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死神さんは世界樹の下で神への賛歌を歌いたい

「お前は、誰だ?」

 最期の時を迎えようとしている男は、地に倒れ、天を仰いでいた。

そしてふと目の端に映った人影を誰何する。

「死神さんなのです」

 その人影はそう答えた。

「死神? 死神か、そうか……」

 焦点がぼやけそうになる視界を必死にその人影に合わせる。

「死ぬのですか?」

 ようやく捉えたその姿は、少女のものだった。 

「死ぬだろう、これは」

 男は腹に空いた傷を片手で押さえながら、その出血量を確認した。

 経験上、助からない。男にはわかる。

 なぜなら、男は殺し屋だから。

 数々の命を屠ってきた殺し屋は、自分が受けた傷が致命傷であることも理解している。

「死にたいのですか?」

 少女は傍らにある小さな岩に腰掛けて、じっと殺し屋を見下ろしている。

 その姿は年のころ一〇歳程度の普通の少女に見える。

 ただ、少し違うな、と思ったのは、羽織っている黒マントと、そのマントの中から突き出て天空の空に弧を描いている鎌だ。フードをかぶっており、その隙間から見事な金髪がちらりと見えている。顔の造詣も可愛らしく、瞳は美しいエメラルドグリーンだ。

「お前、本当に死神なのか」

 街娘の悪戯か、と思えるほど、死神としては現実感がない。

 だが、少女ははっきりと答える。

「そうなのです。死神さんは死神さんなのです」

 少し舌ったらずな少女の声は、死にゆく男の聴覚を甘く刺激する。だが、その甘い声に反して表情は乏しい。

「死にたいのですか?」

 死神の少女はまた同じ問いを繰り返した。

 男は考える。

 殺し屋として生計を立ててきた。だが、カタギに手を出したことはない。すべて、国政のため、人々の幸せのために、進んで暗部を引き受けていたのだ。

 だが、その暗部に裏切られた。そして今ここで死のうとしていた。

「生きたい」

 もう話すのもつらい。だが、その一言を絞り出す。

「生きたいのですか」

 だが少女の反応はそっけない。

 もともと殺し屋を生かすつもりもないのかもしれない。彼女が本当に死神だとすれば、死にゆく魂を狩るその瞬間までの退屈しのぎの会話なのかもしれない。

「なぜ、生きたいのですか」

 もう勘弁してくれ、と殺し屋は思った。しゃべるたびにこれまでに使ったことのないような気力を消耗し、命が抜けていく感じすらする。いや、まさに死にかけているので、それは間違いないだろう。

 だが、殺し屋はそれでもこの死神少女の会話に応答する。

 それはもしかしたら、一縷の望み、というやつかもしれなかった。

 殺し屋として生きることを決意したときから、いつか理不尽な死を迎えるだろう、とは思っていた。それは覚悟の上だった。

 だが、それがまさか味方の刃によってなされるとは思わなかった。

 そう、何かが変わったのだ。この国の何かが。

 それまでは、殺し屋とはいえ裏の世界の話だ。表向きは平和に暮らしていた。周囲の同僚との関係も悪くはなかった。

 それなのに、あの時、いきなり出合い頭に腹を刺された。

 何とか逃げ切ってこんな所まで来たものの、刺された瞬間致命傷であることがわかる程の深手だった。

「俺は、知りたい」

 声を絞り出す。

「俺を殺そうとしたやつが誰なのか。なぜ、俺を殺そうとしたのか」

「復讐するのです?」

「違う。知りたいだけだ。復讐というなら、俺はむしろ復讐される方だからな」

「殺し屋さんだからなのです?」

「なんだ、知ってんのかよ」

「死神さんですから」

 少女は淀みなく会話するが、その表情はずっと無表情だ。死神だからなのだろうか。

「けど、もう俺は助からない。それくらいはわかる」

 臓物が流れ出る感触がする。それほどの深手だ。むしろよくここまでもったものだ、と自分で思うくらいだ。

「お前も、それを待ってるんだろう?」

 死神の少女は、相変わらず無表情で男を見ている。

 だが、気づいた。

 その眼だけは、美しいエメラルドグリーンの瞳だけは淀みなく、生気にあふれている。

 死神に生気、というのもおかしなものだな、と男は心の中で可笑しく思った。

「だから、生きたいのですか? 死にたくないのですか? どちらなのです?」

 その言葉を聞いて、男は少し違和感を覚えた。

 考えてみたが、もうそんな難しいことを理解できるほど、血が残っていないようだった。

「俺は……生きたい」

「それなら、死神さんの聖水を飲みますですか?」

 聖水? と男は頭の中で反芻した。

 それは何の効果もない気休めの水だ。教会のいい収入源で、ありがたがってみんな買っていくが、教会で聖人と言われる胡散臭い連中がちょいと儀式をしただけの、ただの水に過ぎない。

「聖水、なんて、ただのインチキだろ」

 さすがにきつくなってきたが、悪態だけはついておく。男は教会権力が好きではなかった。

「死神さんの聖水は特別製なのです。殺し屋さんの傷もあっという間に治るのです。ただ、差し上げるにあたっては、死神さんにはかなりの覚悟がいるのです」

 無表情なりに、キッと引き締まった顔になった気がした。

「まさか、お前の、命と、引き換え、とか、そういう……」

「あ、いえ、そういうのではないのです……あくまでも死神さんの気持ちの問題なのです」

 ふと目を逸らした死神少女の顔に、少し朱が差したように見えた。

「なんでもいい、生きられるのなら」

「そう、ですか……では」

「ぐはっ!」

 死神少女はおもむろに持っていた鎌を振り上げ、峰打ちで殺し屋の頭を強打した。男はとどめの一撃とばかりに、意識を失った。死んだかもしれない。

「聖水の秘密は、守られなければならないのです……では、失礼するのです」



――しばらくお待ちください(コポコポコポコポ)――



 暗転した視界が徐々に明滅し、意識が現実に引き戻されていくように感じた。

 殺し屋の男は、うっすらと目を開く。眩しい。

「気が付いたのです」

 そこにいるのは、やはり黒いフードをかぶり、黒マントに身を包んだ金髪の死神少女だ。末期の夢かと思ったが、夢ではなかったようだ。あるいは、もう死後の世界なのだろうか、とふと思ったりもした。

「俺は、死ななかったのか?」

「もう元気モリモリなのです。死神さんの……聖水を与えたのですから……」

 そう言われて、男は体を起こす。確かに痛みが走らない。腹に手を当てると傷も塞がっている。

「こりゃどうだ……その聖水は本物なのか! 一体その聖水とやらはどうやって……うん? なんでそんなに真っ赤になっている」

「死神さんも女の子なので乙女の羞恥心くらいは持っているのです! 聖水の事は世界の秘密なので何も言えないのです! ぷんぷんなのです!」

 死にかけているときはやたら無表情に見えたが、こうしてみるとなかなかに表情豊かな死神だった。言っている意味はよくわからないが、なるほど確かにあれほどの傷を瞬時に全快させてしまう聖水は、ありようによっては争いの種になる。知らない方がよさそうだ、と、職業柄、暗部に携わっていた殺し屋は納得した。

「悪かった悪かった。まずは救ってもらって礼を言う。俺は王宮暗部の殺し屋で、コードネームはクロウだ。すまんが本名は言えない。で、なにが目的なんだ? お前、死神なんだろ? お前さんは俺に何を見返りに求めるんだ? タダってわけにはいかんだろう?」

 死神の少女は、小さな頭をコクコクと縦に振る。

「殺し屋さんには死神さんの旅路にお付き合い頂きます」

「旅路? 護衛か? でも死神に護衛ってのも変な話だな」

「護衛ではありません」

「ほう? じゃあ、何だ?」

「ひとつ。死神さんはこの姿に生まれてしまいました。穏便に世界を旅するには不適当です。あくまで死神さんは、『普通の人』として旅路を紡がねばなりません。

 ふたつ。この年齢ではお仕事がなく、『普通の人』としての生計が成り立ちません。

 みっつ。保護者がいれば、だいたい何とかなります」

 小さな指を一つずつ立てながら、死神の少女は言う。

「なるほどなるほど。要は、お守りだな。いいだろう。お前が救った命、好きに使え。で、旅の目的は何だ?」

「目的は、かつてこの世界を守って果てた竜族の復活。死神さんは世界樹の下で彼らのための祈りを歌います。それが、死神さんがここに来た宿命。それしか、行動の指針がありません。なので、殺し屋さんにはそのサポートをお願いしたいのです」

 世界を救って果てた竜神。古い古い創成期神話といってもいい。実在したのかさえ、今はもうわからない。

「俺じゃないとダメなのか?」

 なぜ自分が選ばれるのか、殺し屋クロウには理解できない。死神の少女はまたコクコクとうなずく。

「理由などいらないのです。殺し屋さんには、死神さんを世界の命運のもとへ連れていくことが宿命づけられています。そして」

 少女は一度言葉を切り、無表情ながらに、キッと表情を引き締めたらしかった。

「そして殺し屋さんは死神さんが連れて行きます。世界樹の下で神の歌を奏でるときに」

 その先は言わなかったが、クロウは意味を理解した。

「よかろう。どうせさっき死んだ身だ。お前さんにどうこうされても文句はねえ。それに、知りたいこともある。付き合うぜ。で、お前さん名前は? まさか死神さん、って呼ぶわけにもいかねえだろ」

「死神さんの名前はジェイエス。そう呼ぶのです」

 死神と殺し屋。不吉な取り合わせの旅の先に、世界の救いがあるのか。

 それはまだ、誰も知らない物語の始まりに過ぎなかったのである。

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