合同武術大会にて
僕達がこの世界に来て、数ヶ月ほどが経った。
今日はソウ王立第一学院とソウ王立第二学院、
二校合同で開催される、武術大会の日である。
この大会、名前は普通の運動会レベルにしか思えないが
女王が主催し、優勝商品はこの国に8振りしか
存在しない聖剣の8年利用権であるという、
国を挙げた大きなお祭りの一つであるとのこと。
大会の目的は、最前線で活躍できる優秀な若い戦士を
多数育成することであり、
優勝者に国宝級の武器を貸し与えるのも
参加者すなわち生徒のやる気のためというより、
魔物討伐や国防のため最前線で戦う兵士としての活躍を
期待してのものであるという。
このような大会の性質上、
いつもならば前線志望の男子が多い第一学院の学生から
優勝者が出るのだが、今年はケイくん他、第二学院の面々が
大番狂わせを演じている最中である。
ちなみに私は武術大会への出場はしなかった。
こんな可憐な美少女の体が、髪が、肌が
傷つく可能性のある大会に出場するなんて、
遠慮させていただきたいものである。
その代わりに私がやることになったのは・・・、
「マイさん、次そっちの治療お願い。」
「了解です。」
戦闘訓練としての武術大会であるゆえ、
みんな多少の怪我は当たり前なのである。
これを魔法で治療するのが私たち、
大会に出場しない、戦闘に参加しない学生の役割である。
例えば擦り傷の場合、オーブを持った手を傷口にかざして
まずは余計な砂や埃を土の消滅魔法で取り除く。
消滅した砂や埃って、どこへ行っちゃったのだろう?
閑話休題。傷によって失われた肌の成分、
おそらく肌の細胞のことだろう、これを土の生成魔法で
傷口周囲の肌の成分を参考に生成する。
最後に木の魔法で流れを整えて完成である。
「あ、ありがとうございます!」
目をハートにしながらお礼を言う第一学院の男子。
まあこの子の場合、顔面から地面に
突っ込んだせいで出来た擦り傷だったので
膝枕で治療をしたのだが、それがここまで魅了された
原因の一つかも知れないけど・・・。
私の治療を受けようと、私の周りに
次々に集まってくる第一学院の男子たち。
みんな私に気があるのだろうか?
だが残念だったな。私は僕のものだ。
表面上はやさしく接してやるが、
私のことは決して君たちには、
男どもには渡さないからな、決して。
まあ未だにおむつが手放せないことがばれれば、
おまけに生理も無いのに今現在も
ナプキン使ってることがばれれば、
男子たちみんなは幻滅してくれるのだろうけど、
さすがにそんなので嫌われるのはちょっと嫌かな。
「ほら、あの娘、あんなに美人なのに
あんな露出度の高い体操着を着ちゃってね。
そんなに男子の注目を集めたいのかしら?」
「でも実際、あの娘の治療速度、
異常に早いからね。
魔法の天才って噂は本当みたいだし、
あの娘の周りに男子が集まるのも仕方がないわよ。」
女子の噂話が聞こえる。
が、聞こえない振りをしておく。
「ちょっとミリア聞いてよー、
ケイのやつひどいんだよー、
あたしのこと吹っ飛ばしたんだよー、
こんな美少女を吹っ飛ばすなんて信じらんないよー、
女の子に対するいたわりって、無いのかなー。」
治療室に入ってくるなり、ニーナがミリアに話しかける。
ちなみにニーナは大会参加、ミリアは治療班である。
「それでどこ怪我したの、ニーナ?」
「あいつ熱風で攻撃してきやがって、
腕で受けたせいでここ、ちょっと火傷になっちゃって。」
「なるほどね。
んーそれだと、私よりマイに頼んだほうが
早くて綺麗に治療できると思うよ。」
「えっ、マイも治療班だったの?
あんなに運動神経も高くて魔法もすごいから、
てっきり大会に参加してるのかと。
でも確かに見かけなかったわね。どこ?」
思わず声をかける私。
「ここ。」
「わあ、びっくりした。
後ろから話しかけないでよ、マイ。」
「ニーナが勝手に私の前に座ったんでしょ?」
「そうだったの?
それはそうと、弟の不始末は姉のあなたが
何とかしなさいよ。」
そう言って左腕を差し出すニーナ。
確かに軽く火傷している。
「うん、分かったから両腕出して。」
火傷の治療は擦り傷切り傷と違って、
ちょっと大変である。
熱によって細胞が変性しているのがいけないらしい、
というのは私の解釈であるが。
その変性した細胞を元に戻すためには
別の健康な細胞を参考にする必要があるのだが、
火傷の場合は負傷箇所の周囲の細胞も多少
変性するため参考にはしにくい。
そこでニーナの場合、
まずは左腕の火傷してる箇所の正反対、
右腕の同じ部分に手をかざして、
土の魔法を使って読み込む。
読み込みながら、左腕の火傷に手をかざして、
土の変換魔法を使って右腕と同じ形に再生する。
まあ本来、左右対称でないものを
左右対称に再生するのは正しいのか、
多少疑問は残るのだが・・・。
最後は木の魔法で流れを整えて、
「わお、本当に綺麗に直った。
マイありがとー。
あたしが男だったら惚れちゃいそー。」
「ニーナ、冗談でもそういうこと言わないの。」
ニーナの軽口をミリアがぴしゃりと叱る。
そんなに強く言わなくてもいいのに。
おまけに普段あんな無口なミリアが?
「あっ、わりいね、ミリア。
本当ごめんねー。」
素直に謝罪するニーナ。
「ところでニーナはどこまで行ったの?」
「あたし?あたしは準々決勝。
ベスト8に入ったよ。」
「へえ、すごいじゃない。」
「すごくないよー。
だって普段一緒に訓練してる
ケイとかマイとか会長とか、あと例の姫様の従者とか、
みんなの方が一学の男子達より全然強いんだもん。」
「ありがとう。でも私、そんなじゃないよー。」
などと謙遜してみるが、
実際のところは戦闘訓練になったら、
戦闘そのものより暴走しそうな魔力を
押さえ込むほうが大変だったりするんだよな・・・。
「すると、もうそろそろ決勝戦かな?」
「準決勝が終わったら、休憩挟んで決勝だからね。
ちょっと確認してくる。」
そう言って治療室を飛び出すニーナ。
すれ違いざまに入ってくる新しい負傷者、
第二学院の男子。
「マイさん、俺、ケイに手加減された上で
負けたんだけど・・・、いってー。
お前の弟、強すぎね?」
「ミリアー、マイー、こっちー。
ここが空いてるよー。」
ここはスタジアム観覧席。
先に向かったニーナが座席を確保して、
私たちに向かって声をかける。
「さすがに決勝戦くらいは
弟の活躍を見てあげないとねー、
だよね、マイ。」
着席する私たち。
「結局、決勝戦はケイと、あの従者なのよね。
マイはなんで出なかったの?」
「だって怪我したくないもん。」
「はぁ?誰が怪我するって?
あんた怪我なんかしたこと無いじゃん!
まあ、あんたはそういうひとだからいいとして、
会長が出場しないのも残念だなぁ、個人的には。
って噂をすれば、また、会長が走ってるよ、そこ。」
見るとスタジアムの向こう側、柱の影の辺りに
会長の走る姿がちらちら見える。
会長は今日一日中、
文字通りあちこち走り回ってたらしい。
「まあ、また下手に会長とあの従者が当たって
変な遺恨が残るといけないから、
その点は良かったんじゃない?」
私は貴賓席の姫様をちらっと見ながら答える。
ちなみに姫様は今日一日中、
ずっと貴賓席で座っていたらしい。
それが王族としての大事な仕事だそうで。
「女王様もよく、あんな優秀な従者を
見つけたわよねぇ。
姫様が従者を従えて二学に入ってきたせいで
今年は」
「ほら、そろそろ始まるよ。」
ミリアが話を中断させる。
『ただいまよりー、
ソウ王立第一学院、
ソウ王立第二学院、
合同武術大会、
決勝戦をー、始めます。』
アナウンスが流れる。
『決勝戦進出者、一人目はー、
ソウ王立第二学院、
ケイ選手!』
歓声が沸く。
同時にひそひそ話も聞こえる。
「苗字無しが決勝進出って、
やっぱりスラムのハングリー精神は
強いのかしらねぇ?」
ちなみにこの国の人には苗字という概念があるが、
貧民街出身者には苗字が無い人が
多いらしい。
そこで僕達も貧民街出身者だと
誤解されているらしいが、
特に訂正をしてもメリットが無いし、
逆に余計な詮索をされる可能性があるので、
そのまま放置している。
まあ異世界転生者だと最初から明かしておけば
良かったのかもしれないが・・・。
『続いてー、
決勝戦進出者、二人目はー、
ソウ王立第二学院、
ケネス・ベイリー選手!』
例の従者、ケン氏のことである。
改めて歓声が湧く。
「あの人も女王様に拾われる前は
苗字無しだったらしいわよ。」
またひそひそ噂話が聞こえる。
『ではまず、お互いの武器防具の確認を。』
正々堂々と戦うのがルールの競技大会なので、
最初にお互いの武器防具を交換して
何か仕込まれていないかチェックをするのが
マナーであるらしい。
それが終わったら武器防具を元に戻して、
再確認しながら装着するまでが戦闘準備。
ちなみにケイくんもケン氏も
右手の片手剣に左手の盾に軽装の鎧という出で立ちである。
『お互い準備はよろしいですかな。
では・・・、はじめっ!』
審判の号令が響く。
まずはお互い間合いを取ってけん制。
最初に踏み込み、切りかかったのはケイくん。
だが躊躇が見られる。
その隙を見逃さないケン氏。
ケイくんの剣を剣で受けるのと同時に、
左手から熱風を繰り出す。
熱風を左手の盾で受けるケイくん。
ふーん、ケイくん、勝とうか負けようか、
迷っているみたいだな、これは。
確かに、入学初日に姫様に目を付けられてしまった
僕達がここでケン氏に勝ってしまうと、
姫様からのプレッシャーが相当なものになってしまうのは
想像に難くない。
今は、姫様から学生たちへの「お願い」として
「あの人たちに深くかかわってはいけません」
などというお達しがあるらしい、
そのレベルで済んでいるのだが・・・。
なおも一進一退の攻防(手加減)が続く。
熱風同士がぶつかり合う。
盾同士もぶつかり合い、すれ違いざまの剣戟。
そして二人は距離をとる。
焦れる姫様。
その苛々した表情が観客席からでもよく見える。
と、唐突に服の中に手を入れて二人を、
特にケイくんを睨みつける。
あぁ、これは・・・。
一気に距離を詰めるケン氏。
一瞬反応が遅れるケイくん。
熱風をまとわせた剣を正面に構えて突っ込むケン氏。
ケイくんはこれを盾で受けると・・・、
バザアァァッッ!
ケイくんの周囲に巻き上がる砂煙。
吹き飛ばされるケン氏。
体の周囲に魔法の風を急いで纏わせ、
辛うじて足から着地をするが、よろけるケン氏。
すかさず彼との距離を詰めるケイくん。
そして振り下ろされるケイくんの剣を
ケン氏は盾で受け止めて、
パチッ!
一瞬はじけるような小さな音が聞こえ、
ケン氏が崩れ落ちるように倒れる。
要するにスタンガンの魔法である。
ケイくんはケン氏の首元に切っ先を向ける。
『そこまでっ!』
歓声が沸く。
あからさまに不機嫌な表情をする姫様。
いやいや、お宅の従者さんが負けたのは
半分は姫様のせいですよ。
せっかくケイくんは勝とうか負けようか迷ってたのに、
水のだる重魔法でケイくんの行動を
妨害しようとするから。
僕の元々の性格からして、妙な妨害行為をされると
それに反発したくなるのは、昔からの悪い癖ですから。
それで何度、損したことか。
「あー姫様、相当お冠だー。
あんなあからさまな妨害までしたのに負けちゃって、
今後何かされちゃうかなー、うちら。」
ニーナが軽口半分、不安半分なことを言う。
まあ今更気にしたって、勝ってしまったものは仕方がない。
『それでは、授賞式を行う。
ケイ選手は前へ。』
司会に促されて、ケイくんが前に進み出る。
『ケイ選手、おめでとう。』
女王様が自ら、ケイくんの首にメダルを掛ける。
そして副賞の聖剣を持ってきたのは、姫様である。
『この剣、ドラゴンスレイヤー・ローレンスはかつて、
西のブ王国を滅ぼした竜が
わが国に攻め込んできた際に
天から遣わされた贈り物。
竜たちを打ち倒し、
わが国を守り抜いた英雄たちの
魂も込められた聖剣の一振りです。
この一振りの前の持ち主、ジョン・サイモン殿は
コウ王国との交易団を護送中、
襲撃してきた魔物からわが国民と交易品を
立派に守り抜き、討ち死にされました。
またその前の所有者、ドナルド・マッカーリ殿は
南の漁場を襲撃してきた海の魔物と交戦し、
立派な最期を遂げられました。
ケイ選手もこれに習って、
立派な戦士となってわが国に貢献されますよう
期待しております。』
そう言って、聖剣をケイくんに手渡す姫様。
恭しく受け取るケイくん。
そうしてこの合同武術大会は、
一般の観客にとっては熱狂の中で、
僕達私たちにとっては不穏な空気を残したまま、
その幕を閉じたのであった。




