえて立ち止まった。それは焦りで混乱した頭を一旦落ち着かせるため。
二、三回深呼吸を繰り返して落ち着かせるとエルクは冷静に頭を回転させる。
そして何かを祈るようにまだ行っていない廊下へと向かった。
するとある扉に宮廷魔導士とは違う似たような貧相な魔導服を着た人が入っていく。
(そこだああああああ!)
エルクは思わず走り出しそうになる足をギリギリ早足と思える速さで動かしていくとその扉に入っていく。
「受付終了だ。間に合って良かったな」
「は、はい........」
扉を閉めた騎士が気さくに声をかけてきた。そのことにエルクは本当に安堵したような笑みを浮かべながら、息絶え絶えで答えていく。
そして一時的にリュックを降ろすと今にも崩れ落ちそうな膝に手を付けて荒く呼吸を繰り返していく。
主に冷汗が額から頬のあたりまで流れていく。その汗が先ほどまでの焦りを物語っているようだった。
(どんな受験生がいるのかな.......え?)
一先ず落ち着いたエルクはふと周囲を見渡して――――――明らかな違和感を感じた。
確かに同じような魔導服を着た人はいる。そして年齢は自分よりずっと高い人もいる。
だがそれならまだわかる。王都の魔導士学校は年配の方でも通う人はいるのだから。
しかしそれ以上に場違いなのが、裸に近いような恰好をした大剣を背負った戦士だ。
他にもバトルアックスやら双剣やらと近距離戦がメインであろう人達の姿があちこちにある。
しかもその数は言うなれば魔導士より明らかに多い。
そのことにエルクは嫌な予感を覚えた。だがまだ、「今年から騎士学校も設けました」と言われれば納得できる―――――――
「よくぞ集まった勇士達よ。これから数時間後にこの国へと迫ってくる地竜を倒すために集まってくれたこと、誠に感謝する!」
「ち、地竜......?」
エルクは思わず頭が真っ白になった。それは言われた言葉のせいでもあったが、その言葉を言った人物がこの国の王様であったからだ。
となると、ここは.......
「あ、あの~」
「ん? なんだい?」
「ちなみに、魔導士の会場って?」
「ああ、あれは先ほど通ってきた廊下の反対側だよ」
「クソオオオオオオ!」
エルクは膝から崩れ落ちて強く握った拳を地面に叩きつけた。そんな様子を騎士は不思議そうに眺めている。
そして、エルクの様子を露ほども知らずに王様は着々と進行していく。
「それでは、地竜討伐においての試験を始める!」
王様の高らかな声に興奮する戦士とただ一人絶望の顔を浮かべたエルクがこの場にはいた。
(は、ははは......時間を巻き戻したい)