会長の家へお見舞いに
会長が倒れた。
といってもただの風邪だという。
そりゃあんだけ忙しければ、
過労で倒れても全然おかしくないでしょうね。
そんなわけで今日は会長はお休み。
ゆっくり自宅療養しているのだが・・・、
「お願い、どうしてもこの書類だけ、
今日中にハミルトンさんのサインが必要なの。」
「でもその書類をぎりぎりまで放置したのは
先生ですよね。先生の責任じゃん?」
「分かってる、
私が悪いのは重々承知しているんだけど、
私も切羽詰まってて、
おうちにお邪魔する時間も取れないから、
マイさん、ハミルトンさんのおうちに
お見舞いついでにサイン貰ってきて。
必要なポイントは私が全部持つから、
お願い!」
「うーん、食堂でフルーツ詰め合わせ弁当を
作ってもらって、それをお見舞いとして
持って行こうかしら。
あとはお花も必要かな?
それらのポイントをすべて、
先生が持ってくれると?」
「フルーツ詰め合わせ・・・、うぅ、
いいわよ・・・。
午後の実技はさっさと切り上げるから、
サインお願いしますぅ・・・。」
先生に捕まったのが運のつき。
仕方が無いので私は書類を預かって、
道案内にニーナとミリアを連れて、
ついでに護衛のケイくんも連れて、
会長の家にお見舞いに行くことにした。
学校の正門から徒歩1時間ほど、
立派な建物の並ぶ高級住宅街の一角に
会長の家・・・というかお屋敷があった。
だが良く見るとその庭は雑草が目立ち、
手入れが行き届いていない模様だった。
また窓から見える邸宅の中に家具などは見当たらず、
壁と床と天井だけしか無いように見えた。
まずは呼び鈴を・・・ってこの世界では、
この板が呼び鈴でいいのかな?
「あれ、マイってこういうのも不得意?
じゃああたしが代わりにやったげるよ。」
ニーナはそう言うと玄関の板をぽんっと叩いて、
『はい、どちら様ですか?』
可愛らしい声が板から聞こえてきた。
「あたし、会長さんの、
デネブさんのクラスメイトのニーナと言います。
みんなでお見舞いに来ました。」
『あら、わざわざありがとうございます。
今開けますので少々お待ちください。』
誰かが階段を下りる音が聞こえて、玄関の扉が開く。
顔を出したのはワンピースの金髪少女。
肌が透き通っていて、顔も会長に似ている。
「こんにちは。お待たせしました。
姉がいつもお世話になっております。
さあどうぞ、お上がりください。」
中に入ると広い玄関。
ただ広いだけで、何も無い玄関であった。
「さあどうぞ。姉は今2階で、
眠れないからとお話をしているところでしたの。」
そう言って私たちを2階に行くよう促す。
会長の妹さんは2階にあるドアの前でノックして、
「お姉ちゃん、」
「どうぞ。」
会長の声が中から聞こえてくる。
「「「「おじゃまします。」」」」
部屋の中では、ベッドから身を起こした状態の
寝巻きの会長がこっちを向いていた。
部屋の中にはタンスと小さなテーブル、学習机があり、
どれも綺麗に整頓されていた。
「あら、4人もいらっしゃったのですか。
もうだいぶ良くなったから、
そんなに気を使わなくっても良かったのに。」
「いえ実は、先生に頼まれちゃいまして・・・、」
私はそう言って、例の書類を差し出す。
「ふーん、なるほど、ふむふむ、って何これ?
今日中じゃないの。まったく先生ったら、
仕方の無いひとねぇ。」
そう言って書類にじっくり目を通す会長。
「ベガちゃん、ちょっとペン取ってくれる?」
「うん、えっと、これでいい?」
「ありがとう。じゃあ、っと、これで。」
サインを済ませた書類を私に返してくる。
「会長、ありがとう。
代わりといっては何だけど、
先生から奪ったポイントで、
色々お見舞い買って来たから、どうぞ。」
「あらきれいなお花。
あとこれは・・・お弁当かしら?」
「よく食べて、よく寝れば、
風邪なんかすぐに治るって言うでしょ?
だからフルーツでビタミン摂って、
しっかりと元気になってね、ってこと。」
きょとんとした目で私を見る会長。
会長だけじゃない。ニーナも妹さんも、
きょとんとして私を見てる。
「え、えーっと、
マイさんと、ケイさんの田舎では、
きっとそういう習慣があるのね。
ありがとう。フルーツいっぱい食べるわね。」
何とかフォローしてくれる会長。
「あれ、そういえばあたし、
マイやケイがどこ出身なのか聞いたこと無かった。
ねえ、ケイ、マイ、田舎ってどこなの?
ビタミントってどんな習慣なの?」
「あっ、あーそういえば、
ベガちゃん皆さんに自己紹介した?
まだならしっかり挨拶しておきなさい。」
疑問を口にするニーナを慌てて制止して、
別の話をしてごまかす会長。
そういえば会長は僕達の事情、
どこまで承知しているのだろう?
「はい、お姉ちゃん。
私はベガ・ハミルトンと言います。
今は第十三地区の中等学校に通っています。」
「あらー丁寧にありがとう。
あたしはニーナ・モランって言います。
ほらミリアも。」
「私はミリア・シュナイダーです・・・。」
「私はマイって言います。
会長さんにはいつもお世話になっています。
そしてこっちは弟の、」
「弟のケイです。」
「あれ、ケイさんってやっぱり、
あのドラゴンスレイヤー・ローレンスを
獲得したケイさんですか?」
目を輝かせる妹さん。
「俺、そんなに有名ですか?」
「ええ、当然です。
ドラゴンスレイヤーの勇者といえば、
五十年ほど前、天から与えられた9振りの
聖剣を手に活躍した9人の英雄、すなわち
フェルミ、メンデレーエフ、ローレンス、
ラザフォード、シーボーグ、ボーア、
マイトナー、フリョロフ、オガネシアンの
意思を受け継ぐ戦士として
ソウ王国民みんなの憧れの的ですから。
このうちドラゴンスレイヤー・フェルミは
竜の肩に刺さったまま
飛んでいってしまったので、
今現在、国に残っている聖剣は8振り。
そのうちご存命の勇者様は、
当代最強といわれる女戦士、
エリス・エリオット:ラザフォード、
技巧派、ヘンリー・レイ:マイトナー、
力任せの巨漢、
ジョナサン・モラレス:オガネシアン、
貧民街の星、ルイ:メンデレーエフ、
そしてあなた様、ケイ:ローレンス!
そんな憧れの勇者様が我が家に
来てくださるなんて、感動です。大感激です。
不躾なお願いですが、できれば」
「ちょっとベガちゃん、落ち着いて、
みんな話についていけてないわよ。
ほら、皆さん目を丸くされちゃったじゃないの。」
興奮して話が止まらない妹さんを制する会長。
「ごめんなさいね、皆さん。
うちに人がこんなに集まるのはすごく久しぶりだから、
それでこんなに興奮しちゃったのよね、きっと。
普段二人っきりで、寂しい思いをさせてるからね。」
「あら、この広いおうちで二人暮らしなんだ。」
ニーナが言う。
「ええ。父が病気で亡くなって、
母も流行り病で亡くなってからは二人暮らしですけど、
でもお姉ちゃんが、姉が居るから寂しくないですよ。」
妹さんが答える。いい妹さんだ。
「あらベガちゃんありがとうね。
でも実際のところ昔に比べたら・・・ね。
かつてお金があった頃は家政婦さんを
雇ってたこともあり、
いつも賑やかだったのですがね・・・。」
「ああ、だから庭があんなに。」
「ちょっとニーナ!」
そう囁いて、ニーナを軽く小突くミリア。
「いえいえ、ニーナさんの言うとおりですよ。
今では庭の管理も疎かにしてしまって、
部屋も普段使う私とベガちゃんの部屋以外は
埃だらけにしてしまっていて、
まったくお恥ずかしい限りです。
さて、そろそろ学校に戻らないと、
書類の提出期限に間に合わないのではありませんか?」
「あら、もうこんな時間。
お見舞いと言いつつ、こんなに長居してすみません。」
「いえいえ、ベガちゃんの楽しそうな姿を
久々に見ることが出来たおかげで、
風邪もどこかに飛んでいったみたいですわ。
また明日、学校でお会いしましょう。」
「おじゃましました。」
「また明日。」
「お大事に。」
「さようなら。」
各々声を掛けて、会長の部屋をあとにする。
その後を付いてくる妹さん。
「あの・・・、ケイさん。
お願いがあるのですが・・・、」
「えっ、なんだい?」
「じつは、サインをいただきたいな、って。
不躾なお願いで申し訳ありませんが・・・。」
「え、俺なんかで良ければ・・・。」
再び目がきらきら輝きだす妹さん。
「あ、ありがとうございます!
ちょっと待っててください!」
そう言って隣の部屋に急いで飛び込む妹さん。
扉の隙間から、部屋の中がちらっと見える。
ん・・・?気のせいかな・・・?
再び扉が開き、妹さんが色紙を持って現れる。
色紙なんかよく持ってたなぁ・・・。
「こちらに、お願いします!」
そう言って色紙とペンをケイくんに渡す妹さん。
「えっと、どこに、何て、書けばいいのかな?」
「座右の銘みたいなのとか、
二つ名っぽいのとか、ありませんか?
でしたらケイ:ローレンスって名前を真ん中に、
でっかく書いてくれたら嬉しいです。
あと出来れば、ベガ・ハミルトンへ、なんて
隅の方にでも書いてくれたら・・・。」
もじもじしながらお願いする妹さん。
そんな可愛らしい女の子の部屋に
ギロチンみたいなのとか鞭みたいなのとか、
そんなのが置いてあるわけが無い。
そう。きっと気のせいに違いない。
「ありがとうございます!
一生大事にします!」
そう言って、ケイくんが覚えたての文字で、
ようやっと書き上げた色紙を
大事そうに抱える妹さん。
満面の笑顔がそこにあった。
「ところでマイさん、
ビタミンなんて良くご存知ですのね。」
会長のお屋敷から学校へ帰る道すがら、
ミリアが私に話しかけてきた。
「えぇ、え?」
「私、一時期、料理人になろうかと
考えていたことがありまして、
栄養の専門的な勉強もしていましたの。
まあ結局、ニーナに誘われたのと
家の名誉になるのもありまして、
この学校に入ったのですけど。」
「ま、まあ私も、そんなところかな。」
適当にはぐらかす私。
この世界ではビタミンって、
一般常識じゃなかったんだ・・・。




