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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

アメリカン・コーヒー

作者: バイニク

 5日ぶりに小説家になろうさんに投稿します。

 私はホラー小説を描き続けて18年経ちます。現在私は35歳で、発達障がい者の認定を受けて障害者の作業所で働いております。

 この作品は、ギャグホラーです。『笑顔』をテーマにしつつホラーで味付けした短編を書いてみました。400字詰め原稿用紙換算で52枚です。

 読んで頂いた方々に有意義な時間を過ごしていただければ幸いです。また、なにかしら作品に刺激を受けて、元気を与えることができたなら、それが私の何よりの本望であります。

 1


 ハーイ、ダディ。リードディスノベル。

 ここは緑に囲まれたとある王国、ヒトの活気で満ち溢れています。

 さて、面白い映像が撮れたので、もう一度早回しで見てみましょう。

 山から朝日が昇り、目覚めた長女のソフィーがハーイと朝日に挨拶すると急にドーンと朝日が下がって、夜に戻って星空がキレイなところで、次女のサンディーがグッドナイトと星々におやすみを告げると急に夜空がドーンと下がって、また朝日が昇って三女のアカネがおはようと言ったら、特に何にも起きなかった。

「ハハハハハ」

 ビデオを早回しで観ていたメタボのビルが大笑いした。ハハハ、ハハハハハ、ハハハハハ。まさに抱腹絶倒だった。

「なによ、なによ、なによ、なによ」

 長女のソフィーがビルにつめ寄ってきた。そのシーンをまた早送りで観返すと彼女はニンジャのように素早かった。

「ハハハハハ」

 その動きが面白くてたまらなくて、ビルは仰向けにひっくり返り、手足をばたつかせて笑った。小気味よく動く大笑いのメタボがおかしくて三女のアカネが噴き出した。

「あーはっはっはっは」

 アカネの笑い方はおかしかった。破顔したほっぺはとろけるチーズのようにビローンと伸びて地面についた。

「アハハハハハハ」

 チーズケーキを食べながら爆笑していた次女のサンディーは、ケーキを喉につまらせて、うっとなった。

「サンディー、大丈夫?」

 長女のソフィーはメヒョウのポーズを取って、サンディーの下から顔を見上げた。色っぽい顔をしていた。

「ブフッ」

 サンディーはつまらせていたケーキを吐いた。ソフィーの顔に芳醇なチーズの匂いのする吐瀉物が浴びせられた。

「ハハハハハハハハ」

 ビルはソフィーを指差して、手を叩き、その場で回りながら大笑いした。もう腹筋がねじ切れそうだった。

「シャラップ、シャラップ、シャラップ」

 ソフィーがビルにつめ寄ってきた。おだまり、おだまり、おだまりなさいよと言っていた。ビルはまたビデオの早回しでそのシーンを観返した。つめ寄ってくるソフィーがニンジャのように早くなった。

「オッホッホッホッホ」

 ビルは大好きなその動きに腹を抱えて、キスするように口を尖らせながら笑った。

 ブチン、という弦が切れる音がなった。ビルの腹筋がねじ切れた音である。笑いすぎて限界を超えてしまっていたのだ。

「オーノー」

 ビルは断末魔の叫びを上げて大の字になって倒れた。長女のソフィー、次女のサンディー、三女のアカネがビルの周りを取り囲んだ。

「ビル」「ビル」「ビル」

 三姉妹はビルの名をハモって呼んだ。ソフィーはソプラノ、アルトがサンディー、アカネがテナーだった。

「アハハハハハハ」

 三姉妹が顔を見合わせて笑った。そんな奇跡のハーモニーを奏でてしまっては、不謹慎だが致し方なかった。ビルは白目を剥いて顔が土気色になってきた。

「ウオーン」

 まだ朝早いというのに、遠くの山から狼の遠吠えが聞こえた。朝と夜を行ったきり来たりしたものだから、時間の感覚がおかしくなってしまったんでしょうね。

 すると、ビルの体に狼の体毛が生えてきた。メタボの腹が割れて腹筋が現れた。一瞬で全身が筋肉の鎧と化したビルは毛むくじゃらになって、なんと狼男に変身したのだ。ヒャッホー。

「ビル、月はまだ出てないわよ」

 アカネが冷静に言った。ビルは固まって、静かにお日様を見ていた。のどかでぽかぽかするいい天気だった。

「オーノー」

 ビルは断末魔の叫びを上げてまた倒れた。なぜ急に倒れたのかというと、狼男は月夜の晩にしか力を発揮できないのだ。アカネに指摘されてその設定を思い出したビルは、また倒れることで体裁を取り繕ったのだ。

「ソフィー、サンディー、ビル。ご飯が、できたわよー」

 大いなる母が、ドームのような丸い形をした巨大な家から大声を出した。

「マミー」

 長女のソフィーと次女のサンディーと、倒れていたビルが立ち上がって慌てて家に帰っていった。

「マミー、ご飯食べたーい」

 呼ばれなかった三女のアカネが大声で泣き叫んだ。 

 朝食は、いちごジャムをたっぷりつけたトーストと、ヨーグルトとコーヒー、後はデザートのイチジクだった。



 2


 そろそろ大人だし、ダウジングで運命のヒトを探そう。

「チクタク、チクタク」

 18歳になる長女のソフィーは、L字型になった針金状のダウジングロッドを前方に掲げて、ヒトで溢れた街を練り歩いていた。

「はい、そこのキレイなお嬢ちゃん、おいでおいでおいでおいで。安くしてあげるよ」

 通りを歩いていると、風呂敷を広げた薄汚い風体の商人が呼び止めてきた。

「チクタク、チクタク」

 ソフィーはその商人にダウジングロッドを向けた。

「なんだいそれ? オロロロロロロ」

 商人は頭の先から足のつまさきまで一瞬でデロリと溶けて、風呂敷の上に土の塊が残った。

「ハイ」

 違ったみたいだ。ソフィーは左を向いてまた通りを進んでいった。しばらくすると、土の塊が動き出して元の商人の形に組み上がり、商人はさきほどの状態に復元された。

「あれ、あれれ、どうしちゃったんだろう俺?」

 商人が不思議そうにしていると、またダウンジングロッドを前方に掲げた女の子がやってきた。16歳の次女のサンディーだった。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、オロロロロロ」

 サンディーにダウジングロッドを向けられた商人は、また溶けた。瞬時にして土の塊に戻った。

「ハイ」

 違ったみたいだ。サンディーは左を向いて、ソフィーが進んでいった方向を追いかけていった。しばらくすると、土の塊がまた商人の姿に復元された。

「まったく、なーんなの一体」

 商人は訳がわからなくて頭をかきむしった。すると、また店の前に少女が現れた。

「チクタク、チクタク」

 15歳になる三女のアカネがキュウリを2本、右手と左手にそれぞれ持って前方に掲げていた。大いなる母に一人だけダウジングロッドを買ってもらえなかった。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃん、キュウリなんて持ってどうしたの?」

 商人は若干興奮してアカネの手を握った。

「どうしたの? それでなにするの? おじちゃんに教えてよお」

 商人はアカネに顔を近づけて、ヒゲで顔をジョリジョリしてきた。

 アカネは「やめてください」と本気で嫌がっていた。

「いいじゃない減るもんじゃないしー? ねえそれで、キュオロロロロロロ」  

 商人はデロリと溶けて土の塊になった。涙目になったアカネが左を振り向くと、長女のソフィーと次女のサンディーが一列になって並んでいた。

「お姉ちゃん」

 アカネは嬉しくて声を弾ませた。

「ハイ」

 ソフィーとサンディーは妹に手を振った。三姉妹は一列になって運命のヒトを一緒に探し始めた。

「チクタク、チクタク」

 そう口ずさみながら行進する三姉妹は楽しそうだった。いつしか街を越えて、大きな山をも越えた。

「チクタク、チクタク」

 最後尾にいるアカネは死ぬほど顔色が悪かったが、三姉妹は行進を続けた。  

「ニャー」

 山小屋の近くでネコと出会った。毛並みが美しいネコだった。長女のソフィーはダウジングロッドをネコに向けた。

「ニャロロロロロロ」

 ネコがデロリと溶けて土の塊になった。しばらくすると、土がもこもこと盛り上がりヒトの姿を形作った。そしてそのヒトの姿で復元された。

「おお、これは……」

 そのヒトはイケメンの王子様だった。頭に小さなカンムリを被り、ゴージャスな服を着て、威厳のあるマントを羽織っている。まさに運命のヒト。

「ありがとうお嬢さん。あなたが私を元の姿にオロロロロロ」

 王子様はデロリと溶けて土の塊になった。ソフィーがダウジングを無視してわざとやった。

「オーマイゴッド。ソフィー、どうして運命のヒトを」

 次女のサンディーは、その愚かな行為が信じられなかった。

「私達は三人だもの。運命のヒトは三人組じゃないとダメなの」

「お姉ちゃん」

 ソフィーの突き抜ける優しさに、三女のアカネは胸を打たれた。次女のサンディーは納得したように頷いた。

「さあ、運命のヒトを探そう。チクタク、チクタク」

 長女のソフィーは元気よく口ずさんだ。 

「チクタク、チクタク」「チクタク、チクタク」

 次女のサンディーも、三女のアカネも陽気な笑顔を見せていた。

 そのとき、遥か向こうの山からドーンと大きな音が響いた。

「ソフィー、サンディー、いつまでほっつき歩いているの。早く帰ってきなさーい」

 大いなるの母の声量は、山を切り裂きそうなほど響いた。三姉妹は身を寄せ合って恐怖に震えていた。

「ソーリーマミー、許して」

 ソフィーが許しを乞うと、巨大な手が天空から下りてきてソフィーとサンディーの体をつまんだ。

「さあ、帰るわよ。しっかり掴まってなさい」

 ソフィーとサンディーは、巨大な手によってそのまま家に連れて行かれた。

 取り残された三女のアカネは、泣きべそをかいた。

「マミー、私も連れてってよー。ご飯食べたいよー」

 アカネの声は虚しく山にこだまして響いた。

 帰途につくアカネは、お腹がペコペコになった。仕方なくダウンジングロッドの代わりに持っていたキュウリをカジっていた。


 

 3

 

 キレイな音色を奏でてみよう。

 ウサギの着ぐるみを被った次女のサンディーは、湖のほとりでフルートを吹いた。

「フー、フー、フー」

 初めてなのでまったく音がでなかった。サンディーは諦めずに根気強く吹いていると、通りがかりの山男がサンディーの後姿を認めた。

「ヒャッハー、ウサギだ」

 山男はライフル銃に弾を込めた。着ぐるみのウサギを本物のウサギと勘違いしていた。サンディーの後頭部に狙いをつけて引き金を引く。

 バン、と山に銃声が響いた。撃たれたサンディーは崩れ落ちて湖の中に落ちた。山男は慌てて仕留めた獲物を取りに行こうとした。

 すると湖面が光った。ぶくぶくと泡が立ち、3メートル近い半裸の男がザバーンと現れた。

「私は湖の土地の権利を有するもの。私の土地にものを落としたのはお前か?」

 その巨大な存在感に迫られて山男は怯えていた。

「は、はい。すみませんでした」

 山男が素直に謝ると、半裸の男はにっこり笑った。

「お前はよき男だ。素直に謝った褒美にお前が湖に撃ち落としたウサギを返そう」

 半裸の男は湖に左手を突っ込み、サンディーの足を掴んで引っ張り上げた。バンザイした状態で宙吊りになったサンディーは右手にフルートを握り締めていた。

「シット、アナタ私を撃ちましたね」

 サンディーは恨めしそうな顔で山男に言った。銃弾が額を貫通して、開いた穴から血がちょろちょろ流れていた。

「オーノー、あのウサギはニンゲンだったのか。湖の主様、ウサギは返してくれなくて結構です。見つかると大変なことになります。どうか貢ぎ物としてお納めください」

 山男は犯罪がばれないように半裸の男に頼んだ。

「お前はなんと慎ましい男なんだ。よかろう、ならばウサギをゴールデンにして返してあげよう」

 半裸の男はキラキラ光った右手でサンディーの全身を撫でた。

「シット、アナタどこ触ってるんですか」

 完全なチカン行為に、サンディーは怒った顔で半裸の男を見つめていた。

「これで完成だ。落とさぬよう大事にしろよ、ハッハッハッハッハ」

 半裸の男はサンディーを山男に返して、笑いながら湖に沈んで帰っていった。

 すると、巨漢の男に撫でられた部分がキラキラと光り輝き、サンディーの全身は黄金色の光に包まれた。

「プリーズ、許してくださーい」

 山男は、まるで後光が差した神のようになったサンディーにドゲザをした。

「ダメでーす」

 サンディーは山男の額をフルートで小突いた。山男の額にコブができた。そのコブは見る見る内にどんどん膨れ上がり、あっという間に成層圏を突破して宇宙空間まで達した。

「ワオ、ファンタスティック」

 サンディーは驚いた。自分の体に信じられないパワーが満ちているのを感じた。

「ウエーン。クライ、クライ」

 山男はずきずきと痛むコブを触って泣いた。

「今なら、吹けるかもしれませーん」

 サンディーは胸の高鳴りを禁じ得なかった。このパワーならまるで音の出なかったフルートに命を吹き込み、美しい旋律を奏でることができるかもしれない。

 サンディーはフルートを咥えて吹いた。

 ブオオオオと巨大な風が吹き荒れた。その風は天変を引き起こしてかつてないほど巨大な台風が発生した。 

「オーノー」

 山男が、湖の主が、山ごと暴風に飲み込まれた。サンディーはブオオオオと鳴らないフルートを吹き続けた。

 世界を覆い尽くすほどの台風が巻き起こった。間違いなく世界が崩壊する巨大さだ。とんだ破壊の旋律だった。

「サンディー、いい加減にしなさーい」

 大いなる母が、声を振り絞ってその風を一瞬でかき消した。

 その声で吹き飛ばされそうになったサンディーから黄金色の光が消えていき、元のサンディーに戻った。

「マミー、ごめんなさーい」

 サンディーは大いなる母に謝った。

「いいわよ。ソフィー、サンディー、ご飯よー。早く帰ってきなさーい」

 大いなる母は懐が広かった。サンディーは、フルートを握り締めて全速力で帰途についた。

「マミー、お腹すきましたー。私もいれてくださーい」

 巨大なドーム型の家の前で三女のアカネは泣き叫んだ。大いなる母は今日もアカネの名前は呼ばなかった。

 アカネはふと、家の前に立てかけてあったサンディーのフルートを拾い上げた。

 アカネはフルートを咥えて吹いてみた。アカネの心を映し出すような、心温まる優しい旋律が奏でられた。その旋律が心地よくて、辺りの小動物達が集まってきた。

 そしてアカネの演奏会が始まった。空腹のアカネの腹の音が鳴る中、フルートの旋律は聴くもの全ての心を幸せで一杯にした。



 4

 

 三姉妹は、ニンジャマニアのビルの話を座って聞いていた。

「ジャパンのニンジャはクールなんだ。黒装束を着て、俊敏な動きで屋敷に忍び込む。シュパパパパ、パシュってシュリケンを投げたり、背中に背負ったサムライソードでターゲットを一刀両断。とってもクールだぜ」

 ビルは24歳の無職のメタボだ。三姉妹とは家が近くて古い付き合いがある。ビルは両親に溺愛されているからお小遣いには不自由していない。

「ジャパン、行ってみたいでーす」

 三女のアカネは遠い異国へ憧れていた。

「ビルのマネーで連れて行ってもらいましょう」

 長女のソフィーが提案した。

「オー、グッドアイデア」

 次女のサンディーとアカネもそれに同意した。

「オーマイゴッド。お前達、何も知らないんだな。この国には飛行機がないからジャパンに飛べないんだよ」

「なければ作ればいいじゃない。ビルのマネーで」

 ソフィーはあくまでビルの小遣い頼りだった。

「いくらすると思ってるんだ? 俺のマネーじゃとても足りねえよ」

「オーノー、ではジャパンに行けないのですね」

 ソフィーは残念そうに両手を広げた。

「ところが実は一つだけ方法がある。レインボーロードを歩いていけばジャパンに行けるかもしれない」

「レインボーロードってあの虹のことですか?」

 アカネは山々の間に覗けるキレイな七色の虹を指差した。ビルはメタボの腹を叩いて頷いた。

「イエス、さあ消えない内に行ってみましょう」

 ビルと三姉妹は早速、虹に向けて出発した。

 山の中腹まで上っていき、先頭のビルが断崖絶壁の崖から延びたレインボーロードに足をかけた。

「アーーー−−」

 ビルが絶叫しながら崖から落ちた。確かに足をかけたはずだが空を切ったのだ。

「ビルが落ちましたね。私達は気をつけましょう」

 サンディーが冷静に告げた。

「ハイ」

 ソフィーは返事して、そっとレインボーロードに足を乗せた。

「オ、オ、オー。乗れましたよ。サンディー、アカネ」

 嬉しくなったソフィーは、レインボーロードの上で少し踊ってみた。ぷにぷにと豆腐のような柔らかい感触が足を包んだ。

「ナイス、私も続きます」

 サンディーも慎重に足を乗せると、ゆっくりと体重がレインボーロードに沈み込み、無事に乗ることができた。

「私にも乗れました。さあアカネ、アナタの番です」

「ハイ」

 アカネはドキドキしながら、レインボーロードに足をかけた。

「アアアアアーーー」

 落ちた。アカネは野太い悲鳴を上げて崖の下の暗闇へと消えていった。

「オーノー。アカネ、大丈夫ですかー?」

 ソフィーとサンディーの心配する声が頭上から聞こえた。

「アアアアアー−−」

 アカネはまだ落ちていた。下を見ると仰向けになって倒れているビルの姿が見えた。

「どいてビルーーー」

 アカネはビルのメタボに着地した。両足がビルの腹の肉に沈み込み、すさまじい弾力がアカネを押し返して、トランポリンのように上に跳んだ。

「アアアアアーーー」

 打ち上げられたアカネは、ソフィーとサンディーが待つレインボーロードの方に飛んでいった。

「オー、アカネ、おかえりなさい。さあ、レインボーロードに乗るんです」

 二人の姉達は、無事に帰還した妹を歓迎した。やがて空中で勢いの止まったアカネは、レインボーロードに着地しようとした。

「ア、アアアアアーーー」

 しかしまた落ちた。根本的にヒトが虹に乗るなんて不可能なのだ。落下したアカネはまたビルのメタボに救われて無傷で済んだ。

「ジャパン、行けませんでしたね」

 ソフィーが残念そうに言った。全身に包帯を巻いたビルと三姉妹とで帰途についていた。

「大丈夫、いつか飛行機に乗って、皆で行きましょう。ネバーギブアップです」

 サンディーが励ますように言った。それで暗い雰囲気がパアっと明るくなり、全員に笑顔が戻った。

 いつか皆でジャパンへ。アカネは沈み行く夕陽を見ながらその夢が叶うことを願った。



 5


 チャンスタイムがやって来た。もちろん、アカネ以外の姉妹達にとってである。

 お国が主催する格式高い舞踏会への招待状が送られてきた。二通分だけ。

「オー、アカネ、ちょっと遊びに行くだけですから大丈夫ですよ」

 長女のソフィーは、部屋の隅で影の差した顔をするアカネを励ました。

「お土産買ってきてあげます。ヒヨコまんじゅうとか」

 次女のサンディーに好物の名前を上げられると、アカネの顔が少し明るくなった。

「いってらっしゃいお姉ちゃん」

 アカネは、リムジンの後部に乗ってお城へ向かう姉達を見送った。

「どうして、どうして、いつも私だけ」

 アカネは我が身の不幸を呪った。お国の舞踏会といえば、素敵な男性と出会える確率8割をゆうに超えるスペシャルなイベントなのだ。

「ハハハハハ」

 隣人のビルは顔全体をゆるませてアカネの不幸を笑った。むすっとしたアカネの顔をビデオを回して撮る。

「ハッハッハッハッハ」

 そのビデオを早回して観返しても、まったく動きのないアカネを笑った。今のアカネなら何をしてもビルのツボにはまるだろう。

「オッホッホッホッホ」

 ビルはビデオを見ながら寝転がり、腹を抱えて大笑いした。

「しつこいですよビル。私のことは放っておいてくださーい」

 笑うメタボの相手をしていられる気分ではなかった。アカネは家を出て、静かな森の中に入った。

 アカネは、森の奥に設置されたハンモックに揺られて森林浴に浸った。

 心の傷をそこで癒していると、カゴをぶら下げた老婆がやってきた。

「お嬢ちゃん、気持ちよさそうだね」

 老婆は、目をつむって寝そうになっていたアカネを起こした。

「はい。お日様が気持ちよくてついつい。お婆ちゃんは、ここでなにをしているんですか?」

「私もハンモックで寝に来たんだよ。わかったらそこどいてくれ」

「オー、ソーリー……」

 アカネは老婆にハンモックを譲った。老婆は遠慮なくカゴを枕代わりにして横たわった。

 アカネは仕方なく別の場所へ移動した。少し歩くと座りやすそうな切り株があったのでそこに座った。

 そこで森林浴に浸っていると、血塗れの斧を抱えた物騒な木こりが現れて、アカネの横を通り過ぎた。

「あの血はなんなんでしょう?」

 アカネは不思議そうに木こりの背中を見てると、木こりはギロリとアカネのほうに振り返った。

「オ、オー、ソーリー……」

 アカネが謝るとその木こりは再び歩き出した。アカネは怖くなって別の場所に移動した。

 森を歩いていると今度は古びたコテージを見つけた。ホコリ被った外観からして誰も使っていなさそうな感じがした。アカネはコテージのドアノブを握った。

「ノーーーーー」

 その瞬間、赤頭巾を被った少女がドアを飛び出してきた。そして少女を追いかけているらしい、二足歩行で歩く大きな狼がアカネに気付いて立ち止まった。

「お前そこでなにしてる?」

 狼は大きな口を開けて尋ねた。

「オー、あの、静かなところを探していたらここへ来たんです」

「ここはうちの不動産だ。あの赤頭巾は勝手に住み着いておった。お前もすぐにここを立ち去れい」

「ソ、ソーリー……」

 狼に説き伏せられてアカネは謝った。もう家に帰ってゆっくりしようと思い、踵を返して帰途についた。

 その道すがら、真っ赤なポルシェが前から走ってきてアカネの前で停車した。ガルウイングになった扉が開いた。

「へい、そこのお嬢ちゃん、俺のポルシェに乗って舞踏会に行かないかい? もちろんペアの招待状は持ってるぜ」

 リーゼントの男は招待状をちらりと見せた。不幸を溜め込んでいたアカネの陰気な顔が幸せそうに明るくなった。

「ハイ、行きます」

「オーケー、乗りなお嬢ちゃん」 

 アカネは見知らぬリーゼントのポルシェに乗った。そしてお城の舞踏会に連れて行ってもらった。

 結局のところ、素敵な男性と出会うことはできなかった。でも姉達と合流できたアカネは、踊り狂って至福のひとときを過ごせた。


 

 6


 出番の少ない長女のソフィーを掘り下げよう。

 ブロンドの髪、腰からすらりと伸びた長い足、大きな青色の瞳、客観的に見てキレイな女性である。

 だからソフィーは男性に誘惑されることが多い。その大半はろくでもない男性なのだけれど、彼女は妹達を溺愛するがゆえに抜け駆けすることはしなかった。

 サンディーにとっても、アカネにとっても、立派で優しいお姉ちゃん、それがソフィーという人物だった。

「ソフィー、ソフィー、どこにいるの?」

 ある日、大いなる母が珍しくグゴゴゴと自分の部屋から顔だけ出した。大いなる母は巨大すぎて部屋から出れないのだ。

「ソフィーお姉ちゃんなら朝から出かけたよマミー」

 ソファーでアイスキャンディーを食べているサンディーが言った。大いなる母は掃除機をかけているアカネに視線を移した。

「アカネ、サンディーと一緒にソフィーを探して連れて来なさい」

「ハイ、マミー」

 珍しく大いなる母に名前を呼ばれてアカネは嬉しそうだった。

 サンディーとアカネは手を繋いで、ソフィーを探しに街に向かった。

 街は広大である。一日でその全てを回り切れないほど大きい。サンディーとアカネは闇雲にソフィーを探すものの、やはり行方は掴めなかった。

「ソフィー、どこにいるのソフィー」

 商人の露天が並んだ通りを歩いていると、サンディーとアカネは大きな水晶玉に手をかざしている占い師を見つけた。

「オーイエス、ソフィーの居場所を占ってもらいましょう」

 サンディーは言った。アカネはハイと、頷いて二人は占い師の店を訪れた。

「いらっしゃいませ。なにを占いましょうか?」

「私達のお姉ちゃんを探しているんです。この街にいるはずです。占ってくださーい」

「わかりました。ペラペラペラペラ、プロペラ」

 占い師は激しく手振りを加えて呪文を唱えた。なにも映っていなかった水晶玉にぼんやりと焼き鳥屋が映った。

「オーノー、ヤキトリ!」

 サンディーのテンションが一段と跳ね上がった。ソフィーが妹達に黙って焼き鳥屋に行くのは、彼女の優しい性格からして考えられなかった。

「本当にここですか? ソフィーお姉ちゃんの居場所は」

 アカネはいぶかしげに尋ねた。

「信じるものは救われる。もしヤキトリ屋にいなければお代はいりません。行ってみなさい」

「オーケー」

 サンディーとアカネは焼き鳥屋に向かった。ジャパンの料理は高価で、出す店も限られているのですぐに見つかった。

「ソフィー、ソフィー」

 サンディーは勝手に店内を隈なく調べた。カウンターの下、炭火焼の網の下、冷蔵庫の中、そんなところにいるはずもないのに。

「ソフィー、ソフィー」

 アカネは客席を調べた。広い客席をぐるりと一周するが見つからない。

 しかしアカネは店の奥に個室があることに気付いた。梅の間、竹の間、松の間と3つの札がそれぞれ下げられており、個室を順番に開けた。

「ソフィー」

 梅の間を開けた。でっぷりとした腹の中年男が可愛い女の子の前でズボンを下ろしていた。男と目が合ったアカネは慌てて戸を閉めた。

「ソフィー」

 竹の間を開けた。さきほどのズボンを下げた中年男が可愛い女の子を抱き締めていた。男と目が合ったアカネは慌てて戸を閉めた。

「ソフィー」

 松の間を開けた。またさきほどの中年男が鬼の形相でアカネを待ち構えていた。全て同じ個室に通じていたようだ。

「出て行けー」

 サンディーとアカネは店を追い出された。

「ソフィーいませんでしたね」

 サンディーは寂しそうに告げた。ハイ、と返事するアカネも徐々に元気を無くしていた。二人とも大好きなソフィーに会いたかった。

「サンディー、アカネ、こっちでーす」

 突然、坂の上から懐かしい声が聞こえてきた。サンディーとアカネが顔を上げると、ソフィーがこちらに手を振っていた。

「ソフィー」

 二人はソフィーに駆け寄った。やっと巡り会えた三姉妹は手を繋いで輪になって踊った。

「どこでなにをしていたんですかソフィー?」

 しばらく再会の喜びに浸った後、サンディーは尋ねた。

「随分と心配をかけたみたいですね。うちの家計は大変苦しいので朝からヤキトリ屋でアルバイトをしていました。これはサンディーとアカネにプレゼントです」

 ソフィーはそう言って、パックに詰めたヤキトリを取り出した。

「オー、ソフィー、アイラブユー」

 サンディーとアカネは、宝石を見るかのように目を輝かせた。二人はヤキトリの串を取り、初めて食べるジャパンの味に舌鼓を打った。

「サンディー、アカネ、いつまでソフィーを探しているんだい」

 そのとき、大いなる母の声量が耳をつんざいた。サンディーとアカネは怯えて震えていた。

「ソーリーマミー、今やっとソフィーを見つけました」

 アカネは大いなる母に弁解をした。

「遅い」

 大いなる母はそう言って、天空から巨大な手を下ろした。アカネはウギャーとその手に潰された。巨大な手はソフィーとサンディーをつまんで家に連れて帰った。

「オーノー、マミー、私も連れて行ってくださーい」

 アカネは鼻血を流して立ち上がり、置いていかれた寂しさに泣き叫んだ。

 大いなる母に呼ばれていたソフィーは、縁談が来ていることを教えられた。ソフィーは目を丸くして驚いていた。

 ソフィーは妹達を置いて結婚してしまうのだろうか、サンディーとアカネは心配でたまらなかった。



 7

 

 単眼鏡をズームして、ソフィーのデートを観察しよう。

 サンディーは、ハイキングデートをしているソフィーと縁談の相手、ジョン・ハリーを離れたところから覗き見していた。

 その傍らでメタボのビルが、長大なスナイパーライフルのスコープを覗いてソフィーを見ていた。ビルは密かにソフィーに恋心を抱いていた。

 拡大された単眼鏡とスコープの視界に、手を繋いで歩く二人が映し出された。サンディーはオーマイゴッドと叫んだ。ビルは嫉妬に駆られて、縁談相手のジョンの頭にスナイパーライフルの引き金を引いた。

 バング、と大きな銃声が響いた。山道を歩いているジョンの頭の遥か上空に弾丸が飛んでいき、木の上から二人のデートを見守っていたアカネの胸を直撃した。

「オーノー」

 撃ち落されたアカネは、ソフィーとジョンの前に落ちた。

「アカネ、大丈夫ですか?」

 ソフィーは駆け寄って、ぴくぴくと痙攣して死にそうな妹の胸に手を当てた。すると瞬く間に傷が癒えてアカネは全快した。

「ありがとうお姉ちゃん、邪魔してごめんね」

 アカネは礼を述べて、そそくさとその場を離れた。

「ソフィーさん、今のパワーはなんですか?」

 ジョン・ハリーはその奇跡のような光景に驚いていた。

「ただ妹を治しただけですが、なにかおかしいところありましたか?」  

 ソフィーは訳がわからなかった。こんなことは朝飯前だし日常茶飯事だった。

「ベリーグッド、ソフィーさん、やはりアナタは私の妻になるのにふさわしいヒトです」

 そう言って、ジョンはソフィーの体を抱き締めた。すぐさまビルのスナイパーから二射目が発射された。

 バングと銃声が響き、ジョンの頭が見事に爆ぜたが、ソフィーが一瞬で元通りに治した。

「大丈夫ですか? ジョンさん。さっきから私の友人が撃ってきてるみたいです」

「オーマイゴッド。頭が吹き飛んだはずなのに元に戻っている。なんというパワーだ。ファンタスティック」

 ジョンが感心していると、放たれた三射目がジョンの心臓を破壊して肉体を貫通した。血を吐いて倒れるジョンを、ソフィーはまた一瞬で治療した。

「いい加減にしなさいビル、今度撃ったら絶交するわよー」

 怒ったソフィーは、超音波じみた大声を出した。離れたところにいるサンディーやビルの頭がその音波で破壊されそうだった。もちろんソフィーの近くにいたジョンとアカネは、耳から血を流して頭が爆発した。

「オーノー。ソーリー、ジョンさん、アカネ」

 ソフィーは慌てて二人を元通りに治療した。数瞬の間で三度も生死を行き来したジョンは虚ろな目をしていた。

「オ、オー。今生きているのか、死んでいるのかどっちですか?」

 もはやどっちなのかジョンはわからなくなっていた。

「大丈夫です、生きています」

「オー、そのようですね。では行きましょうかソフィーさん」

「ハイ」

 ソフィーとジョンはハイキングを続行した。離れたところにいるサンディーとビルは、ソフィーに警告されてしまったのでもはや妨害しようがなかった。

 アカネは茂みの中を移動して尾行を続けた。大切なお姉ちゃんの縁談相手が確かであるか、どうしても見極めたかった。その気持ちは離れところにいる二人も同じだろう。

 山の頂上についたソフィーとジョンは、お弁当を食べた。

 ジョンは、ソフィーの手作りのサンドイッチをほおばり、温かいコーヒーをコップに注いで飲んだ。

「ベリーグッド、ソフィーさんは料理も上手だし、キレイだし、不思議なパワーも持っている。まったく非の打ち所が見当たりませーん」

 ジョンは随分とソフィーに惚れ込んでいた。ソフィーは嬉しそうにはにかんでいたが、やがて暗い顔を覗かせた。

「オー、ジョンさん、とても言いにくいのですが、私この縁談断ろうかと思っているのです」

「ホワッツ、どうしてですかソフィーさん?」

 ジョンは信じられないといった表情で固まっていた。

「私には可愛い妹がいます。長女として、妹達が大きくなるまで面倒を見なければいけません。それに、あまり好みの殿方ではありません。ソーリー」

 無情にも振られたジョンは、わなわなと手を震わせ、ソフィーの体に腕を回した。

「私はアナタを愛しています。結婚してくださーい」

 ジョンは愛を叫んだ。彼に残された最終手段だった。

「ノー」

 しかしソフィーはジョンをはねつけた。ソフィーに押されたジョンは吹っ飛んでいき、一瞬で遥か彼方に消えていった。

「お姉ちゃん」

 その様子をずっと見ていたアカネが駆け寄ってきた。

「恥ずかしいところを見せてしまいましたね。ですがあの人を最初に見た瞬間から断るつもりでした。もう生理的にダメでした。さあアカネ、帰りましょう」

 ソフィーは優しく手を伸ばした。アカネはハイと言って、その手を握った。

 山を下りてきたソフィーとアカネを、サンディーとビルが出迎えた。

 合流した四人は楽しそうに談笑を交わして家に帰った。

 家に帰ったソフィーは、縁談を断ったことで大いなる母に大目玉を食らった。 

「ソーリー、マミー」

「いいや、許さないわよソフィー。今晩はアカネと一緒に外で頭を冷やしていなさい」

 大いなる母によほどの怒りを買ったのか、ソフィーは晩御飯抜きで家を追い出された。

 その晩は、当たり前のように家に入れてもらえないアカネと一緒にソフィーは眠りに就いた。



 8

 

 冬が来た。

 いつもは緑に覆われた王国が雪で真っ白に染まった。

 アカネは大いなる母に言いつけられて、ドーム型の巨大な家の前の雪かきを一人でやっていた。

 さて、そろそろこの物語に違和感を覚えた賢明な読書も多いことかと思う。

 大いなる母は、ネグレクトなんじゃないかって。子供の面倒を怠ったり、放置したりする毒親のことである。

 それは三女のアカネの不当な扱いを見れば、顕著にそう思えるだろう。

 実際にアカネは大いなる母に好かれていない。姉のお下がりの服しか着れないし、食事も満足に食べていないし、家事や雑用は大体アカネに押し付けられる。

 しかしアカネはめげなかった。誰よりも強いハートを持っている子だった。

「アカネー、こっちに来てくださーい」

 遠くのほうで雪遊びをしているサンディーがアカネに手を振った。アカネは小走りで駆け寄っていった。

「なんですかサンディー? アウチ」

 突然、アカネの右足に激痛が走った。右足がトラバサミに捕まったのである。狩猟用の罠だがどうして家の前にこんなものが。

「どうしましたアカネ? アウチ」

 アカネを心配して近づいてきたサンディーが消えた。なぜか落とし穴が掘られていたのである。穴に落ちたサンディーは雪に体が埋まって脱出することができなかった。

「ソフィー、助けてくださーい」

 動けなくなった二人は、家の中にいる姉を呼んだ。

「今助けてあげまーす」

 慌てて家から出てきたソフィーは、右手と左手をそれぞれアカネとサンディーに向けた。 

 すると、右手の不思議な力でアカネのトラバサミが外れた。サンディーもふわりと体が浮き上がり、落とし穴から脱出できた。

「二人とも大丈夫ですか?」

 ソフィーはアカネの傍に近づき、トラバサミで負傷したアカネの足を治した。

「お姉ちゃんのおかげで大丈夫です。しかしどうして家の周りに罠が張ってあるのでしょう」

 アカネが言って、三姉妹は顔を見合わせて首を傾げた。思い当たる節はまるでなかった。

「いたぞーあそこだー」

 雪が降る視界の悪い中で、どこか聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。三姉妹はそちらに振り向くと、その男を先頭にタイマツを持った集団が列を成してやってきた。

「あれが魔女だー。皆の衆、捕えろー」

 よく男の顔を見ると、先日ソフィーが吹き飛ばしてどこかへ消えた縁談相手のジョン・ハリーだった。

「ジョン、どうしてここにいるんですか?」

 ソフィーが言うと、列を成した男達がクワやスキ等の農具を持って三姉妹に襲い掛かってきた。

「オーノー、なにするんですか」

 サンディーは右手を前方に振って、その風圧で男達をまとめて吹き飛ばした。アカネは恐怖に震えて姉の背中に隠れた。

「お前達は怪しげな力を使う魔女です。私は実際にソフィーの力で死にかけました。そんな恐ろしい魔女を野放しにはできません。大人しく捕まるのです」

 ジョンはどうやら、ソフィーに強い恨みを抱いているようだった。あるいは振られた腹いせかもしれない。

「サンディー、アカネ、アナタ達は私が必ず守ります。私の傍にいてください」

 頼もしいソフィーの言葉だった。

 ソフィーは足元の雪をすくって雪玉にした。その雪玉を地面に沿って転がすと、瞬く間に巨大な雪玉になり、男達のほうに転がっていった。

「オーノー。皆、逃げろー」

 ジョンは逃げた。男達も逃げた。雪玉はさらにどんどん大きくなり、速度を増しながら男達を追いかけていった。

「結局、なんだったんですかあの人達?」

 サンディーは不思議そうに言った。ソフィーにもアカネにもよくわからなかった。魔女狩りにきたのは確かだが、魔女との力量差がありすぎた。

「ソフィー、サンディー、もうとっくにご飯ですよ。さっさと家に戻ってきなさーい」

 その魔女達の大いなる母が、怒声を上げた。三姉妹は飛び上がった。

 その恐ろしい声量は、大地を激しく震わせた。王国全体に地震が起きて、雪山が崩れてすさまじい雪崩が起きた。三姉妹も含めて、王国に住むほとんどのヒトがオーノーと、その雪崩に飲み込まれていった。

 雪崩の後には、連日のように雪に埋められた人達の救出作業が続いた。

 そうこうしている内に冬は終わり、雪が溶けてまた新しい春がやってきた。


 

 9

 

 大いなる母は、三姉妹にとって神にも匹敵する偉大な存在である。

 だからこれまで大いなる母に対するいかなる疑問も、押し殺してきた。そんなことは思ってもいけないことだと自分に言い聞かせてきた。

 しかし三女のアカネは、その禁を破ってしまった。

 アカネは疑問に思った。自分は本当に大いなる母の子供なのだろうかと。

 長女のソフィーや次女のサンディーを見てると、大いなる母と近しいものは感じるし、その血を受け継いでいるんだろうなと思える。しかし自分はなぜか大いなる母に冷たくされているし姉達が持っている不思議なパワーも使えない。

 アカネは思い切って、そのことを姉とビルに相談してみた。

「アカネ……なんてクレイジーなの。アナタは、私やサンディーと血を分けた姉妹ではないと言いたいのですか?」

 ソフィーは怒って、アカネの頭を肘でぐりぐりした。

「ソフィーの言う通りです。アカネ、私はアナタを愛しています。妹として、愛しています。この気持ちを裏切るのですか?」

 サンディーは怒って、アカネの鼻の穴に指を突っ込み、ぐいっと上に向けた。

「フガガ、ソーリー、お姉ちゃん。でも、私は」

 アカネは愛のある叱責を受けても考えを曲げなかった。

「でも俺達は、アカネが生まれたところを見たことないよね」

 静観していたメタボのビルが言った。

「そういえば、そうですね。三つしか歳が違わないので、覚えていないだけかと思ったのですが、アカネはどこで生まれたんでしょう」

 ソフィーもだんだんとアカネの出生を疑問に思ってきた。

「アカネという名前はジャパンの女の子によくいるらしいぞ。ジャパンとなにか関係があるんじゃないか?」

 ジャパン通のビルは名推理を働かせた。

「ジャパン、そこにアカネの秘密が隠されているのかもしれないのですね。なんだかエキサイティングです。ジャパンに行きましょう」

 サンディーは半分、単にジャパンに行きたくて提案した。

「グッドアイデア、しかしどうやって?」

 ソフィーは疑問を呈した。ジャパン行きは以前に失敗したはずだ。

「俺に考えがある。その方法を使えば、もしかしたらジャパンに行けるかもしれない」

 ビルはいつになく頼もしかった。三姉妹はビルにその方法を聞いた。

 そして今、アカネは街の路上で姉達と一緒に楽器を演奏する準備を始めた。ソフィーがギター、サンディーはフルート、アカネはタンバリンを担当して、ビルをメインボーカルに据えたバンドだった。

「行くぜ」

 ビルが合図を出した。この世のあらゆる不快な音が入り混じった、ゲリクソのような不協和音が奏でられた。ビルも酷く音痴で、その聞いててイライラしてくる声がさらに拍車をかけた。

「うるさいでーす。今すぐやめてくださーい」

 街の人が殺到してきた。違う意味で。歓声の代わりに騒音の抗議が巻き起こった。石を投げてくる心ない観客もいた。

 それでも三姉妹とビルは、演奏を中止することはなかった。街の人にしばらく騒音被害をお届けしていると、お城のほうから衛兵がやって来た。

「ストップ、ストップ。いい加減にしなさい君達。これ以上続けるようだと国外に追放しますよ」

 衛兵は警告を促した。ビルはしめたと思った。

「お願いします。国外に、ジャパンに追放してくださーい」

 サンディーは衛兵に頼んだ。国外に追放されることがビルのプランであった。

「オ、オー。追放されたいのですか? しかしジャパンは遠い。そんなところまで追放できません。しばらく牢屋に入っていなさーい」

「オーノー」

 思わぬ宣告に三姉妹とビルは悲鳴を上げた。両手に手錠をかけられた四人

は、一列になって城の牢屋に連れて行かれた。

「捕まってしまいましたね。誰ですかジャパンに行けると言ったのは」

 ソフィーはビルを見つめて、呆れたように溜息をついた。

「お姉ちゃん、ビル、ソーリー。私がマミーの子じゃないかもと言ったばかりにこんなことに」

 アカネは大ごとにしてしまった自分を責めた。

「アカネは悪くありませんよ。ビルが大体悪いのです。太ってるし」

 サンディーは本心からそう思ってアカネをかばった。

「太ってるのは関係ないだろ。でも少し強引なプランでしたね。反省しまーす」

 ビルはそう言ってごろんと横になった。三姉妹も顔を見合わせて溜息をつき、やることがないので横になった。

 その深夜、天空から巨大な手が下りてきて、王国の城をそのまま手のひらでドーンと押し潰した。

「ソフィー、サンディー、ビル、こんな遅くまで家に帰らずなに遊んでいるのー」

 大いなる母の咆哮がした。その瞬間、凄まじい風が巻き起こり、三姉妹とビルは、崩れた城の瓦礫と一緒に遥か彼方に吹き飛ばされた。

「オーノー。マミー、ソーリー。助けてくださーい」

 空を飛んだ三姉妹とビルは空中で手を繋いだ。四人の体は雲を突き抜けてどこまでも風に乗って飛ばされていく。

 しかし空を飛んでいる内にサンディーは閃いた。

「そうだ、このままジャパンまで飛んで行きましょう」

「オー、それはグッドアイデアでーす」

 四人に希望の光が見えたような気がした。ソフィーとサンディーが空中で不思議な力を使うと、四人は大きな泡の中に包まれた。

 四人はふわふわと浮かぶその泡に乗って、遠い異国のジャパンを目指した。

 やがて水平線の上に日が上り、探し求めていたジャパンの陸地が見えてきた。

「オー、あれがジャパンですか。一体どんな国なんでしょう」

 アカネはその異国の地を遠めに眺めて、どこか懐かしさを覚えずにはいられなかった。



 10


 サンディーは乗ってきた大きな泡にハリを刺した。

 パーンと泡が割れて、三姉妹とビルはジャパンの大地に降り立った。

「ビューティフル」

 アカネが言った。三姉妹とビルの眼前には、一面のチューリップ畑が広がっていた。色取り取りの美しいチューリップがストライプ状に咲いている。丘の上には風車が回っていた。

「ここがジャパン? ニンジャが隠れているかもしれない。探しましょう」

 ビルは興奮してチューリップ畑の中に入っていった。三姉妹は顔を見合わせて曖昧な顔をした。

「ニンジャはビルに任せて、私達はアカネについて調べてみましょう」

「ハイ」

 ソフィーが提案して、サンディーとアカネが頷いた。

「でもどうやって?」

 アカネが言った。

「まずジャパンのアカネさんを集めて聞いてみましょう。サンディー力を貸して」

「ハイ」

 ソフィーとサンディーは手を繋いだ。握っていない方の手を天にかざすと、ギュイーンと大気が渦巻状に回転して吸引を始めた。すると全国各地からアカネという名前のヒトが方々から飛んできた。

「きゃああああ、助けてー」

 すぐに100人以上は集まっただろうか、空中に浮かぶそのアカネさんの一団はダンゴのように丸まっていた。

「ジャパンのアカネさーん、質問があります。このアカネを知っているヒトはいますかー?」

 サンディーはアカネの肩を抱いて、アカネさんの一団に聞いた。

「知らなーい。早く下ろしてー。死ぬー」

 悲鳴が上がるばかりで、これはまともな返事なのだろうか。とりあえずソフィーは手を振ってアカネさんの一団を解散させた。元いた位置に全国のアカネさんが飛ばされていく。

「どうも名前が同じなだけで、アカネのことを知らないようですね。こうなったらダウジングで探してみましょう」

「オーイエス、チクタクですね」

 ソフィーが提案して、L字型の針金状になったダウジングロッドを取り出した。サンディーもダウジングロッドを前方に掲げて、ただ一人持っていないアカネはサンディーの後ろについた。

 三姉妹は一列になって、アカネを知るヒトを探し始めた。

「チクタク、チクタク」

 三姉妹はチューリップ畑を抜けて、牧場にやってきた。牛がベーベーと鳴いて可愛かった。

「チクタク、チクタク」

 そこの牧場主にロッドを向けると、土の塊になったので別の場所に向かった。まだまだ遠そうな感じがした。

「チクタク、オービックシティー」

 三姉妹は都会について興奮を隠し切れなかった。そこはサッポロという名前の大きな街らしかった。

「チクタク、チクタク」

 三姉妹はジャガバターとソフトクリームを食べながら行進した。本場で食べるジャパンの味は美味しかった。

「チクタク、チクタク」

 三姉妹はダウジングが反応する南に向かった。ジャパンは縦に長い国らしく、現在地はその北端に位置する辺りらしかった。

「チクタク、チクタク」

 ハコダテ、トウホク、カントウ、チュウブ、キンキと南下していくと、ニンジャがいるらしいイガという土地に辿り着いた。

「オー、ジャパニーズニンジャ。クール」

 イガでは、ビルが言っていた通りの黒装束を着たニンジャがシュリケンをダーツのような的に投げていた。それも子供から老人までたくさんいた。

「ニンジャさーん、アカネを知っていますか?」

 一応、サンディーはニンジャの一人に聞いてみた。

「アカネ? しらなオロロロロ」

 知らなかったみたいだ。ニンジャはデロリと溶けて土の塊になった。三姉妹は行進を続けた。

「チクタク、チクタク」

 チュウゴク、シコク、キュウシュウと歩いていき、やがてカゴシマに着いて、とうとう行き場所がなくなった。

「まだダウジングは遠くをさしています。オキナワという離れた島がまだあるらしいので行ってみましょう」

 ソフィーはそう言って、カゴシマの海に手を触れた。瞬く間に海が凍り付き、オキナワまでの道が完成した。

「チクタク、チクタク」

 三姉妹は凍った海を歩いていった。オキナワに上陸すると、ダウジングロッドが大きな反応を見せた。

「かなり近いみたいです。ぐいぐいと手が引っ張られる感じです。行きますよアカネ」

 サンディーは、背中に背負ったアカネに言った。ハコダテの前辺りからアカネはダウンして、そこからずっと姉達におぶられていた。

「やっと、私の秘密がわかるんですね」

 アカネは緊張で心臓がバクバクしていた。もしかしたらこの遠い異国で本当のマミーが見つかるのかもしれない。 

 三姉妹は、山のほうに反応するダウジングロッドに従い、登って行った。 

 そしてついに。ダウジングロッドは目的地を指し示した。そこは山の上の墓地だった。

「お墓……ですかね? ジャパン語で書かれているのでなんと読むのかわかりません」

 ソフィーとサンディーは墓石の一つで立ち疎んだ。

「これは……マミー。私の、本当の、マミーのお墓です」

 アカネは目に涙を一杯溜めていた。不思議とアカネには書かれていた文字が理解できた。

「本当のマミー? アカネ、大丈夫ですか?」

 ソフィーは心配してアカネに呼びかけた。アカネは只ならぬ様子だった。

「金城塔子の墓、最愛なる娘のアカネを待つ。と書いているんです。私にはわかるんです」

 墓石を読んだアカネは途端にフラッシュバックした。眠っていた記憶が呼び覚まされた。まだ幼いアカネを愛していた本当のマミー金城塔子から、強引に子供を奪った大いなる母の姿が頭を過ぎった。

「やっぱり、私は違ったんですね。マミーやお姉ちゃん達とは血の繋がりのない子だったんですね。ああ……ああ……ワアアアアアン」

 アカネは泣いた。声を限りにして泣き叫んだ。大地が震えて地震が起きた。海面がどんどん上昇していった。黒雲が空を覆い尽くし、イナヅマが落ちた。

「アカネ、落ち着いてください」

 ソフィーとサンディーは、天変地異を引き起こそうとするアカネの体を優しく抱き締めた。それは妹を想う姉の純粋な愛だった。

「血の繋がりなど関係ありません。私達は姉妹です。アカネを愛しています。アカネ、これからもお姉ちゃんと呼んでくれますか?」

 ソフィーは言った。サンディーも同じ気持ちだった。アカネは大粒の涙を流して頷いた。

「ありがとう、お姉ちゃん。私、ハッピーです」

 アカネは姉達を抱きしめた。

 熱い抱擁を交わした三姉妹は、以前より強い繋がりを感じて、さらに強いキズナで結ばれたような気がした。

「……ソフィー、サンディー、アカネ、早く、帰ってきなさーい」

 大いなる母の咆哮が聞こえた。三姉妹は身を寄せ合ってビリビリする衝撃波に耐えた。そして海のほうを向いた。

「オー、マミー」

 三姉妹は驚いた。そこには娘達の帰りを待ち侘びた大いなる母の巨大な両手が出迎えに来てくれた。

 

 

 11

 

 あれから三年経ちました。

 とある王国は相変わらず緑に囲まれてキレイです。

 ソフィーとサンディーは元気です。いつも仲良く三姉妹で一緒に遊んでいます。

 大いなる母は、マミーは部屋から出れないのでその姿を見せることは滅多にありません。でも少しだけ私に優しくなりました。嬉しいです。ハッピーです。

 ビルは、先日久しぶりにジャパンから帰ってきました。

 ニンジャの修行をしてきたらしく、私達三姉妹にニンジュツを見せてくれました。水に潜って穴の開いた竹筒で息をするというクレイジーな術を披露してくれました。

 ですが、水を大量に飲んで溺れてしまいました。まだ未完成だったみたいです。私とお姉ちゃん達はオーノーと叫んで、ビルの大きなお腹を必死に押して、水を吐き出させました。

 ときの流れをあまり感じませんが、変わったところもあります。

 ほんのちょっぴり大人になったことです。ソフィーは21歳、サンディーは19歳、私は18歳になりました。ビルは27歳ですがそれはいいとして、私達は大人になって少し落ち着いたかもしれません。

 私は最近、アメリカン・コーヒーを飲むようになりました。

 ジャパンを訪れたとき、初めて飲んだものです。なんでもこの世界にはアメリカという大きな国があるらしいのです。私はまた遠い異国に憧れています。お姉ちゃん達と一緒に、是非行ってみたいです。

 そしてダディ、そう、この話を読んでくれているアナタのことです。ずっと私達を見守ってくれていたんですね。ありがとう。

 私達三姉妹には、ダディがいません。だからアナタが実の父のように見守っていてくれたことを嬉しく思います。もし女性だったら……ソーリー。ごめんなさいね。

 それではここら辺で笑顔でお別れとしましょう。

 グッバイ、ダディ、センキューフォーリーディング。


 

 

 エピローグ


 アカネは野山を駆け回る。サンディーは海を泳ぎまくる。ソフィーは空にぷかぷか浮かんで飛びまくる。そしてビルは、熊手で地中を掘りまくる。

 三姉妹とビルは探していた。まだ見ぬ遠い異国アメリカを。

「ソフィー、サンディー、アカネ、ビル、ご飯ですよー。早く帰ってきなさーい」

 大いなる母の声が響き渡った。三姉妹とビルは慌てて家に帰った。

「ハーイ、マミー、お腹空きましたー」

 四人がアメリカに行くのは、当分先のお話になりそうですね。



 END

 いかがでしたでしょうか。この作品で笑顔になって頂けたなら何よりの幸せであります。

 少しでも楽しんで頂けたなら嬉しいです。なにかしら気になる点や批評、感想等あればなんでもご連絡ください。




 bainiku@gmail.com @bainiku081 Gメールやツイッターでも受け付けております。

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